第19話「交わらない音」
第19話です。
新たな人物の登場により、これまでとは違う空気が流れ始めます。
音楽に対する考え方や、それぞれの選んだ道にも注目していただけたら嬉しいです。
ライブハウスの中は、いつも通りの空気に戻っていた。
機材の音と、スタッフの声。
バイトにも慣れてきたふたばは、ドリンクを並べながら少しだけ余裕を感じていた。
「お疲れー」
はじめが軽く手を上げる。
「今日も入ってんの?」
「はい、夕方までです」
「頑張るねぇ」
そんな何気ないやり取り。
でも、あのライブ以来、どこか世界が変わった気がしていた。
もっと上に行けるかもしれない。
そんな期待が、少しずつ膨らんでいる。
そのとき、入口のドアが開いた。
カラン、と軽い音。
「失礼しまーす」
入ってきたのは、見慣れない男だった。
ラフな格好。でもどこか自信に満ちた雰囲気。
周りを見渡すように店内を眺めている。
「店長いる?」
少し強めの口調。
「今ちょっと奥にいますけど……」
ふたばが答えると、男は軽く頷いた。
「そっか」
そのまま店内を歩く。
そして、ふと足を止めた。
「……あれ?」
視線の先。
そこにいたのは――
「……れいじ?」
空気が変わる。
ふたばも思わずそちらを見る。
れいじが、機材の近くで立っていた。
「……誰だよ」
いつもの低い声。
「ひでーな」
男は笑った。
「覚えてない?高校んとき一緒にやってたじゃん」
一瞬の間。
「……ああ」
れいじが短く返す。
その反応だけで、ただの知り合いじゃないとわかる。
「久しぶりじゃん」
男は近づく。
でも、その笑顔はどこか作られているようだった。
「……まあな」
「元気そうで何より」
軽い口調。
でも。
どこか棘がある。
少しの沈黙のあと、男はふっと笑った。
「てかさ」
一歩、距離を詰める。
「まだバンドなんてやってたんだな」
その一言で、空気が冷える。
はじめが小さく眉をひそめる。
ふたばも、息をのむ。
れいじは、何も言わない。
「正直さ」
男は続ける。
「もうとっくに辞めてると思ってたわ」
笑いながら。
でも目は笑っていない。
「……そうかよ」
れいじが短く返す。
それだけ。
それ以上は何も言わない。
男は一瞬だけ表情を変えた。
そして、少しだけ声のトーンを落とす。
「……あのときさ」
空気が張り詰める。
「お前が抜けたせいで、どれだけ大変だったか分かってんのか?」
責めるような言葉。
重い空気が、その場に落ちる。
ふたばは思わずれいじを見る。
でも。
れいじは、目を逸らさなかった。
「……悪かった」
短い一言。
あまりにもあっさりと。
その言葉に、男が少しだけ驚いた顔をする。
「……は?」
「悪かったって言ってんだろ」
言い訳も、反論もない。
ただ、それだけ。
しばらくの沈黙。
そして。
「……ふーん」
男は、ゆっくりと笑った。
「まあ、いいけどな」
肩をすくめる。
「おかげで、こっちも覚悟決まったし」
その言葉に、れいじの視線がわずかに動く。
「結果オーライってやつ?」
軽く言いながら、ポケットから名刺を取り出す。
それを、テーブルに置いた。
「これ」
そこに書かれていたのは――
AIDAレコード。
ふたばは思わず息をのむ。
「デビュー、決まった」
さらっと言う。
でも、その言葉の重さは大きい。
「……マジかよ」
はじめが小さく呟く。
男はニヤッと笑う。
「まあな」
「やっとここまで来たわ」
れいじは何も言わない。
ただ、その名刺を見ている。
「で?」
男が少し身を乗り出す。
「お前はどうすんの?」
「そのままここで、遊び続ける感じ?」
挑発的な言葉。
空気がさらに冷える。
ふたばは思わず手を握りしめる。
でも。
「……関係ないだろ」
れいじは静かに言った。
声は低い。
でも、はっきりしていた。
「俺は、俺のやりたいことやるだけだ」
その一言。
空気が変わる。
男は少しだけ目を細めた。
「……相変わらずだな」
小さく笑う。
「まあ、いいや」
軽く手を振る。
「せいぜい頑張れよ」
それだけ言って、背を向ける。
そのまま出口へ向かう。
ドアが開いて、閉まる。
静寂。
しばらく誰も何も言わなかった。
ふたばは、ゆっくりと息を吐く。
胸がざわざわしている。
さっきの会話。
れいじの過去。
そして、今。
「……すげぇ世界だな」
はじめがぽつりと言う。
誰も否定しない。
ふたばは、れいじを見る。
横顔はいつもと変わらない。
でも。
どこか遠く感じた。
それでも。
さっきの言葉が、頭に残る。
“俺は、俺のやりたいことやるだけだ”
その一言が、強く響いていた。
違う道を選んだ二人。
交わらない音。
でも。
どちらも、本気だった。
ふたばは思う。
この世界で、自分はどこまで行けるのか。
まだ、わからない。
でも。
ここにいる理由は、はっきりしている。
音楽をやりたい。
この場所で。
この人たちと。
その想いだけは、もう揺るがなかった。
それぞれの音が、別々の未来へと進み始めていた。
第19話を読んでいただき、ありがとうございます。
れいじの過去を知る人物の登場により、物語に新たな緊張感が加わりました。
同じスタートに立っていたはずの二人が、それぞれ違う道を選び、再び交わる形になっています。
これからは、音楽の方向性や立場の違いも含めて、より大きな展開へと進んでいきます。
FirstDayがどんな道を選ぶのか、ぜひ引き続き見守っていただけたら嬉しいです。
よろしければ、感想や評価もいただけると励みになります。
引き続きよろしくお願いします。




