起動「スノーホワイト」
ミューユはコクピットに座ると、即座にポケットの中に入れていたメモリーカードをコクピットにかざした。白いAAはおとなしい起動音と共に、計器類がぼんやりと目を覚ます。
「脳波検知感度を調整します」
機械的なアナウンスが流れたあと、一瞬ミューユの頭にチクリと刺すような痛みがあったが、それ以外は全く何事もなく白いAAは起動する。
白いAAの計器類は、武器の照準などで余分な目盛りやウィンドウが付いている以外は、おおむねミューユが普段乗っているメタルランナーのものと同じであった。軍用機にしては、都合の良いことにパネルのレイアウトがやけにスッキリしている。
(これなら、逃げられる! )
ミューユは白いAAの機体を苦もなく自分のメタルランナーを扱うかのように立たせると、すぐさま7番倉庫の出口へと、機体を走らせた。
すると倉庫を飛び出たミューユの目前には、今まさに敵のAAが警備兵に守られたミューユの同級生達に向かってアサルトライフルの銃口を突きつけていた。
(え、これはまずい! )
ミューユは確かに、この瞬間には(まずい)と心に思っただけのはずであった。
しかし実際には次の瞬間、ミューユの乗った白いAAのディスプレイには敵機がいつの間にか四角いカーソルにロックオンされていて、ミューユの乗った白いAAのライフルは、敵機を正確な射撃で打ち抜いていた。
「やられた! 奴だ! 」
ミューユの白いAAに撃たれた敵機が断末魔のごとく仲間に無線を入れた次の瞬間、敵機は大爆発を起こして四散していた。
「作戦変更! 白雪姫は眠りから覚めた! 繰り返す、白雪姫は眠りから覚めた! 」
敵機の仲間が僚機に無線を入れる中、ミューユの側は何が起こったのかさっぱり分からなかった。ただ自分が敵機に向けてディスプレイ越しに視線を合わせただけで、既に自分の乗っている白いAAのライフルからは弾が発砲されていた。
何が起こったのか、と思っている間に、ミューユのサブディスプレイには敵AAとおぼしきマーカーがいくつも、自分を目指してやって来ているのに気がついた。
(これはまずい、早くここを離れないと! )
ミューユが操縦桿を傾けると、途端に白いAAは急加速し、ミューユの身体を信じられないような強烈なGが襲う。ミューユが普段メタルランナーを動かしていたときとは比べ物にならないほどの加速Gに、ミューユはうっと低くうめいた。
ミューユが猛スピードで横走りに倉庫群を抜けようとしたその瞬間、ミューユの白いAAの真横を敵のライフル弾がすり抜け、あさっての方向で小爆発を起こした。
はっとミューユがサブディスプレイを見やると、敵機2機のマーカーがこちらに向かって猛然と近づいてくる。敵機2機は白いAAを目指し、時折牽制にライフルを撃ちながら、獲物を狙う猛獣のように小刻みにジグザクと機体を揺らして進んでくる。
この動きからして、明らかに敵はAAの戦闘に慣れた熟練パイロットである。
(やばい! )
ミューユが敵機2機をディスプレイ越しに見やると、またしても白いAAはひとりでに敵機に向かってアサルトライフルを発砲した。
白いAAが放った弾は、敵機のフェイントもものともせず、敵機へと正確に吸い込まれていく。
目前の敵機は見る間に火を噴いて爆発四散した。
「そこまでだ! 」
ミューユの白いAAの後ろから、スピーカーの音声が響いた。ミューユがサブディスプレイに目をやると、先ほどの前方の敵機に気を取られている間、ミューユの機体の後方には3機の敵AAが近づいていたのだ。
「抵抗しても無駄だ。この基地は我々南軍特殊部隊が制圧した。今から三分間時間をやる。その間にその機体から降りてもらおう。抵抗すれば、命はないぞ」
敵の隊長機から、スピーカー越しに音声が流れる。白いAAの背後には、三体の敵機がアサルトライフルをこちらに向けていた。ここにきて、ようやくミューユは、この白いAAこそが敵の目的であったことに気がついた。
多分この機体は、軍の機密だったんだろう。あの死にかけていた兵士は「白いAAを『敵に渡すな』」と言いたかったのだ。
(完全に失敗だった……。こんなものに関わるんじゃなかった……。)
「……わかった!投降する!」
ミューユが唇を噛みながら、AAから降りようと白いAAを前傾姿勢にしていると、突如白いAAのディスプレイに、味方輸送機を示すマーカーが点灯し、こちらの方へと猛スピードでグングン近づいてきていた。
もちろん、それは敵機のセンサーにも捕捉されていた。
「隊長、敵輸送機が接近中です! 」
「輸送機など後にしろ! まずは白いAAが先だ!」