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十三

「イル!これも運んでおくれ!」


「はーい」


「おーい。注文頼むー」


「はい。今行きます!」


「すみません。子供用の小皿をいただけないでしょうか」


「あぁ、はい。少々お待ちください」


ごめんなさい。

食堂舐めてました。

お昼時なのもあって、忙しいったらありゃしない。

本来裏方のはずの俺までもが表へ出て接客してる。


「イルー!」


「はーい!!」


イルと言うのはまぁ良くある偽名。

隣国の王子の名前なんか名乗ったら、めんどくさくなりそうだったし。


「これを、あそこの男性に届けておくれ。あの方はお得意様なんだ。丁寧な態度でね」


リサーナさんが手で示す先には、静かにそこに佇む男性がいた。

あれ?

あの人…。


「はい。わかりました」


「頼んだよ」


リサーナさんが定食の乗ったお盆を渡す。

それを持って、男性の元に近づいた。


「お待たせいたしました…って、やっぱり師匠じゃないですか」


テーブルにお盆を起き、伝票を確認。

…師匠からの視線を感じる。


「随分と様になっているな。森一周はどうした」


「あ、いえ、あの…」


師匠の皮肉が痛い。

どうしても視線が明後日の方向に向かってしまう。


「お前がいつまでも帰ってこないんで、オリビアが心配していた」


「はい…すみません。色々ありまして…帰りはそんなに遅くならないはずです」


俺はそう言ったが、師匠はたいして興味がないようだ。


「そうか。そういえばお前は、これからの生活費を稼ぐ当てはあるのか」


「いえ…」


「そうか。もう行っていいぞ」


師匠はそう言い捨て、食事に取り掛かった。


「すみませーん」


「あっ、はーい。今行きますー。どうぞごゆっくり」


そう言って俺は、師匠から離れた。

師匠、わざわざどうして町にいたんだろう?



・⚪︎●○●○●○●⚪︎・



すっかり暗くなってしまった空を見上げ、溜息を吐く。

こんな時間までやるつもりはなかったのに。

満月に背中を向けて、家の扉を開けると、オリビアが腕組みをして待ち構えていた。


「しんぱいしました!」


フンと鼻息を荒くして仁王立ちする幼女を見下ろし、俺を待っていてくれたのかなと少し嬉しく思う。

しかし、心配させるようなことをした自覚はあるので、素直に謝った。


「…すみません」


少し元気のない俺に、オリビアは怒る気を削がれたようだ。

不満げに口を尖らせた。


「…まぁ、けがとかはないようなので、とくべつに、ゆるします。つぎからはきをつけてくださいね」


「…はい」


俺が疲れている理由、それは。


「帰ったのか。ちゃんと素振り百本終えたんだろうな?」


「はい。ついでに腕立て伏せ五百回も」


師匠の言いつけを守って、体力作りに精を出したから。

初日に倍をやったので、意外と耐えることができたのだ。

俺ってやればできる子!

その代わり帰るのが遅くなってしまって、さらにオリビアを心配させることになってしまったけれど。


「そうか。ノルマはきちんと達成しろよ」


「はい」


師匠…頑張った弟子に対する労わりの言葉なんかはないんすか。

報われない…。


「ルイスさん、いまゆうしょくをあたためますので、そこのいすにすわっていてください」


キッチンの方からそんなオリビアの声がする。

それと同時に、美味しそうな匂いが漂ってきた。

俺の苦労が報われる時は近い…!!

ぎゅる。

腹も喜んでいる様子。


「リョーカイ」


あぁ、楽しみだ。



・⚪︎●○●○●○●⚪︎・



「オリビア、話があるんだ」


食事の終えた俺は、オリビアと一緒に皿を洗いながら話を切り出した。


「なんですか?ルイスさん」


「俺、明日から町で働くことにした」


「え?…きゅうなおはなしですね。どうしたのですか?」


オリビアは一瞬手を止めたが、すぐに皿洗いを再開した。

俺はなるべく簡単にわかりやすくすることを意識しながら、今日起きたことを説明した。


「それでさ、そこの女将さんにこれからもここで働かせてくださいって頼んだんだ」


説明が終わる頃にはすでに洗い物は終わり、俺たちは初日と同じようにテーブルを挟んで向かい合っていた。


「そうですか。そんなことが…」


オリビアは突然打ち明けられた話の急展開ぶりに呆然としていた。

そして、考え込むように俯く。


「だからさ、明日からも今日くらいの時間に帰ることになると思うんだ。洗い物は自分でやるから、先寝てていいよ」


でも、ご飯は残しておいてね、とへラリと笑う。

師匠がいるから、家を留守にしても安心だ。

そういえば、師匠はいつも家にいるように見えるけど、なんのお仕事してるんだろ?

もしかして、今日リサーナ食堂にいたのは仕事帰りだったりするのだろうか?


「…も……ます」


「え?」


師匠のことを考えてたら、オリビアの言葉を聞き逃した。

オリビアは俯いていた顔を上げ、瞳に強い意志を秘めながら言った。


「わたしも、ルイスさんといっしょにはたらきます!」


「えぇ!?」


俺は思わず目を見開いた。

え?

何?

この子働くとか言った?

どんだけしっかりしてるんだよ!!


「いや、オリビアはそんなことしなくてもいいんだ。俺が…」


「いえ!わたしもひるまはひまなので!そのリサーナさんはおりょうりがおとくいなのでしょう?ならわたし、そこでおりょうりならいます!とっくんをがんばっているルイスさんに、もっとおいしいものをたべさせてあげます!」


椅子から立ち上がり、ガッツポーズまでして気合いを見せたオリビア。

最後の一行にお兄さんの涙腺揺るぎました。

マジでいい子だ、オリビア…!!


「…いや、でも、リサーナさんの方の都合もあるから、明日、一緒に言って聞いてみて駄目だったら諦めろよ?」


「はい。わかっています。あしたはかってにまちへおりないでくださいね」


「善処します」



・⚪︎●○●○●○●⚪︎・



「え?この子も一緒に働きたい?あぁ、もちろんいいよ!じゃあせっかくだから今日から働いてもらおうかな!」


ずいぶんあっさりと許可がおりました。

お兄さんびっくり。


「はいっ!ありがとうございます。せい一杯がんばります!」


あのワンピースを着て気合バッチリのオリビアが、元気良くお辞儀をした。

リサーナさんはそんな素直なオリビアをいたく気にいったようで、笑顔で頭を撫でていた。


「じゃあ、看板娘として、よろしくね!」


「え…」


思わぬリサーナさんの一言に、オリビアは驚く。

まぁ、そりゃそうだよな。

こんな可愛い子、裏方じゃ勿体無い。


「いえ、あの、わたしは…!」


「はいっ!もう時間はないよ!大丈夫!オリビアちゃんならできる!エプロンは今は大きいのしかないけど、いつかオリビアちゃんサイズのを作ってあげるね!ほら、これをつけてご覧。あぁ可愛い可愛い。じゃあ、よろしくね」


またもや急展開。

そう言って、リサーナさんは奥へ引っ込んで行った。

オリビアはリサーナさんに渡されたエプロンをつけ、まだ呆然としていた。


「よし!頼まれたものはきちんとやり遂げようぜ!」


俺がそう言って背中を優しく叩けば、オリビアはハッとして、はいと答えた。


「…反ろんするひまもありませんでした…」


「俺もそうだったから。気に病むことはないよ」


「はい…」


肩を落とすオリビアの頭をわしゃわしゃと撫でた。

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