第四話
翌日、訓練海域にて―――
(あれから、五十嵐に鬼電したが…まったく出なかったな)
聞きたい事を聞けなかった俺はモヤモヤしながらも、用意されたパイプ椅子に座りつつ、訓練の開始を待っていた。
波の音がザーザーとする中、整備員達はバタバタと準備している。
阿賀白はパイプ椅子を並べ寝転がり、宇城は相変わらず姿勢良く待っている。
「さっさと準備しろー!」
黒岩の怒鳴り声が響き渡っている、恐らくハヤアキを運び出しているのだろう
「椙原さん、緊張してます?大丈夫、椙原さんならいけますって!」
モヤモヤしてる俺に桃瀬が声をかけてきた。
何が大丈夫だというのだろう
「いや俺、まだ一度も操縦もしてないし…ハヤアキの実物も見たことないんだけど?」
「あー…でも、なんやかんや大丈夫です!」
桃瀬の根拠のない励まし、心強いのか無責任なのか俺には分からなかった
−−待つこと数十分、五十嵐が待機場に現れた
「は〜い、おはようございま〜す」
飲みかけのコンビニコーヒー片手に持っている。
俺の不安とは対照的に軽い雰囲気だ。
「おい、ちょっと五十嵐」
色々と聞きたい事がある俺は五十嵐に駆け寄った。
「実地訓練って早すぎだろ、それに人型兵器に乗るなんて聞いてないぞ」
五十嵐は肩をすくめ、コーヒーを飲みながら答える
「聞かれなかったしね〜、それにマニュアルは読んだでしょ?」
「そりゃ一応、読んだけども…」
操作マニュアルは昨日、寮に帰った時にポストに突っ込まれていたので目は通していた
「なら大丈夫、まぁ今日は乗って感覚掴むだけだからさ」
五十嵐は朗らかに笑いながら、俺の肩を軽く叩いた
「あ、ほら、ハヤアキのご到着だよ」
トレーラーに載せられた全高約6メートルの人型機体が運ばれてくる。
トレーラーがジャッキアップし、ギギギと荷台ごと傾けられていく。
機体が荷台に立てかけられたような状態になっている。
日の光に照らされハヤアキは、まるで巨大な鎧武者のようにマリンブルーの鋼の躯を輝かさせている。
「これに俺が…」
スクリーンの写真やマニュアルでは感じられなかった重量感。
微かに擦れる金属音、潮風に混じって漂う機械油の匂い。
ただそこにあるだけなのに、得体のしれないプレッシャーを放っていた
「じゃあ、乗ろっか?」
呆然と機体を見る俺の肩を叩いた
「…はい」
正直不安で小便を漏らしそうだったが、乗るしかないと覚悟を決めた。
俺は乗降用ケーブルを手に取り、ぶら下がるようにして荷台へ体を持ち上げる。
ギシギシと軋む感触、腕に伝わる全体重。
一歩一歩、慎重にコックピットに近づいていく−−−
この巨体の中にこれから自分が入るのだと思うと、身が震える。
開閉バルブを捻り扉を開き、足から入っていきシートに腰掛ける。
中はかなりの狭さで、ランプとモニターが淡く光っている。
『乗りましたー!?一旦、トレーラーから降りてくださーい!』
桃瀬からの指示が骨伝導ヘッドセットから聞こえた俺は、扉を閉め体をシートに沈める。
息を整え、操縦桿を手に握ると、モニターに外の映像が映し出された。
(確か…右がカメラ操作で、左が旋回操作…で、足の左右はペダル…)
握った操縦桿を動かすと、微かに振動が手に伝わる。
ペダルを踏み込むと、シートごと揺れる感覚。
小さな動き一つで、機体が連動して動く−−
その感覚に、自然と背筋が伸びる。
俺はゆっくりと慎重に操作し、機体をトレーラーから降ろした。
『ほー、不安がってた割に上手いじゃん』
五十嵐の声がヘッドセットから聞こえてきた
「まぁ、一応マニュアル読んだし…」
一度目を通しただけだが、我ながら良くやってると思う。
『一旦待機でお願いします!海中に降ろすためのワイヤーを付けますから!』
骨伝導とはいえ、桃瀬の声がデカい。
ガチャガチャと背後から音がする、降下用ワイヤーを付ける音だろう。
待つ間、コックピット内を見回す
(しかし、この狭さ…なんとなく俺や宇城、阿賀白が選ばれた理由が分かった…)
もちろん特殊能力もあるのかもしれないが、1番の理由は背が低いということだろう。
そしてそれを言わなかったのは、俺たちの自尊心を保つためなのかは分からんが…
『はーい!今度は海の方向に歩いていってください!』
桃瀬の指示に従い、海へと向かう。
握った操縦桿とコックピット内に振動が広がっていく。
モニターに海が見えたところで、機体を止めた
『はーい!そこでOKです!次に降下ワイヤーで海に降ろしまーす!』
機体が少しだけ浮いている感覚が手に伝わってくる。
機体が完全に海中に入り気泡が浮き上がる、深度が下がっていくたびモニターが段々と薄暗くなってゆく。
機体の装甲に守られているおかげか水圧による耳の痛みが無い、ただの訓練の時に乗っていた球体型とは大違いだ。
底についたのか、ドシンと振動が響く。
モニターは更に暗く、時折砂の粒子や小さな生物の影が横切っていく。
ヘッドセット越しに桃瀬の声が響く。
『そこで一旦停止!ワイヤーの解除ボタンをお願いします!』
俺は息を整え、解除ボタンに手を伸ばす
「解除っ…と」
指先にわずかに伝わる振動−−ガシャリ−−音と共にワイヤーが解かれ、機体が完全に自重を支える。
体に伝わる重みは、今まで感じた事がない感覚で不安を少し忘れさせる。
『OKでーす!完全外れましたー!次は姿勢を安定させつつ、進んでみて下さーい!』
左の操縦桿で旋回でバランスを取りつつ、左右のペダルをリズム良く踏み進んでいく。
やはり球体型よりも高性能なのか、あまり振動することは無い。
『どう?どんな具合ー?』
五十嵐の声がヘッドセットから響いてきた
「思ってたよりかは、楽というか楽しいかもな」
未知の力を動かす感覚が不安から期待へと昇華させていた
『楽しい?なら良かった、じゃ次はちょっとした作業やってもらおうかな』
五十嵐から次の指示が出された。
海中に設置されている金属の箱を、回収、指定された地点まで運ぶらしい。
俺はレーダーに視線を移し、箱の位置を確認し
(えーと…箱は…9時方向だから…左で旋回しつつ…)
慎重に箱の方向へと、機体を進めていく。
(大きくペダルを踏み込むと砂が舞い上がり視界が悪くなるな…)
俺は正確にリズムよくペダルを左右と踏み込んでいく
『ウンウン、その調子、私が見込んだだけある』
嬉しそうな五十嵐の声が響いてきた。
腕部操作レバーを操作し、箱を掴む
「よし…箱確保。あとは指定地点まで慎重に…」
操縦桿で指定地点方向へ旋回しつつ、バランスよくペダルを左右踏み込んでいく。
海中だからなのか、箱の重さは感じられない。
『ほー、やるな…初めてのわりに早いし落ち着いてる』
阿賀白の声がヘッドセット越しに響く。意外にも、真剣に見ていてくれるらしい。
『はい!そこでOKです!』
桃瀬の指示に従い、微かに揺れる機体を安定させる。
『完璧です!そこに箱を設置して下さい!』
レバーを操作し、箱を固定させていく。
箱がガッチリとハマり、振動が手に伝わり、成功を確信する
『OK!成功です!』
「フゥ…やった…」
俺は胸の中で小さくガッツポーズをする。
未知の機体に乗り、初めての海中訓練を無事にやり遂げた達成感が全身を包む。
『流石!やっぱ私の目に狂いはなかったな!』
五十嵐の声に、思わず笑みがこぼれてくる。
(これなら…やれるかもな俺)
少し前の不安でいっぱいだった自分はどこかに消え去っていた。
機体の振動を抑えつつ、左右のペダルで調整を効かせていく。
周囲の海中の景色がゆっくりと流れ、砂の舞いが雪のようになっている。
その中で、俺は初めてこの機体と一体になれた気がした。
『よーし!次は少し距離を伸ばして、同じように回収作業をやってみようか』
「了解!」
五十嵐の声に頷き、俺は慎重に機体を前進させる。
海の深淵に漂う静けさと、操作する喜び。
未知の世界に踏み出した俺の心は、期待と興奮へと移り変わっていった。




