追われているのは誰だ
師匠がいなくなると、ジンはため息をついた。
お姫様が何だって言うんだ。
師匠は弟子より姫が大事なのか?
・・・・・大事だろうな。
ジンは再び鏡の壷を覗き込んだ。
すると姫がこちらを見つめている。
「さっきの男の子でしょ?」
ジンは驚いてしりもちをついた。
なんでだ。
こっちは見えていないはず。
ジンはそっと壷の中をのぞきこんだ。
すると再び姫がこちらを見つめしゃべりだした。
「驚かせちゃった?でも、私は王族よ。そのくらいの魔法を見破れなきゃやってらんないわよ。」
たしかに・・・ジンは納得した。
「じゃあ、何で師匠が覗いたときは何にも言わなかったんだ?」
「あなたに伝えたかったの。」
「・・・?」
「狙われてるのはあなた。そこから逃げなさい。」
「何で?!」
「理由はいずれわかるわ。後10分もすればそこに追っ手が来る。その前にそこから逃げるべきよ。」
「理由もないのに逃げるやつなんかいないだろ。」
姫はため息をついた。
「わかった。じゃあ、こうしましょ。夕暮れまでに東のはずれにある古い教会で待ち合わせ。そこに来てくれたら理由を話すわ。」
姫があまりに真剣な顔で話すのでジンは頷いてしまった。
姫はニコリと微笑むとこちらにむけて手を伸ばし、鏡の壷を見えなくした。
ジンは奥の部屋にある戸の閉まった棚の扉をあけた。
その棚は古く、いたるところにくもが巣を作っている。
棚の一番はじにある箱をジンは取り出した。
箱にかぶさったほこりを手ではらうと机の上に置いた。
これは師匠がもしもの時のために薬を小分けにして閉まってあった物だ。
師匠、使わせていただきます。
ジンは箱のふたを開けると袋の中に入るだけ詰めた。
他にもとりあえず、2日ほどは困らないようにと食料をつめこみ表にカギをかけ裏口から外に出た。
何で俺はあのノアとかいう姫の言う事を信じてるんだろ。
ぶつくさ言いながらジンが歩きだすと、さっきまでいた師匠の家の表の入り口が乱暴に壊される音が響いた。
ジンは恐ろしくなり駆け足でその場を立ち去った。
姫の言っていた教会とは15年ほど前にある一人の信者が狂ったように3日3晩叫び続け、最後に牧師と一緒に自ら教会に火を放ち焼け死んだといういわく付きの教会だ。
その噂のせいで教会を訪れる人間は皆無に等しい。
ただの噂だが大人たちにこの話を聞くとみんな口を閉ざしてしまう。
ジンはその当時3歳だったので記憶もない。
できれば行きたくない場所1位だろう。
その教会まで歩いて軽く2時間はかかる。
家に一度戻って馬を借りたい気分だが、さきほどのことを考えると追っ手は家の前で見張っているだろう。
くそっ。
師匠みたいに早く移動する陣をもっと早く教わっとくんだったな。
町を突っ切れば2時間で着くが、ジンはあえて遠回りをした。
用心には用心を!だ。
なんだかよく分からないが、よくないことに巻き込まれているのは確かだ。
なぜなら、黒いマントを身に付けた兵士がジンの写真を持って町中を探しているのが見えたからだ。
教会につく頃には真上にあった太陽もほとんど姿が見えなくなっていた。
「やっと来たわね。ついてきなさい。」
何がついてきなさいだ。
いくら姫だからって偉そうにするなよ。
姫なら姫らしくお城で優雅にお茶でもすすってればいいんだ。
ジンはぶつくさ文句をいいながらさびれた教会に入って行った。
教会の中はところどころ焼け焦げてはいるもののなかなかキレイだった。
天井には所狭しと天使の絵が描いてあり、きちんと整列された椅子には彫刻がほられてある。
ただ、教壇の上のステンドグラスだけが見事に破壊されていた。
「ここよ。」
姫はそう言うと音の出ないオルガンの鍵盤を押すとオルガンのすぐ側の床が動き、地下への入り口が姿をあらわした。
一歩中に足を踏み入れると、中が急に明るくなり一番底までながめることができるようになった。
底はかなり深いところにありその先には倉庫のような場所が広がっている。
「あなたが何で追われているのか知りたいでしょ?」
「当たり前だ。」
翔の答えに姫が笑った。
「何がおかしい。」
「本当に何も知らないのね。」
「何が?」
「私ね、後1年もしたら死ぬの。でも、王の子供は私一人。だから死ぬわけにもいかない。そこで一人の人間の命と引き換えに私の命を復活させるの。」
「ふ〜ん、それがどうした。かってにやってくれ。」
「それがあなたなの。私の代わりに死ぬの。」
「はぁぁぁ?!何で俺なんだ。」
「あなただけが適合者なの。薬師は大切な国の宝よ。特にあなたは老子さまに認められた唯一の存在。でもね、国はあなたより私の命のほうが大事なの。」
「おい!適合者ってなんだよ。」
「誰でも代わりに死ねるわけじゃないの。魂にも形があってその形がぴったり合わないとダメなの。それがたまたまあなたしかいなかったのよ。」
姫はそう言うとポケットからりんごを取り出した。
「食べる?」
ジンは何も言わずにさしだしたりんごを叩いた。
「そんなに怒らないで。私だって誰かの犠牲によって生き延びるなんてしたくないのよ。でも、私がいなくなったらこの国が・・・。だから協力して欲しいの。」
姫は真剣な顔でジンを見つめた。
「魔神を探して欲しいの。」