第十二話 三人の遊女
日照雨は一人、屋敷の中を探索していた。
古びた老舗旅館のような雰囲気の漂う廊下を、とてとてと歩く。
ただそれだけでも、飾ってある高級そうな壺や絵画が彼女の興味を引いた。
緑豊かな草原と静かに聳える大樹とを描いたものや、水平線に沈む太陽を描いたもの。
日照雨には芸術的価値など分かりはしなかったが、それらの絵画を見て、綺麗だなとほんわかとした感想を抱いた。
「……てなわけやね」
ふと、声が聞こえてきた。
慌てて周囲を見回す。人の姿も妖怪の姿も見えない。首を傾げた。
「っはー、豪勢な食事を用意させられたと思ったけど、方様が来てたのか。なっとく納得」
再び聞こえてくる。今度は明瞭に。場所は……近くの部屋から?
「方様だけやのうて、新しい御方様もやね」
「ん、日照雨……だっけ? なんて妖怪なの」
「遊女さんは相変わらず耳が遠いんですね」
「おーう、娼妓ちゃんやるかー?」
「やめ、二人とも」
声の主は複数人いるようだ。
日照雨は怪しい部屋を見つけた。戸が開けられたままになっており、中から何者かの気配がする。
恐る恐る、その部屋の中を覗いてみた。
厚い絨毯が敷かれた洋室の中に、向かい合うよう置かれた四脚のソファー。そのそれぞれに、三人の女性が肩口が露わになるほどに着崩した着物姿でだらしなく体を委ねている。
二人は煙管を燻らせ、もう一人は水煙管に興じているようだ。
その内の一人と目が合ってしまう。慌てて頭を引っ込めた。
「あや、噂をすれば影がさすもんやね。日照雨、隠れとらんで入って来てもええんよ」
ひょこっと控えめに戸の陰から顔を覗かせる。
「あ、えと、話し声が聞こえてきたもんやから……」
「声がもれちゃってたのか」
「普段は私たちと姉様と、あと火影さんしかいませんもんね」
「んだね。気にしたことなかったわ」
日照雨を呼んだ女性が、ひらひらと手招きをする。
断る理由も見つからず、服の裾を掴みながら部屋へと入った。
「空いてるソファーにでも座りいな」
「あ、はい」
「おー、この子が日照雨ちゃんか。方様と同じ紅色の瞳やね」
「そりゃそうでしょう。方様の御方様である証のようなものですから」
「うちらも暇しててな、話相手になってくれると嬉しいんやけど」
特に断る理由も見当たらない。
日照雨はソファーに腰掛け、こくりと頷いた。
「最初に自己紹介しといた方がええかな。うちは山女郎、さっき会うたよね」
「お屋敷の入口におった方どすよな」
「そうそう。身内では女郎て呼ばれとるけど、まあ好きに呼んでくれはってええよ」
「はい、女郎はん」
山女郎は嬉しそうに頷く。
「んで、これが川女郎。遊女呼ばれとるね」
「遊び人のあそびめさんですね」
「おーう娼妓ちゃん今日は棘が多いぞー。そゆことで、よろしくね」
「はい、遊女はん」
水煙管の吸い込み口を持った手をヒラヒラと振って、人懐っこい笑顔を浮かべる。
両隣の二人と同じ、色香を纏った妖艶な身なりであるのに、彼女からはどことなく村娘のような朗らかさを感じた。
「で、こっちが毛娼妓。呼び名は娼妓やね」
「将棋指しのしょうぎちゃん」
「殿方と嗜む程度にしか指せません。よろしくお願いしますね、日照雨さん」
「はい、娼妓はん」
毛娼妓はにっこりと笑った。清楚と妖艶とを足して割ったような雰囲気がある。
「そんでそんで、話はぐらかされたけどさ。日照雨ちゃんは何の妖怪なん? 可愛いし、金柑ちゃんみたく座敷童子かな」
川女郎の言葉に、毛娼妓が深くため息をつく。
「女郎さんがさっき言っていたでしょう」
「ん、そだっけ」
「うちははっきりと言うたよ。新しい御方様は人間やて」
川女郎がきょとんとする。
「人間? ……ほへぇ、方様が人間をねぇ」
それから不思議そうに首を傾げた。
「あれ、最近の人間って妖怪見えないんじゃなかったっけ」
再び毛娼妓がため息をつく。
「む、まだあたし何か聞き逃してた?」
「日照雨さんは妖力持ちですよ。ねえ?」
日照雨はこくんと頷く。
「旦那さまもそう言うてました」
「あー、なるほどねぇ。どおりでなんか美味しそうな匂いがすると思った」
コツン、と山女郎が煙管で川女郎の頭を打つ。
「いや冗談だって」
「冗談でも言うたらあきまへん。機嫌を悪うしたらすまんかったね」
日照雨は首を横に振る。
「気にせんとってください。うちが妖怪に襲われやすいんは知っとりますし」
「難儀な体質ですよね、他の人間よりも多くの妖力を身に宿しているというのは」
「そうやね。今の人間社会やったら、損をすることの方が多いやろし」
「せやけど、旦那さまのお食事がし易くなる言う良いところもあるんどす」
山女郎は目線を空に投げて、思い出したのか頷く。
「ああ、方様は妖怪を喰らうんやったね」
「妖怪喰いも、妖力持ち並に珍しいよね」
「そうなんどすか?」
「だよ。妖怪を喰らうとさ、力が得られる代わりに、自我を失っちゃうこともあるんだ」
「自我を、失う?」
「なんて言えばいいんだろ。自分が自分じゃなくなる、でいいのかな。心が全く別物に変わっちゃうかもってこと」
日照雨の表情がみるみるうちに青ざめる。
「うわーっ、日照雨ちゃんごめんごめん! 方様は大丈夫、大丈夫だよ。幾百幾千の妖怪を喰らって、自我を保ってるわけだし」
「そう……なんどすか?」
涙目で尋ねられ、川女郎は同僚に助けを求める。
毛娼妓は深く息を吐き、日照雨を見つめた。
「方様は指折りの大妖怪ですから、格の違いと言いますか、とにかく大丈夫です」
「……それフォローになってないわ」
「遊女さんは黙ってて下さい」
「うぇー」
毛娼妓の説明で取り敢えずは安心したのか、日照雨は強張った肩の力を抜いた。
「んま、気を取り直して話を変えよう」
「後から方様に叱られるような話題は止めて下さいね」
「姉様に仕置きされちゃうもんね。えーっと」
川女郎は水煙管に口をつける。大きく吸って、それから白い煙を静かに吐き出した。
「日照雨ちゃんはさ、方様の御方様なんだよね?」
「かた、かた?」
毛娼妓がクスクスと笑いながら翻訳する。
「旦那さまのお嫁さん、ということですね」
「そうやったんどすか。うちは旦那さまの嫁どすけど?」
「うん。何がきっかけで方様に嫁いだのかなーって」
「ちなみに姉様は、方様の瞳に惚れて落ちたと聞き及んだことが」
「普段のツンツンした感じからは想像つかないよね」
「長時間方様と一緒におると、あれも保てんなるみたいやけどね」
「うわ、それ見てみたい」
三人は顔を見合わせて笑う。
日照雨はきょとんとした表情で三人を眺めていた。
「っとと、今は日照雨ちゃんの話だ。きっかけってなーにー」
「んーぅ? うち、物心がついた頃から旦那さまの嫁やから、きっかけ言われても……旦那さまやったら何か知っとるかもしれまへんけど」
川女郎が首を傾げる。
「ってことは、日照雨ちゃんは生まれてからずっと方様と一緒ってこと?」
「そうは言ってないでしょう。そもそも、日照雨さんは人間だから、生みの親は人間のはずですし」
「生みの、親?」
日照雨が首を傾げたのを見て、山女郎と毛娼妓は何となく彼女の過去を理解した。
「んっとね、生みの親って言うのはゥッ!」
その辺りを理解する力が乏しい川女郎の頭を、二人は同時に煙管で打つ。
「日照雨にとって方様は……旦那さまであると同時に、父親でもあるんやね」
「そう、かもしれまへんな」
にへら、と素直に笑う。
頭を擦りながら、川女郎もようやく理解した。日照雨は恐らく、人間の親の顔を知らない。
「日照雨ちゃんはさ、方様のことどう思ってる?」
「旦那さまのこと、どすか? んー、大好きどすけど。素敵な方やし、ちょっと怖いとこもあるけど優しいし。なにより」
頬を朱に染めて、目を細める。
「もふもふで暖かいし」
「一番はそこなんだ」
「気持ちは分からなくもないですけどね。私も一度は触ってみたい……」
「確かにそうだけどさ」
山女郎はジッと日照雨を見つめる。煙管を燻らせ、目を細めた。
「せやけどそれ、愛と言うよりは恋やね」
「こい?」
「日照雨が方様のことを好いとるんは分かるけど、表面的言うかな」
「でも恐らく、無意識下では愛していると思いますよ」
「そりゃ日照雨にとって、方様の存在は大きいんやから当たり前やろ」
山女郎と毛娼妓の言葉の意味が分からず、日照雨は川女郎を見た。
「うん、あたしも何んとなくしかわかんない」
「そうどすか」
「多分さ、方様と一緒に居るのが嬉しいって感じが大事なんだと思うよ」
「女郎さん。遊女さんが何か言ってますよ」
「ほんまにね、一人前みたいなこと言っとるわ」
川女郎はフンッと鼻から白い息を吐き出した。
「あたしの方が年上なんだぞお前らー!」
黄金色の毛並みが燐火に照らされて輝いている。
薄暗い部屋の中で、彼は手渡された資料に目を通していた。
「喰われた妖怪はこれで全てか?」
低く響く声で尋ねる。
「多少の漏れはあるやろうけど、多少なり力のある妖怪は全て記載されとる」
煙管を燻らせながら、黄土太夫は不遜な態度でそう答えた。
「そうか。よう調べてくれたの、黄土」
ピクッと黄土太夫の頬が弛緩する。彼女はどうにか堪え、彼から視線を逸らした。
「わらわだけの力ではない。火影や妹らが働いてくれたお陰や」
彼女の紅色の瞳は、微かに潤んでいた。
「お主らを慕う娘らは優秀じゃの。火影も、ようやってくれた」
彼を照らしていた燐火が揺れる。女性の姿をしたその影が、器用に膝をついた。
「勿体無いお言葉に御座います、殿」
彼は資料へと視線を戻す。
最近活動を活発化させている妖怪が二人組であったこと。そして、双方共が妖怪喰いであることは、先日火影からの言伝にあった通りだった。
彼らの被害に遭った、すなわち喰われたとされる妖怪の詳細なリスト。
空白の箇所も幾つか見られはするが、個体名、種族、日時、場所がそれぞれ記されていた。
「このリストには、自我を持たぬ妖怪も記載されておるのか?」
黄土太夫はそっぽを向いたまま、火影の名前を呼ぶ。
呼ばれた彼女はクスリと器用に笑い、頭を垂らした。
「個体名の欄が無、となっている者が自我を有して居りません。ただ、自我無き妖怪は存在の痕跡自体が希薄なため、全てが記載されているとは言い切れませぬ」
「なるほどの。年代順になっておるが、やはりここ十年の被害が多いようじゃな」
「そうに御座いますね」
「して、有象無象を区別したものはあるかの」
「それやったらこっちに」
別の紙束を黄土太夫は彼に差し出す。
「電子媒体やったら並び変えも容易で、紙がかさばることもないんやけど」
「そちらが良いのであれば、わしも設備を整えるが。足を運ぶ機会は減るじゃろうな」
黄土太夫は眉間に皺を寄せる。何か言おうと口を開くが、反応したら負けな気がしてそのまま閉じた。
「ふむ、およそ百数十というところか」
「名の知れ渡った大妖怪が被害に遭ったという情報は御座いませんでした」
「所詮その程度じゃろうな。ここまで情報が揃えば対処もそう労せんじゃろ」
「あんた自身で始末をつけたいみたいやね」
彼は口の端を上げて笑う。
「ようわかっておるの」
黄土太夫は微かにため息をついて、彼を流し目で見つめた。
「あんたの瞳を見れば一目瞭然やて。玩具を手にした童の目をしておるわ」
「こちらから動かれるのですか?」
「いや、それはせぬと柳木に誓っておるからな。とは言え、わしの予感が正しければ近い内に相対することになるじゃろうて」
「あの小娘を連れておったら、自然と妖怪が集まってくるんやろ」
「その通りではあるが、かと言って箱の中に仕舞っておいてはせっかくの才能が勿体無いじゃろ」
彼の優しげな瞳を見て、黄土太夫は鼻を鳴らしながら視線を外した。
「わらわの前で他の女の話をするでない」
「お主が話を振ったんじゃろうが」
「五月蠅い。わらわは、化け狐が普段どこで何をしていようが興味はないけどな、その、わらわの前に居る時くらいは、わらわの好きなあんたの目をしていて欲しい言うか」
パシンッと黄土太夫は自分の頬を打つ。何かを振り払うように、小さく首を何度も振った。
「なんでもないわ」
大きく深呼吸をして、不遜な表情を取り戻す。
「ともあれ、妖怪喰いは奇異な存在やから、足を掬われんようにな」
「掬われたところで、転びはせんじゃろ」
「殿は日常の中では隙が多く御座いますからね」
「確かに、そうかもしれんの」
「何故に御座いましょうね」
「慢心をしておるのかもしれんな」
「成程、慢心に御座いますか」
二人の会話を聞きながら、黄土太夫は深々とため息をつく。
「そこを正し、言うとるんやないか」
燐火が激しく揺らいだ。彼は顔を上げ、部屋の外を見つめる。
「どうかされましたか、殿」
「いかんな。予感は当たったが、こうも早いとは」
「慢心が祟ったんやろ、化け狐め」
彼は苦笑しながら立ち上がる。
「火影や、日照雨の様子を見てきてくれんか」
「御意に、殿」
燐火の影が揺らぎ、元に戻る。役割を終えた燐火が、空気に解けて消えた。
「せやけど、わらわの結界がこうも簡単に破られるやなんてな」
「結界術に干渉する代物を作るに長けた妖怪が喰われておると書いてあったぞ」
「わらわが個体の名称からその力を推察できるわけがないやろ」
「精進が足りぬの」
彼に笑われ、黄土太夫は不満そうに唇を尖らせた。
瓦屋根の古びた屋敷を眼前に、妖怪の陰が二つ。
岩のように巨大な体躯をした、鱗の肌を持った化物。黒く濁った瞳をギョロリと動かして、唾液を飛び散らせながら笑っている。
「イイネェイイネェ、この結界は当たりだったんじゃねーの」
その傍らに、線の細い青年が立っている。漆黒のスーツに身を包み、宝石の埋め込まれたピアスにネックレス、指輪などのアクセサリーを大量に身に付けていた。
「結界破りは本当に便利だね。隠れている獲物は皆極上だ」
「取り敢えずぶっ放すゼ」
化物は右腕を突き出した。
黒く濁った光が、その腕を包み込む。触れた物を溶かす、破壊に特化した妖術。
容易に屋敷を消し去ることのできるほどの光を集め、放つ。
激しい閃光で視界が奪われる。光の奔流は瓦を溶かし、壁を喰らい、妖怪すらをも飲み込んで、全てを破壊する。はずであった。
「ム、喰えたのは建物だけか。予想外だな」
「それだけ上玉揃いってことだよ、最高の晩餐になりそうじゃないか」
消え去った屋敷跡地には、三つの陰があった。
漆黒に覆われた謎の球体と、悠然と佇む九尾の妖怪狐。その傍らの、優雅に煙管を燻らせる妖艶な和服の女性。
「姿を調べることは叶わんかったけど、実物を見るとこう……下品やね」
「お主に比べればの」
「あんたと比べたんやけど」
軽口を叩く余裕がある通り、二人は全くの無傷であった。
漆黒の球体が割れて、中から三人の女性と小柄な少女が現れる。こちらも皆、無傷。
「お主らも大事ないか」
「間一髪でしたけど問題ありません、方様」
「そうか」
屋敷を破壊した化物は、舌なめずりをして目を細める。
「なんだこれナンダコレ。どれも美味そうダナァ」
「次は私の番でいいよね」
青年は懐から、漆黒の回転式拳銃を取り出した。その銃口を妖怪狐へと向けて、撃鉄を起こす。
乾いた破裂音と同時に、黒く濁った光が弾丸となって妖怪狐目がけて飛翔する。
「ほう、正しい使い方をすればこれほどの威力か」
妖怪狐を目前にして、光は一瞬にして霧散した。
「とは言え、相性の問題じゃな」
彼は嘆息する。
「旦那さまっ!」
少女の叫び声が響いた。
妖怪狐の体に、深い影が落ちる。巨大な化物がいつの間にか距離を詰めていた。
振り被った右腕が黒く輝いている。何らかの妖術を込めた一撃。
妖怪狐は化物の瞳を見据えて、嘲るように笑った。
次の瞬間、化物の巨体が軽々と宙を舞い上がった。地面に叩きつかれれ、地響きが起こる。
「ああもう、あんたは慢心が過ぎると言うたやろ!」
「お主が動くと分かっておったからの」
「何を言うとるかこの化け狐」
黄土太夫の背中から、四本の毛深く巨大な脚が生えていた。その脚が化物を蹴飛ばしたようだ。
「大丈夫かい、相棒」
「気にする程度でもネェ。いや楽しいね全く、使ってミテェ力は沢山あるんだ。どんどん行くゼェ!」
起き上がり、再び妖怪狐に襲いかかる。
彼らはどうして九尾の妖怪狐に標的を定めているのだろうか。
客観的に見れば、彼がこの場で最も強敵であるから、と言えるのかも知れない。
ただ、それとは違う理由が存在した。強制的に、彼の優先順位を引き上げるという幻覚。
山女郎はフッと煙を吐き出した。
「方様がお相手して下さっとる間に、うちらは安全な場所まで逃げまひょか」
「んま、そうだね」
「それを私が許すとお思いですか?」
四人の周囲に再び漆黒の壁が現れる。何発か発砲音がして、収まった。壁が消える。
「あんた、どないして」
「精神感応系の妖術を防ぐ方法など、幾らでもあるのですよ」
耳にはめたピアスを軽く弾く。
「それにしても、貴女方は酷く冷静ですね。今までの経験では、逃げ惑うものかと思っていましたが」
「この程度で?」
川女郎の発言に、山女郎と毛娼妓が噴き出す。
青年は青筋を立てて、拳銃を構えた。間髪入れずに引き金を引く。
漆黒の壁がどこからともなく現れ、妖力の銃弾を軽々と弾いた。
「ふむ。なかなか素敵な盾をお持ちだ。どなたの妖術かは知り及びませんが」
青年は大きく息を吸って、一気に吐き出した。
気を落ち着かせ、拳銃を懐に仕舞う。
四人を品定めするように眺めて、ふと眉をひそめた。
「……人間?」
背は低く、体つきも幼い少女。
黒く艶やかな長い髪。前髪は眉の高さで切り揃えられていて、大きく可憐な紅色の瞳は、不安げに揺れている。
細い肩を露わにしたカットソーに、丈の短いスカート。靴はなく、黒いタイツが脚を覆っている。
首から下げた指輪をぎゅっと握りしめて、三人の女性の陰に隠れていた。
彼女は人間の身なれど、妖怪であるための力、妖力を身に宿している。
青年は、ニィッと笑った。
ピアスを指で弾き、妖術を起動させる。
「相棒、そっちの狐は後回しだ」
「ヌゥ?」
幻覚を解かれた化物はすぐさま妖怪狐から距離を取った。劣勢であったようで、肩は煤け、鱗は幾つか剥げていた。
「何かおもしれえことでもあったか?」
「ああそうだよ。人間だ、妖力持ちの人間がいる」
「ホゥ」
青年は右腕を少女へと向けた。
中指にはめた指輪が、その宝石が、黒く濁った光を帯びる。
何らかの妖術を起動しようとしているのだろうか。
次の瞬間、少女の直下で爆発が起こった。