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塔 ―<ラプンツェル>―



 闇に沈むように在るその姿は、よく見知った人のもののはずなのに、別人にしか見えない。それくらい、纏う雰囲気が違う。


 茅早。

 <智者>。

 <ラプンツェル>。


 全て同じで、違う人。

 そして今、私の目の前にいるのは――<ラプンツェル>だ。


 <ラプンツェル>は不思議そうに私を見ている。新月の夜に繋がる夢の中、<彼>がいつも座っていたのと同じ、まるで玉座のような椅子に腰掛けて。

 ……ああ、違う。

 座っているんじゃない。腰掛けているんじゃない。

 ――縛り付けられて、いるんだ。

 闇色の茨が、拘束するように<ラプンツェル>と椅子とを取り巻いている。

 そこでやっと気付いた。

 周囲の、私が闇だと思ったものは――全てが茨であることに。


「……戒めの、茨」


 それを為したのは、誰かなんて。

 考えるまでもなくわかっていた。

 最初に<彼>を茨で縛り付けたのは、<魔女>。<智者>を堕とすため、彼女の望みのために、そうした。

 でも<智者>が<ラプンツェル>となったなら、その茨は用を為さない。今尚<ラプンツェル>を縛り付ける闇の茨は、<魔女>が生み出したものじゃなくて。

 <彼>が、最後の力を振り絞って、生み出したものだ。

 少しでも<ラプンツェル>を抑えるため。そうしないと<ラプンツェル>は<王子>を迎えて、そして<塔>を降りてしまうから。

 ……世界を破滅に導いてしまうから。

 それを少しでも、遅らせるために。

 <ラプンツェル>と<智者>は表裏一体の存在だから、どれだけ効果があるかなんてわからなかっただろう。でも、きっと。

 <彼>は私がここに来ることを、そして<彼>の頼みを果たそうとすることを知っていたから。

 間に合わなかった私を、責めるなんてせずに。

 ただ、意志の力だけで、<ラプンツェル>を拘束することを選んだんだろう。


「……ごめん」


 知らず、懺悔のように呟いた。


「……間に合わなくて、本当に、ごめん」


 一歩。

 茨を踏みしめて、<ラプンツェル>に近づく。


「助けられなくて、ごめん。最悪の結果を、私だけが回避できたのに」


 また一歩。

 この世界の人間じゃない私だけが、<智者>の運命を変えられた。

 ――変えられる、はずだったのに。


「助けたかった。救いたかった。……幸せに、なってほしかった」


 永劫に続く、<智者>の生。途切れない輪廻。

 新しい生を受ける度に、少しだけ触れられる他世界での思い出を、支えに。

 どれだけの時間を、過ごしてきたんだろう。

 <ラプンツェル>の前に立つ。

 やっぱり不思議そうに見上げてくるのに、少しだけ笑った。


「……茅早が望むのなら、世界が壊されてもいいと、思ってたけど」


 引きずるようにして持ってきた<レザルス・クルツ>を、ゆっくり持ち上げた。


「茅早がそんなこと、望むはずがないのも、知ってたよ」


 座ったままの<ラプンツェル>の目線は私より下で、当然、その上半身も私より低い位置にある。


「『止めて』って、茅早は――<智者>は言ったけど」


 だから、狙いをつけるのは簡単だった。

 <レザルス・クルツ>の切っ先を、ぴたりとそこに付ける。

 ――<ラプンツェル>の、胸元に。


「それを私に頼むのは、結構酷いよ。……間に合わなかった私が、悪いんだけど」


 やっぱり不思議そうな顔のままの――何も理解できていない<ラプンツェル>に、一度だけ目を閉じて。


「……おやすみなさい」


 一息に、突き刺した。


 目が眩むような光が、空間を満たす。


 そして次に目を開けたときには――そこには何もなかった。

 <ラプンツェル>の姿も、座っていた椅子も、闇色の茨も、何もかも。

 手の中の<レザルス・クルツ>も、光の粒子となって、少しずつ消えていく。

 <智者>が完全にいなくなったから、存在できなくなったんだろう。


 ……そして。

 私の身体も、うっすらと透け始めていた。


「……はは、やっぱり、ね」


 この部屋に入った瞬間に全身に広がったんだろう紋様が明滅しているのが、視界の端に映った。

 術式のせいか、<智者>という繋がりがなくなって、この世界に拒否されたからなのかはわからない。

 ただ、私という存在が、消えようとしていることだけは理解できた。


「……別世界の人間が、この世界で死んだらどうなるかは、<智者>の知識にもなかったな」


 それを言ったら、<智者>――<ラプンツェル>が死んだらどうなるかも、知識にはなかったけれど。


「同じところに、いけるといいな」


 目を閉じる。


「……会いたいよ。茅早」



 そして。

 全ての感覚が、無くなった。




 ――だから、そのあとのことを、私は知らない。




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