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軽くシャワーを浴び、身奇麗にした後に小さな机の上に浮かれた携帯を眺める。
枕元に置いた目覚まし時計を確認し、非常識になりかかった時間であることを認識する。携帯を手に取り、それでも、と、うじうじする自分を叱咤しながら仲へと電話をかける。
コール音が聞こえる間に呼吸を整える。
たかが電話をかける、という行為が非常に神経を使うものだということを思い出した。
「今大丈夫、ですか?」
「大丈夫です、大丈夫です。嬉しいなぁ、秋絵さんから電話をくれるなんて」
社交辞令かもしれない言葉に、それでも気分が浮き足立つ。口元を引き締め、冷静にと言い聞かせる。
「あの、こちらに転勤って」
「はい、もともと本社はそちらですしね、自分もいつかは行きたいって思っていましたから」
「じゃあ、出世、ですかね?」
「はぁ、そうともいえます、かね」
「おめでとうございます。それに近くだからいつでもお会いできますよね?」
「……あんまりうれしがらせないでくださいよ、誤解しますよ?」
「誤解って」
「秋絵さん、最初断るつもりだったんじゃないですか?こちらにあまり興味なさそうでしたし」
「いえ、あの」
「いえいえ、当然ですよ、実際年齢も十も上ですしね」
年齢を言われ、秋絵は本当に名前以外のことを覚えていなかったことに気がついた。今さら聞けるわけもなく、後でどこかに山積みになっている資料をひっくり返そうと、慌てて返事をする。
「いえ、たかだか十じゃないですか」
「んーー、そういいますけどね、あなたが生まれた頃にはすでに小学生高学年で、あなたが二十歳の時には、すでに自分は今のあなたの年齢だったわけなんですよ。十年一昔っていいますけど、今は二昔って感覚じゃないですかね?」
「二昔?」
「そう、技術の進歩が早いですからね、学生時代に携帯がない、子供時代に家庭用ゲーム機がないっていったら信じます?」
仲の説明に、秋絵はなんとなく二人の年齢差が具体的に想像できたものの、実感はわかない。正直なところ、それがどうした、と叫びたい気分だ。
年齢差はどうあがいても埋められない。
そんなどうしようもないことで、自分は彼に切り離されたくない。どちらかというと後ろ向きで、うじうじとした自分の思考回路すら直裁になったようだ。
「まあ、それはいいんですけどね。でも、本当にいいんですか?」
「……いいって?」
「あの、これってお見合いなんですよ」
「はあ、お見合い、ですけど」
「お見合いっていうのは、普通結婚を前提、なんですよね。わかっています?」
わかって、いなかった。
秋絵はそう呟きそうになるのを必死に堪え、なんとか沈黙を守ることができた。
周囲にお見合いをした、という人間がいなかったせいなのか、成立したらどうなるのか、ということを知らない。出会い方が偶然なのか計画的なのか、程度の差だと認識していた。
「その感じだと、やっぱりわかっていなさそうですね」
「あの、すぐってこと、でしょうか」
すぐに結婚をする、という非常事態よりも、今この場で仲に関係を切られてしまう方が嫌なのだと、秋絵は必死になって言葉を紡ぎだそうとする。
「まあ、半年か一年後ってところでしょうかね」
「……そんなに」
「あ、やっぱりわかってなかった。お見合いってそういうもんですよ、結婚したいからするものだし。最初の合意さえあれば後はとんとん拍子」
「あの…」
「と、言っても僕はそこまで焦るつもりはありませんけど」
自分があまりにもお見合いというものを軽視していたことに気が付き、混乱したままだった秋絵を、あっさりと仲の言葉が救い出す。
「幸い、というのはあれですけど、こっちは煩くいう係累もいませんし、秋絵さんさえ嫌でなければ、ですが」
「嫌、なわけ、ないです」
「じゃあ、のんびりと結婚を前提に、ということで、僕と付き合ってみませんか?」
「は、はい、あの……、お願いします」
「こちらこそお願いします」
通話を終了し、興奮しながらも床についた後も、秋絵は洋行のこと思い出すことはなかった。