表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/8

塔 ―願いと意志―




 意識が戻って最初に見たのは、闇にぼんやり浮かぶ<レザルス・クルツ>の姿だった。それから、その向こうに見える――<魔女>の使い魔の姿。明らかな敵意を向けてくるそれは、<レザルス・クルツ>に阻まれてこちらへは近づけないようだった。

 <レザルス・クルツ>が結界のような役割を果たしてくれていたことを知って、最後の最後まで私は<智者>の知識に――<彼>に助けられるのだと苦笑した。


「ありがとう、<レザルス・クルツ>」


 淡く赤色に光る<レザルス・クルツ>を再び手に取って、術式を使って現在位置を確認する。大まかに把握した現在位置と<塔>の構造を頭に叩き込んだ。

 流石に<塔>の最上階――<ラプンツェル>の元に直接転移することは、<レザルス・クルツ>であっても不可能だったらしい。それでも随分と短縮された道筋に、ほんの少し笑う。



 ……これで、絶対にみんなは私に追いつけない。



 <レザルス・クルツ>を持ち直して、使い魔を切り捨てる。手の甲にまで広がっていた術式は、見なかったことにした。





 <レザルス・クルツ>を手に、一体いくつの階段を昇っただろう。各階に仕掛けられた<魔女>の妨害を、ひたすらに術式の力と<レザルス・クルツ>で打ち破って。

 術式で抑えていたはずの痛みは、当たり前のように全身を襲っている。術式をかけ直したとしても、もう気休めにもならない。

 この世界に来て、<レザルス・クルツ>を手に入れたばかりの頃のように、意思とは関係なく<レザルス・クルツ>に操られるように身体が動く。

 ……限界が近づいてきているのだと、遠のきかける意識の中、ぼんやり悟る。



 <魔女>の<智者>への執着を物語る、いくつものトラップを壊し尽くして。危険の無くなった階を、階段を目指して進む。

 壁に寄りかかるようにして歩きながら、最後までもつだろうか、と自問する。もつか否かじゃない、もたせるのだ、と強く思う。

 最初から変わらない、ただひとつの願いを叶えるという、それだけの意志が、これまで私に力を与えてきた。


 ――そう、だから絶対に。

 『その瞬間』だけは、迎えてみせる。




 最後の階段を、昇る。身体は鉛のように重くて、一瞬でも気を抜けば意識が飛んでしまいそうだけれど。


 ……大丈夫。『最悪』の事態にだけは、させない。間に合わなかった私にできる、たったひとつのこと。


 そうして、最上階に足を踏み入れた瞬間。

 塗り潰されるように、意識が途切れた。










 誰かの声が、聞こえる。


「……て」


 ずっと聞きたかった声。聞けなかった声。生身で相対することを、何よりも望んだ人の。


「起きて、××」

「……え?」

「あ、やっと起きた。出かけるから起こしてって言ってたよね? 時間、ギリギリなんじゃないの?」


 朗らかに紡がれる言葉も、注がれる柔らかな眼差しも、全てが遠い。


「……茅早?」

「なに? ぼーっとしてるけど、寝ぼけてる?」


 低血圧だもんね、と笑うその姿を見て、混乱する頭に問いかける。

 これは何? 茅早がどうしてここにいるの。

 だって、茅早は<智者>になっていなくなって、<魔女>に囚われて堕ちて<ラプンツェル>になってしまって――だから私は止めるために<レザルス・クルツ>を使って<塔>に侵入して、そうして――。


「何、幽霊でも見たような顔して。ホラーな夢でも見た?」


 これ以上ないくらい、私の記憶する『日常』のままだった。何度も戻りたいと願った、何度も夢に見た『日常』。



 でも、だからこそ、すとん、と理解できた。



「……そっか。そうだった。こういう妨害だって、あるか」

「? どうしたの、××」


 自嘲する。不自然に『聞こえない』名前を耳にした時点で気付くべきだったのに。

 あんまりにも精巧な『幻』で、そして恋焦がれてた情景だったから――正常な判断ができなかった。

 でも、このトラップを仕掛けたのが<魔女>にしろ<ラプンツェル>にしろ、私の『名前』だけはどうにもならなかったらしい。


 当たり前だ。だって、私の『名前』は――。


「<レザルス・クルツ>」


 呼びかけて手に意識を集中すれば、慣れた感触が伝わってきた。『見えない』ままだけど、多分大丈夫だろう。私が認識できていなくとも、そこに在ることには変わりない。


「……壊して」


 呟くと同時、目に映る風景が歪む。ひび割れる。粉々に、破壊される。

 そして、全て消え去った後には。


 闇と、人影がひとつ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ