霧が立つ
雨のバス停でバスを待つ人
しとしと。
しとしと。
しとしと。
雨が降って、霧が立つ。
通学路のバス停は、それはもう寂しいものだった。
気分的な話ではなく、物理的な話だ。
日に焼けてボロボロの時刻表に、車にぶつけられたのかコンクリートの土台の部分は所々割れている。バスの待合所に屋根があるのはとても有難いが、これもなかなかにボロボロのトタンで出来ていて、大粒の雨が降れば煩いし、雨漏りもする。誰が置いてくれたのか分からない長座布団も、今日はちょっと湿っていてなんとも言えない気分になる。
待ち時間が退屈で体を待合所の壁に預けると、木出てきているし、そこもまぁまぁ湿っている。
物理的に寂しいと言ったけれど、やはり気分的にも寂しいかもしれない。
バスは一日に片手に収まる本数しかない。
同じバス停から乗る人もほとんど居ない。バスに乗ればそれなりの乗客がいたりするのは、通学に使用されているからで、他の時間帯はきっと高齢の方の買い物の足になっているくらいだろう。
バスはまだ来ない。
小雨で気温が上がってきたせいか、霧が出てきた。
目の前の道路の向こうには小さな川があって、さらにその向こうには田んぼが広がっている。
辺りからもやもやと立ち上る湯気のような霧。
湿度がまた、グッと上がった気がした。
おしりの下の長座布団が湿り気をましている気がしてどかそうか迷ったが、その下の木製のベンチも湿っているだろうと気付いてやめた。
バスに乗って冷房の風で服は乾くだろう。
バスはまだ来ない。
しとしと。
しとしと。
チャッ、チャッ、チャッ……
犬の足音が聞こえてきた。朝の散歩だろう。毎朝ではないが、時々柴犬を散歩させている人がバス停を通り過ぎるので、きっとその人だ。人の足音はあまり記憶に残らないが、犬の爪がコンクリートを引っ掻いてならすあの音は、リズミカルで覚えやすい。
チャッ、チャッ、チャッ……
案の定、レインコートを着た柴犬が軽快に通り過ぎていく。
同じようにレインコートを着た飼い主は、こちらを見て軽く会釈しながら去っていった。
その背をぼんやりと眺めていると、彼らはやがて霧の中に消えた。
霧が随分と濃くなっている事に、その時やっと気が付いた。
目の前の田んぼも、ほとんど見えなくなっている。
道路の向こう側が酷く霧が濃かった。
柴犬と飼い主が去ったのと、別の方向を見てもやはり、少し先は霧で見通しが悪い。これではバスもライトを付けないと走れないだろう。
雨は変わらずトタンを少し鳴らしている。
立ち上がって目の前の時刻表を見てみるが、ボロボロでほとんど分からない。いつも何時に来るんだったか。長座布団に触れていたおしりの部分の布が、湿っていて気持ちが悪かった。
腕時計に目をやる。バス停に、バスが来るのは何時だったか。
足元に霧が立つ。
気が付けば、目の前の道路の端すら見通せない程の霧に覆われていた。バスの時間は。
目の前の時刻表が霧に覆われていく。
しとしと。
プシュー
バスの扉が開く。
さっきまでの霧は随分と薄くなっていた。
いつも乗ってくる乗客が、今日は居ないらしい。
休みだろうか。
空の待合所を確認して、運転手はバスを出発させた。
冷房で冷えた車内にひとつ、ふたつ、みっつ、水に濡れた靴底の、跡がつく。




