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目が覚めると見たことのない天井。


「…あぁ、起きたか」


聞いたことのない声も聞こえた。


「…ここは…?」


顔を横に向けると、少し離れたところにある椅子に座る男性が見えた。

老人はこちらをチラリと見て、すぐに目の前の机に向かった。


「ここは始まりの森、妖精の住んでいた森。本来名前はないが、まぁ人間は神秘の森と呼ぶな」


聞いたどころか、前まではほぼ毎日行っていた場所だった。

重たい体を起こすと、すぐそばに窓があった。

そこからは、遠くに町並みが見えた。


「あそこの町は…」


「ルーンフェルト」


聞いたことがないようなあるような。

つまり、メンフィス国…か。

こんなに町が近いってことは、ここはきっとメンフィス国の領土。

結局入ってしまうのなら、エイデンと会う時にも入れば良かった。

今、あいつはどうしてんのかな?

って、あれ?

俺なんか忘れてる。


「…あの子は!?」


ブンブンと首を振り回しこの部屋を見回すけれど、少女の姿はどこにもない。

立ち上がって部屋を歩こうとするけど、あれ?

足が、動かない…。


「やめとけクソ餓鬼。お前は魔力切れで一週間寝たきりだったんだ。まだ体は本調子じゃねぇだろ?」


「……」


確かに、体は重いしさっき無理矢理動こうとしたせいで頭がクラクラする。

ボフッと、枕が俺の頭を受け入れる。

正直、辛い。


「寝ておけ。あいつは大丈夫だ。目覚めてはいる」


瞼が重い。


「怪我とかは…」


「怪我もない。今は町まで買い物に行ってる。いいから寝ろ。飯ができたら起こしてやる」


再び、体が沈んでいくような感覚。


「……はい」


俺はきちんと返事をできていただろうか?



・⚪︎●○●○●○●⚪︎・



「…きてください」


体が揺すられて、あの声よりも少し高いだろうか?そんな声がする。

まだ眠っていたくて、布団を頭から被った。

すると、体の上に何かが登った?

重りが乗ってるみたいだ。

そして、布団が引っぺがされる。


「…きてください。おきてください」


「!!」


頬をパチンと軽くはたかれた。

うっすらと目を開けると、あの少女が俺を覗き込んでいた。


「無事だったんだ…!」


「…?よくわかりませんが、わたしとあなたはいっしょにもりでたおれていたそうですよ」


少女、いや幼女は俺の上から降りる。

そして、その小さな体で昼間、男性が座っていた机に置かれたお盆を取りに行った。


「もうからだはおこせますか?おしょくじですよ」


そう言って、お盆を持ち上げる。

食事の言葉に腹の虫が空腹を訴えたので、俺は起き上がる。


「…ありがとう」


「どういたしまして。これ、すべてわたしがつくったんですよ」


そう言って若干自慢げに俺にお盆を渡す。

それはお粥と言われるもので、誰が作っても同じなのではないかと思うのだけれども、やはり食べる前の一言は大事なので一応。


「わぁ、美味しそう。いただきます」


「めしあがれ。わたしもおしょくじしてきますので、おわったらしょっきのかいしゅうにきますね」


「あぁ、自分でやるから大丈夫だよ」


しっかりした子だなぁと思いながら答える。

すると幼女は申し訳なさそうに言った。


「そうですか…?じゃあ、よろしくおねがいします。むりしなくてもいいですからね?えっと、キッチンはへやをでてみぎのかいだんをおりてすぐです。それじゃあ」


「うん。ありがとう」


幼女は記憶はそのまま、体だけ小さくなったのだろうか。

ずいぶんとしっかりしている。

パタンと扉が閉じられ、俺は顔を盆に向ける。

そして、蓮華を手に取り、お粥を口に含んだ。


「…あ、うまい」



・⚪︎●○●○●○●⚪︎・



食事も終わって、一度盆を下に置き、ゆっくり立ち上がる。


「おっと」


ちょっとバランスを崩したけれど、大丈夫。

前に比べれば問題ないと言っても大丈夫だろう。

そういえば、男性はあれから一週間経ったと言っていたけれど、向こうはどうなったのだろう。


お盆を持って、部屋の扉を開ける。


あの二人はどうなっただろう。

オースティンは大丈夫だろうか。


たん、たん、たん。

ゆっくりと、慎重に階段を降りる。

廊下の先には俺がいた部屋のと同じような扉があって、そこを開くとリビングダイニングがあった。

人は誰もいない。


とうさんたちは心配してるのかな。

せっかく母さんに応援されたのに、仕事も放ってきてしまった。


「早く戻らなきゃ」


小綺麗なキッチンに、盆ごと食器を置いた。

その時。


「やめておけ」


「っ!!」


男性の声が、俺の背中を撫でた。


「いつの間に…」


後ろを振り向くと、入ってきた扉の近くの壁に寄りかかっていた。

全く、気づかなかった。

そういう訓練はされてきたはずなのに。

今日といい、一週間前といい、俺にはとことん戦闘系の才能がないようだ。


「お前が誰だかは知らんし、知るつもりもない。ただ一つ教えてやる。

今、ラフェイットでは、王子が誘拐されたと噂になっている」


「なっ!誘拐だなんて!」


驚いた。

確かに、逃げ出した王子が一週間も戻らなければ、誘拐と思われても仕方が無い。


「そして三日前、王子にそっくりな青年が城下町で見られたそうだ。そしてその青年は、城へ赴いた」


「…」


「青年はそれから見かけられてない」


…偽物は俺か。やられた。

でも、俺には心強い幼馴染がいる。

きっと、オースティンの協力を得られれば、なんとかなる。

たぶん…。

かなり危険な賭けだけど、やるしかない。


「俺はお前がどうなろうと、関係ない。だが、お前が出て行くってんなら、あの餓鬼も連れてけよ」


燃えていた闘志が揺らぐ。

あの餓鬼…つまり、元少女の現幼女のこと…だよな。


「いや、でも、あの子は」


「あの餓鬼、全部の記憶をなくしていやがる」


「え…?」


記憶…喪失…?

これも、あの魔法の影響?

ちくしょう。

いちいちめんどくせぇ魔法ばっか使いやがって…あいつ…!!


「だから俺はお前らのことを全くもって知らねぇんだ。少なくとも、あの餓鬼はお前のことを好いている。連れてってやれ」


あんな小さな子に、これから俺がしようとしていることは荷が重すぎる。

それをわかってて言っているんだ。

この人は。

俺は、歯を食いしばった。

今頃、その青年とやらが城で俺の代わりに踏ん反り返ってると思うと大変悔しい。

でも…。


「…俺たちを、この家に置いてください」


俺は頭を下げ、震える声で言った。


「掃除洗濯、やったことないけど頑張ります。料理だって、きっとできるようになります。だから…」


「…俺はしばらくしたら、旅に出るつもりだったんだ。だから、この家は空き家になる」


男の返答を、頭を下げたまま待つ。

ダメだと言われたらどうしよう。

メンフィス国に行ってほとぼりが冷めるまで隠れてるか。

あの子には、どっちにしろ迷惑かけちゃうな。

俺はほとんど諦めていた。

だって、こんな訳ありの他人が家に置いてくれ、なんていきなり言ってきて、それをOKするなんてどんな心の広い人でもそう簡単にできることじゃない。

しかも旅に出るだって?

余計に駄目じゃないか。

きっと、この人も…。


「空き家になって、ひどい有様になっていたら、旅から帰った時に不便だからな。それまで、この家を管理してくれる奴を探していたんだ」


「っ!じゃ、じゃあ…」


俺は思わず顔を上げた。

男性はそんな俺を見て、優しい光を灯した目を細めた。


「俺の留守の間、この家を任せてもいいか?」


「…っはい!ありがとうございます!!」


赤の他人のために、ここまでしてくれるなんて…!!

まるであのソファじゃないか!

やべ、この人師匠って呼んでもいいかな?

目頭が熱くなって、そんな自分を隠すように勢い良く頭を下げた。

一国の王子がこんなにも簡単に頭を下げるのは如何かと思うが、それでもしたくなった。


「だが、金は出さないからな。あいつを養う分は自分で稼げ」


「はい。わかっています。ところで、あなたのお名前は…?」


俺がそう訊けば、男性は鼻で笑った。


「…名前などとうの昔に捨てた。好きに呼べ」


「え!?いいんですか?」


これは思わぬ好機!


「あぁ」


「じゃあ、師匠って呼ばせていただきます!今日から、よろしくお願いします。師匠!!」


もう一度頭を下げる。


「は?師匠?」


頭上から、戸惑うような声がした。

と同時に、逆側の扉が開かれた。


「おふろあがりました〜。…あれ?ふたりとも、そんなところでなにをしてるのですか?」


頭を上げると、俺の服と思われるシャツに身を包んだ幼女が。

首にタオルをかけて、頬を赤く染めた状態で、こちらへ向かって来た。

シャツが大きくて、まるでワンピースみたいだ。


「あぁ、あいつのパジャマがなかったから、お前のを代わりに着せてるんだ。最初の晩はそのままの状態で寝かせたんだが、次からはそうもいかなくてな。俺のだとでかすぎるんで、お前のを借りた。明日、金を貸してやるから、日用品を一通り買い揃えておけ」


師匠が何気なく、ありがたいことを言ってくれた。

マジでこの人いい人。

一生懸命働いて、いつか絶対に恩返ししよ。


「ありがとうございます、師匠」


「…俺はお前の師匠になった覚えはないがな」


「俺がかってに言ってるだけです。気にしないでください」


「…はぁ。そうか」


「はい、そうです」


「おにいさん、おふろがあきましたよ!」


幼女が師匠のシャツの裾引いて言った。

師匠はチラリと俺を見た。

きっと先に入るか?と確認してるんだと思う。

俺は大丈夫ですの意を込めて首を振る。


「あぁ、ありがとう。入らせてもらうよ」


「はい!どうぞごゆっくりです」


師匠はそう言って笑う幼女の頭を、去り際に撫でて行った。

そういうことをさらっとできちゃうとかマジイケメン。


「ここのおふろはてんねんのおんせんなのですよ。とてもきもちいいので、たのしみにしててくださいね」


今度は俺の裾を引いて、上目遣いで行ってきた。

…子供って可愛いなぁ。

決して変態的な意味ではなく。

これがあの少女なんだよなぁ。

…てか、これ、元に戻るのだろうか。

記憶ないって言ってたし。


「…あの」


もう一度裾を引かれた。

はっとして視線を向けると、若干涙目な幼女が俺を不安げに見つめていた。


「あ!ごめんごめん。ちょっと考え事をしていたんだ。うん、楽しみにしているよ」


「はい…」


へにゃりと微笑み、幼女は手の力を緩めたように見えた。

が、また強く裾を握った。

下を向いて深呼吸する。

そして覚悟を決めた目で、俺を見上げ、こう言った。


「あの…ちょっと、おはなしいいですか?」




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