第27話「揺れる距離」
第27話です。
対バンから数日後、思わぬ来訪者が現れます。
今回は美月にフォーカスした回です。
少しだけ空気が変わる夜を、ぜひ楽しんでいただけたら嬉しいです。
対バンから数日。
夜。
インターホンが鳴った。
「……誰だよこんな時間に」
れいじが面倒くさそうに立ち上がる。
扉を開ける。
「――やっほ」
そこにいたのは、美月だった。
「……は?」
「今日、泊めて」
当たり前みたいに言う。
「なんでだよ」
「ちょっとね」
軽く言う。
でも、いつもより少しだけ表情が違う。
「……何かあったのか」
「まあ」
一拍。
「彼氏と喧嘩」
「……」
納得する。
「で?」
「出てきた」
「……なんでうちなんだよ」
「いいじゃん」
美月はニヤッと笑う。
「ちょっと気になってたし」
「何が」
「どんな部屋か」
からかうような目。
「……帰れ」
「冷た」
でも、動く気はない。
そのままズカズカと中に入ってくる。
「おい」
「いいじゃんちょっとくらい」
部屋を見回す。
「へぇ、ちゃんとしてるじゃん」
「普通だろ」
「もっと散らかってるかと思った」
「どんなイメージだよ」
軽口のやり取り。
でも、美月はどこか安心したような顔をしていた。
「で?」
れいじが言う。
「泊まる場所」
「うん」
美月はソファに座る。
「十階ってどうなってんの?」
「部屋が四つ」
「へぇ」
「母ちゃん、妹、俺で一人一部屋」
「もう一個は?」
「空いてる」
「じゃあそこ」
「物置だけどな」
「えー」
露骨に嫌そうな顔。
「楽器とか置いてるだけだ」
「それでもやだ」
「じゃあ帰れ」
「やだ」
即答。
少しだけ間が空く。
美月がちらっとれいじを見る。
「……寂しいし」
軽く言う。
でも、その一言に少しだけ重さがあった。
「……」
れいじは少しだけため息をつく。
「俺の部屋はダメだぞ」
「えー」
「当たり前だろ」
「つまんないの」
でも、どこか楽しそうに笑う。
そのとき。
「お兄ちゃん?」
部屋の奥から声。
彩乃だった。
「どうしたの?」
「……客」
れいじが短く答える。
彩乃が顔を出す。
「こんばんはー」
にこっと笑う。
「美月です」
美月も軽く手を上げる。
「お兄ちゃんのバンドの?」
「そうそう」
「初めまして!」
明るい。
人懐っこい。
「ねえ彩乃ちゃん」
美月が言う。
「今日泊めてくれない?」
「え?」
少し驚く。
「彼氏と喧嘩してさー」
「……ああ」
一瞬で理解する。
「いいですよ」
あっさり。
「いいのかよ」
れいじが言う。
「全然いいよ」
彩乃は笑う。
「なんか楽しそうだし」
「ありがと」
美月も少しだけ柔らかく笑う。
そのまま二人は奥へ行く。
「じゃ、おやすみ」
ひらひらと手を振る。
「……」
れいじはその背中を見送る。
少しだけ静かになる部屋。
数秒後。
「ねえねえ」
彩乃の声。
「バンドってどんな感じなの?」
「え、めっちゃいいよ」
美月の声。
「今日のライブとか最高だったし」
楽しそうな会話が聞こえる。
れいじは小さく息を吐く。
やれやれ、という顔。
でも。
どこか、悪くない。
ふと、思う。
あいつが来た理由。
軽く言っていたけど。
多分、それだけじゃない。
逃げ場所。
そういう意味もある。
れいじは天井を見る。
「……ほんと、自由だな」
小さく呟く。
でも、その声は少しだけ柔らかかった。
一方――
彩乃の部屋。
「ありがとね」
美月が言う。
「全然いいですよ」
彩乃は笑う。
「お兄ちゃん、あんな感じだけど優しいから」
「知ってる」
即答。
少しだけ間が空く。
「……ねえ」
美月がぽつりと言う。
「ふたばちゃんってさ」
「うん?」
「どう思う?」
彩乃が少し考える。
「……好きなんじゃないですか?」
あっさり言う。
「……やっぱり?」
美月が少し笑う。
「わかりやすいですよ」
「そっか」
グラスを持つ。
少しだけ飲む。
そして――
「じゃあさ」
小さく呟く。
「ちょっとだけ、邪魔してみよっかな」
悪い顔で笑う。
でも。
その奥に、ほんの少しだけ本音が混ざる。
楽しいだけじゃない。
試したい。
確かめたい。
そんな気持ち。
夜は静かに更けていく。
でも。
関係は、確実に動き始めていた。
音だけじゃない。
想いも。
距離も。
すべてが、少しずつ揺れていく。
その中で――
新しい波が、静かに広がっていた。
その夜、距離は少しだけ複雑になった。
第27話を読んでいただき、ありがとうございます。
今回は美月の一面に触れる回となりました。
普段は自由で掴みどころのない彼女ですが、その裏にある感情や距離感が少し見えたのではないかと思います。
そして、ふたば・れいじ・美月、それぞれの関係が少しずつ揺れ始めました。
音楽だけでなく、人としての距離も変わっていく――そんな転換点の一つです。
ここから恋とバンド、両方の動きがさらに加速していきます。
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