3話
僕の部屋から廊下を挟んで向かい。そこは兄さんの部屋。
お披露目の準備というか、寝間着から過去に来た正装では無くいつもの服に着替えただけであまり変わらない。
でも兄さんには過去よりとびきり良い格好をしてもらって、次期国王としての威厳、神々しさを国民に見てもらわないと。
ノックを4回。しばらく待っても声は返ってこない。
後ろにいるレクソンに目配せをして、鍵を開けてもらい、中に入る。
外の明かりが強いからか、電気をつけていないのに薄暗い程度の部屋。
レクソンが先に来たと言っていたから、出しっぱなしのものや整頓がされていない、という場所はない。
聞こえるのは、閉めたドアと僕とレクソンの足音。それと兄さんの寝息。
できるだけ静かにベッドの方に向かう。
久しぶりに見る、幼い兄さんの顔。
幼い頃は、僕の髪が長くて、兄さんが短かったんだっけ。同じ銀髪で、騎士達と同じように短い髪。
左側には、他の髪の毛と同じように整えられている赤い髪束が見えている。
それに、なかなか起きないのに静かな寝息は周りへの配慮だろう。
本当は自然に目を覚ましてもらうまで起こしたくない。でも、今日はもう起きてもらわないと。
ベッドの端に少し乗って、兄さんを揺さぶる。
「兄さん。アテラ兄さん。起きて。」
「ぐ…ぁ…?………ヨ、ム…?」
数回兄さんを呼びながら揺さぶったら、兄さんはすぐに目を覚ました。
うっすら開いた目で僕を見て、少しして名前を読んでくれた。
「おはよう兄さ」
「ヨム!」
兄さんに朝の挨拶をしようとしたら、勢いよく体を起こした兄さんが飛びついてきた。
そのまま痛いくらいに抱きしめた。本当に痛い。
この国で加減をしなかったら一番と言っていいほど力の強い兄さんに抱きしめられているということは、死に近づくということ。
自分の骨が折れないよう、兄さんに気づかれないよう、記憶にある自己防御の魔法を使う。それでも痛い。
「に、いさん」
「あ!!悪い!!大丈夫か?」
圧迫されて出しづらい喉で兄さんを呼べば、気付いた兄さんがすぐに体から手を離してくれた。
息を急に吸ったので咳き込みはしたし、服もぐちゃぐちゃになったが、魔法を使ったので骨は折れていない。
兄さんも気づいてないみたいでよかったと魔法を解除する。
「おはようございます、兄さん。」
「おはようヨム。それにレクソンも。」
「おはようございます。第一王子殿下。」
改めて朝の挨拶をすれば、兄さんははっきり覚めた目で挨拶を返し、部屋のカーテンと窓を開けていたレクソンにも挨拶をした。
ちょうど窓を開け終えたレクソンは僕と同じように、兄さんにも挨拶をした。
どうして兄さんは抱きついてきたんだろう。
過去に兄さんを起こして抱きつかれたことなんてなかった。
気になるし聞いてみよう。
「兄さん。」
「どうした?」
「どうして起きてすぐ、僕を抱きしめてくれたんですか?」
「あー…なんとなく、だな。」
兄さんに聞けば、教えてくれた。理由ははっきりしなかった。
でも、兄さんがそう言うならそうなんだろうし、本当になんとなくなんだろう。
もし兄さんが戻ってきたんだとしたら過去の記憶があるだろうし、戻ってこれた理由が死ぬことだったら、兄さんは過去、死んでしまったことになる。
それは、考えたくない。兄さんは目を覚まして国をまとめあげているはずだ。
「お前を見たらなんとなく抱きしめたくなって。ごめんな、痛い思いさせて。」
「僕は大丈夫です。」
兄さんは理由に付加価値をつけて、僕を気遣ってくれた。
痛かったけど、兄さんの力に耐えれる体じゃないと兄さんを支えることはできない。
今はまだ魔法を使う必要があるけど、兄さんが力加減を覚える頃には僕もそれくらいは耐えられるだろう。
「ところで、何でヨムはいつもの服来てるんだ?」
「え?」
「今日は俺等が正式に公の場に出る日だろう?」
落ち着いたところで、兄さんは僕の服を見て質問をした。
聞かれると思わず何も返せないでいたら、兄さんは今日がどういう日なのかを寝起きなのに知っていた。
兄さんの言う通りではあるが、僕はいつもの服で良い。目立つべきは兄さんなんだから。
「僕は」
「レクソン。ヨムの正装は?仕立て忘れ、なんてことは無いだろう。」
「はい。もちろんございます。」
「ヨム。お前も正装を着ろ。」
話そうとした時、兄さんはレクソンに僕の正装について聞いた。
レクソンはそれに意図を汲んだ上で回答をした。
僕は兄さんの弟だ。仕立てられていないなんてことはない。
僕が正装を着ないことを選択しただけで、レクソンは悪くない。
兄さんはそれを聞いて、僕に正装を着るように言った。
そうしたら、僕は兄さんと同じような立ち位置になってしまう。
僕は支える立場だから。何ならこのお披露目にも出なくたって良いと思っている。
「兄さん。僕はいつも通りで」
「ヨム。お前は俺の弟、この国の王子だ。お前がどう考えていようが、その意識を持つ必要がある。」
「けれど…」
「俺はお前と一緒にこの国を作りたいんだ。これはその大きな一歩。お前が隣りにいないとだろう?」
僕の意見を言う前に、兄さんが兄さんの意見を話す。
それは、次期国王になる兄さんの重く優しい言葉で、本心なんだろう。
もとより、兄さんが「着ろ」と言ったんだ。着ない理由なんて無い。
「わ、かりました。」
「ありがとう、ヨム。」
承諾すれば、眩しいくらいの笑顔で感謝を伝えられる。
その笑顔が見れるなら、僕は何だってしよう。
きっと、抱きしめて服をぐちゃぐちゃにしたのはそれが理由なんだろう。
「じゃあ、僕はまた着替えてきます。」
「あぁ。レクソン。俺の着替えを。」
「はい。第二王子殿下。オキシーが部屋前に居りますので」
「あぁ。ありがとう。」
着替えるため、乗っていた兄さんのベッドから降りる。
兄さんはレクソンに着替えを指示した。
レクソンは僕が着替えることをわかっていたようで、メイド長のオキシー・バイオレットを呼んでいると教えてくれた。
「ヨム。また後でな。」
「はい。後ほど。」
部屋を出る前、兄さんが声をかけてくれた。もちろんそれにも返して部屋をでる。
レクソンの言ったように、オキシーが部屋前に立っていた。
「ヨムト様…正装を着てらっしゃらないのは…」
「あー…」
「いえ、今は構いません。早く着替えましょう。」
「うん。」
オキシーは僕の服を見て起こる一歩手間の顔をした。
彼女は規律やマナーなどに厳しく、僕や兄さんを叱ることができる数少ない人で、過去に体を悪くして離れていった1人だ。
彼女の言葉に、何を言おうか迷わせていたら、オキシーは首を振って僕の理由は聞かずに部屋のドアを開けた。
オキシーの言う通り。今は着替えてしまうことが最優先。
僕は開いてくれたドアから、もう一度自身の部屋に戻った。




