塔 ―君を想う―
目の前に佇む、高い高い塔を見上げる。
<魔女>が<智者>を閉じ込めるためにつくった塔。<魔女>の執着のかたち。ここで<智者>は<ラプンツェル>となった。全て奪われ、囚われ、堕とされて――歪んでしまったから。
その前に、助けたかったのに。弱っていく<彼>を私は知っていたのに。
新月の夜、意識が繋がるたびに、歪んでいく<彼>を確かに感じていたのに。
――……間に合わなかった。その事実だけが、今はある。
この世界で、<ラプンツェル>は災厄を招く不吉な存在だと伝えられている。
塔から降りた<ラプンツェル>が何をするのか――何が起こるのか、実際に知る人は誰もいない。遠い遠い昔から、語り継がれてきた伝説の一部分。
いつか来る日のために<智者>が伝えた、予言の一端。
「遅くなって、ごめん。……茅早」
<智者>でもない。<ラプンツェル>でもない。私が助けたかった、ただひとりの人。
全知の<智者>なんて知らない。世界を破滅に導く<ラプンツェル>なんて知らない。
優しすぎるが故に不器用な、共に育った<彼>を助けるためだけに、私はここへ来たのだ。
「頑張ったね。誰が知らなくても、私が知ってる。……間に合わなくて、ごめん」
呟きは、届かない。届くはずがない。
「すぐ、行くよ。……君の頼みは、ちゃんと果たすから」
<ラプンツェル>は願いを叶える者。愚かな<王子>の願いを聞く者。
――世界を害する願いだけを、叶える者。
そんなこと、<彼>は望んでいなかったから。
だから、私が。
……終わらせる。
<レザルス・クルツ>を地面に突き刺す。代わりに腰に差していた短剣を抜いた。
抜き身の刀身を、掌に滑らせる。チリッと痛みが走って、一瞬遅れて赤が滲んだ。
その傷をそのままに、再び<レザルス・クルツ>を手にすれば、全体に刻まれた銀の装飾が、柄から順に赤色に染まる。
本来私は、<レザルス・クルツ>を扱える器じゃない。所有しているだけで負担がかかるくらいに、格が違う。
でも、今からやろうとしていることは、その状態じゃできないから。
<智者>の知識で得た、<レザルス・クルツ>の使用法。<レザルス・クルツ>の力を余すことなく使えるようになる代わりに、使用者への負担は段違いになるけれど。
<魔女>でも<王子>でもない――塔の中に立ち入る資格のない私には、こうするより他に術はない。
もう一度、地面に<レザルス・クルツ>を突き刺す。さっきよりも深く、刀身の半ばまで埋まるくらいに。
それから、片膝をついて、柄を握った両手に額を押し付ける。――ここに他の誰かがいれば、祈りのようだと言ったかもしれない。
「――連れて行って、<レザルス・クルツ>」
そう口にした瞬間、何もかもが遠ざかって――意識が闇に、沈んだ。