十
早朝、先に腹ごしらえをした俺と師匠は家から少し離れた、比較的障害物の少ない広いところにいた。
「おはよーございます!師匠!今日はよろしくお願いしまっす!」
師匠とは離れた場所にいるので、大きな声で叫ぶように挨拶した。
「あぁ、準備はいいな?」
師匠は特別大きな声は出してないが、良く聴こえた。
師匠の言葉に俺は腰に下がる手作りの木刀を叩く。
「万全!とは言えませんが、師匠と同じ条件ですから!」
防具は一切なしで、この急場ごしらえの木刀だけで戦う。
それが今回のたった一つのルール。
戦闘では、どのような手を使ってもいいのだ。
「そうか、では…始め!」
師匠が声高らかに宣言する。
その声がするやいなか、俺は駆け出した。
「はぁっ!」
俺は、静かに佇み動かない師匠に向かって、木刀を横に流れるように振った!
「っ!」
しかしそれは、師匠が一歩後ろへ下がっただけの、いとも簡単な方法で躱される。
勢い良く振った腕に体が釣られ、ほんの少し重心が崩れた。
ほんっと、体鍛えられてねぇ…!
今まで筋トレをしてこなかった自分に対し、歯ぎしりする。
師匠はそんな俺を薄く笑ったかと思えば、一瞬の内に俺の横に移動し、片膝を腹に食い込ませた。
いっ、てぇ〜。
咄嗟に右足を踏み込み、地面に倒れるのを阻止する。
くそっ、まだ腹がじんじんする!
木刀を持ち直し、体制を整える。
そして、地面を蹴った。
「…っ!!」
なんだかよくわからなかったが、この攻撃をこのまま続けたら死ぬ。
そんな恐怖が体を襲い、急ブレーキをかけようとするが今更止められやしない。
精一杯体をひねって攻撃の的を逸らす。
例え自分が地面に叩きつけられてもいい覚悟も決めた。
それでも、師匠は俺の攻撃を木刀で上手く流し、回し蹴りを叩き込んだ。
背中から地面で後転し、手で地面を押し上げ、立ち上がり構え直す。
クソいてぇ!
すると師匠は面白そうに口角をあげた。
「ほう、気づいたか。体や技術は劣っていても、野生の勘だけは鋭いらしい」
「……ックショウ!」
先程の恐怖がに体が震えているのにも関わらず、俺は前に飛び出す。
そして、一回目と同じように攻撃すると見せかけ、高く飛び上がった!
「はぁあああ!」
木刀を振りかぶり、師匠めがけて力いっぱい振り下ろす!
!!
師匠が消えた!!
木刀が師匠を捉える前に、師匠は姿を消した。
勢いづいた木刀を俺は止めることが出来ず、そのまま地面に叩きつけたことで木刀は砕けた。
そして、足が地面についたその時、後ろ髪が揺れ、風が首筋を撫でた。
「俺の勝ちだ」
師匠は堂々と、そう宣言した。
あ、首筋に木刀の先をつけられてるのか。
ワンテンポ遅れて理解した。
そして次に思ったのが…。
「…俺ってよえ〜」
木刀がよけられたのを感じて後ろに倒れる。
手も足もでなかった。
つか、師匠がその気になれば、いやならなくとも、俺なんか瞬殺なんだろうな。
…よしっ!
ガバッと勢い良く起き上がり、地面に手をつけて立ち上がる。
そして後ろを向いて、頭を下げた。
「俺に剣術を教えてください!」
無言。
反応なし。
「…お願いします!こんなんじゃ、守るものも守れない!」
こんなんじゃ、またあいつみたいな奴が来た時、対応できない。
「…オリビアか」
「はい。俺といれば、あいつがとばっちりを受けるかもしれない…俺があいつを守らなきゃ…!!」
ぐっと息を止める。
やるしか…ないよな…。
できれば、したくなかったんだけど、ここまできたら王子の責任もプライドも何もないよな。
震える足に手を当て、押す。
片膝を、地面についた。
もう片方も、同じようについた。
腰を下ろす。
次に地面に手をついて…。
「あぁ、そんなのしなくていいぞ。いいだろう。稽古をつけてやる」
「…マジ…ですか」
思わずポカンとした。
馬鹿みたいな顔で見上げてたらしい。
師匠は少し吹き出した。
「あぁ…マジだ。だがお前は脳の命令に体がついていけてない。身体能力が低い証拠だ。型にはまりすぎなその戦い方も直さなければならない。先は長いぞ」
先程吹き出したのは見間違いかと思うくらい、顔つきが変わった。
真剣に、射るような目で俺を見据える。
ゾクッと背筋が震えた。
しかし、次の瞬間には挑むように師匠を見上げていた。
「すぐに師匠を越えて見せますよ」
「…ふっ。精々精進しろ。オラ、立て。休んでる暇はないぞ」
「はいっ!」
即座に立ち上がり、木刀を探す。
「あ…」
壊れてた。
どうしよう。
先に体術習おうか。
「俺のを使え。一度でも俺に当てれれば、夕食を一品やろう」
「マジすか!」
難易度かなり高い気がするが、褒美があるとやる気はだぜんアップする。
「その代わり、出来なければお前のメインディッシュは俺のものだ」
「えぇえ!?」
んな理不尽な!!
「ほら、まだ時間はある。精々足掻け」
師匠が手に持っていた木刀を俺に向かって投げた。
慌てて木刀をキャッチする。
畜生。
こうなりゃやけだ!
「行きますよ、師匠!」
木刀を握り、構えをとる。
師匠は不敵に笑い言った。
「あぁこい」
俺は師匠に向かって地面を蹴った。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
「………さん、ル…スさん。おひるごはんですよ。おきてください」
「はっ!」
気がつけば目の前にオリビアがいた。
なんかデジャヴを感じながらも起き上がる。
どうやらここは木陰のようだ。
「お昼ご飯…?」
「そうですよ。ルイスさん、わすれてしまったのですか?きのうわたし、おべんとうつくるっていいましたよ!」
「あぁ、そうだった。俺は…気絶してたのか」
記憶は師匠の回し蹴りを腹に食らったのを最後に途切れてるから、きっとそのままダウンしてたんだ。
ぐぅ〜。
俺の腹の虫がなった。
「むこうでおにいさんもまってますよ。いきましょう」
オリビアが俺の腕を引く。
「はーい」
俺は素直に立ち上がり、立ち上がったことで見えた先にいる師匠の元へ歩き出した。