第二話、天使
俺はルシフルと言う。
最上位の天使で、俺と同じ位の天使は、俺を除いて四人しかいない。ユリサエルもその一人で、こいつとはいつも反りが合わなかった。ユリサエルさえいなければ、ってことは事ある度にあった。そして天界で戦争が起きた。
俺の派閥と、俺を除く五大天使の派閥が激突したのだ。勝者はまだ分からない。どうやら俺は地獄に落とされたようだ。この地面の感触が物語っている。冷たくて、ゴツゴツと不快なはだ触りだ。
けれども人間の女がいた。人間共のなかにも地獄におとされるやつらはいるからな。
「おい、人間、地獄を案内しろ」
人間の女はびくりと背筋を震わせる。俺は立ち上がり、女を見下ろした。なんだ、こいつは怖がっているのか。無理もない、堕天したとはいえ、五大天使の一人、ルシフル様を前にしているのだ。
「おまえは勘がいいな。俺は最上位の天使だ」
「て、天使?」
「観て分からないのか? 力を感じるだろ」
「力って何かするんですか? 別にいいですけど」
女はそういって腕を交差させるが、すぐに直立した。
「不思議な人間だな、名乗ってみせろ」
「え、どういうことですか?」
「どうもこうもない、このルシフルが気に入ったのだ。名前を言え」
女はもじもじとしだし、しどろもどろになりはじめた。
「人間だからと言って謙遜することはない。人間、名前を聞いてやる」
「か、霞です」
「霞か、人間」
女が名乗ると、後ろから眩い光を照らされたのだ。
私はわけがわからなくなり、でも目の前の変なイケメンに名前を告げた。イケメンの後ろにはバイクが数台停まっていた。ヘルメットを被っておらず、バイクも改造車に見えた。暴走族らしき集団がゆっくりと近づいてくるのだ。だれが、怒鳴り声をあげたのか分からないが、集団のうちの一人が口を開いたのだ。
「おいおい、気に入らねえんだよ」
金髪の男はルシフルと名乗る男の横を通ると、すっと振り返り顔を見上げた。今、金髪と天使がにらめっこをしている。
「頭が高い」
ルシフルはそう言うと、何をしたのか分からないけど、金髪の男は急に地面にひれ伏した。
「この場で殺してやろうか、人間」
集団は助けもしなかった。ただ異様な空気に圧倒されているように見え、彼らは金髪の仲間を見捨ててバイクで走り去っていった。
「しょせんは、人間、烏合の衆にすぎない。人間よ、命乞いはできるか?」
うごうごと何を喋っているのか分からないけど、苦しそうだった。
「俺に逆らった罪は無に還すことだ」
ルシフルは、消えろっと呟いた。私はその瞬間、イケメンの頬を思いっきり叩いていた。
「何をする」
イケメンは驚いた顔をした。金髪は立ち上がり、バイクの音が聞こえてきた。でも私は頭が混乱していた。会社の上司に普段言いたいことがわっと混み上がってきた。
「どうして、そんなに人を無下に扱えるのよ、人間人間って、人は人なのよ」
「人は人」
自分でも何を言ったのか分からなかった。イケメンは人、と言う言葉を繰り返し、呟いていた。そして。
「人間、この世界のことをもっと教えろ」
私はつかつかと歩いていたが、イケメンはすぐうしろを追いかけてきたのだった。