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君が見た景色。  作者: ユーラ
2/5

<中編・A>

みなさん、ご機嫌麗しゅう。このお話は、彼女の世界を見ながらあなたが考えるお話です。

作中に様々な【問いかけ】が出てきます。

それら一つ一つに、あなたなりの解を模索してください。

解釈は人それぞれ。千差万別・十人十色。

それでは、素敵な景色でお会いしましょう。

このお話の完全版はこちらで公開しています→http://denkinovel.com/stories/129/pages/1

 おかえりなさい。そして、ごきげんよう。


 あなたにはどこまで話したかしら?

 エリスには会えた? ……そう。


 まだなら、あの扉のベルを押してみて。

 大丈夫、間違ってもゴーストハウスではないから。


 きっと、あなたにとって有意義な時間になるわ。


 あら、必要なかったかしら?


 ごめんなさい。

 あなたはここに来るべくして、来たのね。


 では、始めましょうか。

 エリスの物語りの続きを―――。


 さぁ、目を閉じて。耳を傾けて。



       【君が見た景色】


           ~~ 中編-A ~~



 さて、時間軸は再び戻る。エリスの出立からにしよう。

 エリスの前には、悠然と広がる森が見える。そこには白魔女が居て、

これから3日3晩過ごさなければならない。

 一体どんな人なんだろう? 何歳くらいなんだろう? 

 それよりも、エリスはどんな表情をしている? 

 ……あなたにそう見えたなら、きっとそれが正解。


 彼女には、私たちのことは見えないけれど私たちはすぐ傍に居て、

エリスを見守っている。ドキドキする。

 だってもう、【私たち】の旅は始まっているのだから。


 もうエリスは振り返らない。前だけを見つめて、心は未来を

向いていた。

 そんなエリスに応えるかのように、森の入り口にはスイートピーが

咲き誇っていた。

 まるで、ここが唯一無二の入り口であり、全ての【はじまり】で

あるかのように。


 スイートピーに迎えられ、森の中に入るとしばらくは1本道で両脇を

彩るスイートピーは、花道を歩いていると錯覚させるほどに、素敵な

コントラストが敷かれている。

 その歓迎は果たして、吉兆か凶兆か。


 今のエリスにそれを見分ける術は無い。

 けれどもエリスは穏やかに、その美しい花を撫でている。

 そう、未来を見るということは今の積み重ねである。決して、前を

見ているからといって足元がおぼつかないわけではない。

 未来はこの先であり、今は【この瞬間】なのだから。


 エリスは一晩で、何かを諦観したのかもしれない。未来へ至るのが

今の積み重ねならば、その過程は幸溢るるものにしたい。

 それは人が願ってやまない事。きっとエリスは、今を楽しむという

ことを覚えた。

 だからこそ、浮かべられる表情は心の表れ。


 世界はいつだって表情を変える。

 それは物理的、客観的にではない。主観に委ねられている。

 エリスが幸せだと思い、愛を注ぐことを選んだなら、世界は表情を

変える。

 たしかに一抹の不安も残っているかもしれない。

 けれど、臆病な自分をようやく受け止められたのだ。一緒に歩いて

いこうと。


 さぁ、追いかけよう。

 エリスは振り返らないから。置いてかれないように……。



 ふとしてエリスは、足を止めた。見ると、前方に3つの分かれ道。

 気が付けば両脇を飾っていたスイートピーの花道は終わっていて、

木々が取り囲んでいる。

 木漏れ日を頼りに、分かれた3つの道の先を凝視する。

 しかし、道はどこまでも続いていてその先を窺い知ることは

出来そうになかった。

 エリスは右頬に手を添えて考える。

 どれが【正しい道】か、ではなくどれが【選ぶべき道】かを。

 何の情報も無いこの状況で、3つのうちのどれを選ぶかは結果の

見えない選択。

 ひょっとしたら白魔女が居て、出迎えてくれるかもしれない。

もしくは、この先は崖で道は無いのかもしれない。

 けれどエリスは漠然と思った。どれかの道を選んだら、きっと

引き返すことは出来ない。


 つまり、一つの道を選んだら別の道はなくなってしまうのでは

ないかと。

 なぜならば、これは成人の儀。この選択すらも儀式のうちで、

結果を知ってからのやり直しは出来ない。

 それが本当であったとしても、エリスの考えすぎであったと

しても。

 これは、運命であるとか、天に任せるであるとか、そういうこと

ではない。


 全て、【自分で】選んだ道になる。

 思えば、選択を迫られることは人生において多々ある。

 それは仮に、今日の夕飯は何にしようかという日常的なものから、

今この瞬間を逃したら永遠にチャンスを逃してしまうような究極の

選択でもあるように。


 しかし人は、その選んだ選択肢しか知ることは出来ない。

 選ばなかった結果は得ることが出来ない。自分が選べる道は、

一つしか無いのだから。


 【もしも】を想像することはあるだろう。


 あの時別の選択をしていたら、自分は今頃どうなっていただろうと。

 自分が得た結果とは【相対的】に、別の道の解釈を結論付ける

こともあるかもしれない。

 でもそれは、あくまで想像。自分を納得させることが出来るだけの

理由に他ならない。


 では、極端な例を挙げよう。

 ここに二つの道があったとする。仮に、Aの道を選んだなら生還

する。Bの道を選んだら死んでしまうとする。

 何も知らずにAを選んだなら、良かったと胸を撫で下ろし別の

世界の自分を想像してゾッとする。

 逆にBを選んで死んでしまったなら、Aを選べば良かったと後悔

するだろう。


 そうして相対的な極論を出してしまえば、生死を分かつ選択に

慎重にならざるを得ない。

 しかしここには3つの道がある。AとBとCがある。


 Cとは、一体……?

 世界の解釈は諸説あるが、ここではこう定義する。


 【人は、遍在している。】


 それは時間的、世界的、主観的に。

 あなたは、パラレルワールドをご存知だろうか? 

 人が想像し得るIFの世界。もしも、あの時別の道を選んで

いたら。もしも、あの時こう言っていれば……。

 それは後悔であり、希望であり、時に欺瞞でもある。


 けれど、人は遍在する。

 どの世界でも、自分という個人は遍在していると言える。

 つまり、この【選択】というのは自分という岐路であり、人生の

岐路でもある。

 ここでエリスが選んだ道には、もちろんエリスの未来が築かれて

いくだろう。それと同時に、選ばなかった二つの道を歩むエリスも、

同時に存在するということがお分かりだろうか。


 Aの道を選んだエリス。

 Bの道を選んだエリス。

 Cの道を選んだエリス。


 そうして人は、分岐し、枝分かれして、それぞれの世界で、

それぞれの未来を刻む。今あなたがいる世界でも、時に選択を迫られ、

人生を選んで来たはず。

 あなたが選んだ道が、今であると思うのは、人は主観的な生き物

だから。

 決して、遍在する自分を知覚することは出来ない。けれど、人は

遍在する。


 だからエリスは、今この瞬間、人生の岐路に立たされたと言っても

いい。成人の儀が、成長への選択というのなら、選ぶしかない。

 【自分の道】を。


 そうして、短くない時間考えていたエリスは、自然と一つの道を

選んで歩き出した。同時に、エリスの人生は枝分かれした。

 しかし、エリスが知覚することは無い。別の世界の自分のことを、

その先に何があったのかを私たちは知ることが出来ないのだから。



 そして、エリスは声を聞く。誰かの、声……。いいえ、【誰か】

ではない。

 これは、私の声? 耳馴染み、というと不自然だろう。

 本来、人は自分が聞こえている声と、他人が聞いている声は違う。

しかし、エリスが感じたのはまさに自分が普段聞こえている声だった。

 それが耳から伝わる振動であるか、脳内に再生されている音で

あるかは分からない。

 それでも、エリスは戸惑いを浮かべる。なぜなら、今私は、口を

動かしていない……。

 目を閉じて。もう一度耳を澄ましてみる。

 すると、【それ】は確かに囁く。私の耳元で、私の頭の中に、

私の心に向けて。それはどれも聞いたことがある声。

 いいえ、私が生んだ感情だった。

 それは、幼かった私が内に秘めた醜いエゴであり、吐き出さず

押さえ込んだ声だった。

 それが今になって、溢れ出して来る。


 ≪どうして今なの? それはもう納得して水に流した。

 確かにあの時の私は幼くて、納得できないこともあった。でも

今は違う。違うの。ちゃんと自分で考えて、人として、女の子と

して、私は私らしく生きるって決めたの。いいえ、私は自分勝手

なんかじゃない。これも私が選んだ道なの。3つのうちのどれかを

選ぶことだって、私の意志。それでも、私だけが良ければいいなんて

考えじゃない。私は自分のことだけを考えて、行動してるわけじゃ

ない! やめて、私はそんなことを思ってない! 私は、独りよがり

じゃない!≫


 ……そうして、エリスは頭を抱えてその場にしゃがみ込む。

 続いて聞こえてくるのは、慈愛に満ちた優しい声。それは紛れも

無い自分の声なのだけれど、そっと自分を抱きしめてくれるような

温かなもの。

 昂った感情を全て受け止めてくれる、優しい自分。


 ≪うん、大丈夫だよ。私は平気。私も涙を見ると辛いから。

ありがとう。この世界に悲しい涙を流す人はいないで欲しい。もしも、

先が見えなくて涙を流すしかない人が居たら、私が助けてあげたい。

涙を拭いて、もう大丈夫だよって言ってあげたい。もちろん、生きて

いて楽しいことばかりじゃないかもしれない。でも、辛くなったら、

前を向こう? きっと、私が居てあげる。それでもダメなら、一緒に

落ち着くまで泣こう? 一杯泣いて、一杯躓いて、一杯挫けそうに

なっても。一杯笑って、一杯楽しんで、一杯遊ぼう? そうやって、

みんな生きてるの。私も、あなたも。私は、そんな、あなたみたいな

人になりたい≫


 ……エリスはゆっくりと立ち上がって、目元を拭う。

 そして、自然と笑みを零す。

 それはくすぐったいような、恥ずかしいような、あどけない笑顔。

無邪気に、それでいてひだまりの様な。

 その笑顔に応えるように聞こえてくる声は、普段のエリスには

似つかわしくないような少し茶目っ気のあるものだった。


 ≪そんな、やめてよ大袈裟だよ。でも、そういう風に言われるのも、

嫌いじゃ、ないかも。ちゃんと今日の為に、おめかししてきたもん。

私のこの髪は自慢だよ。長くは伸ばしてないけど、頬に掛かるくらいが

一番かわいいもの。そ、そうだよ。私の目は森の神様から授かった、

美しい翠色なんだから。それに毎日ちゃんとお風呂で身体も綺麗にして

るから、川の水みたいに透き通った肌でしょう? 私は、わ、私くらい

になれば……村一番の美人って言われてるんだよ。そう、エリスは

美人で、おしとやかで、気立てが良くて、みんなにちやほやされて

るんだから。ふふ、うふふ……》


 エリスは小さく微笑むと、心なしか頬を染めて両手を頬に添えた。


 【私】は、思う。

 人は皆、エゴイストでモラリストでナルシストではないだろうか。

それが良し悪しではなく、誰の心にも息づいているはず。

 本来、自己や自我というものは意識されない。無意識下で人は

自覚し、自分がどういう人間かという【パーソナリティ】を理解

していく。


 誰にでも、利己的に他人を顧みない気持ちを抱くことだってある

だろう。それは主張であり、蔑まれることではない。それも一つの、

自分の気持ちなのだ。


 誰にでも、道徳心を尊重し自愛に満ちた優しさを求めることがある

だろう。そしてそれを、誰かに与えたい、共有したいという気持ちが

芽生えるのも自然な感情の一つ。


 誰にでも、自己を美化し着飾ることを覚えるだろう。

 それは自信であり、自分の世界を広げる糧となる。やがて心の美学

となる。


 だからきっと、エリスの小さな心にも様々な声が去来しては、

考えるのだろう。それを単に【葛藤】という言葉で片付けてしまう

のは、片目でモノを見るのも同じ。

 あなたはこれを、どう説明するでしょうか。切り捨てても構いません。

 ただ今は、エリスの心が、あなたの目に映っていれば……。



 すると、数メートル先に小さなものが見えた。

 いえ、【現れた】のではないかというほどに唐突で、エリスはその

存在に気づいた時に、両手をぎゅっと胸の前で握る。

 その小さいものは、木漏れ日にライトアップされていてとても

幻想的な雰囲気を漂わせていた。


 しなやかな毛並みに、上品な佇まい。鋭い視線はエリスの目を

釘付けにする。それは、およそ想像の出来る動物であったが、その

美しさはエリスの知るその生き物とは似て非なるもののようだ。

 光に照らされた身体は、白い毛並みを立花さながらの白銀に輝かせ、

二つの碧眼は蒼穹の彼方を思わせる。

 到底、猫のそれとはかけ離れていた。

 しかしエリスは動物が大好きで、村にいる猫も犬も、果ては家畜の

羊にも話しかけるほどの心の豊かさがあった。

 そんな美しい猫を前にして、エリスが目を輝かせないわけがない。

けれど、【猫さん】などと呼びかけたせいか、名も知らぬ白猫は一瞥を

くれるとエリスに背を向ける。

 どうやら、付いて来いと言う様に優雅に歩き出した。


 エリスは迷わず後に付いて行く。

 まるで、猫に道案内されているのが楽しい旅行であるかのように

自然と頬が綻ぶ。会話は出来ないけれど、エリスはとても楽しそうで

ある。

 傍から見ればとても不思議な光景。幻想的なオーラをまとう白猫に、

笑顔をたたえた少女の行進。

 これから別世界へと誘うかの如く、現実感の喪失したファンタジックな

光景だった。

 そこでふいに、エリスは目をしばたたく。

 今度は直接頭の中に、声を聞いたのだ。今度のそれは、自分の声では

ない。似ているけども、違うように思う。

 先ほどの、骨導音による自分の声ではなく、ひょっとしたら周りの

人が聞いているエリスの声なのかもしれない。

 しかし、エリスが自分の声を録音して聞いたことがなければ、それと

自覚することは出来ないだろう。

 だから、エリスは漠然とそんな気がしたという程度。


 それは、【問いかけ】だった。


 エリスは直感的に、この白猫からのテレパシーではないかと驚く。

しかしながら、エリスはこれまで何らかのフィーリングを感じたことは

一度も無い。

 ひょっとしたら、自分がテレパシーという超自然能力を開眼したの

かもしれない。そんなことを思ってしまう。

 けれど一説には、テレパシー能力というのは、あらゆる生き物に

本来備わっている自然の能力であるらしい。……が、ここでの説明は

割愛する。

 チラッとこちらを盗み見る白猫を見るに、どうやらそれは間違いでは

なさそうである。

 エリスが発現させたのか、白猫が強制的に交信しているのかは定か

ではないけれど。


 まず、名前についての問いかけ。エリスメルト・ロニクール。

 次に年齢と性別の問いかけ。18歳、女の子。さらに、趣味と特技の

問いかけ。物語を読むこと、書くこと。動物とお話出来る。(笑)

 ちょっとした自己紹介のような問いかけに、エリスは小さく微笑むと

続いて自分も問いかけることは出来るのかと思い、白猫に名前を問い

かける。


 メルトリス・エ・クロニール。

 それが、白猫の名前だという。

 エリスは可愛らしく呼びたいと思い、【メルト】と呼ぶことにした。

これからこの白猫のことは、メルトと呼称する。

 メルトはなおも歩き続けるが、次の問いかけはエリスに一瞬の動揺を

与えた。


【あなたは、自分を殺すことが出来ますか?】


 自分を、殺す……。

 それはつまり、自殺することが出来るか……ということだろうか?

 先ほどから続いていた日常的な、当たり障りの無い問いかけから一変。

冷たい距離を感じさせる問いかけに様変わりしていた。

 しかしそれは、物理的に自らの命を絶つという意味で言ったのでは

ない。自分を殺すということには、別の解釈がある。

 けれど、エリスはまだ知らない。

 自殺と、自らを殺すことの境界を……。


 だからエリスが少し感情的になるのは、必然といえた。メルトは

というと、動じずエリスの言葉を聞き流すのみ。

 まだ言葉の意味を理解出来ないエリスを諭すでもなく、卑下する

でもなく淡白なままであった。


 ただ、答えはあなたの中にある、というように……。


お疲れ様でした。

こちらは、デンキノベルさんで公開させて頂いているノベルの

文章のみを掲載させて頂いております。

また違った趣がありますが、ぜひデンキノベルさんで音と背景の

演出が加わったノベルもご覧くださいね。


ありがとうございました。

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