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・第二章(迷いと悟り)

 戦闘から二日後の朝、北ルーメンパルナ駐屯地の自室でシゲキはぼんやりと窓の外を眺めていた。

 幸いにも頭に怪我を負った程度で済んだのだが、[GG]はコアに傷を負ってしまった。

 後輩は爆発によってシグナルロスト。つまり、生存不明で軍から登録を抹消された。

「兄ちゃん……」

 湧き上がってくる後悔の二文字。不意にトントンとノックする音がして我に返る。

「失礼するね、シゲキさん」

 部屋に入って来たのはユキエだった。

「ちょっと、シゲキさんとお話ししたくて」

 少し笑みを浮かべ、窓から入り込む風でさらさらの髪がなびくのを、右手でそっと掻き上げてユキエはテーブルの席に座る。

「実はシゲキさんに相談が。シゲキさんも大変な時にどうかとも思ったんだけど……」

 ユキエはテーブルの上で組んだ手をじっと見詰めながらゆっくりと話し始めた。

「このままだと捨てられちゃうわ、私達」

 シゲキにはさっぱり意味が解らないが、ユキエの表情から冗談では無いのが窺える。

「……実は聞いたの。ジャンヌフェローの駐屯地で。その時、シゲキさんが迷って戦えない。使えないなら捨てれば良いって……」

(はっ? 何やて? とても信じられへん。まさか、サラーナ議長がそんな風に話す筈あらへん……)

「今回の戦いでアキユキさんとヨシカが活躍したと聞いたわ。私は何の力も無いけどシゲキさんは違うもの。それなのに……捨てるって聞いたから……」

「……ユキエちゃん、他に、他には何も言ってへんかった?」

「そう言えば、あの[GG]を使いましょうって。時間は三十分で良いって」

(あの[GG]て、何や……? 時間は三十分……)

「話しって今の話だけちゃうやんな? 何か他にもあるのなら話してーや」

 ユキエは少々ためらいを見せてからゆっくりと話し出した。

「シゲキさんが捨てられるって話しを聞いた時に、私も捨てられるって……。ヨシカは年下だけど、あー見えて私なんかよりずっとしっかりしてて……。それに比べて私はいざって時には悩んで足が前に出なくて。ヨシカは今回活躍したけど、私は唯の留守番で必要とされて無い。だから、私も捨てられるって……。もう、ここには居られないって……」

 どうやらユキエは何も出来ない自分が捨てられるのでは無いかと思っていたらしい。

(アキユキ達は暴徒化した都市を沈静化する任務に当たった。聞いた話やと、ヨシカちゃんもきっと人質の解放に向けて必死に訴えたんやろう……。思い込みの激しいアキユキなら、きっと賛同して任務に当たったに違いあらへん。人質を解放すれば大いに感謝もされて……)

 シゲキは必死に頭の中を整理する。

(ほんで、今正に、功績を讃えられ特別褒賞が授与される。益々自分達は間違えやないって思う筈や。命じた議長は二人の中で絶対的になる。何故なら二人には迷いがあらへん。よー言えば二人に忠誠心を芽生えさせ、悪う言うたら性格を利用して飼い慣らした……)

 そう考えるとアキユキ達を急遽別の任務に当たらせたサラーナの命令には合点が行く。(それに、[GG]の三十分はどう考えても後輩が発狂するまでの時間や。まさか、兄ちゃんが来るのを予測しとったとすれば……。ほんで、俺が兄ちゃんを倒せへんでも[GG]を暴発させて悩んでいた俺もろとも殺そうとしたんか……。服従せーへん奴は敵になる可能性があるから……)

 シゲキはきつく絡まっていた紐が解けた様な感覚を覚えた。

「シゲキさん、ごめんなさい。勝手な事ばかり言っちゃって、私……。ごめんなさい」

「違うんや。ユキエちゃんは勝手なんかとちゃう。よー話してくれたわ。それよりも急ぐで。今はアキユキ達の特別褒賞の授与で殆ど出払っている筈や。直ぐにここから出るで」

 そう言ってシゲキはユキエの左手を掴むと、走って部屋を抜け出して外に飛び出した。

「シゲキさん! 急にどうしたの?」

「未だはっきりせーへんけど、サラーナ議長は何かの目的で動いてる。俺達に気付かれへん様に何か隠して。勿論オスロにも。ほんで戦いを引き起こして何かしようとしてる」

「戦いを引き起こすって一体何の為に?」

「それが未だ解らへん。せやけど、その目的のために不要となった奴、使えへん奴は殺すつもりや。兄ちゃんに会って迷ってた俺。それに、ユキエちゃんが戦いに疑問を抱いたんを見抜いてな。この先、敵になるやも知れへんのやったら殺した方がええ。せやけど、俺に対してそれは失敗に終わった。失敗をそのままにはせーへん筈。せやから、ここを抜け出すんや」

「そ、そんな……。アキユキさんとヨシカは?」

「いつか必ず二人を目覚めさせる。それが出来るのはきっと俺とユキエちゃんだけや」

 サラーナは特別褒賞の授与式を終え自室に戻ると、シゲキとユキエを呼び出そうとしたが通信に応じないのに違和感を覚え、二人が逃亡したのに気が付くと直ぐに討伐隊を向かわせた。

 シゲキ達はようやく眼前にジュノーとの国境にある双子橋を目にした。ジュノーには知り合いがいる。目的地のジュノーは橋を渡れば直ぐだ。

 ポツポツと雨が降り出した。周りをどんよりとしたグレーの空が覆い、次第に雨は激しさを増して来る。そこでシゲキは何かの気配に気付いて歩を止める。すると、二人の前に現れたのは紛れもなく[GG]姿のアキユキとヨシカであった。

「シゲさん、何してるの? 一緒に笑顔の世界を取り戻すんだろ? それが何で? ユキエちゃんもそうだろ?」

「そう……。ユキエちゃん、先頭に立って平和を訴える……違う?」

「違うんや、アキユキ。議長は何か別の目的で動いてるんや」

「はっ? 何言ってるの。理由があるならちゃんと言ってよ」

「今は解らへんけど、これ以上議長の所におったらアカンねん。俺達は議長に利用されてまう」

「そうなの、ヨシカ。私、聞いたのよ、議長の話を。だから信じて。お願い」

「何、聞いたの? 議長は間違ってない……感謝する人いっぱいいた。いっぱい笑顔を取り戻した……どうして……解らないの?」

『アキユキ、もう駄目だ。二人は完全に洗脳されている。[GG]を悪用するつもりだ』

 ドゥーエからの通信が耳に入る。

「ふざけんなっ! 誰が洗脳なんか。確かにアキユキやヨシカちゃんは笑顔を取り戻したのかも知れへん。せやけど、それは二人を信じ込ませる為に! っ!」

 シゲキが話しているにも関わらずアキユキはシゲキの足下に拳を放つ。

「もう良い。もう良いよ、シゲさん……。ユキエちゃんもヨシカちゃんをこれ以上泣かさないでよ……」

 放った拳をだらんと下げてアキユキはヨシカの顔を窺うとヨシカがこくんと頷いた。

「ユキエちゃん……メンバーで一番仲が良いと思ってた……」

「ヨシカ……」

 その刹那アキユキが更に拳を放って来た。シゲキは直ぐに[GG]を纏って何とかアキユキを振り切ろうと川を目がけ炎の拳を放ち、辺りに水しぶき巻き上げてユキエを抱え逃亡を図るが、傷付いた[GG]にはアキユキの拳から逃れるだけの力が無かった。

 アキユキの放った拳からシゲキがユキエを庇おうと前に出る。だが、渦を巻いた気流がシゲキ達を吹き飛ばすと衝撃によって川に大きな爆発が起こり二人を飲み込んで水飛沫をあげる。  

 ザーザーと降る雨と水飛沫がアキユキとヨシカを打ち付ける。びっしょりと濡れた顔に雨と水飛沫はアキユキとヨシカの涙を解らなくしていた。


 ゆっくりと目を開けると見慣れない天井だった。顔だけ横に向けると、周りは薄いカーテンで仕切られ、自分がベッドの上に横になっているのに気が付いた。シャーッと言う音がしてカーテンが開くと知った顔の男が話しかけて来る。

「目が覚めた、シゲちゃん? 良かった。丸四日も寝てたから」

「俺……生きてる……ユキエちゃんは?」

「大丈夫。守ったんだろ。隣のベッドで寝ているよ」

「そう……良かった……ほんまに……ここは?」

「オルファスの秘密基地。まぁ、飲み屋の地下だけどね。彼女も心配してたよ、シゲちゃんの事。早く良くなって安心させてあげな」

「うん。ユキエちゃんには感謝してる。ユキエちゃんがおらへんかったら、俺、きっと未だ動けへんかった。焦ってたんかな、俺……。兄ちゃんの言うてた通り、自分の目で確認せーへんまま言われた事をやって。今になって気付いて。[GG]の適性があったから、その力で解決出来る思てた。せやけど、兄ちゃんの言う通りその力を振るう意味をちゃんと考えなあかんかった。せやのに、俺は……それでユキエちゃん傷付けて。後輩を失って。アキユキとも離れ離れになって。兄ちゃんも……」

「ちゃんと話しすると良いよ。元気になったらね」

「えっ……?」

「大丈夫。お兄さん、生きてるよ。今は未だ目を覚まさないけど、お兄さん、人に心配されるのを一番嫌がってたし、大丈夫」

 そう言って男はユキエのベッドの反対を指差した。

「だから、シゲちゃんも早く元気にならないと。ほら、また少し眠ると良いよ」

「あ、りがとう……エイコウちゃん……」

 シゲキは頷いて静かに目を閉じるとツーッと涙が流れ出た。エイコウは少し微笑んでからベッドの周りのカーテンを閉めてその場を離れた。

 ルーメンパルナでの攻防戦、カズキは己の力を最大限に高め、自らが凍気の塊となり爆発を抑えようと考えた。水の正属性であるカズキの一か八かの賭けだった。その結果、爆発があの程度で済んだのは凍気が[女神の涙]の活動の一部を停止させからだ。

 だが、爆発を一番まともに受けたカズキは、天高くに吹き飛ばされ意識を失い、そのまま地面に落ち二度バウンドして地面を滑り瓦礫の山に飛び込んだ。

 カズキからメールを受け秘密裏に戦いを静観していたエイコウは、吹き飛ばされた者がカズキだと解ると、直ぐにセシリアが経営する飲み屋の地下にあるこの部屋に運んだという訳だ。

 病院にも運べたが、少なからずそれをマキノが知ると何か反応すると思い、この地下の部屋に運んだ。この部屋の医療器具は一流の病院に負けず劣らず整っていて、有事の際にとクレハが命じ臨時基地として作らせたものだ。その存在はエイコウの様に身近な存在しか知らない。

 アキ達がこの場に辿り着いたのはカズキが残していたメッセージだった。ジュノーへというメッセージの他にエイコウを訪れる様にと個人アドレスが残されていた。アキ達三人はその言いつけを守りエイコウを訪ね、この場に行き着いた所で満身創痍に横たわるカズキとも対面した。

 そして、カズキがもう一つエイコウに伝えていたのは、シゲキもまたエイコウを訪ねて来るだろうというものだった。

 ユキエと共にカリス川へと転落した際、エイコウはアキユキ達が離れると直ぐにダイバーと共に国境を越えて川に入り、シゲキ達を救い出した。

 シゲキが目を覚ましてから五日後、事態は急変する。レミーユの北西に位置するファーゲルがオスロの非情なやり方を不服としてレジスタンスが軍を立ち上げたのだ。

 同じくしてウィクトリア最西に位置するリーフブリュッセルでも同様に反旗を翻した。

 当のオスロはその知らせをカフカセローで耳にする。オスロはカリオペで最後に残された都市、東のメアリーを支配せんとカフカセローに駐留していた。

 オスロは大いに怒ってルーメンパルナにいるサラーナに討伐を任せる事にしたのだが、その三日後にレジスタンス軍は隣接するレミーユとサミアローズで戦いを始めてしまう。とうとう同じウィクトリア人同士による戦いの火蓋が切られてしまったのだ。

 ルーメンパルナ駐屯地の自室モニターで、サラーナはその様子をドゥーエと共に見ていた。

「オスロもさぞかし驚いている事でしょう」

「そうね。少し見たかった気もするわ」

「お戯れを。ですが、そろそろ頃合いかと」

「ええ。でも、その前に楔を打っておこうかしら。二人を呼んで貰えるかしら?」

 アキユキとヨシカがやって来ると、サラーナは今までの妖艶な感じからきりっとした上官の顔へと戻る。寧ろ今は少し落胆する表情を見せている。

「シゲキやユキエの件は上官である私がもっと二人の話を聞いてあげられれば悩まずに済んだかも知れないのに……。本当にごめんなさい……」

「やめて下さい、議長。俺もヨシカちゃんも頭の中がぐちゃぐちゃで色々と考える事もあるけど戦争を無くす為に、笑顔を取り戻す為にと何とか整理を付けたつもりです。シゲさんもユキエちゃんも考え過ぎたんです。誰だって戦いたくなんか無いから。でも、志は同じだと今でも信じています。だから、どうか、シゲさん達を恨まないでやって下さい」

「ヨシカもお願い……。きっと、迷っただけ……」

「誰が恨む事など出来るでしょう。戦いに疑問を持つのは当たり前です。ですが、軍の規律に反した彼らを罰さなければならなかった。悔しかった。悲しかった。その気持ちでいたのをどうか信じて下さい。そして、どうか今一度戦争を終わらせる為に二人の力を貸して下さい」

 アキユキとヨシカは力強く揃って頷いた。

「ありがとう、アキユキ、ヨシカ。実はね……二人に相談があるの」

 モニターのスイッチを入れると、映し出されたのはレズスタンス軍との戦争だ。

「これは今日の映像なのよ。代表のやり方に反対したファーゲルのレジスタンス軍が反旗を翻して隣接のレミーユに攻め込んだわ。同様の動きが西のリーフブリュッセルでもね。そして、討伐隊として両都市の沈静化を図るよう、代表から命令が来ているのよ」

「同じウィクトリア人に剣を向けろというのですか?」

「そんなの……」

「命令が来たのは三日前なのよ。でも、二人が思う様に私も疑問に感じているの。だから今は命令を無視しているわ。サミアローズ南部での暴徒化と今回は訳が違うから」

 サラーナはモニターを消すと少し間をおいてから切り出した。

「今回の戦争は黒の鎧装者の事件が引き金となって始まったわ。そして、それは軍工場や国防本部を破壊した時点で本来は幕を下ろすべき筈なのよ。でも、代表は更にメアリーに侵攻し、今度はウィクトリア人同士で争いを始めようとしているわ。それは戦争を無くす為の戦いじゃ無い。自己を満足させる為の戦いだと思うの。私達が掲げる笑顔を取り戻す為の戦いが、個人の欲を満たす為だけの戦いになっているわ」

 二人共サラーナが話す内容がとても理解出来た。確かに最近の戦いに理由が無いのだ。

「だから、シゲキとユキエは迷ったのかも知れないわ。自分達の国のトップが自己の為に戦いをしているとすれば戦う意味なんて無いもの」

 今の話しが、かなり的を得ていると思った。そうじゃないとシゲキ達は迷う訳が無いし脱走を企てたりしない筈だ。

「オスロは恐ろしい男よ。アキユキが前に助けた彼らは薬によって無理矢理[GG]の適合者になっていたの。自分の欲を叶える為に人の命を何にも思わず薬漬けにしたのよ」

「薬漬けって、まさか……カズさんと同じ様に……」

 アキユキはカズキが兵役時に[GG]の人体実験を受けた一人だと聞いた事があった。

 戦いの最中急に苦しんだり、急に戦い方が変わったりと思い当たる節は幾つもある。

「その知らせを聞いて唖然としたわ。未来ある若者にそんな事をしていたなんて……」

「サラーナ議長、オスロを倒しましょう! オスロという人間の欲が皆を犠牲にする。シゲさんやユキエちゃんだってそうだ。俺は二人を迷わせたオスロを許せない!」

「ヨシカも……議長には正義がある……。オスロを倒して……笑顔、取り戻す」

「ありがとう。シゲキとユキエの為にも私は断固オスロと戦いましょう」

 オスロは怒りを露わにしていた。沈静化を計る為の軍を派遣するようサラーナに命じたが一向に動きが無い。

 もう一つオスロがイライラしている原因は、メアリーを中々落とせない事であった。コワタが[GG]装者を含む殆どの主力兵をメアリーへと移していた為、思わぬ反撃に遭ったのだ。  

 一方でヴァンヒル隊の[GG]装者は薬の多量摂取の影響か活動時間に支障を来すのが多くなり出動機会も減っていた。

 レジスタンス軍の内乱から二日後、オスロの元にようやくサラーナ側からコンタクトがあった。

「サラーナ、一体今まで何をしておった! 儂の命令を無視しおって。今まで散々可愛がって来てやったのにお前の罪は重いぞ!」

『可愛がる? あなたが私を可愛がったと……。どの口がおっしゃられるのですか?』

「な、何だとっ! き、貴様、誰に向かって口を利いておるかっ!」

 今までとは違うサラーナの態度と言動に怒りと驚きを覚えるオスロ。

『私から未来を奪い、自らの欲の為なら人の命を弄ぶあなたに言っているのです、代表』

「ふざけるなぁ! 未だに過去を引きずりよって。貴様は国家反逆罪で死刑だ。お前の親族も未来永劫日の当たらない世界で暮らす様、全て奪ってやる!」

『あなたには引きずる過去は無いのかも知れませんね。思いのままに人の命さえ奪って来たのですから。奪うしか能の無い代表に奪われる気持ちを教えて差し上げましょう』

 そう言ってプツンとモニターが消える。

 同時刻、地下で眠るカズキの隣にはアキがいつもの様に手を握りしめて話しかけるのが日課となっているのだが、今日は少し違っていてアキの他にもう二人の若い女の子が訪れていた。

 一人はさらさらの長いブロンドの髪の持ち主で、首元には美しい半月上のネックレスが輝いている。年齢はアキより一つ上の十八歳。

 もう一人の女の子は眼鏡を掛けていて、そこから覗く二重瞼のぱっちりした目がとても可愛らしい。髪の色はナチュラルブラウンで、後ろで三つ編みに結われた髪は長く、腰の辺りまで伸びていて首には半月状の美しいネックレスが輝いている。年齢はアキより一つ下の十六歳。

「セシリアさんもマユもカズキさんと知り合いだったんですね?」

「うん。昔からお兄ちゃんって呼んでるよぉ。勉強も教えて貰ったんだぁ」

「カズキさんはマユには優しかったですものね。私はいつもエイコウさんと一緒に揶揄われてばかりいたわ。この前も昔の料理の話をして揶揄うんだから」

「えー、そんな事無いよぉ。お兄ちゃん、いつも優しいよぉ」

「いいえっ、優しいとは言えませんわ!」

 アキが笑ったのを見て姉妹は言い争いを止める。

「クスクス。二人ともカズキさんが好きなんですね?」

 アキの言葉に一瞬きょとんとする二人だが、直ぐに二人がうんと頷いたので、アキは少しドキドキしてしまった。

「でも、好きは好きでも私はライクの方ですわ。私達にとって家族みたいなものだから。だから、アキは何も心配しなくても良いですわよ」

「わ、私はっ! そ、そんなっ」

「焦らないで良いですわ。でも、大変よ。ねぇ、マユ?」

「そ、そうだねぇ。お兄ちゃん良い人だけどドジだからなぁ」

「そうそう。それに世間に無頓着。きっと、アキの事、知らなかったんじゃ無くって?」

「それは……はい……」

「でしょ。きっとマユの事もよ。何かの芸能の仕事してるって位しか解ってないですわ」

「えぇ〜、流石にそれは無いよぉ。お兄ちゃんだってそれ位は知ってたよぉ。多分……」

「知らない、知らない。カズキさんが知ってたら、もうすぐ夏なのに雪が降りますわ。本当にしっかりしてるんだか……。いつも私を揶揄って。いつか仕返ししてやるのですわ」

「お兄ちゃんが可哀想だよぉ、お姉ちゃん」

「大丈夫ですわ。だって、マユ。あなたが[星詠みの調べ]として活動していたのをカズキさんが知らなかったらショックじゃありませんこと?」

「そりゃあ、そうだけどぉ」

「でしょう。だから罰なの。昔から一緒にいたマユが頑張っている姿を知らないなんて。そんな無頓着なカズキさんには罰が必要ですわ」

「う〜、確かに。アキちゃんの事も知らなかったんだよねぇ。こうなったら三人で同盟を結んで女の敵であるお兄ちゃんを懲らしめないといけないねぇ」

 姉妹の話はいつの間にかかなり飛躍し、カズキを悪人呼ばわりしているがアキも何故か嬉しくなって姉妹のペースに合わせ悪乗りしてしまった。

「だったら決まりですわね。カズキさんは三人の敵、そして女の敵。私達三人はここに同盟を結んで女の敵である無頓着なカズキさんを更生させるのを誓いましょう。良いですわね?」

「……誰が無頓着で女の敵だって? 全く酷いよな。人が眠ってる間に散々だもんなぁ」

 三人は直ぐさま声が聞こえたベッドに目をやると、そこには意識を取り戻したカズキが身体を起こした。上体だけを起こすと拗ねた装いを見せる。

「あ〜あ〜、折角今年はマユの誕生日祝いしようと思ったのに、もう十月のマユの誕生日はパクチー料理に決まりですっ」

「えぇ〜、パクチーやだよぉ。お兄ちゃん、ごめんなさい」

「女の敵に無頓着かぁ。仕返しだって? ふーん……素敵なレディはこそこそと、そんな事を企んだりしないと思うけど……」

「やだ。誰が言ったのかしら……」

「ふーん」

「ごめんなさいですわっ、カズキさん」

「アキちゃんだけは味方でいてくれると思ったのになぁ」

「ごめんなさいっ」

 騒がしい様子に気付き、次々とカズキのベッドの一室に人が入って来る。

 シゲキだけは直ぐに視線を外してしまい気まずそうに佇んでいると、カズキは穏やかな表情で一言だけ声に出した。

「おかえり、シゲさん……」

「……ただいま、兄ちゃん」

 シゲキはその一言だけで充分胸が張り裂けそうになった。

 夕刻となりルーメンパルナより全世界に向けて緊急放送が行われた。

 オスロは直ぐにモニターに目をやるとモニターにはサラーナの姿が映し出された。

 挨拶も程々に画面には悲惨なカリオペの各都市が映し出される。

『今の映像は今回の戦争で戦場となった地域の映像です。何故ここまで被害が大きくなったのでしょうか。目的が黒の鎧や軍に関する施設だけであれば、その施設だけを対象として他は破壊しない事も出来たのではないのでしょうか』

 次に映し出されたのは何かの研究所であろうか。かなり大きいと思われるその部屋には大きな円筒状の柱の様なものが何本もあって周囲には様々な機械が所狭しと並んでいる。

「なっ……この施設……まさか……そんな……」

 カズキが声を漏らした。カズキの表情が曇り、身体がワナワナと震え皆が心配する。

『この研究所は一部の者しか立ち入れず、この度、勇気ある研究所職員の働きかけにより内部の実情を知る事が出来ました。この研究所は嘗て[GG]装者の能力向上の為に遺伝子を操作する人体実験研究所だったのです!』

「カズキさん、しっかりして下さい」

 隣にいたアキがカズキを介抱する間も放送は続いている。

 次にサラーナの前に籠に入ったラットと注射器が置かれ、注射をラットの大腿部に打った。すると、大人しかったラットは豹変して、円らな目は血走り獲物を見付けた猛獣の如く右往左往し身体を籠にぶつけたと思えば、何とも言えない叫び声を上げてそのまま絶命した。

『この薬はトランスアンチテーゼ。今、ご覧いただいた様に自我を失わせ興奮状態にさせてとてつもない力を発揮させます。そして、この薬を投与された[GG]装者が今回の戦いに加わっていたのです!』

 オスロは顔が青ざめて、直ぐに映像を止める様に命じたがそれは叶わなかった。

『街の被害はこの薬を投与された[GG]装者が自我を失い破壊活動を繰り返したからです。これらは全て非人道的な行為であり決して許されるものではありません。しかし、現実に自らの私欲を満たすが為に行われて来たのは紛れもない事実なのです。自らの欲の為なら人の命をも何とも思わない所業、隠れてこの様な凄惨な実験を繰り返し続け、尚も侵略を続ける現ウィクトリア代表のオスロこそが、戦争を理由に世界を我が物にせんと、自作自演で事件を起こした今回の黒幕だったと私はここに断言します!』

 サラーナの言葉には大変説得力があった。殆どの者はオスロが黒幕だと思っただろう。

『そして、私達の思いに真の女神が賛同してくれました』

「ヨシカ……」

 ユキエが漏らした声にアキとマユが反応する。

『皆さん……[星詠みの調べ]のヨシカです……。ヨシカはショック……。人と人は手を取り合い生きて行ける筈……。それを自らの欲に利用する行為……ヨシカは決して許さない。みんな、どうか議長を信じて前を向いて……。ヨシカもみんなに寄り添って戦う。笑顔が溢れる世界の為、一緒に頑張る……』

 言葉足らずでもヨシカが発する声は人々の胸を打ち、人々をその気にさせる一種の麻薬の様な感覚を覚えた。サラーナが女神と称したのもその声の力が故の事だろう。

 ユキエはモニターに映るヨシカを食い入る様に見詰めたまま瞬きすらしていなかった。

 放送が終わりシーンとした雰囲気にエイコウが話を切り出した。

「やっぱり[星詠みの調べ]の君達の声は心を打つね。ヨシカちゃんが話し出した時モニターから目が離せなかったよ」

「それが目的なんだ……。だから、今の会見でヨシカちゃんを帯同させた。それに、そう考えるとアキちゃんが狙われたのも合点が行くんだ」

「お、お兄ちゃん、もう、平気なのぉ? 汗びっしょりだよぉ」

「驚かせてごめん。もう大丈夫。平気さ。アキちゃん、ありがとう」

「本当に大丈夫ですか?」

「うん。突然で驚いただけだから。もう、整理出来てるから。それよりみんな、実はカフカセローで一度アキちゃんは襲われているんだ」

 皆、びっくりした様子でアキを見る。

「議長は式典の事件で四人が行方不明になったのは解っていた筈。その内、マユがジュノーで発見されて、ユキエちゃんとヨシカちゃんがウィクトリアで保護された。その時、二人は何か力になりたいと議長に言ったんだよね?」

「ええ。議長と話す内にあなた達の声は人を導けるって言われて。それなら力を持たない私達でも戦えるんだって思って、それで……」

「議長は二人を自分の側に置きたかったんだよ。さっきの会見みたいに君達が賛同すると説得力が増すからね。一の力が十にも百にもなる。でも、一致しなければ半分にもなるんだ。そうなると、マユとアキちゃんの存在が悩ましい」

「けど、マユは直ぐにジュノーに保護されたよぉ」

「ああ。マユはジュノーで保護されてジュノーの人間だ。ジュノーは今回、早々にこの戦争に介入しないと表明しているし、代表の娘であるマユが独自で動くのは考えにくい。問題はアキちゃんだ。アキちゃんは今回戦いの中心となったカリオペのコワタ代表を叔父に持つ身だ。当然味方に付くとは思えないし批判する可能性も十二分にある。それは議長の意に反するものだ」

「つまり、カズキ先輩、アキの存在が議長にはとっては厄介なんですね?」

 マイカが切り出すとカズキは頷いた。

「でも、未だその懸念は……あっ! あの時、爆発の影響で機器系統が故障して……」

「そうだよ、姉様、シグナルロストしたんだよ。だから、アキちゃんもマナ達も、きっとあの爆発で死んだと思われてるよ。それに破壊されたカリオペ軍のアプサラスは数え切れないよ」

「ユキエちゃんも俺と一緒に死んだと思われてる。何の懸念もあらへん。せやから、ヨシカちゃんを連れて会見に踏み切った……」

「ああ。これで万人に自分が正しいと発せられる。問題はこれからさ……」


「あの女狐めぇ、儂を裏切るとはどういうつもりだっ! ヴァンヒル、ジュノーに向かうぞ。ジュノーに入りさえすればサラーナは簡単に手出し出来まい。ジュノーを抜けてレミーユに入る」

「はい。その方が宜しいかと。後はジュノーでどの様な対応を受けるかですが……」

「心配はいらん。今、ジュノーにクレハはおらん。マキノとか申す若造が臨時で代表を務めているらしい。奴の会見を見たが野心溢れる目をしておったわ。あれなら丸め込める」

 翌日の明け方に何とかジュノー入りしたオスロはマキノとの接触に成功していた。

 実は野心家のマキノもオスロとの対面を望んでいた。

 今回の戦争の影響で様々な国の者がいるジュノーでは内乱が起きた。

 マキノは争いが生じても口だけで自らは矢面に立たず全て職員に対応させ、中々沈静化しないと職員を叱りつけた。当然職員もやる気を失う訳で嫌々対応する様になると非難の目は行政への不満となり、そのトップにいるマキノから益々民心が離れて行ったのだ。

 だからマキノはオスロを利用して何か大事を成し遂げてやろうと思っていたのである。

 そんなマキノの心の内を狡猾なオスロが見抜けない筈が無い。

 その頃、サラーナの命令を受けアキユキとヨシカは非人道的な研究所を破壊すべく任務に当たっていた。自分達の正義を疑わなかった二人だがここで思いがけない言葉を耳にする。

「これがお前達のやり方なのか! 表向きには良い事ばかり言いやがって、やっている事は単なる虐殺だ! お前達こそ正義を語る偽善者じゃ無いのか? くそがぁ!」

 それは余りにも唐突に起きた。二人は終始投降を進めていたが、それを無視して周りの兵士達が全てを破壊したのだ。生存者の有無に関わらず全てを無に。

 ルーメンパルナに戻った二人を出迎えたのはサラーナだった。

「今回の戦いでまた色々と迷ってしまったかしら? でもね、施設を中途半端に残せばオスロはまた力を得て侵略を進めるわ。それをあなた達が事前に防いだのよ。必要だったのよ。これからも共に平和な世界を取り戻しましょう。二人はどう思うかしら?」

 アキユキは暫く黙って目を閉じた。最後に耳にした虐殺の言葉がどうしても頭を過る。

「俺は……俺は早く戦争を終わらせたいです。こうしている間にも奴は、オスロは次の悲劇を繰り返す。そんなのは許せない。戦うべき時に戦う。それが、今の俺の思いです。」

「ヨシカは……ヨシカも戦争を終わらせたい。もっともっとヨシカの声を届けてみんなに解って欲しい……気付いて欲しい……。だから、ヨシカも……立ち止まらない」   

「あなた達の気持ち本当に嬉しいわ。一緒に平和な世界を取り戻しましょう。ヨシカ、あなたにこれからも戦う覚悟があるのならこれを授けましょう」

 そう言ってサラーナはスパコンを一つ取り出してヨシカの手に取らせた。

 ジュノーへと単身忍び込んだドゥーエは、マキノをぴったりとマークしていたのだが、気を良くしたマキノのオスロに対する警戒心が薄れると、意外にもあっさりと二人に接点がある現場を押さえた証拠を手に入れ、早くもサラーナの元に戻っていた。

 そして、アキユキ達が研究施設を破壊した三日後の朝に、証拠を掴んだサラーナがジュノー行政府に対し、オスロの身柄引き渡しを求め、人道を外れる行為をするならば天の裁きを行うとの声明文を送付する。

 回答期限は翌日の午前十一時。声明の内容はマキノの判断で混乱を招くとして市民には伏せられ、翌朝、マキノはオスロとの約束を果たす為に嘘を付き、且つ、調べもせずに疑いを掛けるなど遺憾だとしてサラーナの声明に対し批判まで浴びせ平気に嘘を付いた。

 オルファスの街は人通りや通る車も多く昼前でもかなりの人々の姿がそこにはあった。何も知らない市民は普段通りの生活を送っていたのだ。

 そこをサラーナの[GG]部隊が一人また一人と通り過ぎて行くと当然街は大パニックになる。戦いを今始めて認識し一人が悲鳴を上げると、波紋の如く広がって、その恐怖心がパンデミックを引き起こし街は大惨事に見舞われた。

 ようやくジュノー側も軍が動きを見せるが初動対応が遅過ぎる。

「来るな! 来るなー! グハァ!」

「パパー! ママー!」

 カズキ達がいる地下にも人々の叫び声が聞こえて来る。

「私が……私が行きますわ」

 セシリアは意を決し、モニター下のコンピューターを操作し最後の暗号に[星の女神]と打ち終えるとロックが解除され、床の一部分が二つに開くと、中から小さな宝箱が現れて、その中身を右腕に装着する。

「これは、お母様が身に纏うはずだった[GG]ですわ……」

 セシリアは右手のスパコンに左の手の平を当てて強く念じる。セシリアの身体を真っ白な光が包み込み、光が収まると金色に輝く鎧を身に着けたセシリアの姿がそこにあった。 

 鎧と言ってもカズキ達の[GG]とは大きく異なっていて、肩から手先までは肌が露わになっているが胸や腹などはすっぽりと覆われ、まるで、様々な装飾が施されたワンピースのドレスの様だ。頭には兜では無くティアラが纏われる。

「私にどれだけ出来るか解りません。でも、父の願いを失う訳にはいきませんわ」

 そう言い残してセシリアは直ぐに部屋を後にする。

「お兄さん、僕達もこうしちゃいられません!」

「ああ。勿論だ……。みんな、聞いてくれ──」

 セシリアは敵部隊を確認すると、憔悴しきったジュノーの部隊に活を入れた。

「部隊を立て直しますわ! 一個小隊、私に着いて来て下さいまし。市民の救助を!」

 しかし、ジュノーの兵士達が再び力を取り戻し始めた矢先、ドォーンと激しい音がして後方の部隊が何者かの攻撃によって壊滅させられたのに気が付くと、今までの相手とは明らかに違う二体の[GG]装者の姿を目にする。

「あれは……。いけませんわ! だったら!」

 瞬間的に危険だと察し攻撃に打って出るも、反撃を受け身体は吹き飛ばされてしまう。

 今正にとどめの拳が放たれようとする瞬間、炎の渦が相手の前を横切った。

「もう、止めるんや、アキユキ……」

 そこにはボロボロになった[GG]を身に纏うシゲキの姿があった。

 単身戦場の中へと入ったもう一人の装者であるヨシカは両軍の中央に降り立った。

「どうか……ヨシカの声を聞いて……」

 鎧が共鳴する。それを耳にしたジュノーの兵士達は皆持っていた武器を下ろし、ある者は力なく武器を落とすと、何と今度は顔から生気が無くなって、立ち尽くしてしまう。茫然と動かないジュノーの兵士。サラーナの部隊はここぞとばかりに持っていたビームライフルを放つと兵士はあっという間に絶命する。

「何? どうして……ヨシカ、止めて下さいって……」

 ヨシカは目の前で起きた惨状を理解出来ずに茫然と立ち尽くすが、周りの兵士がそれぞれにヨシカに感謝し始め、ヨシカの起こした奇跡を目にして息を吹き返し、颯爽とジュノーの兵士目がけて突っ込んで行くと、立ち尽くすヨシカの前に女が現れた。

「違うよ、ヨシカ。ヨシカがしている事は間違っているわ……」

「……ユ、キエちゃん?」

 それは、戦いの中、ヨシカを案じて出て来たユキエだった。

「シゲさん……どうして……生きて?」

 シゲキの横にはセシリアを介抱する濃青ケトウスの[GG]を纏ったエイコウの姿もある。シゲキは無言で頷き合図を送ると二人を国防本部へと急がせた。

「お前、何……してんねん?」

「何って、平和の為に戦っているんだ。シゲさんも知ってるだろ? オスロのして来た事を。あんな事はもう二度とさせちゃ行けないんだ。人を傷付ける事は絶対に!」

「ほな、お前はここに来るまで誰も傷付けてこーへんかったんやな?」

「そ、それは……」

 アキユキの脳裏に浮かんだのは研究所での戦闘だ。見る見るアキユキの顔が曇り出す。

「俺達は間違ったんや。議長が言うてる事は正しゅう聞こえる。せやけど、結果、人は傷付いてる。そんなんオスロと同じや。お前もほんまは気付き始めてるんとちゃうんか?」

 シゲキの問いにアキユキは自問自答する。周りの雑踏音も耳には入らない。

 アキユキが小刻みに震え出す。それでも何かを振り払う様に、猛然とシゲキに突っ込んだ。シゲキは身を翻して攻撃をかわすと、今度は自ら突っ込んで魂の叫びを訴える。

「アキユキ! よう考えろ。俺達二人が望んだんは、ほんまにこんな世界やったんか?」

「あっ……」

 シゲキの言葉にアキユキは力無い拳を繰り出すがシゲキは当然の如くあっさりと避けると、回し蹴りで右手の武器を破壊し、大剣を召喚させて次々と鎧を破壊し、最後に大剣を振り下ろすとアキユキの鎧が砕け散り、そのままアキユキは意識を失ってしまう。

 ユキエとの対面を果たしたヨシカ。下を向いて黙っているとユキエが声を発した。

「ねえ、ヨシカ。ヨシカはいつも一生懸命進んでいたわ。でも、そんな真っ直ぐなヨシカだから、突き進んじゃうヨシカだから言うね……。ヨシカがしている事は間違ってるわ。ヨシカは議長に利用されてる。ヨシカの真っ直ぐな気持ちが利用されてるの!」

 自然とヨシカの目から涙が溢れていた。ヨシカの脳裏に研究所での出来事が甦った。さっきも自分の発した声で無防備となった兵士は無残にも殺された。

「ヨシカ……みんなに解って欲しかった……。手を取り合おうって……。それなのに殺された……。この鎧にそんな力があるなんて知らなかったの……」

「ヨシカ……どんなに願っても時間は戻らないわ。でも、これからの事は変えて行ける。私もヨシカも。ううん。アキちゃんやマユちゃんも。四人で一緒に……」

「ありがとう……ずっと……苦しかった。ユキエちゃん……ごめんなさい」

「ううん。もう良いのよ。一緒に帰りましょう」

「うん……ありが……あぁ……アァァァァァァァ!」

 突如ヨシカが苦しみ始め、叫び声を発すると黒い霧の様なものがヨシカの全身を包み込んで顔には仮面が身に着けられた。

 仮面が放つ冷徹な空気に背筋がゾクッとする。ヨシカが右手を振り払う。どす黒い気流が細く長い糸の様に変化しユキエに巻き付いた。

 巻き付いた糸はどんどんユキエの身体に食い込みユキエの身体から鮮血が迸る。

「くっ、ヨシカ……しっかりして……」

 苦しみながらもユキエは正気に戻る様、必死に声を上げてヨシカに訴えかける。

「ヨシカ……大丈夫だから……お願い……戻って来てよぉ、ヨシカ!」

 力を振り絞ったユキエの声に反応したのか、ヨシカの動きがピタリと止まり、巻き付いていた糸が消える。すると、仮面にひびが入り砕けると、真っ青な顔をしているが、いつものヨシカの表情を見てユキエは傷付きながらもニッコリと微笑んで見せた。

 そんなヨシカの背後に直ぐにでも拳を放とうとする一人の[GG]装者がいた。ユキエはそれに気付いてヨシカと体を入れ替え様とするが、切り刻まれた身体で思う様に動けない。

 まるで何かを切り裂いた様な音が辺りに響いた。

 立ち込める土煙の中、現れたのは漆黒の鎧に身を包んだドゥーエだ。

「まさか、シゲキとユキエが生きていたとはな。議長の睨んだとおりプランを変える必要があるか。しかし、二人共使えない奴らよ。まぁ、シゲキやユキエよりは働いてくれたがな」

 ドゥーエは更に歩いて近付くと、土煙の中に三つの影がある事に気が付いた。

「何者だっ! きっ、貴様は……そうか、やはり貴様も生きていたのか」

 ユキエ達の前には拳を受け止めたカズキが立っていた。

 カズキは朦朧としているヨシカの兜に手をやって一瞬のうちに凍り付かせて真っ二つに割ると、ヨシカを纏っていた鎧は消え失せ、更に兜に埋め込まれた[女神の涙]を握りしめ、これもたちまちの内に凍り付かせて粉々に砕いた。

「ふんっ。[女神の涙]の力を凍結によって封じたか。しかし、お前が出て来るとはな。最初の人体実験成功者、カズキよ。あの爆発でコアを守るとは。その力、やはり大したものだ」

「…………」

「お前は自分の存在意義を解っているのか? 数々の学者や研究者から生み出されたお前の誕生によって人々は醜い欲を持つ様になった。お前の様な子供が欲しいと。そして、人は実験を繰り返した。自らの欲を満たす為にっ!」

 そう言ってドゥーエは顔に着けられた仮面を外すと、そこに現れた顔半分は機械になっていて丁度目に当たる部分のレンズがくるっくるっと不気味に動いていた。

「そして俺はっ! お前の様な力を得る為に生み出された人造人間だ!」

「なっ!」

 人は[GG]の力を得るが為に人体実験まで行い、挙げ句の果てには人造人間まで生み出してしまっていた。そして、薬によって生み出された装者の悲劇も記憶には新しい。

「カズキよ、俺は俺を生み出した欲の亡者達に制裁を浴びさせる。それが俺の使命であり生まれた理由だ。お前もその力で悲劇を生んだ者どもに制裁を浴びせたらどうだ? 腹も立っているだろう? 何しろ実験された身なんだからな」

「……断る」

「お前はそっち側の人間じゃ無い。お前の居場所はこっちにあるのだぞ」

「俺は、お前とは違う」

「フン。綺麗事を。顔に出ておるわ。お前は勘違いをしている。弱者に手を差し伸べる事でお前の居場所だと勘違いしているのではないか?」

「な、何を!」

「考えてもみろ。実験され人間とは掛け離れた遺伝子を持つ身のお前と一緒に居たい奴など居る訳がない。気持ち悪いのだよ! 解っているのだろう。お前は実験された身であり化け物であるのを自覚して自ら殻に閉じ籠もり心を開かずにいた。違うか?」

「そ、それは……」

「お前は普通の人じゃ無い。お前に近寄って来たのは何も考えていない馬鹿ども、精々数人程度だろう」

 カズキは脳裏にシティホールでの日々が浮かび上がると思わず顔を顰めてしまった。

「クックック。理解したか? お前の持つその化け物じみた力だけが弱者を惹き付けているだけだと。力が無ければお前は唯の化け物。不要な存在だ」

「そ、そんな筈……」

「どうした? 図星か? 語尾が震えておるぞ。カズキよ、俺はいつでもお前を喜んで受け入れてやる。お前は人じゃ無い。俺と同じ力があるだけの存在だ」

「黙れ! 誰が! 俺はお前とは違う! 俺は唯の人間だ!」

「クックック。まあ良い。もう止められん。我々は世界を変える。薄汚い欲にまみれた世界を美しくな。今回の戦いはその為の第一歩。ジュノーが落ちるのも時間の問題だ。俺と違うと言うのなら見事それを止めてみせるが良い。精々力を示し皆にゴミの様に捨てられない事だ。楽しみにしているぞ……」

 そう言うと、ドゥーエはすうーっとカズキ達の目の前から姿を消し去った。

(顔に出て……。違う……。俺は……みんなと同じ……。くっ、悩むな。しっかりしろ)

 一方、国防本部司令室からマキノの姿は早々と消えていた。情勢が不利に傾くと直ぐに踵を返し部下に全てを任せ、自分は秘書と共に逃げ出したのだ。

 指揮を放棄し逃げ出したマキノの行動は、当然士気の低下を招き愛国心すら失わせる。

 そんな折、扉が開いて中に入って来たのは金色の鎧を身に纏うセシリアだった。息を切らし怪我を追いながらも、国を救うべく必死になって次々に命令を下して行く。

「国境部隊にオスロを探し出す様に通達を。恐らく、オスロは逃げ出す機会を窺っている筈ですわ。皆さん、この国を守る為、どうか、今一度力をお貸し下さいまし!」

 士気の低下を何とか食い止める一方でセシリアは焦りを滲ませる。オスロを早く発見し直ぐに戦いを止めなければ犠牲者は増えて行く一方だ。

「どうやら、あの若造は失敗したらしいのぉ。戦いが収まって悠々と出てやろうと思ったが」

「はい。明らかに今までとは士気が異なります。直ぐに此処を出ましょう。四人共解っているな?」

 隣で鎧を纏うアラン達が静かに頷いた。

「セシリア、各部隊からの連絡は?」

「エイコウさん、それが、一箇所、ハーメリアの国境部隊と連絡が取れませんわ」

「きっと、オスロはそこだ! 僕が行く! お兄さん達にも連絡を!」

 オスロはオルファスの北、ハーメリアとレミーユに架かる巨大な一本橋にいる。

 エイコウはオスロの姿を捉えると、更にスピードを上げて急接近を試みようとするが、不意に四人の[GG]装者が襲いかかって来る。

「くそっ! なっ、彼らの顔……もう……人としての顔つきじゃ……」

 トランスアンチテーゼによる極限状態。四人が一斉に襲いかかる。突進しながら各々が武器を召喚する。エイコウは自分の身丈程はあるであろう、三角錐の大剣を召喚させ、これを片手で軽々と振り回し、四人の攻撃に対抗しようとするも全ての攻撃は防げず、鞭による一撃を浴びて腕の鎧は砕かれてしまうが、それでも重い一撃を受けて体制を崩した黄色の鎧パヴォの装者をタックルで吹き飛ばすと装者は意識を失ったままずるずると滑り落ちる。

「このままじゃ……こうなったら一か八か……何っ!」

 目の前の赤の鎧カリーナの装者の背後から急に濃紫の刃が襲いかかった。装者は身体が真っ二つに切り裂かれて濃紫の炎に包まれると、そのまま消滅してしまった。

「ベッ、ベクトルーッ!」

 リーダー風の男が叫び声を上げる。先程までとは明らかに目つきが異なる。どうやら味方の犠牲を目の当たりにして一時的にトランスアンチテーゼの呪縛から逃れた様だ。

 エイコウは相手を確認した。すると、エイコウの視線に気付いた黒の[GG]装者は笑みを浮かべ今度は明後日の方向に再度濃紫の刃を放つと、気を失っているパヴォの装者の身体を刃が突き抜けて先程と同じく濃紫の炎が辺りを包み込んだ。

「ラディーッ! 貴様ぁ!」

「てめぇが二人をっ! ぶっ殺してやるっ!」

 怒りを露わにした二人は標的を黒の[GG]装者へと変えると、猛烈なスピードで同時に突っ込んだ。好機と見てエイコウは傷付きながらもオスロ目がけ流星の如く何発も拳を放つも、隣の男がこれを制するとオスロは橋を抜けレミーユへと渡り切ってしまった。

 二人の装者を相手にする黒の[GG]装者は突っ込んで来た二人に対し、その場に残像を残し飛びかかると、一瞬にして二人の背後へと回り込み、二人の背中へ強烈な一撃をお見舞いし二人はそのまま地面へと叩きつけられる。

「フン……お粗末なものよ……。薬漬けでその程度とは……。見るに耐えんわ。死ね」

 黒の装者は気を震わせる。地面が揺れ気に呼応して大気が揺れる。黒の装者の腕が振り下ろされ濃紫の霧が発射される。

 カズキが到着したのはその僅か数分後であった。辺りは更地となって何も残っておらず黒の[GG]装者の姿も無い。すると、うつ伏せに倒れる二人の男を発見した。

 一人は既に息をしていない。その顔には見覚えがあった。トランスアンチテーゼで強化されたアランという男だ。もう一人の男の元へ駆け寄ると、こちらは未だ息をしている。

「おいっ、大丈夫か?」

「フッ……くそっ……まさか、てめぇの介抱なんざ受けるとは……」

 この顔も知った顔だった。カフカセローの軍事工場で戦った男。名はバーサル。

「アランは……?」

 バーサルの問いにカズキは首を横に振って答える。

「そうか……。奴の技を食らった時、アランの奴がとっさに前に出たんだ。俺を庇って。血も繋がっていねぇのによ。全くベクトルといい、ラディといいお節介な奴ばかりだったぜ」

 バーサルの目から涙が溢れ落ちた。

「ウィクトリアはよ……装者に選ばれた奴は裕福だが、それ以外の奴は落ちこぼれと見なされて、はみ出し者扱いさ。特に俺達親無しのもんにとっちゃあ生きて行けねぇ。居場所がねえんだ。だから、飯を食う為に薬をやるんだ。装者になる為に。三人ともそうして出会った奴らだよ。良い奴らだった……」

(居場所が……彼等も俺と同じ……)

「今、解った……。戦うべきはオスロの野郎の為じゃ無かった。俺みたいな奴に手を差し伸べてくれる仲間の為に戦うべきだった。利用されたんだな、俺達は……。聞いたぜ。お前は人体実験成功者の第一号なんだってな。お前も俺達と同じ被害者だったんだな……」

 バーサルの声が更に小さくなって行く。彼の命の灯火はもう消えようとしている。カズキは最後まで真摯にバーサルの言葉を受け止めようとした。

「お前に頼むのは癪だがどうか人が人でいられる世界を取り戻してくれ……」

 そう言ってバーサルはカズキに自分の鎧のコアにある[女神の涙]を手渡した。

「お前も凄いが黒い奴は何かが違う。奴は危険だ。俺が見て来た全てをお前に託す……。へへっ、三人が寂しがってやる……。俺はいつも和を乱してたからなぁ……。今日ぐらい三人に従ってやるか……。じゃあな……」

 バーサルの首がかくんと力無く横に垂れた。

(みんな、俺に思いを託して死んで行く……俺に戦えと……俺は……)

 空にヒューッバンッと音がすると、それは戦闘の終わりを示す信号弾だった。

 戦いはオスロがレミーユに渡った事で終わりを告げた。マキノによるオスロ擁護の見返りは散々なものであるが、クレハの同胞が解放されセシリアも先頭に立って指揮に当たりジュノー国民もまたセシリアの姿を見て復旧に尽力し、正に行政と国民が一体となった作業が進められると、早くもライフラインだけは回復して人の繋がりの強さを証明した。

 カズキはセシリアが経営する飲み屋の屋上から復興に尽力する人々の様子を見ていた。

(きっと、コウキやケイタは……。あそこに……俺の居場所は無いんだよな……)

「セシリアさんの言ったとおり。やっぱりここだった」

 声がする方を振り向くとそこにはアキが立っていて、手に持った二本のエールをカズキに見せる。カズキは何事も無かったかの様に笑顔を繕ってアキに優しい表情を向ける。

「えへへ。セシリアさんのお店からくすめて来ちゃいました」

 そう言ってアキはエールの一本をカズキに差し出した。

「あっ、でも、ちゃんとセシリアさんには飲んでも良いって言われてますからねっ」

「はは。ありがと」

「みんなの傷は大した事無いみたいです。それに、アキユキ君も。もう直ぐ目を覚ますだろうって。ヨシカは少し熱があるみたいですけど大丈夫です」

「そっか。良かった」

 エールを口に運ぶ。それを見てアキもエールをゴクゴクと一気に飲む。ようやくエールから口を離したアキを見ていると何だかとってもほっこりする。

「あっ、カズキさん、今、私を見て笑ったでしょう?」

「笑ってないよ。美味しそうに飲むなぁって。サワコママの店でもそうだったし」

 楽しかった時間が思い出されるとカズキは少し心が楽になった。

「そうだっ。実は、みんなで平和になって落ち着いたらライブしようって話をしているんです」

「へぇー、ライブかぁ。そりゃ良いと思うよ。きっと、盛り上がるんだろうなぁ」

「そこそこ有名だったんですよ。カズキさんは知らなかったけど……」

「それは済みません。反省してます。どんなライブするの?」

「今までも色々やったんですよ。歌は勿論お芝居なんかも」

「そうなんだ。アキちゃん達の歌やお芝居なら、きっとみんな心に響いたんだろうなぁ」

「そうだと良いなぁ。それで平和になってみんなに笑顔が戻ったら、もっともっと元気になって貰う為にチャリティーライブしたいねって」

「うんうん。凄く良いと思うよ。アキちゃん達のライブかぁ。一度見てみたいなぁ」

「じゃあ、カズキさんは特別に招待するんで、絶対見に来てくれるって約束してくれますか?」

「勿論。大きな花束持って絶対に行くよ」

「それじゃあ指切りです!」

「指切り?」

「はいっ。こうして約束すると決められた未来があって嬉しいなって」

「未来か……。うん。そうだね……」

 その二日後の朝にカズキ達に一本の連絡が入る。ジュノー公国代表のクレハがようやく目を覚まし会いたがっていると連絡が入ったのだ。

 ベッドから上体だけ起こしたクレハの姿を目にする。顔は酷く痩せこけ青白く生気が無い。それでも、クレハはカズキ達の姿を確認するとニッコリと笑って見せた。

「みんな、ここまで良く頑張って来たね。痛みを知った今だからこそ仲間を信じ、悲しみを乗り越えて前に進みなさい。君達は希望の種だ。思いの花を咲かせ届け続けてくれ。平和になったら共に飲もうじゃないか。ハハハハ」

 満面の笑顔で話すクレハ。だが、ここにいる皆は聞かされていた。クレハがもう長くない事を。

 三日後、首都アクアリウムに於いて新代表の即位式が開催される運びとなった。

 新代表の即位に当たりクレハは車椅子姿で登壇した。国民はその余りにも弱々しい姿に絶句した。それでもクレハは今の自分が精一杯の声を張り上げて息も絶え絶えに国民に訴えた。

「先ずは国の緊急時に病床に付いていたとはいえ不在であった事をお詫び致します。臨時代表となったマキノによって国が多大な被害を受けました。臨時代表の選択の誤りを、国を代表してお詫びします。マキノを選択してしまったのは一政治家としてでは無く、娘の幸せを願う父親だからでありました。娘を政治から遠ざけ、セシリアやマユが国の先頭に立つのを躊躇していました。本当に、本当に申し訳ありません……」

 国民は妻を亡くしていたクレハの心情を察して誰も文句を言わなかった。元よりこれまで行ってきた善政の信頼関係がそこにはあったのだ。咎める者などこの国にはいない。

「ありがとう。本当にありがとう……。最後に新代表となるセシリア、妹のマユを紹介します」

 挨拶を終えたクレハはかなり疲れていたが、満足そうな笑みを浮かべ、自身は会場の一番後ろで目立たない様に車椅子に乗って二人の娘の晴れ舞台を見ていた。

「クレハ様、寒くないですか?」

「……アキ……二人はちゃんとしているかね?」

 クレハの声にもはや力は無く、瞬きはしているが焦点が定まっていない。

「クレハ様、もう目が……」

 カズキが割って入って代わりに答えた。カズキの目からはもう涙が溢れている。

「二人とも、立派に皆さんの前に立っていますよ」

「そうか……良かった……」

 クレハの顔はとても満足していて、カズキは悲しんでいる様子をクレハに知られない様に努めるんだと皆に首を横に振って無言で伝える。

「最早……何も見えないな……」

 クレハの言葉にアキ達はお互い抱き付いて必死に泣き声を抑える。

「カズキ……。傷付いたお前に私は何もしてやれなかった。どうか許してくれ……。カズキ、最後に……自分に自信を持ちなさい……。それに、お前は一人じゃ無い……」

「代表……」

「大丈夫だ……。お前ならきっと乗り越えられる……。我が子達よ、希望の種よ……。思いの花を皆に……どうか……幸せに……」

 そう言うと、クレハはそのまま永遠に眠ってしまった。アキ達が一斉にクレハに詰め寄る。

 だが、舞台からその様子を見たセシリアとマユは決してうなだれはしなかった。目から涙が流れていても決して俯かず、益々集まった国民に笑顔を向けた。

「お父様が見ていますわ……。最後までしっかりと私達の姿を見て貰うのですわ」

「うん。下なんか見ない。マユ、パパと約束したもん」

 サラーナとドゥーエはジュノーの即位式の模様をルーメンパルナの駐屯地で見ていた。

「クレハの娘が新代表になりましたね。ジュノーはどうしますか?」

「今は手出し出来ないわ。流石クレハね。ジュノーはこれで一枚岩となる。それに、今は攻めるだけの大義名分が無いわ。カズキ達が気になるけど、今は放っておくしか無いでしょうね」

「すると、予定通りオスロを?」

「ええ。レミーユに入ったのは間違いないわ。でも、頼りのトランスアンチテーゼの出所はアキユキ達が殲滅したから他に打つ手は無いに等しいわ。残るは側近ただ一人。ファーゲルのレジスタンス軍に協力を仰いでサミアローズに入られる前に叩きましょう」

 サラーナはドゥーエと共にカリオペのハムナバーグに渡り、自らが先頭に立って人々の心を掴むべく東奔西走していたが、やはり、頭の片隅ではオスロが気懸かりでならなかった。

「未だオスロ確保の連絡は無いのね?」

「はい。大小様々な軍関係の基地が多く捜索は難航しています。オスロの事です。何かあっても不思議ではありません。ですが、奴は軍の部隊を率いていませんのでレーダーによる探索も無理で一つ一つ当たって行くしかありません」

「レーダーによる監視は無理……。待って、逆に私達の動きはオスロに全て捕らえられているんじゃ……いけません! ドゥーエ、今直ぐここを離れます。各部隊には多方面に分散し離れる様に指示しなさい。急ぐのよ。可能な限り民衆も連れて行きなさい」

 退却の準備を始めるが軍の人間以外の者を速やかに移動させるのは困難を極める。

「急ぐのよ。無理矢理でも連れ出しなさい。何か嫌な予感がするわ……」

 ──レミーユ 第二十八陸上基地。

「コアレーザーサイレンス、百パーセントチャージ完了」

「よし。起動スイッチをこちらに回せ。発射態勢準備だ」

「発射態勢準備。防御システム解除。発射態勢へ移行。カモフラージュシステム解除」

 オペレータの報告と共に地面が割れて中から巨大な丸いレンズの様な物が現れる。その直径は五メートル程で内部では幾つもの鉱石がまるで息をしているかの様にうごめいている。

「目標カリオペ公国ハムナバーグ中央。準備完了。いつでも発射出来ます」

「儂に逆らった罰じゃ。死ねぇ!」

 オスロが手元の赤いスイッチを押すと、レンズの中央に渦を巻いて光が収束する。収束をし終えると、レンズの中央から巨大な光の柱が轟音と共に発射された。

 異常を察した鳥の群れが一斉に空に飛び出すが眩い光が周りを照らすと轟音が響き渡り飛び立つ鳥を一瞬で飲み込んで行く。消滅という言葉が相応しく、光の中に入り込んだありとあらゆる物体や生き物は消え去って行く。

「グワッハッハッハ! 儂の力を思い知ったか! 力こそ全てじゃ!」

 カフカセローに近い所にいたサラーナ達は何とか難を逃れていた。強大な力が故に誤差が生じたのが幸いした。だが、部隊の半数近くを消し去られてしまった。サラーナは言葉を失うも横で握られた両の拳は怒りに震えている。

「今の攻撃で奴の居場所が解ったわ……。オスロを殺すのよ」

「宜しいのですか?」

「もう充分よ。もう充分オスロにはお膳立てして貰ったわ。殺しなさい」

 サラーナの命令を受けドゥーエは直ぐに行動しオスロのいるレミーユへと乗り込んだ。

 基地周辺の警備を黙らせておいてドゥーエは基地から少し離れ、ここで初めて[GG]を装着し直ぐに装着を解除する。それを移動しながら繰り返した。

「基地南東で[GG]反応。しかし、直ぐ消えています。今度は南南東で反応」

 オペレーターの報告を不審に思ったオスロは、ヴァンヒルに様子を見て来る様に命令する。

 ヴァンヒルは直ぐに[GG]を纏い外に出たのだが、ドゥーエの狙いはそこにあった。

 プシューッという音がして扉が開く。

「ヴァンヒルよ、戻ったか。それで、どうだった? 味方の[GG]装者でもいたか?」

 そう言ってオスロは振り向くとそこには黒の鎧を纏った装者が立っていた。

 オスロが驚き、叫びを上げるが、ドゥーエは瞬く間に兵士を全て惨殺する。

「お前のその姿はセイルエッグの時の……まっ、待て。儂に仕えんか? 何でも欲しいものを与えてやるっ! 何でも望みを叶えてやるっ!」

 ドゥーエは何事も無かったかの様に振り向くと、オスロの首だけが宙に舞い身体は腕を伸ばしたまま直立していた。

 基地の異変に気付いたヴァンヒルは、誘い出されたとして急ぎ基地に戻ろうと踵を返すも、何か嫌な予感がして横に飛び退くと頬を濃紫の霧が掠めて血を流した。

 ヴァンヒルもまた稀代の戦士だ。直ぐに反撃に転じようと身を翻し反撃に転じるべく気を集中しようとした瞬間、今度は腹に衝撃が走りそのまま身体を通り抜けて行く。

「な……貴様……は……ぐふっ……」

 コアレーザーサイレンスの発射は直ぐにセシリア達も知った。夜に光り輝いた巨大な流れ星は余りにも目立ちすぎる現象だし、暫くして鳴り響いた爆音は明らかに何らかの兵器だ。

「オスロが……議長を狙ったんだわ」

 声を振るわせ答えたのはマイカだった。

「議長はカリオペの残された人々の心を掌握すべく、きっとカリオペにいたんだわ」

「でも、あのサラーナ議長があの様な施設を見逃すなんて有り得ませんわ」

「きっと、秘密裏に建設されたんだ。議長はジュノー討伐の際にアキユキ達にトランスアンチテーゼの供給を切る様に指示している。そこを抑えればオスロは丸裸になると確信していたんだ。オスロを討伐するのにファーゲルの部隊を中心に動かしていたからね。ところがオスロは隠し球を持っていた。あの光はきっと、[女神の涙]だ」

「ほな、サラーナ議長はさっきの爆発でもうやられもうたんじゃ?」

「それは解らない。いずれにしても数日中に動きがあるはずだ。それがサラーナ議長なのかオスロなのか。そして、出て来なかった方はきっともうこの世にはいない。それに、このタイミングで何か大きな事をしかけるに違いない」

 カズキの予想通り、その二日後の朝にサラーナは世界中の人々に向けて会見を行った。

『人道外れるオスロを討伐せんと志同じにする勇士達と共に戦いを続けて参りましたが、ようやくこの者を討伐出来ました。ですが、ハムナバーグに於いてこの欲の悪魔が生み出した新たな兵器により多くの同胞を亡くしました。我々は反省しなくてはなりません。過去の戦争から続く人々の欲による凄惨な連鎖を。我々は気付いた筈です。人の欲こそが悪の根源だと。そこで、その悪しき欲から身を守る為に、私達は、とある装置の開発に成功しました』

 そう言ってサラーナが手に取って見せたのは何やら補聴器の様な物だ。

『この装置は人類最後の希望となる装置Niente[ニエンテ]。この装置を耳に装着し脳から発せられる電磁パルスを瞬時に専用サーバーに伝達すると、発せられた信号により欲を抑える二十の電磁波をフィードバックさせ装着者の脳に直接伝えます。そうする事で人の欲は抑えられ高みを目指す事はありません。人は変われるんです。人類が手を取り合える最後の手段です。この意に背き争いを生む種を残すのは止めて下さい。争い無き世界に』

 衝撃的な内容だった。サラーナの目的は欲そのものを人から無くす為に機械で人を管理しようというものだ。それがサラーナの真の目的だった。

「こんな政策は断じて認められませんわ。このままじゃ人は喜怒哀楽を無くしてしまいます。命令だけを淡々と熟すだけの何も考えない機械と同じですわ」

「その通りや。アキユキ、ようやく俺達の戦う理由が解った気するな?」

「うん。俺達の戦いは、人が当たり前に笑ったり泣いたりする世界を守る事だね」

「カズキさん、これを……父からですわ」

 セシリアはカズキに一通の手紙を差し出した。宛名には我が娘達へと書いてある。中には娘を思う父親の気持ちが長きに渡り書き綴られ、最後に【君達が願い、思う心に力が必要となるならば、父として志同じ友と共に童話に語り継がれし古の力を残そう】と記されていた。

「今の私達にサラーナ議長と戦うだけの力はありませんわ。今のままでは手を拱いているだけです。花を咲かせ続ける力を借りようと思います。皆さん、ユーフォニアムへ行きましょう」

「花を咲かせ続ける力、か……」

「うん? 兄ちゃん、どないしたん?」

「えっ? いや、別に何も無いぞ」

「ふーん。そうなん。それならえーけど何かボーッとしてたで」

 兄弟の些細なやり取りにアキは少し違和感を覚えた。   

 アクアリウムの東に位置する公園内にある石畳の歩道を岬に向かい暫く歩くと、そこには巨大な慰霊碑があって、その慰霊碑から更に南に進んだ所にユーフォニアム大聖堂がある。大聖堂は石で組み上げた円形の建造物で、高さはビルの三階程度にはなるだろうか。

「ここはジュノーの代表になった者が女神にその旨を報告する為に訪れた建物ですわ。父の手紙にはここを訪れよとありました」

 セシリアに案内され中に入ると、セシリアは皆を二階へと促した。

 壁に沿った階段を上がりきった所には大きな扉があって、鍵穴だろうか何やら丸い物をはめ込む様になっている。セシリアとマユはお互いの顔を見合ってネックレスを外し、二つ合わせると、満月の様な綺麗な丸になって鍵穴と一致すると、ガチャリと音がして扉が開いた。

 一歩踏み出して全員が部屋に入る。そこには壁一面に壁画が描かれていた。涙を流す天上の女神と四人の女神が八つの光を照らし、闇を晴らす物語が描かれていて、時計回りに建物に沿って物語が展開して行く。それは正しく昔から伝わる童話の物語だ。

 ガタンと大きな音が上の方ですると、天井の一部分が開いて、中から円柱状の大きなエレベーターが現れ、床に付いた所で入り口の扉が横に開いた。

 上の階に到着すると薄暗い。しかし、セシリアが一歩踏み出ると部屋は優しい光で包まれた。

 正面の最奥には両手を広げている大きな女神像が。中央に四体の女神像があって、その周囲を取り囲む様に八つの台座がある。

 どこからともなく声が聞こえて来る。

『平和への願いが力を欲する時、星の女神はその思いを捧げ心を甦らせよ……』

『心甦りし時、思いの女神が現れる。思いの女神は心を震わせよ。思いの女神の魂の叫びに闇を取り払いし八の守り手が誘うだろう』

 そう言い終えると声は聞こえなくなった。声の主は間違いなくクレハとコワタの声だ。

「この像が父やコワタ様が残した力なんですの?」

 セシリアは首を傾げるが、他の皆も同意見で他には何も見当たらない。女神像の台座に目をやるとAstraiaと記されている。

「カズさん、何か解りますか?」

「そうか、この大きな女神はアストライアー。神話における星乙女と呼ばれた星の女神。そして、あの金色の鎧を纏えたセシリアとセシリアのお母さんは星の女神なんだ」

「私が星の女神……そして、お母様も?」

「ああ。思いを捧げるというのは星の女神であるセシリアの思いを女神像に宿す事だ。セシリアの思いなら、きっと反応してくれると思うよ」

 セシリアは右腕のスパコンから[女神の涙]を外し取ると、両手でしっかりと握り目を閉じて今の自分の思いを念じると女神の像の胸にはめ込んだ。すると、ガコンという音がして、四つの光が[女神の涙]より中央の四体の像目がけ放たれた。光は徐々にその輝きを増し部屋全体を包み込むと余りの眩しさに目を開けていられない。

 ややあって光が収まり段々目が慣れて来ると、今度は四体の女神像が各々[星詠みの調べ]の四人を光で包むと四人の眼前に[女神の涙]が浮かんでいて四人はゆっくりと鉱石を手に取った。

 改めて四体の女神像を確認すると台座に女神の名前が記されている。

「やはり、アキ達が思いの女神でしたのね」

「ねぇねぇお兄ちゃん、マユ、何の女神様なのぉ? お姉ちゃんみたいな星の女神様とは違うのかなぁ?」

「マユを照らした女神はElpis。エルピス。神話に於いて希望の神とされる女神」

「希望の女神かぁ。えへ。じゃあ、三人はぁ?」

「Eirene。エイレーネー。ユキエちゃんは神話に於いて平和や秩序を司った女神」

「そんな……何も出来なかった私なんかが……」

「ヨシカちゃんはHarmonia。ハルモニアーは調和の女神だよ」

「調和の女神……ヨシカ……良いの……?」

「ヨシカだからよ。真っ直ぐなヨシカだから」

「ありがとう、ユキエちゃん……。ユキエちゃんも解る……。本当は誰よりも平和を望んでる」

「アキちゃんはPanakeia。パナケイアは癒やしを司る女神」

 三人の女神がやっぱりと声を上げると、アキは少し照れて顔を赤らめる。

「でも、お兄ちゃん、[GG]って反動があるんだよねぇ。マユ達、何の訓練も受けていないよぉ。大丈夫なのかなぁ?」

「マユ達やセシリアは武の力を発する訳じゃない。マユ達の平和への思いを皆に届けるものだ。思いもまた[GG]を制する力。きっと、大丈夫だよ。それに、クレハ代表やコワタ代表がマユ達を傷付ける物を渡す筈が無いよ」

「うんっ。きっとそうだよねぇ」

「へぇー。やっぱり兄ちゃんは頼りになるわ。めっちゃ女神とかに詳しいやん」

「そっかー? 昔、想像して遊ばなかったか? 女神を自分の彼女にしてさ。そりゃ、女神って言うくらいだから可愛いやろってなもんで……」

「カズさん……むっちゃ寂しいです」

「いや、あの、若気の至りってもんで……その、余り見ないで下さい……」

「もう……相変わらずですわね」

 カズキの一面に気が抜けた一同は肩の力が抜け笑顔を見せた。

「あらっ! いつの間に?」

 セシリアが指差す方に目を移すと八つの台座にクリスタルの角柱が現れている。

「きっと、思いの女神の誕生に反応したのですわ」

 笑顔から一転、一同、凛とした表情をクリスタルに向けている。

 そんな皆の姿をカズキは目に焼き付けていた。

(みんな、良い表情してる……。これなら大丈夫だ……。みんななら……)

「魂の叫びって、きっと、マユ達の思いを一つにするんだよぉ」

「うん。マユの言うとおり思いを一つにして心に叫んでみようよ」

 世界を守る為の力を貸して欲しいと願う。申し合わせていなくても四人の心は同じだった。

 すると、彼女達の周りに八つの光点が現れると彼女達を取り囲んでくるくると周り、やがてその回転を速めると頭上で一つになって輝きを増した。

『想像せよ……汚れなき守り手の力を……』

「何や……頭の中に訴えて来よる……俺は真っ直ぐに道を示して行きたいんや……」

「僕はみんなを支えて行きたい……ぐっ……アキユキちゃん達……大丈夫?」

「大丈夫……。俺は……正しい正義を貫きたい……」

「マナは姉様と一緒に……みんなを正しい道に引っ張って行ける様になりたい……」

 光が弾けるとシゲキ達の眼前にエレメンツの紋章が刻まれた[女神の涙]が浮かんでいた。

 シゲキが火。アキユキは風。エイコウは土。マナは金である。

 驚く妹を余所に、姉であるマイカの表情は暗くなった。

(やっぱり……マナだけなのね……。また、マナだけ危険な目に……)

 妹は[GG]装者としていつも危険な目に合いながら戦っている。その上、自分にはアキ達みたいな声の力がある訳でも無い。皆と共に戦えない自分にマイカは負い目を感じていた。

 そんな中、マイカは一つのクリスタルに見られている様な感覚を覚えた。

「一体、何? まるで私を呼んでいる様な……。でも、どうして? 私は装者じゃ無いのに。あっ!」

 何と一つのクリスタルから急に放たれた光がマイカを包み込んだ。

『汝の自らを犠牲に妹を思いやる汚れなき思い……。正しく守り手に相応しい……』

 淡い緑色の光がマイカを取り囲む。光が収まると、驚く事にマイカは[女神の涙]を握り締めていた。

 濃緑の[女神の涙]刻まれているエレメンツの紋章は木を示すものだ。

「姉様!」

「うん。私も守り手の装者に……でも、先輩は……」

 皆、一斉にカズキに視線を向けた。

(やっぱり、な……。ずっと考えていた。奴の言う通り俺の力は人体実験によって手に入れたもの……言わば、人の欲が生んだ汚れた力だけを持つ存在……。花を咲かせ続ける守り手には相応しく無い……)

「きっと、マユ達の思いが足りないんだよぉ。もう一回思いを届けようよ」

 再び四人の思いの女神は祈りを捧げるが何も反応しないし結果は変わらない。

 誰もが疑わなかった。カズキが守り手の一人であり皆を引っ張って行ってくれると。

「もう一度、もう一度やってみよう。きっと何かが足りないんだよ」

「うーうん。アキちゃん、もう良いよ。きっと、他に守り手の人がいるんだ。それより、もう日が暮れちゃうから帰ろう。ほら、みんなも。それに、俺にはコワタ代表から頂いた[女神の涙]がある。守り手じゃなくても何も変わらない。ねっ?」

(良いんだ……。戦士としての役目を果たせればそれで……。汚れた戦士のこの命、せめて、みんなの居場所の為に……。笑え……。みんなに心配を掛けるな……。笑うんだ)

 普段通りの笑顔を見せるカズキに一同は従うしか無かった。


「ドゥーエ、状況はどうかしら?」

「はい。先ず早々にジュノーのセシリアが反対を表明しています。そして、カリオペはメアリーに残るコワタ派の連中が反対の意思を示している事から、その他の民衆もこれに追従するものかと。ウィクトリア内部ではファーゲル、ルーメンパルナ、ジャンヌフェローで既にNienteの支給を始めています。サミアローズとレミーユは、オスロ派が残っており、一部の者が抗戦の構えを見せていますが、例の鎧を使えば直ぐに落ちるかと」

「だけど、装者がいるのかしら? それなりに心に響く声を持たないと効果は無いわ」

「ご心配なく。ユキエ達と似た声の波長を持つ者を二人」

「どうやって引き入れたのかしら? まぁ良いわ。でも、余り目立つ事をしては駄目よ。薬漬けなんてあの狸親父と同じになってしまうから。ベルファストの守備は済んでいるわね?」

「はい。直ぐにでも移る事が出来ます」

「そう。しかし、オスロが生きていれば驚いたでしょうね。ベルファストが既にこちらの手にあったのだと知ったら」

「ベルファストのオスロ派はほんの一握りの要人達です。オスロはカリスマの無い人間。サラーナ様になびくのは当然かと……」

「そうすると、残りはリーフブリュッセルだけね。私は言ったはずよ。この政策は世界の平和を守る最後の手段だと。それに反対するのは世界の平和を乱す事に他ならないわ」

「その通りです。ジュノーやカリオペを含め討つのには問題ないかと。先ずは何処を?」

「リーフブリュッセルよ。先ずはウィクトリアを一つに纏めましょう。私達はベルファストに移動するわ」

 リーフブリュッセルが光に包まれ消し去ったのは間も無くの事だった。反対派であったサミアローズとレミーユはドゥーエが迎え入れた二人の声の力に鎧の力が加わると、発せられた声によって数々の敵部隊は戦う意思を失い、その声に従うのだった。

「リーフブリュッセルへの作戦、滞りなく完了致しました」

「ご苦労様。次発のチャージを急いで。次はジュノーを討つわ。そうすれば、カズキ達もろともジュノーは滅びる。ようやくあなたを生んだ悲劇を終わらせる事が出来るわ」

「はい。そして、父さんの無念も」

「ええ。でも、念には念を。あれを使うわ。あなたが引き入れた二人も利用しましょう。カズキ達はきっと出て来るわ。それにアキ達も。ここを凌げば私達の勝ちよ」

 セシリア達はリーフブリュッセルの悲劇を知った。リーフブリュッセルを襲った流れ星はカリオペを襲った光と同じだ。つまり、同じ兵器によって放たれたものである。

「議長は世界の平和を守る最終手段としてNiente政策を行うと言っていました。そして、政策に賛同しなければリーフブリュッセルの様に粛正を行うつもりですわ」

「エイコウ、次発発射までの時間を割り出せるかい?」

 カズキは普段通り皆に接し振る舞っていて、皆もそれぞれ思う事がありながらも、それを口に出さず変わらずにカズキと接していた。

「あの兵器はエネルギーをチャージして放っています。約六十パーセントのチャージで発射出来るかと。街を焼くには十分の威力です。それまでの時間は……明日の夜ですね」

「あの兵器は人類に必要無いものですわ。先ずはあの兵器を何としてでも止めましょう」

 道を示すセシリアに一同迷いなく頷いて答える。

「それからお兄さん、セイルエッグの事件の画像ですが、ようやく復元出来ました」

「ありがとう。早速モニターに出して貰えるかい?」

 モニターに事件の様子が映し出される。一方は事件の引き金となった黒の鎧装者の姿。もう一方はウィクトリアの装者の姿だ。しかし、ウィクトリアの装者の様子がどこかおかしい。

「トランスアンチテーゼが切れたんだ」

 カズキの言葉通りウィクトリアの装者達は急に苦しみ出して、その身を地面に預けるとピクピクと痙攣を起こし始め、やがてその動きは完全に止まってしまった。

 横たわる装者を無造作に蹴り飛ばし仰向けにさせる。相手が息をしていないと確認すると、黒の鎧装者は死体を抱え上げてそのまま何処かに行ってしまった。

「国防本部が到着した際に装者の姿が見えなかったのは、黒の鎧装者が連れさらい、退却したから……。そして、無理に反撃しないのは薬の効果が切れるのを待っていたからですわね。でも、何故連れ去る必要があったのでしょう?」

「未だ薬の存在を公にしたく無かったのさ。そのままにすればジュノーの国防が気付く。薬の存在を隠し、頃合いを見て世に発表する方が更にインパクトを与えるからね」

 巻き戻してウィクトリア装者を抱えた所でカズキは画像をストップさせ拡大させる。

「ここだ。これに見覚えはないか? シゲキ、アキユキ」

「これって……シゲさん、黒の鎧の腕にあるバラの花の模様って……」

「ああ。サラーナ隊に共通する模様や。ほな、事件を引き起こした黒の鎧装者って、サラーナ議長によるものやったんや……」

「この前の戦いであの男が纏う鎧の模様に少し引っ掛かってな。兵には隊を表す徽章が与えられる。どうやら間違いじゃ無かったみたいだ」

 これで一連の事件が全て繋がった。全てはサラーナが掲げる政策成功の為の布石。薬の存在を隠したのも人々の心を掴む為に敢えて隠した。オスロをより批判させる為に。

「それと、シゲキの後輩が身に着けていたあの鎧には何か細工をしていたんだろう。ヨシカちゃんが身に着けていた鎧と同じ様に。恐らく、彼の自我を失くさせ俺とシゲキを葬ろうとした。こちらが手を出せないと踏んで。そして、自爆させるのも視野に入れてね」

「議長ですけど、夫と息子が一人いたそうです。息子は人体実験に失敗して死亡。夫も息子の後を追う様に自殺。議長が頭角を現して来たのはそれからみたいですね」

 エイコウの話にカズキはふとドゥーエと対峙した時の事を思い出した。

(あの時、ドゥーエは欲の亡者を滅ぼす為に生み出された人造人間だと言った。今回の一連の事件……サラーナ議長の過去に何か関係しているんじゃ……。そして、俺も……)

 明朝九時サラーナの悲願であったNienteシステムがいよいよ作動する。直ぐに人は感情を、そして思いを機械に奪われた。

 セシリア達は先ず殺人兵器を抑えるべく、アプサラスに搭乗しレミーユ郊外へと入る。

「みんな、この戦いは兵力や兵の数じゃ無い。全ては早さにかかってる。敵の数を減らすよりも、いち早く兵器に辿り着くのを優先しよう。行くぞ! あの兵器を止めるんだ!」

 カズキの言葉を合図に外へと飛び出してクレハ達が残した守り手の力を解き放つ。

 先陣を切ったアキユキの腕には風の紋章が浮かび上がり、天を舞い上がる様な竜の姿がポリゴンとして現れた。ポリゴンが弾け、風がアキユキの周囲を覆い上空へと舞い上がると白銀と緑の鎧に身を包むアキユキが現れる。

 竜の顔を模したサークレット状のヘッドギアには二本の角が天に向いて備えられていて両腕には円盤状のチャクラムが装着され、竜の爪が広く肩を覆い両足の鎧はレガース状で膝までをスッポリと隠し、背には棒状の武器が交差して装備されている。

 シゲキには翼を携えて弓を咥える見事な体躯の獅子の姿が浮かび上がった。

 炎の渦がシゲキを取り巻いて上空で爆発を起こすと白銀と赤の鎧姿のシゲキが現れる。

 猛き炎を彷彿とさせるヘッドギア。レガース状の両足には獅子の足を思わせるしなやかさと力強さがあって、両肩も獅子の鋭い爪が覆い、厚い胸にあしらわれた獅子の風貌と背には重厚感のある翼を携え威厳さと美しさが共演する。

 エイコウには巨大な二本の角を持つ甲羅に身体を覆われたタートルが映し出された。

 大地から岩岩が持ち上げられて弾けると、白銀と黄色の鎧に身を包むエイコウが登場する。

 両肩から飛び出す大きな角はくるっと半渦を巻いて上空に向けられ、頭を全て覆い隠すヘッドギアには額の中心にV字型の飾り。両手足を守る鎧は角ばった石の様に荒々しさを醸し出して、左腕に装着されている直径五十センチ程の盾はどんな攻撃さえも受け止めてしまいそうな重厚感がある。

 初めて[GG]を身に纏うマイカには植物の蔓で身体を覆われた女人が浮かぶ。

 木の装者に相応しい白銀のワンピースの鎧の上半身は幾重にも濃緑の葉を付けた蔓が覆い、腰は何枚もの葉を重ねた様なデザインになっている。

 草木を編み込んで拵えた草冠のヘッドギアが髪の長いマイカには良く似合っている。

 妹のマナの眼前には三日月に腰を据える女人が現れた。

 胸には金色の三日月を横にあしらったシャープな鎧に、腹部は露わになっているが両肩を楕円状の湾刀の様な鋭さを携えた鎧が肘近くまでを覆い、ウエストは何本もの刀を繋ぎ合わせた鎧になっていて両サイドに白銀の銃を携えている。

 快晴の青空を隠すかの如く、迫り来るサラーナの部隊の数はもはや数え切れず、どうやら次々に[GG]を纏う戦士が送り込まれているらしい。

「今頃カズキ達は驚いているでしょうね」

「はい。NienteシステムによるPensee[パンセ]部隊に感情はありません。言わば敵だけを倒す為の戦士。量産型のギアとの違いに言葉も出ないでしょう。」

「Nienteで奪い取った人の感情や思いを[GG]を纏ったエクス・マキナに利用する。思いもまた[GG]を制する力。[GG]の反動を肉体的に制しようとしたオスロとは違う。正に画期的な発明だわ。それに、人の思いは人の数だけ無限大。故にPensee部隊も、その器さえ用意すれば尽きる事は無い。カズキ達はあれだけの[GG]部隊相手にどこまで頑張れるかしらね。時間は限られているわ」

 サラーナ隊は物量で圧倒的に勝る。対してカズキ達はたったの六人だ。

「凄い……凄い数や。どんだけ[GG]装者がおんねん。あないに適性者が?」

「先輩、まさかトランスアンチテーゼじゃ?」

「違う。あれはエクス・マキナだ」

「何やて! せやけど、[GG]って機械が纏える様な物とちゃうんじゃ?」

「Nienteシステムで奪い取った人の欲望を機械にフィードバックさせているんだ。欲望の思いだけで[GG]を纏わせる。欲望のみを植え付けられた機械は敵を倒す為だけの殺戮兵器だ。しかも、機械であるが故に痛みも感じない。更に欲望の数だけ新たに生み出される」

 こうしている間にも残されている時間は無情にも減って行く。

「シゲキ、アキユキ、俺が突っ込んで敵を引き付けて道を確保する。その間に二人は囲みを抜けてあの兵器に向かうんだ。お前達メタルカラーの[GG]のスピードなら突破出来る。エイコウ達はシゲキ達のフォローをしてやってくれ」

「な、何言うてんねん! そんなん無茶苦茶や! 兄ちゃん一人やなんて」

「下手したらカズさんが数で押し切られてしまいます」

「無茶よ! シゲキさん達が突破出来ても先輩が無事で済む筈が無いわ……」

「せめて、僕もお兄さんと一緒に残ります」

「駄目だ! シゲキ達のフォローが優先なんだ!」

「カズキ君……どうしたの? そんなに怒鳴って……」

「解ってくれ! 今は俺よりもあの兵器だ! ジュノーが撃たれれば世界は終わるぞ!」

「ど、どないしたんや、兄ちゃん……?」

「いつものカズさんじゃ無いです」

「……済まない。時間が無い。頼む。従ってくれ。お前達が、お前達だけが唯一の希望なんだ!」

 カズキの様子が何処かおかしいがシゲキ達は従うしか無かった。

「行くぞ、みんな!」

 カズキが一人相手集団に突っ込んだ。水流の槍の穂先が相手のコアを確実に捕らえて行く。相手との距離が生まれた所で目を閉じて気を込める。カッと目を開き同時に力を解放すると、今まで柔軟な動きを見せていた背の翼が力強く大きく広がりを見せ、翼より羽が上空に放たれる。

「ハァァァァァァァァ!」

 カズキの叫びに反応する様に上空の羽が一斉に敵に襲いかかり、羽が突き刺さると敵は見る見る内に凍結して活動を停止し僅かに道が開いた。

「行けぇ! 急ぐんだ! シゲキ! アキユキ!」

 だが、直ぐにカズキは敵に呑まれてしまう。相手の鋭利な刃物が次々とカズキに襲い掛かる。

 シゲキ達は迷いを振り払って疾風の如く敵の間を通り過ぎる。それでも押し寄せる敵は二人を追いかけようとするが、エイコウが壁役となるべく対峙した。

「お兄さんの意思に報いる!」

 エイコウは両手に持った斧を勢いよく放り投げる。放り出された斧は凄まじく回転し次々と敵の身体を切断して爆発を連鎖的に起こさせる。ブーメランの要領で投げた斧が自らの元に帰って来ると、エイコウは斧の柄と柄とを合わせ刃の向きを互い違いにし、両鉈の様な武器を完成させると、今度は自らが敵に飛び込んで敵を一閃すると敵は黄色い火花を起こし爆発する。

「先輩……私、信じるわ。いつも優しく見守ってくれた先輩を……。これでも軍では一、二を争う剣の腕前だったんだからっ。ハァーッ!」

 マイカは更に敵を切り払って敵との距離が生まれると、目を閉じて胸の中にある熱い気をイメージし、長剣を寝かせ相手に突きの要領で放った。

 突き放たれた緑に輝く刀身から放射状に何枚もの葉が放たれると見事に敵を穿った。更に長剣を横に払うと放たれた蔓が相手を絡め取る。

 マナは二丁の銃を操って相手に銃弾を浴びせる。しかし、数で圧倒する敵は徐々に距離を詰めて行く。間合いがある時に銃は効果的だが間合いが詰まると一気に不利になる。

「カズキ君が道を開いてくれる。マナだって負けてないんだからねっ!」

 マナはカリオペで優秀な[GG]装者の一人だ。初めて身に纏う[GG]でも[GG]が持つ技が頭に流れ込んで来るのは知っている。

 マナは一度持っていた銃を腰に収めると、銃のグリップ部分をカチッとバレルと同じ直線にしてから再度抜き出すと銃はリボンへと変化していた。

 リボンを水平に振り抜くと次々と敵に襲いかかる。敵は触れたが最後、見事なまでに切断されて爆発を起こした。

 カズキの決死な判断と守り手達の力にサラーナの計算は完全に狂ってしまった。

 シゲキ達はようやく基地へと辿り着くと、直ぐにサイレンスの中枢へと入り込む。

「アキユキ、お前は直ぐにここを離れるんや。これから[GG]の力を最大限に引き起こしてエネルギーを何とか上空に逃がすわ! せやから、お前はここを離れるんや!」

「駄目だ、シゲさん! 一人よりも二人。二人力を合わせた方が絶対に良い。それに、相方だろ。少なからず上空に逃がす力に反して下側にも相当な力が加わる筈。一人じゃ脱出出来ないかもしけないけど二人ならきっと帰れる。何も言わなくて良いから。さぁ、やるよ」

「アキユキ……」

「んっ? 未だ何か言った?」

「あぁ、偶には年上を敬えって言ったんや」

「はっ? そっちこそたまには年下の意見も素直に聞いた方が良いって」

「こんな時にも突っ込むかね。まぁえーわ。よし行くで!」

 先ずはシゲキが五本の弓を上空に放つ。放たれた矢は上空で分散し、丁度[女神の涙]を取り囲むかの様に五つに分かれ、炎のカーテンで筒状の壁が出来ると、間髪入れずにアキユキが腕に装着されていた円盤をその壁に沿う様に放った。

 風の力を纏う円盤は螺旋を描き炎の力を受けながら上空へと誘われると、まるで炎の竜が風で舞い上がるかの装いを見せる。炎と風の共演が[女神の涙]上空で発したのを確認すると、次に二人は同時に[女神の涙]目がけ拳を放って見せた。

 カッと辺りに一瞬目映いばかりの光が溢れゴォォォォォっと腹の底に響き渡るうなり声が上がり、朱に輝いていた[女神の涙]はその力を解放させる。

 巨大な振動と共に解放された力は、炎と風の壁に沿って上空に光の柱を天高く突き上げる。その力は上空だけに留まらず下方にも猛威を振るった。二人は互いに手を繋ぎ防御の態勢を取るが、あっさりとその身を吹き飛ばされると、サイレンスを取り囲んでいた物々しい数の機械類も一切に吹き飛んでしまった。

 基地から八十メートル近く吹き飛ばされた二人。だが、光の柱を確認すると、横たわりながらもお互い親指を立てて微笑んで見せた。


 天高く立ち上る光の柱はサイレンスの破壊を知らせるものだ。

 カズキは全身から血を流しボロボロになりながらも敵の行動に違和感を覚えていた。

 サイレンスを封じられた敵が、尚も執拗に戦いを続ける理由は何か。

「まさか、狙いはセシリアとアキちゃん達! その為の足止めなのか! くそっ、エイコウ、後を頼む!」

「お兄さん! そんなお怪我でまた……。くっ、了解です!」

 セシリアと[星詠みの調べ]の四人は、自分達に攻撃の矛先が向いていないと察するとエクス・マキナの[GG]装者を生み出している場所へと向かっていた。カズキ達からは後方一キロメートル程離れたレミーユの街の外れに当たる。

「一体……この街はどうしたって言うのかしら?」

 セシリアが疑問を呟くと急にアキ達に異変が起きる。

「どうしたの、アキ?」

「急に声が頭に……だ、大丈夫です。それよりもあっちです……」

 そこには無秩序に腰を据える多く街の人々の姿が。その前には二人の[GG]装者の姿が。二人の装者が繰り返す経文の様な言葉にセシリアも意識が持って行かれそうになる。

「ち、着装しましょう……少しは抑えられる筈ですわ……」

 セシリアは右手のスパコンに左手をあてがい金色のワンピース姿の鎧を纏った。同様に顔を苦痛でしかめながらも四人はスパコンに手をあてユーフォニアムで見た女神の姿を想像する。

 光に包まれて白銀のドレスの鎧が纏われる。チューブトップ状のドレスを纏うユキエ。ペザントドレスを纏うヨシカ。左肩を露わにしたワンショルダードレスのマユは三つ編みの髪は解かれ、あどけなさを残していた眼鏡は無くなり、その姿は姉のセシリアに似ている。首元の大きく開いたミモレ丈のシュミーズ・ドレス姿のアキ。

 すると、二人の[GG]装者が気付いて近付いて来た。身構える五人に二人の装者は顔が見える位置まで近付いて来る。二人はヨシカが纏った鎧と同じく仮面を着けていた。

「やっぱり[星詠みの調べ]の四人じゃないの。あなた達には絶対に負けない。あなた達の声は誰にも届かないの……。ねぇ、ミナカ?」

「そう。誰にも届かない。私達の真の声の力を思い知るが良いわ!」

 二人はセシリアに視線を向けずアキ達四人を凝視して言葉を放ちその姿を消した。

 とりあえずの戦闘は避けられたが、敵意を向けられたアキ達の心中は穏やかでは無くて動揺を隠せないでいる。思い詰めた表情のままアキがぽつりと言葉を漏らした。

「まさか[アウロラ]の二人……。ミオとミナカなの……。どうして?」

 ミオとミナカはアキ達と同じ数少ない声優の二人だ。[アウロラ]という名前でデュエットを組み活動をし、人気も認知度も[星詠みの調べ]と引けを取らない。二人はウィクトリアの生まれであり年齢もミオが十七歳、ミナカが十六歳とほぼ同じでデビューした日も近い。

 余り仕事が無い頃には良く一緒にご飯を食べたりしていたが、忙しくなってからは疎遠になっていた。暫く会っていなかったとはいえ互いに励まし合い、高みを目指していた仲間の声を忘れる訳が無かった。だが、先程の二人は明らかにアキ達を敵対視している。

「今は前だけを向いて。あなた達が俯けば相手の思うつぼよ。しっかりするのですわ」

 しかし、親友二人の言葉だけが頭の中をぐるぐると駆け巡って集中力も散漫になる。

 気が付くと五人は多くの人々に取り囲まれてしまう。良く見れば人々の顔には生気がまるで無い。セシリア達は気味が悪くなって思わず後ずさる。セシリアの合図で大きくジャンプし囲みを突破して改めて人々を確認する。やはり、表情が無い。

「あなた達の声を今こそ届けるのですわ」

「み、皆さん、しっかりして下さい」

「気を……気をしっかり持つのよ」

「負けちゃ……駄目……」

「起きて……起きてよぉ、みんなぁ……」

 しかし、四人の声は届か無い。投じられた石つぶてが四人の顔や身体に命中する。鍬を持った男が飛びかかる。

「危ないですわ!」

 セシリアが急いで四人の前に回り込むと、振り落とされた鍬を受け止めるが相手を倒す事は出来ない。襲いかかって来たのは街の人々だ。軽く弾き飛ばすに留める。

 しかも、アキ達は鎧の力を引き出せていない。血を流しているのが何よりの証拠だ。

「しっかりするのですわ、みんな! いけない! 戻るのですわ、アキ!」

 セシリアの言葉が空に響き渡るが、アキはよろめきながらもセシリア達から離れて、もう一度人々に声を、思いを届けようとする。すると、目の前の知った顔に気が付いた。

「サワコママ……。それに、ユニなの……?」

 嘗てルーメンパルナでカズキと共に厄介になった宿屋の主人サワコと従業員のユニである。

「そんな……嘘だよね。二人はそんな機械なんか付けたりしないよね?」

 話しかけるが二人に反応は無い。何度も声を張り上げるがサワコ達には届かない。サワコ達はアキの訴えに耳を傾ける事も無く、持っていた包丁を振り上げた。

「ウガァァァァ!」

 サワコが唸り声を上げそのまま包丁を振り下ろして来る。

「キャアッ!」

 思わず目をつぶってしまうとカキーンという甲高い音だけが耳に入って来た。

「ふぅ……良かった」

 聞き覚えのある声がして静かに目を開けると、自分とサワコ達との間に入ったカズキが寸前の所で助けてくれたのである。

「サワコママ、ユニ、ちょっとだけ我慢してね。ごめんよ」

 カズキは二人を後ろへと軽く弾き飛ばし、更に拳圧によって人々との間合いを取った。

「カズキさん……? っ!」

「そんな……カズキさん、酷いお怪我を! 大丈夫ですの?」

「大丈夫……血の気が引いて丁度良いさ。セシリア、一体何があった?」

「それが、何者かがアキ達の声が誰にも届かないと……」

「そっか……セシリア、もう暫く持ち堪えてくれる?」

「は、はい。勿論ですわ」

 カズキは振り返って今度は俯くアキに話しかけた。

「カ、カズキさん……そんなにお怪我──」

「アキちゃん、平和になったら四人でライブするんだよね?」

 カズキはアキの会話を遮って問い掛けた。

 アキはいきなりで驚いたが、屋上でカズキと話したのを思い出し頷いた。

「今までのライブだってみんな笑顔だったんだよね?」

「うん……」

「ライブや朗読劇で人の心を震わせられたのは、アキちゃん達がそれだけの思いを込めて届けたからじゃない? でも、今は違うよね? 声って不思議だよね。元気だったら大きな声になるし、落ち込んでいたら小さな声になる。俺は専門家でもないし良く解らないけど、声に迷いがあると相手もそうやって受け取るんじゃないのかな?」

「あっ……」

 アキはカズキの話に心の中が弾けた様な感覚を覚えた。

(そう、だよ……。さっきまで私は[アウロラ]の二人の言葉に完全に動揺して……不安な気持ちのままサワコママ達に訴えたんだ……。精一杯の感情が入っていないんだ……)

 カズキはもう多くを語らなかったが、アキはカズキの気持ちを理解してうんと頷いた。

(何軒もの宿屋に断られて最後に訪れた宿屋がサワコママの宿屋だった。サワコママは何も聞かずに私にお風呂を勧めてくれて、変装して訪れた食堂で冷たいエールをご馳走になって……)

 アキの脳裏に当時の状況がはっきりと映し出される。

(沢山料理を運んでくれたユニは見た目とは違って、これでも十六歳だってカズキさんを怒ってたっけ。サワコママはいつも豪快に笑ってた。みんなの笑う顔が好きなんだって。そう……二人はこんな事をしたいんじゃ無い。きっと、みんなとわいわい笑っていたいんだ)

 嘗てのサワコ達をアキは思い出すと、一度瞬きをしてから全身を震わせ声を上げた。

「本当に満足してる? 感情の無い世界に。本当に楽しい? 笑顔の無い世界が。未だやりたい事もいっぱいあるよね? だから、お願い! 機械になんてならないでー!」

 アキの叫びが頂点に達すると、アキの身体は目映い光りに包まれて放射状に飛び散った光が人々を暖かく包み込んだ。やがて、サワコ達のだらんとした指先がぴくりと動いたと思ったら耳に装着された機械をゆっくりと外し始める。暫くして聞き慣れた声が聞こえて来た。

「届いたよ……アキ、アンタの暖かい思いがね」

「そうなのです。暗闇の中からユニ達を救ってくれる一筋の暖かい光を感じたのです」

 アキはサワコの胸に飛び込んだ。サワコはアキを抱きしめてユニもまたアキを抱き締める。

「悪かったね。迷惑を掛けちまって。一昨日、軍服姿の男数人が店にやって来てね。無理矢理連れて行かれて催眠ガスで眠らされてしまったのさ。起きたら耳に機械が装着されていてこの有様だよ。本当に済まなかったね」

「ううん。良いの。だって、こうしてちゃんと戻って来てくれたから」

「顔、怪我してるじゃ無いか……どれ……」

 サワコはポケットから持っていたハンカチでアキの顔を拭う。

「可愛い顔に傷を付けてしまったね。どうか、許しておくれ……」

 アキとサワコはまるで親子の愛情で結ばれているかの如く周りの人々の心を暖かくさせた。

 カズキは振り返ってセシリアに親指を立てて合図すると、セシリアは直ぐにユキエ達を奮い立たせる為に活を入れる。

「ほら、アキの声はちゃんとみんなに届きましたわ。あなた達の声はきっと届きますの。思い出して、ユキエ。あなたは鎧を纏ったヨシカを自身の魂の声で助け出しましたわ。ヨシカ、あなたはそんなユキエの熱い思いをその身で感じた筈ですわ」

「そうよ……あの時、ヨシカを助けたい一心で必死に叫んだわ。ヨシカを助ける事しか考えていなかった。でも、さっきは違う。自分の事しか考えて無かったんだわ……」

「あの時、暗闇から抜け出さないヨシカに一筋の光を照らしてくれたのがユキエちゃんの声……。とても暖かくて、失いかけていたヨシカの心を引き留めてくれた……。ヨシカ、知ってる……そこから抜け出すのは暖かいポカポカな光。ヨシカがみんなに寄り添うの」

 二人は目を閉じて自分の今の感情を高ぶらせ声にする。二人の人々を思う気持ちがピークに達すると、アキと同じく二人の身体から光が分散して周りの人々を包み込むと、頭を垂れていた人々は顔を上げて、機械を外し表情が戻って行く。

 三人が次々と思いの女神としての力の片鱗を見せる中、マユだけは一人葛藤していた。

「マユ、あなたの声もきっと届きますわ。いつもの元気を出すのですわ」

「解らないんだよぉ! アキちゃんもユキエもヨシカもずっと戦って来た。でも、マユは違うの! 何もして来なかった。マユには解らないよぉ!」

 マユは自分の不甲斐なさから大粒の涙を流していた。

「マユ……。仕方ないですわ。ユキエ、ヨシカ、あなた達があの人達を解放して下さいまし」

 セシリアは苦渋の決断をした。今の妹に何て声を掛けてあげれば良いのかセシリア自身も迷ってしまったからだ。

「ちょっと待った、セシリア。ユキエちゃん達も」

「カズキさん……。でも、マユは……」

「大丈夫だ。信じてくれ」

 しゃがみ込んで泣いているマユの隣でカズキは片膝を突いて肩にそっと手をやった。

「お兄ちゃん……」

「うん……。大丈夫、大丈夫だぞ、マユ。よーし、今からお兄ちゃんがマユに魔法を掛けてあげよう」

「魔法……?」

 カズキは優しく微笑んで話し始めた。

「綺麗な石畳の道路に面した小さなパン屋に、その女の子は一人働いていました」

「お兄、ちゃん……? それって…‥あっ!」

「両親が居ないその女の子は、来る日も来る日もパンを焼いて、それを売ったお金で生活をしていました。外の景色を見るのが女の子の唯一の楽しみです。今日もまた同じ年位の女の子が綺麗な服に身を包み、可愛い靴を履き、楽しそうに友達と歩いています」

「カズキさん、そのお話って……」

 セシリアはカズキが話している内容が何かを理解した。

「一人の魔法使いがパン屋にやって来て美味しいパンのお礼に願い事を叶えてやると言いました。女の子は自分も可愛い靴を履きたいと言うと、次の日の朝、枕元には可愛い紐付きの靴が置いてありました。女の子は喜んでその靴を履いてパンを焼いてお店にいると、お客さんが可愛いねと褒めてくれて、沢山のパンを買ってくれました。それから外を眺めていると、いつもの可愛い女の子は元気が無くて、靴が自分の靴と入れ替わっているのに気付きました」

(このお話、マユがお遊戯会でパン屋の女の子に選ばれた時のお話だ。外の女の子を不憫に思った女の子が魔法使いに元に戻す様に言うと、パンが売れなくなって死んでしまうって反対して。それでも女の子は魔法使いに頼んで……。次の日から外の女の子は元に戻って元気になるんだけど、女の子はパンが売れなくなって、やがて死んでしまうお話。お客さんもいっぱい泣いてて。マユも最後自然に泣いていたっけ……)

「もう、大丈夫だね。あの時のマユの言葉にはちゃんと思いが宿っていたよ。マユ自身も思いが溢れていっぱい泣いていたじゃないか? 今、マユはどうしたい? どうなって欲しい? その気持ちを素直に発してみな。それに、マユは人を元気にするのが昔から得意だろう? お兄ちゃん、知ってるよ」

 マユは小さい時から活発で、少し控えめに行動するセシリアに対し、わんぱくで虫を捕まえては悪戯に家で放ってクレハやセシリアを良く困らせたものだ。

 疲れて家に帰ってくるクレハもマユの行動には困ったものの、マユがいると疲れなんて吹っ飛んでしまうと言われ、その時からマユがパパを元気にするんだと息巻いていた。

「そう、だよ……。マユにも思いを乗せた声を届けられるんだ。それに、人の元気な姿を見るのがマユは昔から一番大好きなんだ!」

 マユは深い深呼吸を一つしてから目を閉じる。

「うん……マユの思いは笑っているみんなの姿。その姿を……その姿をずっと見ていたいからっ!」

 マユが目を開けると金色の光の粒がマユに集まって大きな塊となってマユの身体を覆い声に反応するかの様に光の塊は弾け飛んで人々を包んで行くと、マユは感情の高ぶりが抑えられず表情を無くした人々を憂い涙しながら更に声を張り上げた。

「みんなぁ、起きてぇ! 機械になんか負けちゃ駄目ぇ!」

 静かにその光が消し去ると、人々は表情を取り戻して耳に装着した機械を外し始め、やがて互いを励ます様に笑顔を見せる。

「お兄ちゃん! マユの思い届いたよぉ。マユにも出来たよぉ」

「ああ。ちゃんと見ていたさ。マユなら出来るって信じていたからね」

「全く、いつまで経っても子供なんですわ」

 セシリアはマユの肩をトントンと叩いて、少し毒を吐きながらもマユを労った。

「これで、エクス・マキナの[GG]兵士はもう生み出されませんわ」

(良かった……。こんな俺でも何とか役目を……。でも、未だ……)

 酷い怪我を負っていたカズキはよろけてセシリアに身体を預けてしまう。

「カ、カズキさん! 大丈夫ですの? す、直ぐに治療を」

「お兄ちゃん!」

「だ、大丈夫……。それよりも、今こそ態度を示すんだ……。みんな一緒に……」

 カズキはゆっくりと崩れた。心配するセシリア達の声が耳に入って来る。

「セシリア、世界に思いを……届けるんだ。今のみんなの言葉なら必ず届く……。みんなの……希望の……光を……」

 そう言い残してカズキは意識を失った。

 太陽の姿が消えて空に星達が見え始めた頃、ようやくレミーユでの戦いが幕を閉じた。

 サラーナの部隊は守りを固めるべく周囲には見当たらない。今宵はこのままレミーユに滞在となり、広場で大規模な炊き出しが行われると、サワコ達が率先して料理の腕を振るい、それを口にした者達から満足そうな表情が垣間見える。

 一方、セシリア達はアプサラス内に設けられた簡易病室に居た。

「マイカ、カズキさんは? カズキさんの容態はどうなの?」

「アキ、落ち着いて。凄いわ。殆どの傷がもう塞がって来ているの。直ぐに意識を取り戻すわ。常人じゃとても考えられない回復力よ」

「これが……兄ちゃんの遺伝子操作された身体なんやな……」

「で、でも、何も変わらないよ。カズキさんは私達と一緒だよ!」

「せやな。アキちゃんの言う通りや」

「そうですわ。何も変わらない私達の大事な仲間ですわ」

 一同がカズキに視線を送る中、唯一外に出ていたエイコウが姿を現した。

「エイコウさん、準備の方は終わったのですわね?」

「うん。街の人にも手伝って貰ったし、かなり早く終わったよ」

 エイコウが答えるとセシリア以外の皆は何が終わったのか首を捻る。

 その矢先、全世界に対しての緊急放送が始まった。街の人々がビルの壁に設置されている巨大スクリーンに一斉に目をやると、[アウロラ]の二人が映し出されていた。

『皆さんは、今の世界に本当に満足していますか? 平和を幾度となく誓いながらも戦争を繰り返す今の世界に。その度に尊い命が犠牲となり何人もの涙が流れます』

『戦いを生む人の欲によって。人が欲を持ち続ける限り戦争の呪縛から逃れられません』

 ミオとミナカは神妙な面持ちで語りかけて来る。時にはゆっくりと、時には感情を爆発させ声を上げる。画面を見ている人は知らず知らずの内に二人に引き込まれ始める。

 そんな中、セシリアは皆を促し、とある建物へと向かうとその中の一室に入った。ここでようやくセシリアが説明する。

「カズキさんが倒れられる前に私に言いましたの。今こそ思いを届けるべきだと……。だから、ここで私達も……私達も今の思いを世界の人に知って貰おうと思うのです。アキ達も一緒に」

 アキは三人の顔を見渡すとヨシカだけが俯いてしまっていた。以前、サラーナと共に居たヨシカが今度はサラーナと敵対して思いを述べる事は、薄情者だと罵る人がいるかも知れない。  

 ヨシカは俯いたまま顔を上げないでいると、何とカズキが意識を取り戻し包帯だらけの身体に上着を羽織りこの場へとやって来た。

「に、兄ちゃん? 怪我は、怪我はもうえーの?」

「ああ。もう大丈夫だ。それよりもヨシカちゃん、後悔しちゃ駄目だよ。動かず後悔するよりも、勇気を持って進むのも大事だ。その時と今の思いの違いが何なのか、正直に言葉に出せば良い。真面目なヨシカちゃんだからこそ、いっぱい悩んで今の気持ちに辿り着いたんだ。恥ずべきでも何でも無い。きっと、思いは通じる。現にレミーユの人々には届いたじゃないか」

「そうだよ、ヨシカ。カズキさんの言った通り。それに、ヨシカだけが負い目に感じる事なんか無い。私達四人一緒だよ。だから、私達の思いを届けようよ」

「さっきはマユなんかよりずうっと声が届いていたんだもん。ヨシカなら大丈夫だよぉ」

「議長と共にいたのは私も同じよ。ヨシカだけじゃないわ。一緒に進みましょう」

「カズキさん……みんな……うん。ヨシカ、やってみる。正直に言ってみる。例え許して貰えなくても……それでも今のままじゃ嫌だからっ」

「では、私達も始めましょう。エイコウさん、お願いしますわ」

 相変わらずアウロラの二人の放送が続いている。画面を通し訴えるアウロラの迫真な姿に画面から目が離せずにいると、急に画面に横線が走り砂嵐を生んだ所でようやく解放される。

 砂嵐が止んで写り出されたのはセシリアだ。

「皆さん、私はジュノー公国代表のセシリアです。サラーナ議長が掲げる人を捨て自分の心の犠牲によって生まれる平和は偽りの平和だと気付いて下さいまし。人は何かを犠牲にしなくても平和を望めますわ」

 続いてアキが、マユが、例え避難を浴びても構わないと前を向いたヨシカが、ヨシかと共に行動しながらも、自分は逃げていたから公に出なかったと、自らも非難を浴びるのを望み、真の友情の言葉をユキエが画面を通し世界に訴えた。何もかも正直に。逃げずに切実に。

「シゲキ、アキユキ……」

 ここでカズキは隣にいたシゲキとアキユキの肩をぽんと叩いた。二人はカズキが肩を叩いた理由に気が付くと、二人顔を見合わせてカメラの前へと立った。

「俺らだって同じです。人をよーさん傷付けました。戦いを起こした者を倒したらええって思とったから。せやけど、それは間違いでした。戦いが終われば俺らも甘んじて罰を受けます」

「ユキエちゃんとヨシカちゃんを戦いに巻き込んだのは俺達です。二人は真に平和を願っただけです。二人は悪くない。俺達はいくら非難されても良いです。二人のせいじゃありません」

 思いの丈を語った二人は何処か吹っ切れた様子で、そんな二人を見るカズキの眼差しはやっぱりとても優しくて、アキはとても深い愛情を感じていた。

 放送を終えて広場に戻ると皆を多くの拍手が迎えた。

「ヨシカ、ユキエ、本当に頑張ったね。誰もアンタ達を責めやしないよ。シゲキもアキユキもね。あの場で良くユキエ達を庇ったね。アンタ達の正直な気持ちに誰も文句なんて言いやしないさ。アンタ達だけが決して悪いんじゃ無い。それに、アンタ達はもう充分傷付いてる。立派に胸を張っていれば良いさ。そうだろう、みんな?」

「ああ、そうだ! そうだ!」

 サワコの言葉に皆賛同して声を上げる。

 ずっと、負い目に感じていたユキエ、ヨシカ、シゲキ、アキユキ四人の肩がすうっと軽くなって行く。苦しみが泡となって消えて行く。

 夜が更けて空には満天の星が所狭しと浮かび上がる。放送を見た人々は、セシリア達のサポートをしてくれる事になったのだが、兵力の差は圧倒的だ。

 セシリアは明日の作戦をアプサラスの中で練っていた。

「明日も激しい戦闘が予想されますわ。マイカ達も休んで下さいまし」

「セシリアさん、私達は元軍人なんです」

「そうですよ。ユナは未だ若いしー、姉様と一緒にお手伝いします」

 セシリアは溜息混じりに折れて共に作戦を練る事にした。

 先に休めと言われたのだが、皆、目が冴えて各々の時間を過ごしていた。

 工業地帯には珍しく小洒落た宿を用意して貰った一同の中で、シゲキとユキエは宿の中庭にある小さな噴水の前のベンチに腰を掛けていた。

「ほんまにありがとう。あの時、ユキエちゃんに話して貰わへんかったら、俺もアキユキもここにはおらへんかったやろうし、こないな清々しい気持ちなんてなれへんかったわ」

「ううん。私は何もしていないわ。私こそ、あの時連れ出してくれたから今があるって思ってる。それに、私の為にいっぱい傷付いて。お礼を言うのは私の方よ」

「へへっ。んじゃ、お相子って事で」

「うん」

「色々あったけど、こうして今胸を張れる。前だけ向いて進んで行ける。きっと、今まで以上に厳しい戦いになるやろけど、一緒に前だけを向いて行こな。もう、悩まへんと」

「そうね。きっと、悩んでもシゲキさんがまた手を引いてくれるって信じているわ」

「えぇっ! そら参ったなぁ。プレッシャーやん。んじゃ、ジュース一杯で手打つわ」

「ありがとう、シゲキさんって、タダじゃ無いの? それに、何か安いわね。それだけの価値なの、私? せめてステーキって言って!」

 茶化すシゲキにユキエは冗談で返し笑顔を見せて答えた。

 一階にあるロビーでアキユキが一人酒を飲んでいるとヨシカがやって来る。

「眠れないの?」

「きっと、アキユキさんと同じ……。それより、怪我……大丈夫?」

「大丈夫。大丈夫。アルコール消毒」

「おぉっ……いけないんだぁ」

 お互い肩の荷が下りて、不思議な高揚感に駆られて目が覚めていると思っていた。

「アキユキさん……ありがと。ヨシカ、嬉しかった」

「えっ? 何が?」

「あの放送……アキユキさん達、ヨシカとユキエちゃん、庇ってくれた……。ヨシカ、本当に嬉しかった……。あの場で言ってくれた事……本当に……」

「だって、事実だよ。それに、最初守るって約束してたのに、守ってあげられなくてごめん」

「ううん……。守ってくれた……。ユキエちゃん達がいなくなってからもずっと……。アキユキさんがいたから、こうしてまたみんなと肩を並べられた……」

「そう? だったら、良かったよ。俺、悪い癖があって、こうだって思ったら周りが見え無くなっちゃって。昔からなんだよね。直ぐ熱くなっちゃって。猪突猛進てやつ」

「おぉっ……。アキユキさんヨシカと似てる。ヨシカも良く言われる……」

「へぇ、何か意外」

「ライブの前熱くなっていつもユキエちゃん叱る……。だから、一緒……」

「二人、行動力はあるんだけどなぁ」

「そう……でも、失敗する……」

「そうそうって、何か、俺達瘡蓋の剥がし合いしてない?」

 初々しい若い二人の笑い声が誰もいないロビーに響き渡る。

 散歩に行こうとマユに誘われて、宿の離れの散策道を歩くエイコウとマユ。

「もう帰らない? 明日も早いよ」

「え〜、今来たとこだよぉ。あっ、でも、怪我してるんだよねぇ。大丈夫?」

「怪我は大丈夫だけどさ」

「じゃあ、もう少しだけ付き合ってよぉ。偶にはマユにも付き合ってよぉ」

 暫く二人は歩いて少し小高い丘にやって来るとベンチで休む事にした。

「ところでさぁ。どうなの、エイコウお兄ちゃん。お姉ちゃんとはぁ?」

「ゴホッゴホッ! 唐突に何を言い出すんだよ!」

「だってぇ、もう長いもん。中々前に進まないからも見ていてもどかしくって。妹としてはやっぱり気になるし、どうなのか知りたいんだもん。二人ともお互い好き同士なのにさぁ」

「何を言ってるんだよ!」

「だってぇ、二人ともバレバレだよぉ。カズキお兄ちゃんだって気付いてるよぉ」

「なっ! ほ、本当に?」

「うん。そうだよぉ。気付いていないの当の本人だけだよぉ」

「お兄さん、そんな事一言も言ってなかったのに……」

「カズキお兄ちゃん、この手の話ししないんだもん。で、どうなのエイコウお兄ちゃん。お姉ちゃんと結婚するのぉ?」

「もう……将来そうしたいって思ってるよ」

「わぁ、本当。やったぁ! いつ? ねぇ、いつするのぉ?」

「未だ解らないよ。それより、マユの方こそどうなの? 誰か好きな人いないの?」

「えっ? う〜ん。マユは未だいないかなぁ。マユは恋愛とか未だ解らないし……」

「んだよ。他人の事は解っても自分の事は解らないのか? お兄さんの事好きなんじゃないの?」

「好きだよ。凄く好き。大好き。今日だってカズキお兄ちゃんがいなかったら、マユ、駄目だったと思うもん。いつも優しくていつもマユを助けてくれる。最初にパパから紹介された時からずうっと好きだよ。でも、マユは妹だから……彼女になんて見えないよ。だから、良いの。それより、いつまでもマユを優しく見守っていて欲しい。変わらないお兄ちゃんでいて欲しいって気持ちが強いんだぁ」

「そう、なのか……。何だ、マユも色々考えているんだ」

「なぁに、それぇ。マユだってもう十六歳だよぉ!」

「それは、それは、失礼しました」

 辺りの静けさに二人の笑い声が響くと、辺りに穏やかな一陣の風が二人を包む。

 宿の屋上では相変わらずカズキが一人星空と静かな街並みを見ていた。

(明日の戦い……最後まで保ってくれよ……。明日だけ……明日だけで良いんだ……)

 カズキは右の脇腹を摩って目を閉じた。小さな傷口は塞がっても深く受けた傷口は完全に塞がっていない。関節が軋んで痛みが走る。

 それに、やたらと目が霞むのは力を酷使し過ぎたに違いない。[GG]の力の代償が間違いなく現れ始めていた。

(無茶をし過ぎたけど後悔は無い……。みんな前を向いてくれた……。もう大丈夫。もう思い残す事は無い。みんなならきっと……)

「やっぱりここだった」

 直ぐに居直って振り返ると酒瓶と二つのグラスを手に持つアキの姿がそこにあった。風に乗ってふんわりと良い匂いが鼻腔を擽る。薄黄緑色の寝間着姿のアキの髪は少し濡れていてきっと風呂上がりなんだろう。甘い匂いはアキの髪から発せられている様だ。

「みんな何処かに行っちゃったみたいで、先にお風呂に入っちゃいました」

 そう言いながらアキは持っていた酒瓶からコルクの栓を抜いて、グラス二つに半分程酒を注ぐと一つをカズキに差し出した。注いでくれた酒を一口飲むと懐かしい感覚が甦る。

「わぁ、凄く美味しい。これカリオペのお酒みたいです。宿のご主人さんが是非飲んで下さいって」

 その酒の味には覚えがあった。この酒は間違いなくコワタと最後に飲んだ酒だ。コワタと交わした言葉が甦りカズキは胸が熱くなる。

「あの……お怪我、大丈夫ですか?」

「平気だよ。元気だけが取り柄ですから。それにほら、アキちゃんが持って来てくれたお酒で身体の中からアルコール消毒してるし。あっ、これ絶対アキユキが言ってるな……」

「フフッ。アキユキ君、カズキさんと同じ事言ってるんだ。お酒好きそうですもんね?」

「シゲキは余り飲めないし、エイコウも余り強くないんだけどアキユキは強くてさ。良く二人で昼から明け方まで飲んだりしてたよ。最早おっさんだね」

「ほんとだ。折角の格好いい男が台無しになっちゃう」

「アキユキは酒にはだらしないからなぁ」

「カズキさんの事言ってるんですっ」

「そうそう、カズキも酒にだらしなくってって。えっ? えぇっ?」

「フフッ。カズキさんの事です」

 アキの言葉に一気に酔いが覚めた感じがして、カズキは照れ隠しに一気に残っていた酒を飲み干すと、アキは笑って空のグラスに酒を注ぐ。

「も〜う、直ぐに照れるんだもん」

「だって、格好良いとか言うからだよ。増して、アキちゃんに言われたらさぁ……」

「へっ? 私が何です?」

「アキちゃんに言われたら尚更照れるの!」

「どうして……私が言ったら照れちゃうんですか?」

 今度はアキが照れてグラスを両手で持ちながら上目遣いにカズキの顔を見る。顔がかぁーっと熱いのは酒のせいでは無く、間違いなく自分が恥ずかしくて照れているのにアキは気付く。

「アキちゃんも照れてんじゃん」

「う〜、恥ずかしいよぉ」

 二人の笑い声が静かな街並みに溶け込むと、また酒を一口飲んでようやく恥ずかしさから解放されたアキが口を開く。

「今日、私の事信じてくれて本当に嬉しかったなぁ。私だけじゃ無い。マユだって。カズキさんが最後まで信じていてくれたから。あのまま諦めていたらきっと駄目になってた」

「そんな事無い。アキちゃんやマユが必死になって立ち上がったから。アキちゃん達の人を思う純粋な心。偽りの無い優しい心があったからこそだよ」

「でも、切っ掛けをくれたのはカズキさんだよ。それに、シゲキさん達の背中もカズキさん押してあげてた。あれからシゲキさん達本当に元気になったもん。ユキエやヨシカだってそう。聞いたよ、セシリアさんから。このタイミングで私達やシゲキさん達の思いを伝えようって。今の飾らない言葉なら、きっと、みんなに解って貰えるからって」

「セシリアはおしゃべりだなぁ。素敵なレディはペラペラしゃべったりしないのに」

「あははっ。でも、セシリアさん悪くないです。私がきっとカズキさんが提案したんじゃないかって聞いたら答えてくれただけだから。カズキさん、いつも私達の事ばかり考えてくれてたんだもん。今までだってずっと。挫けそうな時いつもカズキさん背中を押してくれたもん」

「大袈裟に言い過ぎだって。大した事なんかしてない」

「ううん。カズキさんいつもあったかいもん」

 こうしてカズキと話していると心が落ち着くのをアキはひしひしと感じていた。

「ミオとミナカの二人も……きっと、大丈夫ですよね?」

「多分、前のヨシカちゃんと同じ、鎧の呪縛に囚われているんだ。でも、きっと大丈夫。みんなで助けよう」

 カズキが言った言葉に絶対嘘は無いとアキは感じていた。一方でアキはどうしようも無い不安な気持ちに駆られていた。激戦の中、果たして自分達の声を届け続ける事が出来るのだろうか。それに怖くて堪らない。いつ自分に刃が向けられるか考えただけで震えが収まらない。こんな弱い自分じゃ駄目だと頭で解っていても、漠々と心臓が波打ち、身が縮こまってしまう。

「大丈夫? 怖くない?」

「だっ、大丈夫ですよ。今日も何とかサワコママ達を呼び戻せたし、明日だってきっと大丈夫です。うん……」

 アキは目一杯強がって答えた。カズキ達こそ生死の境で戦っているし、今までも一番傷を負っている。心とは裏腹にこれで良いんだと自分に言い聞かせ続ける。両手に持ったグラスを思わず強く握りしめてしまう。少しでも心を落ち着かせる為、目を閉じて深呼吸する。

「良いんだよ……」

「えっ……?」

「良いんだよ。怖いよね? 無理に隠そうとしないでも良い。アキちゃん、俺に心配掛けまいとして怖くない振りしてたんだよね。ありがとう」

 アキは堪らず不安な気持ちが溢れて涙が溢れた。カズキの前では何も隠さないで良い。本当は怖くて、怖くて、堪らなかったこの気持ちをカズキは気付いてくれていた。

「俺が必ず守る。約束する。そして、世界に平和が戻ったらまたサワコママの宿屋に行ってエールで乾杯しよう。それに、アキちゃん達のライブにはきっと大きな花束持って行くからさ」

 アキの顔を見詰め優しく微笑みながらカズキが言った言葉は、アキの心の不安や恐怖といった氷を溶かして、ぽかぽかと暖かい優しさでアキの全身を包み込んで行った。不思議と頭から不安や怖さが消えて身体が軽くなっていくのが解ると、嬉し涙だけが頬を伝っていた。

「やっぱり……カズキさんだ……」

 アキは涙を流しながらも微笑んでそう言うと、こてんとカズキに小さな頭を預ける。

「照れちゃ駄目だよ」

 寄り掛かるアキは目を閉じてカズキの温もりに安心感を覚え、心を落ち着かせる。

「絶対に一緒に乾杯しようね。ライブも約束だよ」

「うん。約束……」

「えへ……カズキさん、ありがとう。カズキさん、私──」

「えっ? な、何か言った? よ、良く聞こえませんでしたので、もう一度お願いしまうま!」

「もうっ!」

 ふくれっ面になってクスッとアキは笑う。

「知らないっ!」

 そっぽを向いたアキにカズキは平謝りするとアキはいつまでも笑い続けていた。

(違うよ、アキちゃん。俺は嘘吐きで君達を守る事で自分の価値を見出したいだけのちっぽけな人間なんだ……。そう、人として俺を必要として欲しいから……)


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