第1話「最低な日、最高の歌」
はじめまして。
この作品『今日は吉日』は、
失恋から始まる、音楽と出会いの物語です。
人生が変わる瞬間って、意外と突然やってくるものだと思っています。
この物語では、そんな「何気ない一日が特別になる瞬間」を描いていきます。
少しでも楽しんでいただけたら嬉しいです。
最悪な日だった。
スマホの画面に映るのは、たった一言。
「ごめん、好きな人できた」
それだけで、全部終わった。
――三年付き合ったのに。
ふたばは駅前のベンチに座ったまま、動けなかった。
夕方の風が冷たい。
周りでは笑い声が響いているのに、自分だけが切り離されたみたいだった。
「……何これ」
情けなくて、涙も出ない。
ただ、胸の奥が空っぽだった。
そのとき――
「ふたば?」
聞き慣れた声に顔を上げる。
「やっぱり。どうしたの、その顔」
親友の奈緒だった。
事情を話すと、奈緒は一瞬だけ黙ってから、ため息をついた。
「……あいつ、ほんと最低だね」
「うん」
「よし、決めた。今から付き合え」
「え?」
「いいから。こういう日はね、音でぶっ飛ばすのが一番」
奈緒はそう言って、ふたばの手を引いた。
⸻
連れて来られたのは、小さなライブハウスだった。
薄暗い階段を降りると、重低音が体に響く。
こんな場所、来たことない。
「奈緒、私……」
「いいから。今日は全部忘れよ」
そう言って奈緒は笑った。
ステージのライトが点く。
歓声が上がる。
そして――
最初の一音で、世界が変わった。
ギターが鳴った瞬間、空気が震えた。
ドラムが入る。
ベースが絡む。
そして――歌。
その声を聞いた瞬間、ふたばの呼吸が止まった。
「……え」
まっすぐで、荒くて、でもどこか優しい声。
心の奥を、無理やりこじ開けてくるみたいだった。
気づけば、涙が流れていた。
さっきまで、出なかったのに。
歌が終わる。
会場が歓声に包まれる中、ふたばはただ立ち尽くしていた。
「……すご」
それしか言えなかった。
「あれ、れいじっていうんだって」
奈緒が隣で言う。
「……れいじ」
ステージの中央に立つ男を見る。
黒い髪。無表情。
どこか近寄りがたい雰囲気。
なのに――
さっきの歌だけは、嘘みたいに熱かった。
一瞬だけ、目が合った気がした。
それだけなのに、胸がざわつく。
⸻
ライブが終わったあと。
人の流れに押されながら外に出ると、夜の空気が少しだけ冷たかった。
「どうだった?」
奈緒がニヤニヤしながら覗き込んでくる。
「……すごかった」
「でしょ〜」
少しの沈黙。
ふたばは、さっきの歌の余韻から抜け出せずにいた。
胸の奥が、ずっと熱いまま。
そんな様子を見て、奈緒がふざけたように言う。
「じゃあさ、出待ちでもする?」
「えっ!?」
「いいじゃんいいじゃん。絶対いるよ、外に」
「いや、無理無理!」
思わず首を振る。
そんなこと、できるわけがない。
でも――
頭の中に、あの歌がよみがえる。
あの声。
あの言葉にならない衝動。
もう一度、ちゃんと向き合いたい。
そう思っている自分がいた。
「……どうしよ」
「行くの?行かないの?」
奈緒がニヤリと笑う。
ふたばは少しだけ目を伏せて、そして――
「……行く」
「おっ、いいね!」
奈緒が軽く肩を叩いた。
その一歩は、小さかったけど。
確実に、今までの自分とは違う一歩だった。
⸻
しばらくして。
ライブハウスの裏口の前。
数人のファンが待っている。
ふたばは、その端っこで立ち尽くしていた。
「……やっぱ帰ろうかな」
「今さら?」
「だって……」
心臓がうるさい。
足も落ち着かない。
でも――帰りたくなかった。
そのとき。
扉が開いた。
バンドメンバーが次々と出てくる。
そして最後に――
れいじ。
「……っ」
息が止まる。
近くで見ると、思ったより普通で。
でもやっぱり、どこか近寄りがたい。
気づけば、体が勝手に動いていた。
「あ、あの!」
声が震える。
れいじが少しだけ眉をひそめて、こちらを見る。
「……何」
ぶっきらぼうな声。
でも、逃げたくはなかった。
「さっきの歌……すごくて」
「……そう」
「私、あんな風に歌えたらって思って」
言ってから、顔が熱くなる。
でも止まらない。
「私、歌うの好きなんです。でも、自信なくて……」
れいじは少しだけ黙ってから、言った。
「じゃあ、やれば」
「え?」
「好きなら、やればいいじゃん」
あまりにも簡単に言う。
でも、その言葉は――
まっすぐ心に刺さった。
「……できるかな、私」
「知らない」
即答だった。
でも、次の一言がすべてを変える。
「でも、やらないやつよりはマシ」
ふたばは、思わず笑っていた。
「……名前」
「あ、ふたばです」
「そ」
それだけ言って、れいじは去っていく。
引き止めることはできなかった。
でも――
胸の奥で、何かが始まっていた。
⸻
最悪だったはずの一日。
なのに今は、はっきりと思える。
――今日は、きっと。
私にとっての「吉日」だ。
⸻
この日から、すべてが始まる。
後に多くの人を魅了するバンド――
「FirstDay」
その始まりは、たった一つの出待ちと、
たった一つの出会いだった。
第1話を読んでいただき、ありがとうございます。
ここから、ふたばの人生が大きく動き出していきます。
バンド「FirstDay」がどのように生まれ、どこまで進んでいくのか、ぜひ見守っていただけたら嬉しいです。
よろしければ、感想や評価もいただけると今後の励みになります。
次話もぜひお楽しみに。




