七
翌日、俺らは師匠に渡された金の入った小袋と大きな袋を持って山をおりていた。
「ルイスさん、こちらです」
少し先にオリビアが居て、俺に道を示してくれる。
オリビアが選ぶ道は他に比べて遥かに歩きやすく、出発してから数分でかなり町が近く見えるようになった。
「オリビア、なんか慣れてるなー。そんなに何度も町に行っているのか?」
ゆっくり慎重に、足を踏み外さないように降りて行く。
俺に合わせたスピードで進むオリビアは、そうですねーと少し考える素振りを見せた。
「…まぁ、なんどか…おやさいやおにく、おさかななんかをかいに」
「そっか。偉いな、オリビアは」
「…そんなことないです」
困ったように笑い、謙遜するオリビア。
なんか、この子はとても大人びてるというか…。
そんなことを考えたら、足元の確認が疎かになっていた。
「あっ、ルイスさん、そこあぶないですよ…って、ルイスさん!!」
「ぅああああああああああ!!?」
足が滑り、一直線に体は下降を始めた。
「オリビアァァァアアア!!」
「ル、ルイスさぁぁああん!!」
オリビアが慌てて山をおりて行くが、俺の方が早い。
段々オリビアが小さくなっている。
さ、先に町に行ってるからな…!
「いってぇええ!!」
当然、山に何も障害物がないわけがない。
俺は木に勢い良くぶつかり、俺の体は下降を止めた。
「…ぅぅぅ。いてぇ…」
クラクラする頭を抑え、ぶつかった木に手を当て、フラフラ立ち上がる。
「…町に行こう…」
俺は皆の言うとおり、馬鹿らしい。
失敗は成功の元なんて言うけれど、それは失敗したことに対して何か学んだことがあった場合に限るわけで。
つまり俺は。
「またかぁあああ!!」
再び、足を滑らせ、山をおりた。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
同じようなことを何度か繰り返した結果、俺が辿りついたのは町は町でもスラム街だった。
「…どうしようか」
オリビアはいい子だから、きっと心配してるだろうな。
「…町って何処だろう」
今回は山道に慣れてないということで、小袋はオリビアが持っている。
良かった。
こんなとこにいちゃ、いつ盗まれるかわかったもんじゃない。
「地道に歩いてくしかないか」
面倒だけど。
小さく溜息を吐いた。
「…おにーさん、町行きたいのか?」
適当に歩き出そうとすると、後ろから話しかけられた。
驚い俺は、咄嗟に後ろを向く。
其処には薄汚れて痩せた少年が立っていた。
俺を見るその目はギラギラと、生への執念が現れている。
「えっ?…あぁ、うん」
「俺が案内してやろうか?」
馬鹿な俺でもこれが心からの親切だとは思っていない。
「でも俺、金持ってないよ」
「あ?じゃあ何でまた、町に行きたいんだ?あんたの服も、擦り切れて汚れてっけど、結構いいもんだろ?訳ありか?」
かなり目がいいんだな。
勘も鋭い。
「…連れとはぐれちゃったんだ。金はその子が持ってる」
「そうか、じゃあ今度この礼をしてくれよ。俺いつも腹減ってんだ」
これがスラムの現状か。
生きたくても生き残ることのできない人間がいる。
それは知ってたけど…実際に見たのは初めてだったから。
「…そうだな。お金に余裕が出来てからでいいか?」
「…まあ、それでもいいぜ。こっちだ。ついてこい」
「ありがとう」
「礼はパンで頼むぜ」
「…君、しっかりしてるね」
「こんなとこに住んでいれば、しっかりしねぇと生き残れねぇよ」
「…そうだね」
突然、こうなってしまったわけでもないらしい。
昔から、この国は貧富の差があったんだな。
エイデンは、どうだったんだろう。
確かいつも綺麗な服を着てたよな。
でも、帽子はいつも同じだった。
「ほら。ここから先に進めば、ルーンフェルトだ」
しばらく歩いたらしい。
少年は親指で道の先を示した。
どうやら案内はここまでらしい。
「どうもありがとう。この恩はきっと返すぜ」
「期待してる。俺はライリー。じゃあな、おにーさん」
「あぁ、またな」
其処で俺らは別れた。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
しばらく進むと徐々に建物が増えて行き、綺麗になっていった。
そして、視界の先に忙しく走り回る子供を捉えた。
「おーい、オリビアー」
大きな声でオリビアを呼ぶ。
その声にオリビアが反応し、キョロキョロ見回す。
もう一度おーいと手を振って、そばに近づいた。
俺に気づいたオリビアが、パタパタと近づいてきた。
「ルイスさん!いったいどこにいたんですか!?さがしましたよ?」
「いやぁ、ごめんごめん。ちょっと遠くまで行っちゃった。すっかり日が昇っちゃったな」
家を出発したのは早朝だったというのに。
時間が経つのって早いなぁ。
「そういえば、もうおひるですね。…さきにちょうしょくにしましょうか」
「お金は大丈夫なのか?」
「おにいさんからあずかっています」
「…そっか」
ひょっとして、あの少年、ライリーが特別しっかりしてるんじゃなくて、俺がダメダメなのかな…?