一
「君に救ってほしい女の子がいるんだ」
真っ白な世界で誰かが俺にそう言った。
「突然ですまないね。君にしか頼めないことなんだ。彼女の名は****」
くれぐれもよろしく頼むよという声を最後に世界は暗転。
「おぎゃあおぎゃあ」
俺はこの世界に生を受けた。
それから16年経った今も何故か、その記憶が残っている。
・⚪︎●○●○●○●⚪︎・
「おう、じ!お待ち、くださいっ王子ー!」
俺ことルイス・ラフェイットは大国ラフェイットの王子として、今日も今日とて兵士との訓練(追いかけっこ)に励んでいる。
「待てと言われて待つ奴はいないぞー!そんなんでもしもの時に対応できるのかー?オーウェン!」
足を止めることなく後ろを向き叫ぶと、オーウェンが少し離れたところで走っているのが見えた。
(オーウェンとは、俺専属の兵士であり、なかなか強いらしい。
たまに戦ったりしているが、そんな素振りは見せないんだけどなぁと溢したら苦笑いされたけど。)
その足取りはおぼつかなく、顔は赤いを通り越してむしろ青くなっているように見える。
そろそろ限界かなと見切りをつけ、自らオーウェンの元まで走る。
「おう、じ…さぁ、王の間へ参りましょう…国王様が、お待ちです」
オーウェンが今にも泣きそうな顔で言ってきたので、俺は笑って言ってやった。
「ヤダ」
「王子!」
オーウェンが俺を捕まえようと手を伸ばすが、その手をするりと躱し、身を翻して走り出す。
「オーウェン!今日は城を5周したぞ!先週よりも1周増えたな!この調子で頑張れよー!」
後ろから王子ー!という聞いてるこっちが辛くなるような声が聞こえた気がするがきっと気のせいだ。
俺は森へ向かって足を急がせた。
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緑深いこの森は、ラフェイットと隣国メンフィスを繋ぐ国境の役割を果たしている。
通称神秘の森。
ちょうど二つの国の境目にあるという巨大な大木にはその昔、たくさんの精霊が住んでいたらしいが、それを検証することはすでに不可能だ。
何故なら、数十年前に両国で起きた戦争のときに枯れてしまい、今ではただの切り株に姿を変えてしまったからだ。
今俺が向かっているのはその切り株の元だが、目的は精霊の有無を確かめるためではない。
今のご時世では、精霊なんてそれこそまさに夢物語なのだ。
俺が会いたいのはそんなあやふやなものではなく、もっと確かなもの。
行く手を阻む枝を除けたその先に、例の切り株の半分に腰掛け、木の実にかぶりつく、目的の少年を見つけた。
「エイデンー!」
少年ことエイデンは俺を見つけるとへらっと笑い、手を振った。
「ルイさん、こんにちはー」
(エイデンとは俺が七つの時にこの森で出会った友人である。
いつも黄緑の帽子をかぶっている、俺と同じくらいの年齢の少年だ。)
俺もエイデンの隣に腰掛ける。
罰当たりな行為だとか、そんなことは気にしない。
ここにはそんなことを注意する大人はいないのだから。
「ルイさんもどうぞー。採れたてフルーツですよー」
エイデンがバッグからもう一つ木の実を取り出し、切り株に置いた。
「おっ、やった!サンキュー。エイデン」
俺は木の実を掴み、服にゴシゴシ擦りつけて、少年と同じようにそこにかぶりついた。
そう。
この切り株のちょうど真ん中で国境を挟んでいる。
俺はこれでも王子だから、そうやすやすと国境を越えるべきではないことくらいは理解している。
エイデンもそこは頑固なほどにこちら側へは来ようとしない。
ここへ通うようになって三年目。
俺とエイデン、言葉を交わしたことは数あれど、触れたことは一度もない。
「そうだエイデン。俺、また新しい技を覚えたんだ。これ食ったら見せてやるよ」
「本当ですか?それは楽しみです」
エイデンが微笑み、俺もつられて笑う。
例え触れられなくともエイデンと共に過ごす時間はとても楽しいものであった。
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それはすでに日が傾き始めた頃だった。
お互いに何を言うでもなく立ち上がり、帰路につこうと一歩踏み出した。
その時エイデンが振り返って、俺にこう言った。
「そういえばルイさん。僕、当分ここには来れないかもしれません」
「え…?」
一瞬聞き間違いかと思った。
しかし、やけに思いつめたような顔でそう言ったエイデンの表情が、聞き間違いではないことを物語っていた。
「なんでだ…?そんないきなり」
「あっそっか。まだルイさんの国には情報が入ってきてないんですね。実はここ数日、僕の国でクーデターが起きてるんですよ。それがだんだん酷くなっていって…僕も、本当はこうしていてはいられないんです」
エイデンはそう言いながら困ったように眉を下げ、笑おうとする。
俺はつい、エイデンを止めようと腕を伸ばしていた。
それでも国境を越える前にハッと思い直し、腕を下ろす。
エイデンはそんな俺の様子を見て、また泣きそうな顔をした。
「…それではルイさん、またいつか」
そう言って、エイデンは走り去ろうとした。
しかし、すぐに何かに躓いて転んでいた。
その拍子にレードマークである帽子も脱げかけるが、エイデンは素早く帽子を被り直していた。
「エイデン!?」
「あはは…転んじゃいました…」
帽子を抑えながら、エイデンははにかんだ。
その姿に、俺はやはり不安になる。
「エイデン、お前、俺のとこに来るか…?子供の一人や二人、増えても全く問題ないんだぞ?」
エイデンはフルフルと頭を振った。
「母様が待ってるから。でも、ありがとう。ルイさん」
そう言ってエイデンは立ち上がり、パンパンっとズボンについた土を払った。
それじゃあ、と手を振るエイデンに、俺は未練たらしく腕につけていた魔法具を放り投げた。
「それやるよ!魔力さえ貯めとけば、何度でも結界を張れるんだ!」
それは思ったよりも飛び、エイデンはそれを追いかけ何処かへ言ってしまった。
「…ありがとう!」
少ししたら、無事キャッチしたらしいエイデンの声が聞こえた。
またなー!と叫んだら、俺も帰路についた。