表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレール 光の伝説「意外な話――或いは、雄弁な【正義】」  作者: 神光寺かをり
聡明なる美しき若君の語るところによると……
5/24

跡継ぎ誕生

 何年か過ぎた頃――。

 先ほどもちらりと言いましたが、件の告知天使神殿の神官たちが「失敗」を取り返そうとして、()()の祈祷の方で頑張ったおかげであったものか、殿様と奥方の間に跡取りが生まれました。


 新婚の頃、殿様は子供は欲しくないと仰せだったようです。後嗣が無ければ名門の家が取り潰しになると判っていながら、殿様はそう仰ったのです。

 二人までも子に先立たれた親の悲しみが、そのように言わせたものでありましょう。


 ところが実際に生まれてみれば、殿様はがらりとお人が変わられたのです。

 年齢(とし)をとってから授かった子だということもあってでしょうか、殿様はその御子(おこ)を大層お可愛がられました。

 目の中に入れても痛くない、というのは、殿様の若君の愛し方を言い表しているのではないか……そう思えてくるほどでありました。


 最良の乳母(うば)(めのと)を付け、最高の教師を付け、最強の護衛官を付け、慈しみ、期待し、育てようとなさったのです。


 ああ、でも……。殿様の若君の養育についての熱の入れようは、溺愛(できあい)というよりは愛惜(あいせき)と言い表した方が良いかも知れません。


 失いたくなかったのです。手放したくなかったのです。悲しみたくなかったのです。

 たった一つの宝が、手中の珠が、唯一の肉親が、自分から離れてゆくことを恐れたのです。


 ですから殿様は、御子には薄荷(はっか)のお茶を決して飲ませませんでした。

 馬には決して乗せませんでした。

 新しい衣服が仕立て上がりますと、縫い目の奥まで磁石(じしゃく)を当てて調べ抜いてから着させました。


 君、察しが付きましたか?

 殿様も、心の奥底ではご家族の死にご不審の念を抱いておられたのやも知れない、と。


 私も思います……おそらく、多分、そうだ、と。

 ただし、殿様はそのことを御口に出されるようなことを決してなさいませんでした。

 ええ、口に出せるはずなど、ないではありませんか。

 殿様がご不審の言葉を発したならば、それが誰の耳に入ったのだとしても、その言葉は一人歩きを初め、殿様の思惑と違う方向で利用されるに違いないのです。


 殿様を敬愛する人が聞いたなら、彼らは主上(おかみ)楯突(たてつく)くかもしれない。

 殿様を(うと)ましく思う者が聞いたなら、彼らが主上に讒言(ざんげん)するかもしれない。


 どちらに転んでも、都を、いえ国を二分するような争い事に発展しうる。


 それは、殿様が一番望んでいらっしゃらないことなのです。

 あの方は、争い事が嫌いであられましたから。


 いいえ。殿様は若君を「屋敷の外へも出さぬ箱入り」になさったわけではありません。

 薄荷のお茶が駄目なのであって、誰かとテーブルを囲んでお茶を飲むことそのものをお禁じになったわけではありません。

 乗馬は禁じられましたけれど、戦闘馬車(チャリオット)を御する術の習得はむしろお(すす)めになりました。

 尖った針を使わないもの、例えば組紐(くみひも)や織物の技などは、殿様ご自身も一緒になって習得なさろうとしたほどです。


 ですから、殿様は先に挙げたの三つのほかのことで、人として成してはならない悪事以外は、()()()()()()全部、若君が願うようにやらせたのです。


 ああ、奥方も初めての――そして最後の――我が子を、大層おかわいがりになりました。

 殿様に内証(ないしょう)で御子と二人きりのお茶会を(もよお)して、薄荷のお茶に慣れさせました。

 殿様に内密に御子と二人きりで散歩に行った先には、必ず背の低い馬がを待たせてありました。

 殿様に内緒(ないしょ)で御子の寝室を訪れては、蝋燭の明かりの下でリネンに自分の名を刺繍させらせました。


 奥方は殿様が心の底でおびえていること……つまり、ご先妻やその御子等の死に対する不信感……が真実ではないことを証明したかったのでしょう。


 奥方は養女とは言えど主上の一族の出ですから、一族の不名誉になるようなことは否定したかったに違いありません。

 あるいはご自分の御子には、その「不吉」を乗り越えさせたかったのかも知れません。

 まあ、これは私の想像です。奥方の本心が何処にあったのか、奥方ご自身にしか判りません。


 奥方は例の三つのほかのことで、悪いこと以外は、()()()()()()全部、御子の思うとおりにやらせました。


 ご両親が若君に対して異口同音に禁じたこと……それはあの古く小さな「離宮」へ近寄ることでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ