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終わりの日 ―ジン―



「……忠告をありがとう」


 それだけ伝える。やめる気がないのを察したのだろう、ジンは呆れたように溜息をついた。


「それで、俺に見逃せと言うつもりか? 恩人が危地へ向かうのを平気な顔で見送れるほど、心は捨てていないつもりなんだが」

「恩人とはまた、買いかぶってくれたものだね。……そう言うのなら尚更、黙って見送ってくれないかな」

「できないな」

「即答か。……正直、困る。君とはもう争いたくない」

「知っている。それにつけこもうと思ったんだが――やめておこう」


 不可解な言葉に首を傾げる。ジンはさらに近づいて、私を見下ろした。


「俺はお前に敵わない。無駄に争って、術式を広げさせるのは本末転倒だ」

「……知っていたとは思わなかった」

「元とはいえ、最高峰の術士とまで呼ばれたんだ。それくらいは気付く」


 その再来と言われているラストは気づいていなかったようだけど、きっと経験の差なんだろう。


「その様子だと他の者は置いてきたな?」

「多分まだ眠ってるはずだけど」

「ならば、俺がついていこう。多少は役に立つ」

「お断りするよ。――…危険すぎる」

「それがわかっていて、一人で行こうとするお前ほどは無謀じゃない」


 確かにそれは正論だ。だけど、ラスト達と同じように、ジンも巻き込みたくはない。

 これは私の我侭。戻れる保証のない場所に踏み入るのは、私だけでいい。


「……ごめん」


 多分、泣き笑いみたいな表情だっただろう。ジンが不機嫌そうに眉根を寄せた。


「どうしても、駄目か」

「うん」

「無理やりにでも着いて行くと言っても?」

「駄目だよ」

「情けなくも懇願し、縋りついてもか」

「そうまでする理由は、君にはないだろうに」


 苦笑する。せっかく<魔女>から解き放たれて自由になったのに、わざわざそうまでして死地に向かう理由などない。


「恩人だと言っただろう。お前がいなければ、俺は死ぬまであの<魔女>の使い魔だった。お前によって救われた命――俺という存在を、お前のために尽くすことは間違っているか?」

「……その訊き方は、ずるいと思うよ」


 間違っているか、と聞かれて、間違っていると答えられるほど、私は他人に対して責任を持てない。

 ――だけど。


「それでも、駄目だ」


 そう告げれば、ジンは深い溜息をついた。


「……本当に、お前は、呆れるほどに頑なだな」

「そうかな」

「自覚がないとは救いようがないな」

「…………」


 自覚が、無いわけではない。私はずっと、ただ一つの目的のために行動してきた。それ以外を忌避し、斬り捨てる私は、きっと他からすれば頑なに見えていたのだろうと思う。

 けれどそれが問題だとは思っていなかった。

 だって、私は彼を助けるためだけに、この世界に来たのだから。


「ついてくるのは駄目だよ。それだけは誰にもして欲しくないんだ。……でも一つ、頼みごとをしてもいいかな」

「頼みごと?」

「そう。もしみんなが、私を追いかけてきてしまったら。……塔に踏み入らないよう、止めて欲しい」


 ジンが、一瞬息を止めた。見開いた目をすぐに眇めて、忌々しげに舌打ちする。


「……それを、俺に頼むのか」

「頼めるのが、君だけだから。……私を恩人だというのなら、どうか聞いてほしい」


 さっき、ジンにずるいと言ったけど、本当にずるいのは私だ。

 ジンがそれを望まないのも、それでも私の頼みを断れないのも知っていながら、こうして頼む私こそ、ずるくて、卑怯な人間なんだろう。

 きっとジンは、私の意思を尊重しようとする。私に恩を感じているから、誠意を尽くそうとする。

 だからこそ、同行を断られたジンは、自分以外の人間が私を止めようとするのに賭けていたはずだ。ラストやイールのような――私がこれまで旅路を共にしてきた人たちに。

 もしかしたら、塔まで導くことすら視野に入れていたかもしれない。この間まで敵対していたから、お互いの間には複雑な感情があるだろうけど――使い魔として操られていたのだと、みんなも知っている。みんなは優しいから、きっと私ひとりで塔へ踏み入るのを良しとしないだろう。

 そこに事情を知っていて、塔に詳しいジンが現れれば、協力するというのをつっぱねたりはしないはずだ。各々の心情がどうであれ。

 ――過去より未来を選べる、強い人たちだから。


「…………わかった。確約はできないが、足止めは引き受けよう」


 長い長い沈黙の後、何かを諦めるように溜息を吐いて、ジンは頷いた。


「――…ありがとう」


 不本意な選択を迫った自覚はあるから、せめて感謝が伝わるように笑う。ジンはそんな私に、気遣わしげな視線を向けてきた。

 新月の夜のようなその瞳に、私の姿が映る。

 ……ああ、私がこの世界に来た直後にも、こんなふうに見つめられた気がする。

 ジンは、この世界に来てから知り合った中では、一番長い付き合いだ。とは言え、基本的には敵対関係だったのだけど。


 ふ、と。ジンの瞳の奥に、見慣れた――見慣れてしまった熱を見つけて、動揺する。

 つい昨夜、その熱はラストを煽って、彼をらしくない行動へと駆り立てた。まさか、と思うけれど、一度気付いてしまえば、それは疑いようのないほどの存在感を持っていた。

 どうして。なんで。いつから。口に出すことはできない問いが、私の頭を埋め尽くす。何とか表情に出さないでいられたけれど、何かを感じ取ったのか、ジンが私に向かって手を伸ばした。

 動けないでいる私の頬を、ジンの手が包む込む。慈しむように、頬を指がなぞった。


「俺は、――」

「駄目、だよ」


 ギリギリで、遮ることができた。掠れて弱弱しい、我ながら頼りない声だったけれど。


「その言葉は、私に言うべきじゃない。否定したいんじゃない、認めないわけでもない。でも、だからこそ、言っては駄目だ」


 だって私は、『帰る』つもりはないのだから。


「……お前は、酷いな」


 ふわりと優しく――それこそ常からは考えられないようなやわらかさに満ちた表情を浮かべて、ジンは手を離した。そうして一歩、足をひく。

 私もまた、一歩分後ろに下がる。……手を伸ばしても、もう届かない距離まで。

 引き際のよさは、敵対していた間に嫌というほど思い知らされていたけれど、こういう時でも変わらないらしい。けれどこれは、『引いてくれた』だけだ。私の意思を尊重して、私を追い詰めないようにしてくれただけ。重荷にならないように伝えないことを選んでくれただけ。

 その証拠に、ジンの視線は、無視しようのない熱を孕んでいる。ラストのように最後の一線を踏み越えなかっただけのこと。


「――…そろそろ、行くよ」


 真っ直ぐに見つめてくる視線に耐えられなくなって、目を逸らして言った。

 そんな目で見ないで欲しい。私はその真摯さに応えられないのに。


「そうか。気をつけて行け」


 僅かに笑んだ顔が、少しだけ寂しげに翳った。


「無事を祈っている。……名を、」


 不自然に言葉を途切れさせる、その理由を知っている。私の選択の、その末路。


「――名を、呼べれば。気休めでも加護を与えられたのだが」

「……仕方ないよ」


 苦笑した、――つもりだったけれど、実際どんな表情になったのかは、わからなかった。




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