序章 これはまだ甘いかもしれない
※本書は、英語で出版された「How to Immigrate to Japan: A Manual for Earning Trust」の原文・日本語版です。
内容を周知する目的でここに掲載しております。
日本は移民国家ではない。
少なくとも、そのように設計された国ではない。
日本には在留資格がある。
永住制度もある。
高度人材ポイント制度も存在する。
しかしそれは、「移民を募集している」という意味ではない。
それはあくまで、条件を満たした者に対する滞在の許可である。
この違いは小さく見えるかもしれない。
だが、この違いを理解せずに日本へ来ると、必ずどこかで摩擦が生じる。
多くの国では、「移民」は国家の未来戦略として語られる。
労働力の確保、多文化共生、人口対策。
そこでは移民は“招かれる存在”として位置づけられることが多い。
日本は違う。
日本はあなたを招いてはいない。
ただ、「来てもよい」と言っているだけである。
その代わり、条件がある。
法律を守ること。
社会秩序を乱さないこと。
税を納めること。
そして時間をかけて信頼を積み上げること。
この国において、権利は最初に与えられるものではない。
信頼の後に生まれるものである。
日本社会は、世界的に見ても特異な構造を持っている。
高い治安。
公共空間の静けさ。
監視の少なさ。
制度よりも空気で回る日常。
これらは偶然ではない。
長年にわたり、同質的な社会の中で積み上げられてきた「前提」の上に成り立っている。
その前提は、言語化されてこなかった。
なぜなら、日本人の多くはそれを説明する必要がなかったからである。
日本語だけで人生が成立し、国外へ出る切実さを持たずに済んできた社会では、外部に向けて自らを翻訳する必要がなかった。
だが、インターネットの普及以後、その前提は揺らいだ。
海外の情報が流入し、
国内の出来事が世界へ拡散され、
摩擦が可視化されるようになった。
歓迎と警戒は同時に生まれた。
そして現在、日本における外国人問題は、単純な善悪の物語ではなくなっている。
この本は、移民を推進するためのものではない。
排斥を正当化するためのものでもない。
これは説明書である。
日本という高信頼社会に参加するための、
現実的なマニュアルである。
移民とは移動ではない。
それは関与である。
そして、信頼の累積である。
本書に書かれていることは、厳しく感じられるかもしれない。
しかし、これはおそらくまだ甘い。
十年後、私たちはこう言っている可能性がある。
「あの頃、まだ状況は制御可能だった」と。
あるいは、
「あの時、我々はまだ楽観的だった」と。
それでも、今この段階で言語化しておく必要がある。
入国は法的行為である。
だが、帰属は獲得されるものだ。
この国に来るなら、
まずその事実から始めなければならない。




