第1話 世界に星が落ちた。
カタカタカタ……。
「先輩っ。相変わらずタイピング速いっすねー!!」
後輩の渡貫はそう言いながら、大量のガムを口に放り込んだ。
俺は時計を見た。
(アップデートまで、あと2時間か……)
ここは、オンラインゲーム「Under The Shining Stars Online(略名:UTSSO)」の運営会社だ。本日は大型アップデートが予定されていて、社員が総動員されている。
「おい、渡貫。サービス開始までに休憩とっとこうぜ」
渡貫は、マウスで何か操作をすると、机の下からブーツを引っ張り出した。
「ち、ちょっと千颯先輩っ。待ってくださいよぉ」
渡貫が俺の後を、タタタッと駆けて付いてくる。
彼女、渡貫 彩巴は、職場の後輩でネトゲガチ勢だ。身長150センチ程で前髪パッツンでクリクリ二重の彼女は、見た目は可愛いのに……もったいない事に、彼氏も作らずに週末はゲームばかりしているらしい。
男は苦手だという噂だが、何故か俺には懐いてくる。すぐに腕を組んでくるし。
(もしかして、告白してみたらワンチャン、行けたり?)
俺は首を横に振った。
(いくら可愛くても、コイツはナイか)
いくら彼女いない歴=年齢の俺だって、もっと選ぶ権利があるハズだ。
それにGMの渡貫が、週末自社ゲーム漬けなのは、見方によっては優秀ともいえるし……。
俺らはゲームマスターの部署で働いている。GMは通常時は、隠蔽モードでワールド内を監視したり、GMだけに許された特殊コマンドを使ってワールド内の不都合を解消している訳だが……。アップデート後にはトラブルが続出するのが常なため、今日は皆、目に見えてピリピリしているのだ。
「渡貫、来月からGMだったよな。入社2年で優秀だよ。メンターとしては誇らしいぜ」
渡貫は、俺が新人の頃から指導してきた。
「千颯先輩だって、その歳ででヘッドGMでしょ? すごすぎっ」
「いや、完全に運でしょ……」
ヘッドGMとは、GMチームのトップなのだが、俺がヘッドになったのは、前任者の突然の出社拒否……、ホントに運が良かっただけだ。
「そうかなぁ。教え方うまいし、優しいし。ウチ、もし先輩みたいな人がお兄ちゃんだったら……」
やっぱ、ワンチャンあるかも。
「もしかして、もし、俺がお前を好きとか言ったらワンチャンあったり……?」
渡貫は笑顔になって、舌をペロッと出した。
「うーん。ウチ的には、ワンチャン……ないですっ!! って、キャッ……」
俺は、突き飛ばされた渡貫の肩を支えた。
「大丈夫か? それよりもこれ……」
廊下に出ると、人が溢れかえり、騒然としていた。人混みを掻き分けて、流れの上流に向かうと、屋上に続くドアが開いていた。
屋上に出ると、見慣れたはずの星空は真っ赤に照らされて、多数の星が落ちてきて……。
「わあーっ、先輩っ。星がキレイ!! あれ……あの赤いの、こっちに向かって一直線……」
耳をつんざくような凄まじい轟音で、俺は再び空を見上げた。
すると、流れ星の中で一際大きな一つが、こっちに向かって一直線に落ちてきていた。
それはホントに一直線に……。
みるみる大きくなって、すぐに月よりも大きくなって……。
え?
落ちる?
やばい。あれ、本気で落ち……。
「渡貫っ!!」
俺は渡貫を抱きしめた。
轟音と灼熱に包まれ。
その日、世界は滅亡した。
これは、俺と渡貫が、世界を救う異世界の秘宝を求めて、……長い長い旅をする朧月の物語。
※(渡貫 彩巴)イメージイラストです。