第四話 雪達磨と雪合戦
雪玉がゆるやかな弧を描いて空中を舞い、雪の壁に当たって砕け散った。
その雪壁の陰から、ビュンッと雪玉が飛来する。日照雨は慌てて壁の裏へと身を忍ばせた。それから、窺うように壁から顔をひょっこりと覗かせる。雪玉が再び飛んでくるのを見て、再度頭を引っ込めた。
手袋をはめた右手に雪玉を握り、無作為に壁の向こう側へ放り投げる。勢いなく狙いもつけていない雪玉は、ぼすっと雪の絨毯の上に墜落した。
月華の居城である氷の城の眼前に広がる雪景色。そこは今、雪合戦のフィールドへと変貌を遂げていた。
自陣と敵陣とそれ以外の空間に三等分されており、自陣と敵陣には身を隠せる雪の壁が幾つも並んでいる。
フィールドのそばに設けられた氷のソファーでは、審判として月華が座っていた。普段着の優美なドレスを身に纏い、苺のシロップのかかったかき氷を食べている。
審判とは言え、日照雨が投げるための雪玉を製造するという妖術を継続して使用しているため、どちらかと言えば日照雨チームかもしれない。
対する相手は月華の召使いである雪達磨三体。彼らはそれぞれ、赤青黄のシルクハットと蝶ネクタイを装備している。
そのシルクハットを撃ち落とせば勝ちというルールで、日照雨もまた彼らに借りた黒のシルクハットを被っていた。動きやすいよう、長い黒髪は薄桃色の厚手のコートの中に仕舞ってある。
彼女は雪玉を一つ手に取ると、大きく深呼吸をした。空気が綺麗なため、吐く息は透明なまま。
意を決して、壁の陰から飛び出す。走りながら、雪玉を思いっきり投げた。壁の陰に隠れる雪達磨たちを狙ったはずのそれは、意に反して月華の方へと飛んでしまう。
「ただ遊ぶのも結構ですけれど、早く気づいてくれないかしら」
月華は甘いため息をつく。日照雨の投げた雪玉は彼女に命中することなく、空中で分解されて雪の粉と成り果てる。パラパラと、彼女の足元に降り注いだ。
氷のスプーンをかき氷に突き刺し、月華はスッと白銀の長手袋に包まれた右腕を上げる。
「はいそこまで。日照雨の負けですわね」
フィールドには、壁から壁へと移動する間に狙撃された黒いシルクハットが、雪の上に落ちていた。 しょぼんと肩を落とした日照雨が雪の壁の陰から出てくる。帽子を拾うと、ぱぱっと雪を払った。
「もっと頭を使いませんと、この子たちには勝てませんわよ?」
敵陣の壁の陰から、ピョコピョコと雪達磨たちが姿を現す。
「またまたワタシたちのカチデスネ!」
「日照雨様も段々と強くナッテマスネ!」
「でも、まだまだマケマセンヨ!」
キンと響く高い声が、各々の雪達磨から発せられる。
「も一回!」
ぴん、と人差し指を立てて、日照雨は挑戦状を叩きつけた。
彼らはその場でクルリと回転をすると、滑稽な決めポーズを取る。
「かかってキナサイ!」
「逃げも隠れもシマセンヨ!」
「壁の陰にはカクレマスガ!」
挑戦を受けて立つようだ。
「うちかて、次こそは負けまへん!」
日照雨は気合いを入れるように、ぐっと胸の前で小さくガッツポーズを取った。
自身の幼い嫁が一生懸命に遊んでいる光景を、彼は月華城の一室から眺めていた。
その部屋はもちろん純氷製で、眩しくない程度にキラキラと輝いている。雄々しい狐の体躯に九本の立派な尻尾。その陰が、氷の床に落ちる。
ふと、その影が揺らいだ。動物のシルエットが、若い女性のものへと変わる。
「約束の時間通りじゃな」
低く響く静かな声に、彼の影だったものは器用に頭を垂れた。
「お久しぶりに御座います、殿」
少々古びた言い回しの、律儀そうな声。
彼は視線を影に向け、尋ねる。
「火影は変わりないか?」
「お陰様で」
「それはよかった。お主は何があっても顔に出さんからの」
火影は、彼の影は、どう返して良いか困った風な相槌を返す。
「それと、あれも変わりないか?」
「はい。文が届くのが一日でも遅いと、仕える者どもに当たり散らしておりますよ」
カカッと愉快そうに笑う。
「顔を合わせば邪見にする癖にの」
「それで殿。此度は如何様な要件で?」
「あれへ頼みたいことがあっての」
「太夫様への伝達なれば、文に記されれば良いのではありませんか?」
「あれは手紙に用事を書くと機嫌を悪くしてしまうでの」
火影は、自身が居候している女性のことを思い浮かべる。確かに、そうかもしれない。
「済まんな、伝達役のようなことをお主に頼んで」
「いえ、それが殿のお役になるのであれば。拙者はそれだけで満足に御座います」
彼女の体から、影が少し分離する。強制的に彼のものへと戻ったその影は、尻尾を象り火影の頭を撫でた。
「……相変わらず器用に御座いますね」
「お主にはこうでもせんと触れられんからの」
「有難う御座います、殿」
表情は影であるためにわからないが、声は少し砕けた調子だった。
「して具体的な要件じゃが。先日に末の嫁が力に目覚めての、近い内に会わせに行く」
「外で遊んでおられる御仁に御座いますか?」
「うむ。お主も会って行くか?」
「いえ、太夫様よりも先に殿のことを深く知ってしまいますと、拗ねられてしまいます故」
彼はその姿が容易に想像できたのか、小さく声を上げて笑った。
「まあ良い。お主にもいずれ紹介するとしよう」
「はい、その時をお待ちしております」
「で、もう一件。近頃こそこそと動いておる妖怪がおらんか調べて貰いたい」
「何やら珍しい物が見つかったのでしたね」
「上手く扱うことすらできん者が持っておったよ」
「それは……、わかりました。太夫様に伝えておきます」
「頼んだぞ」
一呼吸置いて、火影から部屋の隅と視線を移動させる。
『あ、見つかっちゃった』
そう書かれたスケッチブックを胸に抱えた少女が、そこにポツンと立っていた。
黒髪のおかっぱ頭に、橙色の質素な和服姿。小柄で、日照雨よりも更に幼く見える。紅色の円らな瞳で、彼に微笑みかけた。
すると、スケッチブックに記されていた文字がグニャリと変わる。
『やっほ、先生。それと、火影っち』
「元気そうじゃな、金柑」
金柑と呼ばれた少女は、トテテ、と彼のそばまで寄ってくる。
「話は聞こえておったか?」
ズイッとスケッチブックを彼の眼前に差し出す。口は固く結んだまま、動かさない。
『何か見つけたーってところから? 手紙にも書いてあったやつだよね』
「うむ。この手の物はあれに管理してもらっておるだろう? じゃから、その輸送と相似品が無いか調べて貰おうかと思ってな」
『ふむふむ。合点招致だよ、先生。早速見せてくれる?』
表情の変化は乏しかったが、記される言葉は陽気で人懐っこい。
金柑がスケッチブックを床と水平に持つと、その上に黒光りする回転式拳銃がゴテンと現れる。
その陰に隠れてしまい読みにくかったが、スケッチブックには『うわ、重っ!』という文字が浮かんでいた。
「それが件の珍しい物、ですか」
火影の見えない視線が、拳銃に注がれている。
「そうじゃな。金柑や、これに用いられておる術式を解析したら、結果を黄土に送るようあれに頼んでおってくれ」
『はーい』
スケッチブックが傾いてしまう。拳銃はスーッと滑り、空中へと投げ出されてしまう。
その時、火影の顔の辺りが二点、紅く輝いた。拳銃の影がピタリと止まった。併せて、拳銃そのものが静止する。
『わー、ありがと火影っち。危うく落ちてしまうところだったよ』
「余りぞんざいに扱いませんよう」
『めんぼくない!』
金柑はスケッチブックを一度床の上に置く。両手で拳銃を手に取り、自身の袖の中へと仕舞う。そして、再びスケッチブックを胸に抱いた。
その一連の動作が終わったのを待って、火影が無い口を開いた。
「では殿、金柑様。拙者はこの辺りで失礼つかまつる」
「道中気をつけてな」
「お気遣い有難う御座います、殿」
『ばいばい、火影っち』
「はい、またお会いしましょう」
グニャリ、彼の影が歪む。
女性の形をしていたそれは滲むように広がり、やがて九本の尻尾を持った妖怪狐の形へと戻った。
「お主はあれに会って行くか?」
『あれって、セレーネ?』
途端に、彼の瞳が胡乱となる。ジトッと見つめられ、金柑は気まずそうに視線を逸らした。
セレーネと書かれていた文字が滲み、別の文字へと置き換わる。
『あれって、月華?』
「いいや、お主の次に若い嫁じゃよ」
『手紙に書いてあった子の方か。挨拶だけしてから帰ろうかなー』
「そうすると良い」
彼は、部屋の入口へと歩き出す。金柑は、トテテとその後ろを追った。
雪の壁を背にして、日照雨は雪玉を一つ手に取る。闇雲に投げようとして、止めた。
どうせ投げても当たりはしないだろう。当たらなくても、遊んでいる今はすごくすごく楽しいけれど。けれど、一度でも良いから勝ちたい。
彼女の視線が、ぽこんと生まれる雪玉へと向いた。誰かが握って作っているわけではない。それは、月華が妖術によって創り出したものだ。
「妖術……」
ここ数日間で、彼女自身も多少ではあるが妖術を扱えるようになった。
ならば、その技術を、能力を、この雪合戦で用いることはできないだろうか。
日照雨が思案を始めたことにより、各陣から飛んでくる雪玉が無くなる。シン、と静まり返ったフィールドを眺めながら、月華は氷のスプーンを咥えたままクスッと笑みを浮かべた。
「ようやく、今日の稽古が始めれますわね」
日照雨の陣営から、ぽいっと雪玉が一つ放り投げられた。
先程の例に倣って雪の上へと落ちてしまう、ことはなく。その雪玉は、ゆらゆらと空中を漂う。ゆっくりと確実に、雪達磨たちの陣営へと進んでいく。
しかし、流石に速度が遅すぎたのか、赤帽子の雪達磨が放り投げた雪玉によって相殺、撃墜されてしまった。
その様子をこっそりと壁から顔を出して眺めていた日照雨へ向けて、続けざまに雪玉が投てきされる。しかしそれは、日照雨の眼前で音を立てて溶けてしまった。
いつの間にか、雪の上を小さな雪玉が一つ転がっている。それは周囲の雪と合わさり、段々と、ぐんぐんと大きく育っていく。
人間大の大きさになったそれは、両陣の真ん中辺りで止まる。ひゅんっ、と巨大な雪玉の陰から日照雨の攻撃が飛んでくる。それを避け、お返しに飛んできた方向へと雪玉を投げ返す。
手ごたえを感じた。勝った。そう思った青帽子の雪達磨は、視界の端で何かが弾ける様子が見た。慌てて体を逸らす。
シルクハットのすぐそばを、雪玉が高速で通り過ぎた。
「あら惜しい」
何杯目かのかき氷を食しながら、月華は楽しそうに言葉をこぼした。
転がる雪玉と自動で発射される雪玉は陽動で、注意を逸らした内に日照雨自身は別の雪の壁へと移動。そこから、投げるのではなく妖術で雪玉を発射させた。
掌に空気を圧縮させ、弾き飛ばしたのだろう。これなら、投げるよりも速度と威力が出る。
「ですけど、この程度なら昨日までの貴女にも可能ですわよね」
月華はパチンッと指を鳴らす。
その音を聞いた雪達磨三兄弟の動きが変わる。今までは妖術を扱う素振りすらなかったのに、突然術式を構築し始めた。
「もっと頭を使わないと勝てませんわよ」
ペロリ、月華は唇を舐めた。
長い廊下を、彼は傍らに金柑を連れて歩いている。床や壁や天井はもちろん、絨毯も調度品として置かれた花瓶も花瓶に活けられた花も全て、氷によって作られていた。
彼は外までの退屈凌ぎとして、金柑に話しかける。
「最近はどこで生活しておる?」
金柑は歩きながら、胸に抱くスケッチブックに文字を浮かばせた。
『おばーちゃんの家か、あとは適当に気に入った人間の家かなあ』
彼はその文字を一瞥することなく、ふむと頷いた。
「あれの家の居心地は良いのか?」
『よいよー。おばーちゃん優しいし、みんなも楽しいし』
眉をピクリとも動かしはしない。感情の分かりにくい顔に反して、スケッチブックの文字は表情豊かだ。
「それは良いことよの。人間の家にも憑くと言ったが、何か御利益は出ておるのか?」
『あったよー』
「ほう。具体的には?」
『宝くじが当たってた』
彼の口の端が上がる。
「それは確かに御利益じゃな」
『でしょ?』
誇らしげに、目を細めた。
「そう言えば、ここにも来るという話を聞いたが」
『うん、時々遊びに来るよ』
「お主も雪達磨らと遊んでおるのか?」
『そうだねー。他にも色んな子たちもいるから、みんなと色々遊んでる』
「あれの人柄か、面倒見の良い奴等が多いからの」
『冬以外の季節に、居場所のない妖怪たちの生活を保障してくれてるんだよね、月華は』
「後はあの性格が直れば良いんじゃが」
『あはは、セレーネだもんねセレーネ。僕もすっかりそっちで慣れちゃってたよ』
廊下の終点に辿り着いた。
彼が扉の前に立つと、音もなく、外への扉は開かれた。青白い、雪の輝きが目に飛び込んでくる。
「はい、そこまで」
月華の、凛とした声。
「今度は日照雨の勝ちですわね」
「ほんまに!」
今度は、日照雨の叫び声が聞こえてきた。
「ええ間違いなく。よく頑張りましたわね」
「えへへ」
彼は雪の上に足跡を刻みながら、月華の傍まで行く。
「もう決着がついてしもうたか」
「ええ、そうですわね。貴方様もご用事は終わりましたの?」
「大方な」
彼の視線の先で、雪達磨たちと日照雨は握手を交わして健闘を讃え合っている。
「いやまったくマイリマシタ!」
「なかなかにタノシメタヨ!」
「またアソボウナ!」
「うちもすっごく楽しかったどす」
彼女の名前を呼ぼうとして、彼は口をつぐんだ。まだもう少し、遊びの中に居させてやっても良いかもしれない。
しかし、彼の思惑に反して日照雨は彼の姿に気がついてしまった。その表情に、ぱぁっと笑顔が咲く。
「旦那さまっ」
雪の中を全速力で駆け出し、そのまま彼の体に飛びついた。彼女の頭の上にあったシルクハットが、勢いに負けて雪の上に落ちる。
「うち。うち、雪合戦で勝てました!」
小さく息を吐いて、彼は笑う。
「おお、それはようやったの」
「はいっ」
むぎゅーっと彼を思いっきり抱き締める。彼は尻尾を器用に操って、彼女の頭を撫でた。
「して、決まり手はなんじゃった?」
「作り置きしてあった雪玉を、いっぺんにばあって撃ち出しました!」
「ほう、それはまた力押しじゃな」
「せやけど、雪だるまはんらもばばばばって雪玉めっちゃいっぱい投げて来はったんやもん」
身ぶり手ぶりを混ぜで、キラキラと輝いた瞳で説明してくれる。
彼はその姿が愛おしくて、目を細めた。
「確かに、最後の方は銃撃戦の真っただ中と言った感じでしたわね」
「それでよう当たらんかったの」
「うちが投げたんと違う雪玉だけ狙うて、熱風吹きかける妖術を使うたんどす」
彼は驚いた表情で、月華を見た。彼女は日照雨のシルクハットを拾って、雪達磨たちに返しているところだった。視線に気づき、振り返る。軽く首を傾げて、自慢げに笑った。
条件によって行動を分岐させる術式の構築は、昨日までの彼女にはできなかった芸当である。それを、教えることなく習得させたということだろう。
もちろん、日照雨の才能あってこそではあるが。
彼は感嘆するように息を吐いた。
「お主に任せて正解であったか」
「お褒めに預かり光栄の極みですわ」
ぼふっ、と再び日照雨が彼に抱きついてきた。彼は不思議に思い、視線を彼女に落とす。
「あの、旦那さま……」
日照雨の視線の先には、雪の中に佇む金柑の姿がある。その胸に抱かれたスケッチブックには、彼女の言葉を代弁する文字が浮かんでいた。
『この子が、先生の新しいお嫁さん?』
「そうじゃよ、日照雨と言う。仲良くしてやってくれな」
『かわいい子だね』
落ち着かせるように、彼は尻尾で日照雨の頭を撫でる。
「して日照雨。これはわしの嫁の一人でな、金柑と言う。座敷童子の妖怪じゃよ」
「ざしきわらし……」
円らな紅い瞳が、見つめ合う。先に、金柑がその視線を和らげた。
『よろしくね、雨ちゃん』
スケッチブックの文字が変わったのに気づき、日照雨は視線を動かす。ジッとその文字を読んで、視線を金柑の顔へと上げる。
「あ、はい。よろしゅうお願いします、金柑さま」
『うんっ』
簡単に挨拶を済ませると、金柑は体を月華の方へと向けた。
その傍らに集まっていた雪達磨たちを見て、窺うように首を傾げる。
『信号達磨くんたちだ。やっほー』
彼らは、金柑に対して恭しく礼をした。
「ようガキ!」
「ようガキ!」
「ようガキ!」
『いやいやいや、動作と言葉が合ってないよ?』
控えめに、日照雨が尋ねる。
「お知り合いなんどすか?」
日照雨に見えるよう、スケッチブックを彼女に向ける。
『んー? まあね。月華のとこには良く遊びに来るし』
「で、そのわたくしには挨拶無しですの、金柑?」
『えー』
「えー、じゃありません!」
『わーお』
「わーおでもありません」
『やっほ』
「まあ、それで良いでしょう」
やれやれ、とため息をつく。
『と挨拶をしたはいいけど。雨ちゃんとも会えたし、僕はそろそろ帰るね?』
「もう少し居ても構いませんのよ」
『先生からのお使いもあるし』
金柑は皆と別れの挨拶をすると、『ばいばい』と文字を浮かべ、後方へポンと飛んだ。空気に溶けるようにして、その姿が消える。
「それではワタシたちも仕事にモドリマス!」
「ええ、お願いしますわね」
雪達磨たちも、ピョコピョコと跳ねながら進み、城の中へと消えて行った。
残ったのは、日照雨と月華と彼。
日照雨は彼に抱きついたまま、提案する。
「あの、旦那さま。うちお風呂入りたいんどすけど」
「風呂か、構わんよ。結界の扉を開こう」
控えめに、付け足す。
「旦那さまも一緒に」
「わしはわざわざ入らんよ。そうじゃの、月華に入ってもらうと良い」
「はいっ?」
かき氷や氷のソファーを含め、雪合戦のフィールドの後片付けをしていた月華は、いきなり話題を振られて思わず声が裏返ってしまった。
「あ、いやわたくしはその、熱いのはちょっと苦手でして」
日照雨の潤んだ瞳に見つめられる。
「えーと、その……」
力無く、肩を落とした。
「そうですわね、一緒に入りましょうか」
「やった」
「お主は相変わらず子どもに弱いの」
「仕方ないじゃありませんの、そういう体の作りなんですから!」
「そういうつくり?」
日照雨は小さく首を傾げる。
「風呂に入るついでに、色々聞いてみると良いよ」
「はい、旦那さま」
「貴方様? あまり日照雨を焚きつけないでくださいまし」
「せやけど月華さま言いはりました。うちの知らへん旦那さまのこと、教えてくれはるて」
「そこまでは言っていなかった気がしますけれど」
「言いはりました」
「……そうですわね、言いましたわね。良いですわ、教えて差し上げます」
自棄になって、月華はフンッと強く息を吐いた。
「本当、お主は子どもには甘いの」
「一人やのうてお風呂入るん、久しぶりどす」
三人は並んで歩きながら、城の中へと戻る。
氷の大きな城の周りは、どこまでも果てしなく雪景色が広がっていた。
次週の更新は、作者取材の為お休みとさせていただきます。
と、言ってみたかっただけです。
私事につき更新ができない可能性があるため、来週はお休みします。
そのため、次回更新は6月26日です。