人間は、ちょうどいい弱者を探している (。´・ω・)?
ある障害のある女性が、SNSに外食の写真を投稿しなくなった。
以前は美味しそうな料理の写真を載せていたのだが、あるときから、ぱったりと見かけなくなったのだ。
不思議に思って理由を尋ねると、実にくだらない話だった。
「障害者のくせに、いいものを食べるな」
「金持ちそうでいいですね」
「豪勢な暮らしですね」
「人生の勝ち組ですね」
そんな嫌がらせが、数多く寄せられるようになったのだという。
たかが外食である。
高級車を購入したわけでも、豪邸を建てたわけでもない。ただ、食事を楽しみ、その写真を載せただけのことだ。
それすら許せない人間がいるらしい。
ところが、不思議なことに、ポルシェやフェラーリの写真を載せているような、本当の富裕層には、こうした人々はさほど噛みつかない。
なぜか。
相手が強そうだからである。
本当に成功した実業家や資産家に嫉妬したところで、自分が惨めになるだけだ。しかし、障害者ならどうだろう。
自分より弱いはずの人間が、自分より美味しそうなものを食べている。
……それが許せない ( ˘ω˘ )
要するに、彼らは豊かな生活が憎いのではない。自分より下にいると思い込んでいた人間が、幸福そうにしていることが気に入らないのである。
これは、まさしく「いじめ」の構造ではないか。
強い者には媚び、弱い者には威張る。
そして、弱い者が少しでも幸福そうにしていると、寄ってたかって引きずり下ろそうとする。
日本では、平和や平等、人権の大切さが盛んに語られる。
もちろん、それ自体は結構なことである。
だが、現実には、匿名という仮面をかぶった途端、他人のささやかな幸福すら許せなくなる人間がいる。
普段は立派なことを口にしている人間も、その仮面の下では何を考えているか分かったものではない。
日本人が平等を嫌っているのではないかとさえ疑う ( ˘ω˘ )
彼らが望んでいるのは、皆が幸福になる平等ではなく、自分より下の人間が、いつまでも下にいてくれる安心感なのではないか。
障害のある女性が、美味しい料理を食べて笑っている。
そんな光景すら我慢できない人間が、平和や平等を語る。
実に滑稽な話である。
弱者にささやかな幸福を許さない社会が、いったい何をもって社会の平等を目指すというのか (。´・ω・)?
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