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彼女の知らない、世界の続き。



 塔の最上階に辿りついた瞬間、彼らは否応なく思い知らされた。全て――終わってしまったことを。

 石組みの広い空間は、殺風景を通り越して寒々しいほどで――その中ほどにぽつりと落ちているものには誰もが気づいたけれど、そこまで足を運び、確認する気にはなれなかった。

 そうしてしまえば、認めたくない現実を突きつけられるだけなのだと知っていたから。


「――<ラプンツェル>の力も、<魔女>の力も、もうない。世界の脅威は去った。滅びの芽は摘み取られた」


 そして彼女の存在も、とはジンは口にしなかった。だがそれは、口にするまでもなく誰しもが痛いほどに理解している事実だった。

 じっと室内を見ていたイールが、不意にジンへ問いかけた。


「ここに、<ラプンツェル>が――<智者>がいた?」

「……ああ」

「キミは見たことがあるんだよね。どちらも?」

「ああ」

「――そう。じゃああの子は、少なくとも会えたんだ。会いたい人に」


 こんな時でも変わらず淡々と紡がれるイールの言葉に、たまりかねたように叫んだのはラスティードだった。


「そんなの、なんの救いにもならないだろうが!」

「じゃあ言わせてもらうけど、あの子にとっての救いがなんなのか、キミは知っているの。あの子の選択を否定できるような、他の選択肢を選べたって?」

「……っ!」

「――お前達。その辺でやめておけ。――彼女は、お前たちがそんなふうに諍いを起こすことを望んではいなかった」

「……だろうね」

「――くそ…っ!」


 どこにも向けられない感情をぶつけるかのように、ラスティードが乱暴に床を踏みつけた。

 そんな中、すっと静かに足を踏み出したのは、この場唯一の――唯一になってしまった・・・・・・・女性であり、何事もなければ<智者>と人とを繋ぐ役目を負うはずだった人物――ティハーシャだった。


 カツン、カツンと一定に響く足音を、まるで滅亡への足音のように聞く。それは多分、この場の誰もがそうだったのだろう。

 コツン、と最後の足音がして、ティハーシャが立ち止まったのだと知れる。ゆっくりとかがみ込むその衣擦れの音さえ聞こえそうな静寂。

 そうしてティハーシャが拾い上げたものを、その場の誰もが見知っていた。――何故ならそれは、彼ら全員の総意で、彼女・・に贈ったものだったのだから。

 旅に最低限必要なものと、そして伝説たる<レザルス・クルツ>。

 それだけしか持たずにいた彼女が、旅の中でただ一度、装飾品の類に目を留めたときのことは、誰もが鮮明に覚えていた。せめて気休めの護符くらいは持っていてもいいだろう、と理由をつけて渡したそれに、彼女が僅かに目を見開いたのも。



『……昔、これによく似たものを持ってたことがある』

『まさか、こんなところで似た物に出会うとは思わなかった』



 そう言って小さく笑ったことを、きっと彼女は自覚していなかったのだろう。懐かしむように細められた瞳が、揺らいでいたことでさえ。


 私は完全なる異邦人だ、と彼女は幾度となく口にした。世界に歓迎されない、<智者>に繋がる細い糸だけを辿って存在する招かれざる客だと。それゆえに、界を超えて存在を許されたのはこの身一つなのだとわらっていた。


 ――だからこそ、この場にいる誰も、彼女の名を呼べない。



『名は呪だと、私の世界では言われていてね。……多分、そういうことなんだろう』



 異世界の人間である彼女にどれだけの効果があるかは不明でも、名さえ呼べれば術士ならば加護を与えられただろう。それ以外の人間であっても、名を呼ぶというそれ自体でこの世界に彼女を馴染ませられただろう。

 この世界での名は、個人が個人としてそこに存在する、その証明となるものだと言われている。だから名を呼ぶことは、世界にその人が存在していると知らしめる行為となるのだ。

 ――それすらも、彼女には許されてはいなかったけれど。


「――残して、いってしまったのですね」


 ティハーシャが呟く。仕方のないひとだと、咎めるように。

 自分たちが彼女を想う気持ちさえ置いていってしまったのかと、非難の響きを滲ませて。


 考えるべきことも、しなければならないことも、数え切れないほどにあることは誰もが理解していた。

 帰還を前提にしての<智者>の不在ではない。<智者>がこのまま永遠に喪われるのか、新たな<智者>が生まれるのかも、残された自分たちには知りようがない。

 <智者>という絶対的な存在に頼りきっていたこの世界は、きっとこれからかつてない混乱に陥るのだろう。――けれど、それでも世界は続いていく。

 彼女という犠牲の上にそうなったことを、今ここにいる人間以外は知らない。


 彼女は、ただ、幼馴染との約束を守るだけだと言っていた。

 この世界を守るとも救うとも言わなかった。そのつもりすらなかっただろう。


 それでも彼女がこの世界の滅びの運命を断ち切ったのは事実で。

 だからこそ、この世界を続かせていくのは、この世界に生きる人々でなければならないと強く思う。


 彼女の救った世界を、終わらせてはならないと――ただ、強く。



 けれど、今だけは。

 何もかも一人で決めて、一人で抱えて、そうしていなくなってしまった薄情な旅の仲間を悼むことくらいは許されるだろうと。


 いつしか<ラプンツェル>の伝説とともに忘れ去られるだろう<塔>の最上階で、それぞれに彼女を想いながら――彼らは瞳を閉じた。



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