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・最終章(カンパニュラの声になりて)

 今日も街はいつもと変わらず大変賑わっていた。ジュノー公国の首都アクアリウムは本土から一キロ程離れた島にある。

 街の中心には一風変わった巨大な建物があって連結超高層建築であるこの建物は地上八十七メートルの透明な空中ブリッジで二つのビルが繋がり、最頂部の高さは百七十三メートルになり屋上の空中展望台からは居住区が全て見渡す事が出来る。

 週末ともなると日々の生活を抜け出し空の世界に憧れる忙しない大人、たわいも無い話で盛り上がる若者達で大いに溢れた。夜には夜景を楽しむ恋人達も多い。

 街のメインストリートも大いに賑わいを見せていた。

 一組の親子とすれ違った。両親に挟まれ手を繋ぎ大きな声で何かを訴えている。どうやら新しいおもちゃが欲しいと強請っている様だ。

 日常の微笑ましい姿を見送ってから、彼女は花束を手にアクアリウムの最東端の岬へと向かった。

 タクシーに乗り岬に向かう事にした。車窓からは街並みが良く見えた。規律的に立ち並ぶ数々の高層建物とすれ違う街路樹と街灯。行き交う人々の群れ。そんな景色を見ながら彼女は感傷に浸っていた。

 三十分を過ぎた辺りで建物群はその姿を消し山道に入る。新緑の隙間から差し込む光がとても眩しくて目を開けていられない程であった。

 やがて光が収まり目的の場所に到着する。アクアリウム最東端に位置するユーフォニアム国立公園。周りには人の姿が無いせいか酷く静かである。雲一つ無い晴天の下、吹く風の音と崖に打ち付ける波の音、そして鳥達の鳴き声だけが聞こえていた。

 公園内にある石畳の歩道を岬に向かって暫く歩いて行く。そこには巨大な慰霊碑があった。慰霊碑は十字架を模していて周りには色とりどりなカンパニュラの花が植えてある。

 先に来ていた三人の女性が彼女の存在に気が付き振り向くと、彼女は三人に優しく微笑んでから慰霊碑の前にしゃがみ込み語りかけた。

「叔父様……。クレハ様……。今年も花は咲き続けています……」

 他の三人もそれぞれが手を合わせて思い思い祈りを捧げる。ようやく目を静かに開けて立つと、腰まで伸びた髪を綺麗に三つ編みした身長の低い眼鏡の女の子が声を上げた。

「いよいよだねぇ。ここまで凄く早かった気がするよぉ。う〜、楽しみだぁ」

「もう、相変わらずね。心配しなくてももう直ぐよ。子供の遠足みたいにワクワクしちゃって。昨日、良く眠れたの?」

「心配ご無用。体調バッチリだよぉ」

「全く羨ましい限り……。ヨシカは少し緊張……。少しその度胸を分けて欲しい……」

「へへっ。マユの自慢だもん。これでスタイルが良ければなぁ。完璧なんだけどぉ」

「何、言っているのよ。充分よ」

「ユキエが言うと説得力無ーい。ねぇ、ヨシカ?」

「それは納得……」

「もうっ。でも、私達あれから更に絆が深まったわね。今ではちゃん付けして呼ばないんですもの」

「マユはともかく、アキまでも呼び捨て……。一番年下のヨシカには酷、酷」

「えー、良いじゃん。それより、今さらっと悪口言われた気がするなぁ」

「言ってない……。マユの空耳……」

「そうそう。マユ、耳遠くなったんじゃないかしら?」

「ぶー!」

「もう、みんな、喧嘩しないの。マユも拗ねないで」

「アキ、今日はどうするのかしら? 病院に寄ってから会場入り?」

「ううん。今日はみんなと一緒に行くよ。今日はそうした方が良いってシゲキさんとアキユキさんが。早くリハしとかないとだし。本番の準備もあるし」

「そう。サワコママ達に会うのも楽しみね」

「みんな、きっと変わってないよ。あっ! ミカヤにあったら胸の大きくなる方法ないか聞いちゃおうっと」

「ヨシカよりやっぱり子供……」

「うるさぁい! ほら、行こっ」

『本日午後五時より、セイルエッグにて復興記念イベントが開催されます。皆さん、是非会場にお越し下さい!』

 オルファスのメインストリートにある高層建物に設置された巨大スクリーンから、女性アナウンサーの興奮した声が街に響く。

 三組の有名人が一堂に会しイベント行われるという事で三万七千人分のチケットは即完売。抽選に漏れた者も会場外のライブビューイングで雰囲気を味わえる。

 式典会場となっているセイルエッグは先の戦いによって倒壊したが、人々の憩いの場として急ピッチで再整備されて本日がこけら落とし公演となる。

 開園一時間前になり開場されると次々に席が人で埋まる。

「えーと。二階の三十四の番号入り口のAの六と。おっ、ここだ。ユーナ、ここみてぇだぞ」

「置いてかないでよぉ、もう。はぐれるじゃない」

「相変わらず遅いんだよ。もっと、早くしろって」

「相変わらずね、ミカヤもユーナも」

「おぉっ! マイカにマナじゃねえか。変わらねぇなぁ」

「マナは可愛くなったでしょ? 失礼しちゃうなぁ」

「懐かしい顔ぶれなら、ほら」

 マイカは後ろを指差した。

「お久しぶりです、ミカヤ殿にユーナ殿」

「おぉっ、ステラ! 会いたかったぜ」

「うん。元気そうだねぇ。良かった。良かった。ユーナ、安心したよ」

「しっかし、みんな揃いも揃って余所行きの格好して何か変な気分だなぁ」

「そういうミカヤ達も今日は珍しくドレスじゃないの。良く似合っているわよ」

「あー、これかぁ。全くママがうるさくてさぁ。スカートってやつはスースーするし、このブラジャーとかいうやつは苦しいしよぉ。アタイもユーナぐらいなら楽なのにさ」

 この場にいる女性全員がミカヤの胸に目をやる。話す度に上下する溢れんばかりの胸を見て自分の胸を見て落胆する。

「うるさいよぉ! ミカヤなんて単なる牛のお化けじゃない。絞り出して縮んじゃえば良いのよ!」

「はぁ? スットンキョーには言われたくねぇよ」

「スットンだなんて、これでも少し大きくなったもん!」

「こらっ! アンタ達いい加減にしないか。こんな所まで来て喧嘩なんかするんじゃないよ。ほら、ユーナ、拗ねてないで。直にアンタも大きくなるよ」

「ゲッ、ママ! 来ないんじゃなかったのかよ?」

「何を言ってるのです! ミカヤ達だけを行かせる訳ないのです!」

「ユニ姉さんまで。店は大丈夫なのかよ?」

「一日二日休んだ所で倒れたりなんかしないよ。アンタ達が心配でね。と、言うより、アタシの知り合いの晴れ舞台なんだ。来ない訳にはいかないじゃないか。他のみんなも元気そうだね」

「本当、みんな元気そうですわ」

「うん。みんな変わらないなぁ」

 遅れてやって来たのは一組のカップル。

「セシリアにエイコウじゃないか。おっと、余り騒いじゃいけないね」

 セシリアはニコッとして答えた。そして、セシリアに押され車椅子に乗る一人の若い男性。男性に表情は無く、唯、呼吸をしているだけで、時折する瞬きでようやく生きているのかと判断出来る。会場の熱気や騒音にも反応する事は無い。

「最近体調が良さそうなんですわ。誰よりもこの日を楽しみにしていただろうから、お医者さんに頼んで外出許可を貰ったんですの。アキも昨日凄く喜んでいましたわ」

「そうかい。そりゃあ喜んでるよ」

「ええ、絶対間違いなわ。アキと約束してたんだものね。それに、シゲキさんやアキユキ君も。きっと喜んでるわよ、セシリアさん」

 サワコは車椅子に座る男性と視線を合わせる様にしゃがんで話しかけた。

「ほら、聞こえているかい? 今日はアキ達[星詠みの調べ]が新曲を披露するんだってさ。アンタも早く起きないと、また世間に置いてかれちまうよ」

 サワコの声に少し目が大きく見開いた様な気がしたが、相変わらず一点を見つめたまま表情を変えず呼吸だけを繰り返していた。

 会場が暗転する。

「おっと、始まるみたいだね。ほら、アンタ達席に着かないか? 邪魔になっちまうよ」

 会場に静けさが戻ると、レーザー光線が舞台を照らしカウントダウンが始まる。

 各々準備していたサイリウムを取り出すと漆黒の会場は白の花畑に包まれる。数値を刻む毎に沸き起こるカウントダウンの大合唱。一際大きいドンという音と共に放たれた金色のリボンが四方に弾け、いよいよイベントが始まった。

 トップバッターを務めるのは[アウロラ]の二人。舞台に皆が注目する中、何と二人はトロッコに乗って会場後方より現れて観客の度肝を抜かせると、会場のボルテージは一気に上昇して熱を帯びアップテンポな曲が更に観客を煽って行く。

 小柄な体型のミオとミナカだが全身を使って踊る姿はとても大きく見える。見る者全てを夢中にさせるのは流石の一言だ。

 [アウロラ]の二人に届けと観客も両手に持ったサイリウムを上下させて声を出し、更に[アウロラ]の二人に力を与える。正に全員が一体化となった見事なステージだ。

 会場の熱気覚めあらぬ中、次に登場するはシゲキとアキユキだ。

 [アウロラ]からバトンタッチを受けた二人。イベントとはいえ歌の後に漫才を披露するのは勿論初めてで、こんなにやり難い事は無いし普通ならあり得ない。

 増して次は[星詠みの調べ]のライブだ。歌を楽しみにしている観客からすればブーイングが起きるかもしれないが、この初めての試みを二人は挑戦する事にした。

 二人は登場すると直ぐに観客に水を飲む様に勧めて座らせると、先ず[アウロラ]の二人を絶賛して今日のイベントの順番について話し始める。

「僕ら、ほんまは一番が良かったんです」

「えっ、どうして、シゲさん?」

「だって、聞いたやろ。ミオちゃーん、ミナカちゃーんてみんな声出してて」

「確かに、凄かったですねぇ」

「それが俺ら出て来てゼロやん。びっくりするぐらい静かやん」

 会場から笑いが起きると二人は早速ネタに入る。

「今日思てんけど[アウロラ]の二人も[星詠みの調べ]の四人も本業は声優やん。ほんで副業として歌手してるやろ?」

「副業って。でも今、副業している人多いみたいですからねぇ」

「せやねん。ほんでちょっと考えたんやけど、俺も副業始めてみよかなって……」

「ふーん。それで、何すんの?」

「……廃品回収やろかなて」

「廃品回収? 廃品回収って一昔前のあの古新聞、古雑誌言うやつ?」

「そそそそそ。ほな、ちょっとやってみるから」

「解った。じゃあ、やってみて」

 二人が作る架空話しに会場全体は夢中になって耳を傾け、シゲキとアキユキのリアクションに目を奪われる。二人によって引き起こされる笑いの渦に観客は自然と笑顔になる。  

 特に小さい子供達には大人気で、甲高い笑い声がどこからともなく絶えず耳に入って来る。

 今、この場にいる全ての人々は心から笑い笑顔になっていた。

 そこには国も生まれも関係無い。シゲキとアキユキの夢が現実になった瞬間だった。

 二人が退場して再び会場が暗転すると、観客は立ち上がって両手にサイリウムを用意する。

 サイリウムの光は全て水色となり、[星詠みの調べ]のイメージカラーに統一され、息を呑むとバンッと大きな音が鳴って、舞台下から飛び上がって[星詠みの調べ]の四人がいよいよ登場する。  

 早速の大歓声の中、イントロがかかり始めると皆が一度は耳にした曲で声援が大いに響き渡る。

 口火を切ったユキエの高音ハスキーな声に、見事な歌唱力でマユが続くと、ヨシカの凜とした声が歌の世界観を更に広め、アキの柔らかな声が会場を包む。

 いよいよ四人が一斉に歌い出すとサビは観客も一緒になって声を上げた。

 青をベースに胸にラメを仕込んだドレスを纏い優雅に美しく、それでいて力強い四人の姿は本物の女神を思わせて、[星詠みの調べ]が作り出す唯一無二の世界に皆が陶酔した。

 その後、五曲の歌を歌い上げ最後にアキがMCとなり会場にいる人々に向けて話し始めた。

「今日のイベントで私達の歌やお笑いが皆さんのこれからの力になれば幸いです。最後の曲は私が初めて作詞させていただきました。ある、大切な人に届いて欲しいと願い綴った曲です。その人は今も夢の中にいます。どこまでも真っ白な、感情も音も何も無い世界にたった一人で……。そんな世界にいる人だけど、きっと、私の声が届くと信じて……。歌わせて下さい……」

 観客を座らせておいて、静寂した会場にイントロが流れ出すと会場はアキのイメージカラーである緑一色のサイリウムで覆われた。

「巡るめく季節の中で聞こえていますか私の声が。当たり前の毎日が幸せなんだと感じているよ。覚えていますか? 出会った日の事を。あなたはふらり現れて、彼氏の振りして助けてくれた。怪我した私に寄り添って、私のペースで歩いてくれた。慣れない買い物宿探し。一緒に飲んだお酒の味は今でもはっきり覚えてる。あなたの無償の優しさが、私に笑顔を与えてくれた。でもね、許されるなら、もう一つだけ我が儘言わせて下さい。一言でも良い。あなたの声が聞きたいの」

 出会いは本当に偶然だった。あの日手を差し伸べてくれていなかったら、こうして今ステージに立つなどあり得なかった筈だ。

「過ぎて行く日々の中で届いていますか私の声が。平凡な毎日が幸せなんだと感じているよ。覚えていますか? 夜、出歩いていた日の事を。あなたは汗びっしょりで現れて、命の危機から救ってくれた。悩む私を気遣って、何も聞かずにいてくれた。風吹く空き地に二人きり。一緒に食べたパンの甘さを、今でもはっきり覚えてる。あなたの無償の優しさが、私に安らぎを与えてくれた。でもね、許されるならもう一つだけ我が儘言わせて下さい。一言でも良い。あなたの声が聞きたいの」

 アキは歌い始めてからずっと泣いていた。マユ達もアキの気持ちが乗り移り涙する。

「繰り返す昼と夜の中で感じて下さい私の声を。人と出会い関わる事が幸せなんだと感じているよ。覚えていますか? 大切な人を失った日の事を。あなたは傍にいてくれて俯く私に勇気をくれた。傷付く自分を差し置いて、私に沢山笑顔をくれた。歩み始めた私の背中、支えてくれた気遣いは、今でもはっきり覚えてる。あなたの無償の優しさが、私を前へと進ませた。でもね、許されるならもう一つだけ我が儘言わせて下さい。一言で良い。あなたの声が聞きたいの」

 会場にアキの声が木霊する。観客の振る緑のサイリウムが広大な草原を表して、まるで草原の中でアキが歌っているかの様に見える。

「真っ白な何も無い世界でも届くと信じて私の声が。あなたと共に過ごした日々は私の大切な宝物。覚えていますか? 二人屋上で交わした言葉を。あなたは笑顔で居てくれて私と約束交わしてくれた。自分をいつも差し置いて、私に希望と未来をくれた。思い届ける明日へと。あなたがくれた優しさは、今でもはっきり覚えてる。あなたの無償の優しさで今の私がここにいる。でもね、許されるならもう一つだけ我が儘言わせて下さい。一言で良い。あなたの声が聞きたいの。一言で良い。ただいまって聞きたいの。一言で良い。ただいまって。そして言わせて。お帰りなさいって……」

 歌い終わったアキは肩を震わせて涙していた。

「……お願い。私に声を届ける力があるのなら……私の一番大切な人に届いて……」

「アキ……」

 セシリアがアキの名前を呟いた時、近くで唯一聞こえる拍手の音が耳に入った。

 車椅子が少し動いたのに気が付くと、手を叩いているのは何と車椅子に乗っていた彼である。

 ゆっくりと一人立ち上がって席の前の手摺りまで移動して舞台を見入る。

 セシリア達は大層驚いて直ぐに彼を取り囲んだ。

「えっ? お兄ちゃん!」

 マユの言葉にユキエもヨシカも反応する。舞台袖にいたシゲキ達も思わず飛び出した。

 マユは座り込んで泣きじゃくるアキにそっと声を掛けた。

「アキ、ほら見て。アキの思いの声、思いの声が、お兄ちゃんに届いたんだよぉ」

 アキはマユの言葉に驚いて持っていたマイクをその場に置いたまま舞台の端へと走り出す。

「あぁ……あぁ……」

 いつもの様にカズキはアキに優しく微笑んだ。

「ただいま……アキちゃん」

「おかえりなさい、カズキさん!」

 アキの思いが言霊となって失ったカズキの心を甦らせた。

 思いを告げるカンパニュラの声となって。

 光の緑の草原に立つ二人に、惜しまない拍手がいつまでも送られた。


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