六
テーブルを挟んで向き合い、俺は口を開いた。
「話って何?」
幼女はもじもじと落ち着かないようだったが、俺が切り出すと、恐る恐る口を開いた。
「あ、の…わたし、あなたといっしょにたおれてたらしいんです」
「あぁ、らしいな。怪我は大丈夫だったか?」
「はい、だいじょうぶです。…あの、でも、わたしきおくがぜんぜんなくて…あなたのことも、わからないんです…」
「あぁ、そのことならさっき師匠にも聞いたんだ。記憶がないのって心細かっただろ?」
「あ、それもだいじょうぶです。でも…じゃないですね。えっと…だから、あの、あなたのおなまえと、わたしのなまえをおしえていただけませんか…?」
「あぁ、俺はルイスっていうんだ。…でもごめん!残念ながら、俺は君の名前を知らないんだ」
目をぎゅっと瞑り、パチンと顔の前で手を合わせた。
数秒そのままで固まっていたけれど、幼女の反応がわからないので恐る恐るうっすら片目を開ける。
しかし、すぐに両の目を見開くことになる。
正面の幼女は下を向き、今にも泣きそうな雰囲気を醸し出していた。
これはヤバイと、俺は咄嗟に立ち上がる。
そして、思いついた言葉をろくに考えもせずに吐き出した。
「あっ、いや、でも、代わりに俺が名前をつけてあげるよ!!」
「ふぇ?」
俺の言葉にきょとんとする幼女の目から、一粒の雫が落ちた。
俺は俺できょとんとしていた。
俺今…何言った…!?
名前つけるとか言った…!?
何言ってんだよ俺ぇ!!
「あ、いや、嫌なら無理にとは言わないけど…その、やっぱり、名前ないのって不便だろ?」
徐々に俺の声は小さくなっていき、眉も下がっていくような気がする。
言い終わってから、何言ってんだ俺…!!と泣きたくなった。
テンションがだだ下がりになっていくと同時に、俺は椅子に座った。
とても無責任なことを言ってしまった。
幼女を見るのが少し怖くて、味気ないただの木のテーブルを見つめる。
それから何秒か何分かすらもわからないけれど、幼女の声が、俺の顔を上げさせた。
「あの…じゃあ、おねがいしても、いいですか…?」
マジですか。
俺は驚く以上に焦っていた。
全く考えてねぇよ俺の馬鹿!!
「あ、うん。あまり期待しないでね…?」
一応釘を刺しておく。
一生懸命考えた後で文句言われたら、俺たぶん泣く。
幼女は、はいと頷いた。
んー…どんな名前がいいだろう?
女の子らしくてー、えっと…覚えやすくてー、んー?
元々この子はあの少女だったわけで、少女は気付けば俺のそばにいた。
少女はお人形みたいに可愛かったよなぁ…って、おいコラ俺!
何考えてんだコラ!!
「あ、オリビア。君とは、オリーブの木の下で出会ったから。平和って意味のオリビア。…どうかな?」
本当に平和なら、この子はこんな風にはなっていないんだけれど。
「とてもかわいいなまえですね」
「そう?そう言ってもらえると嬉しい。てか、こんな安直でごめんな」
「いえいえ。わたしはすてきだとおもいます。ありがとうございます」
ありがとうございます。
まだこの頃は、すみませんの前にありがとうを言えたんだなぁ。
「どういたしまして」
俺は自然と二人が笑顔になっていくにを感じた。
「おい、話が終わったなら風呂入れ」
し、師匠…驚くから後ろから突然現れるのやめてください…。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
「…そういえば、オリビアってあいつらも言ってたな」
偶然だろうか?
「ルイスさーん。湯加減どうですかー?」
浴室の扉越しに、オリビアの影が映った。
「気持ちーでーす」
「それはよかった。おにいさんがかしてくださったおきがえ、ここにおいておきますねー」
「サンキュー」
そう言ってオリビアの影は姿を消した。
こんなにお手伝いも頑張って…いい子だなぁ。