十四
「ちょっと、イルにオリビアちゃん。こっち来てくれない?」
ある日、いつものように店じまいをしていた時、リサーナさんにそう呼ばれた。
テーブルを吹いていた手を止め、布巾を置いて近づいた。
「どうしました?」
「何か御用ですか?」
オリビアも、食器を洗っていた手を止め、俺の隣に並んだ。
数日の間にすっかりオリビアの言葉は流暢になり、看板娘としても人気は上々だ。
当たり前だけどな!
「あぁ、二人に渡したいものがあったのさ」
と言って、リサーナさんは手に持っていた二つの封筒をそれぞれに手渡した。
俺はそれを受け取り、光にかざして見る。
中身は…お金?
「二人ともよく働いてくれているからね。少しはずませといたよ」
オリビアはまだ中身がわかっていないようで、これは何かと目で尋ねてくる。
「この中身は給金ですね」
「ああ。二人が来てから丁度一月ほど経ったしね」
俺の言葉に、オリビアはハッとして、リサーナさんを見つめた。
リサーナさんも、そんなオリビアを優しく見つめた。
オリビアはもう一度、封筒を見て、感慨深く感じたらしい。
目に涙を溜めて、ただ黙って深々とお辞儀をした。
「明日からも、頑張っておくれよ」
「「はい!」」
俺たちは声を揃えて返事した。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
「いやー、嬉しいもんだなぁ。自分で稼いだ金かぁ」
「感慨深いですねぇ」
オリビアもうっとりと目を細め、封筒を抱きしめる。
…あ、そうだった。
「オリビア、ちょっと寄り道して行かない?」
「寄り道ですか?」
オリビアは不思議そうに首をかしげる。
普段は、買い物に行く時などはオリビアから言ってくるのだ。
しかし今日は俺から言ったことが不思議らしい。
「初給料は、オリビアのために使おうって決めてたんだ」
俺はにっこり笑った。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
「ル、ルイスさん、私はこの服で十分だと…!」
「いやいや、服が二つだけってのも不便だろ?」
「でも、別にここじゃなくても…」
オリビアは気まずそうに辺りを見回す。
オリビアが心配してるのはお金のことだろう。
なんたってここは町一番の高級衣服店なのだから。
「この前、オリビアに似合いそうな服が飾ってあったんだ。買うならやっぱここかなぁって。実はもう予約済み」
きちんと中身も確認済みの給料袋を受付のお兄さんに渡す。
お兄さんも了解しましたとばかりに袋を受け取り、奥へ引っ込んで行った。
すぐに戻ってきたお兄さんは、ありがとうございました、と言って大き目の紙袋を渡した。
俺はその紙袋を受け取り、オリビアに渡そうとして…固まった。
「ル、ルイスさん…!」
オリビアの眉は下がりに下がり切っていて、それどころか目もうるんでいた。
え、そんなに嫌…?
「や、泣くほど嫌なら無理強いはしな…」
「嫌じゃないんです!…ありがとうございます」
慌てて紡ぎ出した言葉は、オリビアの笑顔によってかき消された。
俺の前で泣き笑いするオリビア。
そ、そんなに服が欲しかったのか…。
よし、また買ってやろう。
…あ、師匠の分買う金が残ってねぇ。
家に住まわせてもらって、さらに剣術も教えてもらってるのに。
そんな師匠の忘れてたとか。
どしよ。
オリビアと帰路につきながら、俺は内心焦っていた。
脳内会議で決まった結果、その日、俺は自主的にいつもの倍のトレーニングを行った。
すみません師匠!
次は師匠になんか買ってきます!