・第一章(存在意義)
四月というのにも関わらず気温は二十度を超えていてかなり暑い。式典開始時刻の午前十時が近付くに当たり、参列者も多くなってきた。
式典自体はジュノー公国のオルファスで開催されるが、その他のイベント会場である南北ルーメンパルナも熱気に溢れている様子が巨大スクリーンから窺える。
北ルーメンパルナではお笑いライブが開催され、一方の南ルーメンパルナでは有名声優ユニットによる平和を訴える朗読劇が行われる。
カズキの仕事は式典会場外の交通整理係だ。式典会場から西に五分程歩いた所にある寮舎前が仕事場だ。
この寮舎は式典に参加するジュノー公国上院議員であり代表クレハの遠戚に当たるマキノ・ヒラカタが控え室として使用していて、式典開始十五分前に出て会場に向かう。
有名人見たさに行き交う人々がマキノに殺到しないよう人々を制するのが仕事だ。
交通整理はマキノ側からの要請らしいが、そこまで人望が無いと皆が思っていた。しかし、政治家から頼まれれば断れないのがシティホールというものである。
所謂、面倒な雑用係。同年代が要所を任される中、カズキだけは蚊帳の外だ。
それでもカズキは良いと思っていた。雑用でも気の許せる奴と居た方が良い。
カズキの班は、カズキの他、職場で唯一カズキを慕う後輩二名も同行していた。
上司や同僚に嫌われていてもカズキは後輩の面倒見が良かった。後から同じ職場に配属された二人を指導し、仕事を教えていたのがカズキだった。
「また雑用係かー。カズキさん、俺も芸能人の交通整理担当が良かったですよ。コウキさんも絶対そうですよね?」
「ケイタ、お前は芸能人というかアイドル目当てだろ!」
「あーあ。遅れているなぁ、コウキさん。今は声優ユニットの時代ですよ。アイドルはもう卒業したんです。今や声優ユニットも写真集を出すし歌も上手くて可愛い子が多いんです。特にこの[星詠みの調べ]っていう四人組のユニットがめちゃくちゃ可愛くて今日来てるんですよ。早く会えないかなぁ……」
「はぁ? お前、その声優は隣の南ルーメンパルナの会場だろ! ちゃんと説明聞いてたのか! ったく……ねぇ、カズキさん?」
「俺は……二次元の女の子で良い……」
「えっ? 今、何て?」
「カズキさん、普段真面目なのに俺よりオタクっすよ……」
「うるっさい! 夢見たって二次元でしか出会いが無いの。ほら、仕事、仕事するぞ」
予定の時刻となったがやはりマキノを見ようとする人々は現れない。
「やっぱり誰も来ませんね。来るかっての……」
「それだけはお前に賛成〜」
「こ〜らお前達、聞こえるぞ」
「は〜い」
後輩二人揃っての気の無い返事に溜め息を吐いておいてカズキ達も会場に入り、職員の待機場所となっている五階後方の脇で待機した。
定刻時間となり式典がスタートした。
ジュノー公国代表のクレハが席より立ち上がり壇上へと向かう。
「悲しみを後世に伝え、過ちを繰り返すこと無く手を取り合い、共に笑える世界をこれからも一緒に作って行きましょう」
挨拶を終えると大きな拍手が会場を包み込みクレハは暫く目を閉じてから降壇した。
クレハは前の戦争で妻を亡くしていた。
隣接するルーメンパルナでの戦いで戦火が拡大しオルファスの一部が戦場となり、住民の避難指示に当たっていたクレハの妻は流れ弾に当たって死んだ。
間もなくしてクレハには妻の訃報が知らされたが、気丈にも一帯の安全確保が最優先だと前線で指揮に努めた。危機が去った後、ようやくクレハは一人涙したという。
拍手鳴り止まぬ中、次に登壇したのはウィクトリア公国代表のオスロだ。
「此度また式典を無事迎え嬉しく思う。人は進化する生き物だ……。犠牲無くして変化などありえん! そうであろう! 確かに要らぬ犠牲もあったかもしれん。だが、その者達のお陰で人は叡智を得たのだ。今後も人は進化をし続けて行くと此処に誓おう」
ウィクトリアの来賓者からドオっと大きな歓声が上がる。
歓声の余韻冷めない中、次に登壇したカリオペ公国代表のコワタの挨拶は実に淡々としていて、哀悼の意を表し弔辞を述べた上で民衆の為の政治を訴え挨拶を終え、一分間の黙祷の後、保育園園児達による平和宣言が行われる。
三国の代表各男女二名ずつの園児達だ。園児達が平和宣言を見事に終えると、会場から盛大な拍手が惜しみなく園児達に送られた。
式典会場となっているセイルエッグは大きな鉄筋コンクリート構造の楕円形建物だ。敷地面積は約四万五千平方メートルに及び、建物最上階から天に向けて三日月の形をした展望台があって、まるで卵に帆を掛けている様に見えるのでセイルエッグと呼ばれている。
巨大な施設であるが故にオルファスの郊外に建てられ、こうした大きなイベント時には人が多数押し寄せる。
他会場の様子が場内の四方の壁にある巨大スクリーンに映し出された。センターマイクを前にカズキの弟と従兄弟二人の漫才が丁度始まる所だった。
シゲキはカズキの三つ下である十九歳。小さい頃は良くカズキの後ろばかりをついて回り、家では絵ばかりを描いていたが、今では自己啓発本を熟読した影響からか、とても社交的になっていて、最近になってカズキは少し弟に憧れを抱いていた。
顔はカズキに余り似ておらず三枚目といった印象だ。
一方の従兄弟のアキユキは年齢十六歳。スポーツ全般そつなく熟し、熱血漢で顔は二枚目。強いて短所を挙げれば思い込みが激しい所か。
昔からカズキ兄弟とは仲が良く小さい頃から一緒に遊んでいた。
戦争で失われた笑顔を取り戻したいと親の反対を押し切り、シゲキの誘いもあってアキユキも芸人の道を選んだ。
またシゲキがボケを一つ入れた。すかさずアキユキが突っ込んでシゲキの頭をパチンとはたく。オルファスの会場も大いに笑いに包まれた。
(本当、お前達は俺とは違ってヒーローだよ)
そんな二人の姿を見てカズキはとても誇らしく思っていた。
次にもう一方の会場であるカリオペの南ルーメンパルナの様子が映し出された。
皆が集中しているのがスクリーンを通しても良く解る。ハンカチで目を拭う者もいる。
会場中央に設置された舞台には等間隔に四人の若い女の子が本を抱え着座していて、スポットライトが当てられていた。
ケイタ一推しの[星詠みの調べ]として知られる四人組声優ユニットである。
「争いは……新たなる争いしか生みません……」
(なっ……何だ? この……寂しげで、何処か強い決意を感じる様な……)
向かって中央左側に座る女の子が台詞を述べた。その声は凜としていて力強く、背筋がピンと伸びる感じがする一方で、どこか丸みを感じる幅のある声だ。
カズキは一瞬で彼女達が映るスクリーンから目が離せなくなった。
「悲しみを繰り返してはいけない……」
向かって中央右側の女の子が続く。台詞に感情が乗り移るとは正にこの事であろうか。伸びのある声が聞く者の心に響き渡り、捉えて放さない。
「これから先、笑顔溢れる未来に……」
高音ハスキーな声を放つ一番左側の女の子は声に透明感があって、聞く者全てを魅了する。
「共に進みましょう。思いやりと優しさの心で……」
最後に一番右側の女の子が発した声は、どこかおっとりしていて草原に咲く花の頬を風がすうっと撫でるかの様に周囲を癒やす母性溢れる優しい声だ。
ワァッと大きな歓声が発せられ会場はスタンディングオベーションに包まれた。
カズキも自然と立ち上がり拍手していた。
「カズキさん、凄いでしょ。あの四人組が今一番のお気に入りなんです」
アイドルオタクならぬ声優オタクとなったケイタが話しかけて来たお陰でカズキは目をパチクリして我を取り戻した。
「向かって左から順に、ユキエちゃん、ヨシカちゃん、マユちゃん、アキちゃんです。四人出身はバラバラで年も違うんですけど、それぞれの違う個性が一つになると化学反応を起こしてとても面白いんです。そうかと思えば今みたいにお芝居すると人を惹き付けて」
(化学反応って何? でも、確かに引きつけられる何かが…)
「僕、何回かアイドルの舞台とかも見に行ったんですけど、何か違うんですよねー。物足りないっていうか。女優さんとかだと、身振り手振りも入れて演技するじゃないですか。でも、声優さんは声だけで相手の心を捉えて放さないんです。最近のアニメだってAIが機械的に読んでいるっていうか。声優を使うとお金が掛かるからって。良いアニメも台無しですよ!」
(声が大っきい! その思いの強さを仕事に向けてくれればミスも減って良いのに。この間も地元との立会の約束を忘れて謝りに行ったばかりだぞ、おい……。でも……)
「それにめちゃくちゃ可愛いんですよ! あっ、写真を端末に保存しているのでカズキさんも見てみますか? いや、絶対に見るべきです!」
「う、うん……」
少し戸惑ったがカズキは彼女達を少し知りたいと思っていた。
シティホールの職員は全員スパコンと呼ばれるスーパーコンピューターを腕に二十四時間身に着けている。
スパコンは着用者のバイタルデータを記憶している為、一度身に着けると他の者が身に着ける事は出来ない。
情報がリアルタイムに更新され、異常気象時等の身に危険が迫っている場合は瞬時に危険度を五段階評価し着用者に警報で知らせる仕組みになっていて、警報レベル三以上になれば職員は避難活動に従事しなければならない。
情報のやり取りもメール機能がある為に活用される。音声認識システムにより声に出した言葉を自動認識し検索出来たりもする。
ダイヤモンドガラスで出来た表面をポンッと叩くと瞬時に指紋認証され、眼前にモニターとキーボードが映し出されるとケイタは画像を探し始めた。
「え〜と、ありましたよっ、四人の写真。今見せますね。いや〜、いつも癒されるなぁ」
ケイタがスパコンを操作しようとした瞬間、大きな警報音と共に身の危険を知らせる最大警報レベル五を職員皆のスパコンが示した。眼前に映し出されたモニターが酷く赤色の点滅を繰り返す。
「えっ? えっ? コ、コウキさん? カ、カズキさん?」
「あ、焦るな、ケイタ! で、でも、カズキさん一体……何が?」
「落ち着け、コウキ、ケイタ。周囲に気を配るんだ。俺達はシティホールの職員だ」
「は、はいっ」
二人は揃って上擦った声を出した。
すると、バチンという音と共に会場を煌々と照らしていた電気が切られ、周囲から明かりが消える。会場全体がざわざわと落ち着きを無くす。非常用電源に切り替わり、うっすらと会場に明かりが戻る。皆、安堵していると一筋の光が会場を走った。
「悪の根源、オスロ! 覚悟!」
突如現れた漆黒の鎧に身を包んだ三人がオスロめがけ閃光のごとく飛びかかった。
異常を察したウィクトリアの近衛兵士が[GG]を身に纏いオスロとの間に割って入るが、断末魔の声がすると隣にいた秘書の左腕が宙に舞い辺りを血の海と化した。
「キャァァァァァァァ!」
一人の女性の悲鳴を皮切りに直ぐに会場全体はパニックに陥った。惨状を目の当たりにした者達が発狂する。我先に外に出ようと人を突き飛ばし、逃げ出す人々は巨大なうねりとなり、後方中央の出口に殺到する。
「う、嘘だろ……何が……」
カズキは惨状を目の当たりに言葉を漏らした。これだけの惨状が起きているにも関わらず国防本部と繋がる非常ベルは何故か作動していない。
「あの黒い鎧……まさか[GG]なのか……。またあの鎧が……」
近衛兵士の放った拳がアリーナの壁に直撃すると粉塵を巻き上げて瓦礫を散らす。
「無茶苦茶だ! 早く何とかしないと」
直ぐ隣ではコウキとケイタが放心状態で座り込んでいる。近くの職員も同様の状態だ。
更に左に目を移すと幹部職員がいた。幹部職員に走って近付いた。だが、幹部職員はカズキが気付いたと見ると一目散にその場を離れ我先にと逃げ出してしまう。
「待って下さい! 非常ベルが作動していません。直ぐに国連本部に連絡と来客者の避難誘導を!」
「知るかっ!」
「なっ! 職員は全員滅私奉公の精神じゃなかったのですか!」
「うるさい! 黙れ! 命あっての奉公だ! 私に指図するな! 余所者が!」
幹部職員は捨て台詞だけを残し一目散に外に出て行ってしまう。
「今、余所者は関係無いだろっ!」
直ぐさま踵を返し、国防本部に連絡を取る為に走りながらスパコンを操作する。
「こちら認識番号6148348オルファス職員カズキ・トウヤマです。国防本部聞こえますか? こちら認識番号6148348──」
だが、ジャミングを受けているのか通信が途切れ直ぐに切れてしまった。
「えぇい! こうなったら俺達が……。しっかりしろっ、コウキ! ケイタ!」
未だ放心状態であるコウキ達の頬を叩き、目を覚まさせる。
「良く聞くんだ! 国防本部に連絡が取れない。俺はアリーナの人達を避難させる。コウキは展望台に行って異常を知らせる緊急用の狼煙を上げるんだ。ケイタは他の職員を介抱して皆で外階段から避難誘導するんだ。お前達なら出来る! さぁ、行って!」
「は、はいっ! やってみます!」
恐怖を振り払う様に二人は揃って大きな声で返事する。
狼煙を上げるのは生活環境を夢のように向上させた各種通信が途絶えると原始的なやり方に頼らざるを得ないからだ。
カズキ自身は直接一階に降りて、他の出口を開けて少しでも分散して避難させるベく、直ぐに行動を起こした。
「くそっ、やっぱり、一箇所に集中して……」
出口を求める人々は中央出口に殺到しており一向に出て行く気配が無い。集団同調整バイアスに捉われ且つ、何かが出口を塞いでいるのだと容易に想像が出来る。上の階の者も同じ出口に殺到しているのだろう。
カズキは一瞬で判断して攻撃の合間を縫って他の出入り口の解錠を終えると、悲鳴と怒号が飛び交い渋滞する人々の横に立ち、飛び散った椅子を拾い上げ壁めがけて思いっきり投げ付けて何とか注目させ、別の出口からの避難を呼びかけた。
「皆さん落ち着いて下さい! 出口は一つじゃありません! 押し合っては駄目だ! こっちの出口から脱出するんだ!」
説得出来たのは極一部の人々だがカズキには考えがあった。
(一部の人でも良いんだ……。今、みんなは周囲の人と同じ行動を取れば安心だと思っている。何らか別の力を働かせてやればリアルを引き戻せ冷静さを取り戻す筈……)
崩落が勢いを増す。そこから突き上げる地響きが胃をヒリヒリとさせる。
漆黒の鎧装者とウィクトリアの[GG]装者の状況を見てカズキは叫んだ。
「今だっ! 皆さん、走って!」
爆風と共に顔に何かの破片がぶつかるが気にしていられない。頬を沿って何かが伝うが汗なのか血なのかも解らない。何とか外へ出てようやくシェルターを視界に捉えた最中、一人の男が大声で訴えて来た。
「痛いーっ! そこの君、私を負ぶってシェルターまで運んでくれ。さっさとするんだ。早くしたまえ!」
座り込み訴えるのはジュノー公国上院議員のマキノである。見れば丁度右の大腿辺りから血を流している。高そうなスーツは黒く汚れているものの顔は綺麗なままだ。
カズキは肩で息をしながら、そのままマキノの横を通り過ぎて、その前で泣きじゃくる親子連れの横まで来ると、視線を子供と合わせて話しかけた。
「どうかした? もうちょっとでゴールだよ」
小さな女の子である。おめかししていたのだろう。可愛いドレス姿だがスカートの裾は破れ紺色だった生地は泥や埃でグレーがかっている。手には大きな熊のぬいぐるみを抱えている。
(この子……確か式典で……)
この子が式典で園児代表として手紙を読んだ内の一人だというのに直ぐに気付いた。おめかしした服。そして大きな熊のぬいぐるみはご褒美として子供に配られたものだ。
「瓦礫に足を踏み外したみたいなんです。ほら、アカリ頑張って」
隣にいた母親が息を切らしながら話す。子供とお揃いの紺色のスーツ姿だが、こちらもまた茶やグレーに汚れ変色している。インナーの白のブラウスは黄土と赤を混ぜた様な色が滲み出血しているのが見て取れる。左手はだらんとしていて力が入らないのだろう。
「アカリちゃん、今日いっぱい頑張ったんだよね。お手紙もちゃんと読めたんだよね。それだけ頑張ったんだから最後までゴールしよ。ねっ?」
爆発音が耳を刺激する中、焦りを滲ませずにカズキは女の子の返事を待った。
「うん……解った。アカリ、頑張る……」
「よしっ、良い子だ」
カズキは女の子の頭を撫でてようやく立ち上がった。女の子を負ぶって、左手で女の子を落ちない様に支えて右手には熊のぬいぐるみを抱き抱える。
「おいっ! 待つんだ! ぬいぐるみを持つ手があったら私に肩を貸したまえ。私はジュノーの上院議員だぞっ!」
「議員なら、公に勤めるものなら今何を優先すべきか解るでしょう」
「なっ! 何だと!」
叫ぶマキノを余所に母親を気遣いながらシェルターへと向かう。
再度大きな爆発が起きた。爆風で意思無く身体が前に崩れ出る。体制を整えて前を向くと先に到着したのは我先にと全力で走り込んだマキノであった。
何とかシェルターに到着したカズキは皆の様子を窺った。皆、憔悴しきっている。
「カズキさん……何とか狼煙を上げました……」
「コウキ……良かった無事で。良くやったな。後は国防に任せよう。ケイタは?」
「あそこで座り込んでいます。気が抜けて腰が抜けたみたいで……」
「そっか……でも、ケイタも良くやったよ……」
「流石はカズキさんの後輩でしょう?」
「ああ……自慢の最高な後輩だよ」
「へへっ……。カズキさん、お怪我を?」
「ああ、大丈夫……」
「無理しないで下さいね。それにしても見て下さいよ。上の連中と取り巻きの奴ら、綺麗な格好のままですよ。こっちは必死だったのに」
「胸を張れ、コウキ。俺達は間違って無いさ……」
一時間を経過して、スパコンの警報レベルが二まで下がったのを知らせたかと思うと、同時にシェルターのメインコンピューターに国防本部から危険は回避されたとの連絡が入った。
外に出ると既に国防本部の要請を受けた救急隊が負傷者を繰り返し搬送している。
「お兄ちゃん!」
不意に声を掛けられた。右に振り向くと治療を済ませた女の子がぬいぐるみを大事そうに抱いて立っていた。その隣には母親の姿も。礼を言う女の子に視線を合わせる為、しゃがんで女の子の頭を撫でる。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「うーうん。頑張ったアカリちゃんには大きな花丸をあげよう」
カズキは笑って返事をした。いつまでも振り返り手を振る二人の姿が見えなくなると意識が遠のいて行く。今までの疲労が一気に襲い掛かった。遠のいて行く意識の中、セイルエッグが目に映る。沈みゆく太陽に照らされた三日月の展望台に、割れたガラス片がキラキラと反射して幻想的な空に浮かぶ巨大な月を思わせた。
時同じくして、南北ルーメンパルナにおいてもウィクトリアの来賓者が何人も殺害される惨劇が起きた。
停電させた上で混乱に乗じ発砲。[GG]装者による犯行では無かったが複数の犯人は来賓者を手に掛けた後、皆首を切り自決した。
人々は一様に混乱を招き逃げ纏う人々で怪我人が続出。出演者を巻き込んでの大騒動となったのは言うまでも無い。
シゲキとアキユキは何とか難を逃れたものの一緒に参加していた芸人仲間は何人も負傷し、後輩芸人の三人が逃げる途中に舞台の倒壊に巻き込まれ死亡した。
朗読劇をしていた[星詠みの調べ]は、翌日に一人はジュノー軍によって保護されたのだが他の三人は行方不明となっていた。
同時に伝えられたのがジュノー公国代表クレハの重傷である。建物の崩壊に巻き込まれ瀕死の重傷らしく予断を許さない状況らしい。臨時代表として遠戚のマキノが就任した。
また、国防本部が到着した際、既に[GG]装者の姿は一人も見当たらなかった。皆が何も解らず、何も伝えられないまま時だけが進んだ。
事件から三日後の朝、復帰したカズキは一人呼び出され会議室へと向かった。
そこにいたのは三人。知った顔の作業着姿の二人は幹部職員。その内の一人は逃げ出した幹部職員。もう一人は明らかに高そうな艶のあるスーツを着たマキノであった。
「そうか……彼らが言う職員とは君だったか。この間はご苦労だったねぇ。君のお陰で何人もの命が救われただろうねぇ。いやぁ、立派、立派、立派だねぇ」
言葉とは裏腹にマキノは何処か人を小馬鹿にした様な言い方をする。
「まぁ、私も足を多少切った程度で済んだのだが、無理に走ったからか股関節を痛めてしまってねぇ。誰かが肩を貸してくれればここまで酷くはならなかったみたいなんだが、いや、大した事は無いよ。杖のある生活にも慣れて来た所さ。フッフッフ……」
カズキへの遠回しな嫌みだと気付いた二名の幹部職員が、上司として何か責任を負わされると思ったのかしきりに額の汗を拭う。その姿を充分楽しんでからマキノは本題を話し始めた。
「今から話す内容は未だ内緒なんだけどねぇ、実は昨日の夜にウィクトリアから声明文がカリオペに対し出されたんだ。内容は一週間後の十八時迄に黒の鎧装者の身柄引き渡しに応じよというものだ。要求が飲まれない場合はカリオペ出身者の強制国外退去、並びに軍事施設のあるハムナバーグに無条件に攻撃を仕掛けるとねぇ」
「嘘だ! 何故……? どうして……」
カズキは大いに驚き落胆した。恰も漆黒の鎧装者がカリオペの者であると決めつけた行動である。報道では何処の者か不明なまま行方が解らないとされていた筈だ。
「直接的に殺害されたのが皆ウィクトリアの者ばかりだからねぇ。前の戦争の報復だろうとカリオペの仕業にしてしまうのは容易に想像出来るだろう? まぁ、仕方ないよねぇ」
マキノは他人事の様に自分の意見を述べた。
「近く夕方のニュースはこれで決まりだろうねぇ。ウィクトリア遂に攻撃開始とね。すると、ジュノーの国民はどうなる? きっと、混乱するだろうねぇ。君も知っての通りジュノーは来る者拒まずで、今やウィクトリアやカリオペ出身の者も大勢いる。ちょっとした小競り合いが起きるかもしれない。だが、ここはジュノーだ。北も南も無い。戦争の当事者でも無い。皆は平等で職員もまた皆に平等に接する。臨時代表の私自ら率先して訴えるんだ。手を取り合う素晴らしさを。そうすればジュノーは安泰、私の株も上がるというものだよ。フッフッフ」
既にマキノの頭の中では未来が出来上がっているらしい。ジュノーが良ければそれで良い。
「そこでだ。ジュノーのこれからの良き未来の為には国民に平等に接する事が非常に重要になる。例え何処の出身でもジュノーに住む国民であればね。それが何よりの第一歩なんだ。そうなると、国民との信頼関係が非常に重要になる。何が言いたいかぁ解るかね?」
カズキは黙ったまま話を聞いていた。
「彼等から聞いたよぉ。君はウィクトリアの出身なんだってねぇ。いや、君は今回の式典でも危険を顧みず多くの人々の命を救った言わばヒーローだ。だけどねぇ、ここにいる幹部の二人がねぇ、職員にウィクトリア出身がいると国民に知られたら問題になるんじゃ無いかと言い出しちゃってねぇ。不快な思いをする国民がいるかも知れない。増して職員である君が狙われて国民を巻き添えにでもしたら大問題だ。そうなると、行政との信頼関係が得られない様になってしまうって言うもんだから……。私はそんな事は無いって言ったんだけどねぇ……フッフッフ」
マキノは二人の幹部職員の後ろに回り二人の肩をポンッと同時に叩いた。
「つまりはだ、これからジュノーにとって何が起きるか解らないデリケートな時期に、唯一のウィクトリア出身の職員である疫病神の君がこの国にいて貰っては困るのだよ!」
「なっ……」
マキノはカズキに向かい強く言い放った。幹部職員に目をやるが心ここにあらずといった雰囲気で目を合わせる事をしない。
「職員にリストラは無いからねぇ。一番は君に退職願を出して貰うのが良いんだが、それじゃあ余りにも気の毒だ。そこで、ここにいる幹部さんと話をしてねぇ。明日から君を病休扱いにしようと思うんだよ。職員に席を置いたまま君は休んでいると良い。休みを利用して国外に出て貰いたい。国内にいて万が一君の事を知られるのも面白くないからねぇ。ほら、未だ怪我も癒えていないのだろう。国を出て傷を癒やす旅に出たらどうだ。丁度良いじゃないかぁ」
「……臨時代表としての命令ですか?」
「ああ、そうだよ。彼等に聞けば君はクレハ代表の後押しもあって職員になったんだってねぇ。試験の結果がとても優秀でも余所者の君を落とそうとした幹部のみんなをクレハ代表が宥めて職員になったと。そりゃ大変だよ」
「…………」
「良いかい、職員は家族なんだよ。家族が辛い思いをする様な環境にしないのが上に立つ者の仕事だ。私はクレハ代表と違って職員を愛しているからねぇ。勿論、君もだよ。だから、熱りが冷めたら帰って来ても良いと言っているんだ」
「…………」
「未だ迷っているのかい? 仕方ないねぇ。もう一つ言ってあげよう。よーく考えてみると良い。君がここに居る事でクレハ代表にまで迷惑が掛かると思わないかい? 君を採用したのはクレハ代表だ。何かあればきっと責められちゃうねぇ。なら、君の取る行動は一つだよねぇ? もう一度言ってあげよう。君はこの国にとって必要無い。君の居場所はここには無いんだ!」
(……俺は……必要無い……。俺が居るから……。解っていた……。どんなに困難な仕事を熟しても評価されずいつも避けられて……。それでも良いと思っていた。一人の職員として人々に寄り添えたらと……。そう、だよな……。もう、決まっているじゃないか……)
目を閉じていたカズキはカッと目を見開いて立ち上がり踵を返し扉へと向かった。
「……解り、ました。ご迷惑は掛けられません……。退職の手続きをしておいて下さい。直ぐに国を出ろとおっしゃるのなら明日この国を出て行きます」
「聞き分けが良くて本当助かるねぇ。流石ヒーローだ」
幹部職員がまるで目上に気を遣う様に扉を開いてカズキは会議室を後にした。
最後の仕事を終える。持って帰る物は何も無い。職員の物品は全て支給される。唯一スパコンだけは他の者が使用出来ないので個人で手にしていた物だ。
機密情報はアクセスコードが必要となり職員番号が無いと閲覧出来ない。退職するとメインサーバーから職員番号が抹消されるのでスパコンを持っていても情報が外に漏れる事は無い。
周りの上の連中は急な退職にも驚かない。元々一線引かれていた身だ。中には退職に納得する輩だっている。挨拶も程々にカズキは庁舎を後にする。
「急にどうしたんですか、カズキさん? 俺、もっと一緒に仕事したいです!」
「どうして、カズキさんが……。コウキ先輩の言う通りです。一緒に居たいです!」
「ありがとう。離れても縁が切れる訳じゃない。最後に先輩面するけど流されるな。シティホールの職員の意義を忘れるな。職員として間違っていると思えば上司にだって負けるんじゃないぞ。それじゃあ、世話になったな」
(負けるなって……俺の事だよな……)
オルファスの繁華街の外れの一角にカズキがいつも利用する行き付けの店がある。店は看板すら出ておらず、知らない人は寄りつかない。背の高い建物の外見とは異なり店内は六人座れば満席でカウンターしか無く、地下に大きな部屋があるのだが今は使われていなくて、ママ一人がやりくりしている。
ママと言っても十五歳で成人となるこの世界では珍しく無くて未だ十八歳だ。サラサラのブロンドの髪は長く癖っ毛は無くてストレート。頬に施された薄めの赤いチークが良く似合い、ワンピースの大きく開いた首元には美しい半月上のネックレス。
名前はセシリア・サンジョウ。ジュノー公国代表クレハの娘である。
「おかえりなさい、カズキさん」
「ただいま、セシリア」
いつものカンターの隅に座ると先に来ていた客に声を掛けられた。
「お兄さん、大変な事に……」
話しかけて来た男はTシャツにジーパンとラフな姿。カズキより背は低いが体格はかなり良い。長髪の黒髪は後ろに一つで束ねられ肌はやや色白の男だ。
「うん。母さんの事、何かと頼むよ、エイコウ。それで、代表の具合は?」
「今もICUに入られていますが、きっと、元気に戻られると信じています」
エイコウと呼ばれた男はカズキの三つ年下で弟のシゲキと同級生だ。
普段はフリーの音響スタッフの仕事をしていて、芸人であるシゲキ達とは何度か仕事を一緒にした事もある。シゲキとは幼い頃からの友人で、その頃に紹介され今に至る。
エイコウの両親は生前クレハに仕えていたが前の戦争に巻き込まれ死亡し、それからクレハが我が子の様にエイコウを可愛がり、実は影の側近として秘密裏に迎え入れていた。それには理由があって一つは自由に動き回れる事。もう一つは娘を影から支える事だ。
それは、クレハが妻を失った理由に関係していた。
クレハの妻は元ジュノー公国上院議員議長の娘であり、国の発展と盤石な基盤を維持するのを目的に十六歳の時クレハと政略結婚し結ばれた。周りでは流行の服に身を包み青春を謳歌する同年代を余所に、クレハの妻は代表の妻としての責務をきっちりと果たし続け戦争という忌まわしい悲劇に遭い亡くなった。
政治に利用され婚約した二人であったが、次第に惹かれ合い二人の子宝にも恵まれた。愛していた妻だからこそクレハは思ってしまった。政治に利用され自分と結婚していなければ、今頃は例え相手が他の誰かだとしても幸せな時間を過ごしていたのではないかと。
だから、娘達には政治に関わらず生きて欲しいと願った。それは一国の代表としては失格なのかも知れない。だが、一人の父親として娘の幸せを願い、娘を影から支えて欲しいとエイコウに頼んだのだ。
クレハの側近のエイコウにはカズキの人事が既に耳に入りセシリアも聞いていた。
「お母さんの事は心配しないで下さい。僕が必ずお守りしますし、明日朝一番にオルファスから代表と同じ病院に移送します。その方がセシリアも良いって」
「いつもごめん。本当に助かるよ。代表も心配だな」
「お父様なら大丈夫よ。直ぐに良くなりますわ」
「うん。俺も信じるよ」
「ところで、お兄さんはこれから? シゲちゃん達に会いにウィクトリアに?」
「いや、南に行こうと思う。シゲキ達の事は気になるけど、母さんと一緒にウィクトリアを抜け出した身だしね。返ってシゲキ達に迷惑掛けたくないから」
「でも、南はこれから危険じゃありませんこと?」
「大丈夫だよ。それに……もう、俺には南しか行く所が無いし……」
「……カズキさん、もう、ジュノーにはお戻りになられないのですか?」
「正直、今は解らない。ウィクトリア出身が行政にいたら混乱を招くって言われた時、少し納得した自分もいてさ……。情けない事にちょっと混乱してて……。俺の居場所はここには無いんだなって。俺の存在意義って何なんだって考えちゃって……。なははは」
「もうっ! 怒りますわよ。ここに居場所があるじゃないですか。それに、私達は家族も同然ですわ。そんな寂しい事、言わないで下さいまし」
「そうですよ、お兄さん。流石に僕も怒りますよ」
「ごめん。でも、俺だから、俺だからこそ今出来る何かを探したくてさ……」
(カズキさん……)
「……そ、そうだわ。それならここで働きませんか? ここなら来るお客さんは知った顔ばかりですし全然問題無いですわ。そうして下さいまし」
「そりゃ良いね。僕も賛成だよ。必要な物があったら僕が買って来るよ」
「そうですわね。早速カズキさんのエプロンを用意しないといけませんわ」
「二人ともごめん。それは出来ないよ」
「どう……して、ですの?」
「セシリアもこう言っていますし遠慮なんかしないで下さい」
「ありがとう。気持ちは凄く嬉しい。でも、俺と一緒に居て二人に嫌な思いをさせたく無いから」
「嫌な訳ありませんわ。大体カズキさんはいつも気を遣い過ぎ──」
「ごめん! 俺が嫌なんだ……」
「……そこまで。どうして、ですの?」
「二人には凄く感謝してる。母さんの事で迷惑掛けちゃうのに二人は快く引き受けてくれて……。でも、マキノが言う様に、今、俺と一緒に居て二人に後ろ指を指される様な思いはして欲しく無いんだ。それだけは……絶対に嫌なんだ」
「ふぅ……相変わらず頑固なんですわね……。解りましたわ。でも、どうかご自分を卑下しないで」
「僕達に遠慮なんてしないで下さい。その分、お兄さんには助けて貰っていますから」
「ありがとう、本当に。ところで、マユは元気にしてる? 当分会っていないからさ」
「えっ、ええ。マユは大丈夫ですわ。きっと、マユもカズキさんに会いたがってますわ」
マユはセシリアの二つ下の妹だ。
「そっか……マユに宜しく伝えてくれよ。今思い返してみると、ここではいつも笑っていたなぁ」
重苦しい雰囲気を変えようと話題を変える。
「着の身着のままウィクトリアを抜け出してジュノーに辿り着いたのは良いけど、貯金は尽きて食べる物も無く途方に暮れていた母さんと俺に手を差し伸べてくれたのが代表だった。その時、最初に連れて来てくれたのが開店して間も無いこの店で。まさか、エイコウが居るなんて」
「あの時びっくりしたのは僕もです。ウィクトリアでお会いした時以来でしたから」
「しかし、あの時手を差し伸べてくれたのが代表だったとは思わなかったんだよな。街中に一人でいるとは考えられないし。面倒見の良い変なおっちゃんとしか思わなかったよ」
「今でも代表は街の中に一市民として溶け込みたいと話されていましたよ。ジュノーには様々な出身の人達がいる。そこに自分も溶け込む事で見えて来るものがあると」
「そんな代表の考えに感銘を受けて職員を目指したんだよなぁ。シティホールの職員を目指すって言ったら代表は凄く喜んでくれて。職の無かった母さんにはこの店を紹介してくれて……」
「はい。カズキさんのお母様には色々と料理を教えていただきましたわ。最初、私は何も料理が出来なかったものですから」
「そうだったっ! 確か最初、煮卵料理を作りましたって出て来たのが茶色い殻の茹で卵がそのまま出て来てさ。フォークを刺そうとしたら殻付きのままだから滑って卵が飛んで行って。エイコウの顔にコーンって。なははははは!」
「そうです、そうです。何かに打たれたって思っちゃいましたよ」
「もうっ、カズキさんもエイコウさんも酷いっ!」
お淑やかな姿は何処に行ったのかにぷいっと顔を逸らしセシリアは頬を膨らませる。
「ごめん、ごめん、セシリア。ほら、昔に戻ってる。素敵なレディじゃ無くなってる」
「今じゃちゃんと作れますわっ。カズキさんのお母様に教えていただいたんだから。父が悪いんです。急に煮卵料理が食べたいって。茶色い殻の卵を探すの凄く大変だったんですからね!」
昔話に花を咲かせる三人の笑い声が店内を包み込む。
「カズキさんのお母様が入院するまで本当に色々と教えてくれて。私のもう一人のお母さんみたいに……。早く元気になって貰って、もっともっと沢山の料理を教えて貰うのですわ。絶対にお二人を見返してやるんだから。だから……皆が手を取り合って笑える未来の為に、私は父の思いを紡いで行こうと思いますわ……」
「未来の為、か……そうだな」
「お兄さん、僕達はお兄さんの力になります。だから、絶対に無茶はしないで下さい」
「ええ。そして忘れないで下さい。カズキさんの帰る家はいつもここにあるのですから」
「本当にありがとう。旅をして探してみるよ。俺が未来に出来る何かを」
カズキは二人に頷いてグラスに残っていた酒を一気に飲み干した。
日が未だ登り切らない内にカズキはオルファスの街を後にする。
高層ビルの建築群を抜け徐々に街が閑散としてくると未だ傷跡の癒えない丘が見えて来た。
地面に突き刺さる三日月が目に入る。朝日を浴びると未だ回収出来ていないガラス片によってキラキラと地面が光を帯びる。その風景はとても神秘的で美しいと思わせるが、それは偽りの美しさであるとカズキは思い直す。
西に五分程歩くと大きな二つの巨大な橋が見えて来た。大陸南北を流れる女神の通り道と称される川に掛けられたアーチ橋は石造りの支柱がそそり立ち、そこを支えに鉄のアーチが架り橋桁を吊り下げていて、ガイヤ大陸において有名な美しい橋の一つだ。
東西から流れ込むカリス川によって南北に分けられ、二つの橋が並ぶ様に設置されているので双子橋とも呼ばれた。北側の橋を渡ればウィクトリア領北ルーメンパルナ、南側の橋を渡ればカリオペ領南ルーメンパルナとなる。
カリス川に沿う様に西へと歩を進めた。川縁には幅四メートル程度の遊歩道に休憩をする為のベンチが何カ所もあって、きっと人々の憩いの場になっているのだろう。
《只今の気温二十四度。時刻十一時四分》
日が高くなり暑さが増して来た。スパコンの情報を映し出し見ればもう昼になろうとしている。
暫く歩いているとルーメンパルナ中央部に架かる斜張橋の姿を目にする事が出来た。
塔から斜めに放射状に張ったケーブルを橋桁に直接繋ぎ支えている構造は正に圧巻の一言だ。
「うん? あれは……」
「いやっ! やめて下さい! 痛……」
「良いからこっち来いよ! 綺麗にしてやっからよ!」
橋台の裏に隠れる様にして二人の男が女の子を囲んでいる。大声に気付いた通行人も居たが関わりたく無いのだろう。見て見ぬ振りをしてそそくさとその場を離れてしまう。
「正直、今は人に余り関わりたく無いけど、見て見ぬ振りなんて出来ないよな……」
人と関わらなければ嫌な思いをしなくて良いと思っていたが、これがカズキの性格だ。
「悪いっ。待たせた」
ぺこりとお辞儀をして直ぐに女の子と二人の男との間に割り込んだ。二人の男を背にした状態で女の子に片目を閉じて芝居であるのを知らせる。
「ところで……俺の連れに何か用か? 見た所お友達って訳じゃ無さそうだけど」
「なっ、何だ、男がいたのかよ」
「だ、だったら先に言えってんだ」
「俺の連れに手ぇ出すんじゃねぇっ!」
怒鳴り声を上げると二人は全速力で土手を駆け上がり直ぐに見えなくなった。
(これじゃあ、二流映画のワンシーンだよ。まっ、何も無かったし良しとするか)
「ふぅー……ごめん。ああ言った方が早く済むと思ってさ。悪く思わないでね」
改めて女の子を見ると何とも言えない姿をしていた。髪は酷く泥や煤の様なもので汚れ肌は元々色白なんだろうが、擦り傷があって泥の付いた所は白く粉が吹いている様にも見える。
着ている服も俗に言う余所行きの格好だが、ドレスの生地は濁った灰の様な色で染まりスカートの裾は大きく破れている。
ただ事じゃ無い何かが彼女の身にあったと容易に想像出来たが、何も聞かずにこの場を離れようと思った。
(下手な優しさは返って彼女を傷付けてしまうかも知れない、か……)
後ろ髪を引かれる思いもあったのだが、会釈をして彼女の前を通り過ぎ、遊歩道を歩き出したのだが、五分程歩いた所で後ろから声を掛けられたので振り向いた。
「待って下さい! はぁっ、はぁっ。あのっ、済みません。先程は本当にありがとうございました」
「あぁ……さっきの……。いえ、お礼なんて気にしないで。それじゃあ失礼します」
「待って下さいっ! お願いです。私を、私をカフカセローまで連れて行って貰えませんか? それと私の仲間を一緒に探して下さい。お願いしますっ!」
丸みを帯びた声なのに、その声はとても力強く心に響いた。彼女は肩で息をして、両の腕は身体の前で握られ、懇願する彼女の目からは今にも大粒の涙が溢れ落ちそうだ。
【良いか、カズキ。困っている人を見かけたらどんな時でも手を差し伸べてあげなさい。綺麗言ばかりを言う政治家なんかより、ずっと凄いのだぞ。そうやって、皆が手を差し伸べて行ければ皆がずっと笑っていられるんだ。そんな、優しい存在になりなさい】
(どんな時でも手を差し伸べられる存在、か……)
クレハの言葉が思い出されてカズキは一旦彼女をベンチへ座る様に促した。
「ちょっと、左足の靴と靴下を脱いで見せてみて」
彼女はカズキの意外な言葉にきょとんとしながらも素直に従った。
「やっぱりか……。ちょっと、待っててね」
カズキは川縁に生えている草の中から一つの扇型の濃い緑の葉を取って、水で綺麗に洗い手の平に乗せてパンッと叩いて葉の繊維を叩き裂いた。
「足、挫いていたんだね。少し引きずって見えたから。少し腫れてるけど、そんなに酷くは無いみたいだよ。これはソイの葉と言って鎮静作用がある植物なんだ。川縁に生えていて昔の人も結構重宝していた植物だよ。少しスースーするよ」
旅の応急用として携えていた包帯やガーゼを取り出して、ガーゼにソイの葉を包み左足にあてがい、手際良くくるくると包帯を巻き固定する。
すると、治療をするカズキの手の甲にぽたっと涙が溢れ落ちた。
「済みません。ずっと逃げてばかりいたから。こんなにも親切にして貰う事なんて無かったから。本当にありがとうございます。えへ。駄目ですね。泣いてばかりじゃ……」
無理に笑おうとする彼女。カズキは彼女の顔を見ずに首を横に振って治療を続けた。
左足の治療を終えると、新しいタオルで彼女に顔を拭く様にと促す。少し傷が残っているが汚れていた彼女の顔から綺麗な色白の肌が戻ると少し元気になった様な気がした。
彼女の足を気遣いながら肩を貸して遊歩道を後にする。
彼女に手を差し伸べたからか少し心が晴れやかになった気がしていた。
南ルーメンパルナの街はとても美しい。建物の壁には様々な動物や人物の抽象画が描かれていて、まるで街そのものが芸術品と言った感じだ。
カズキは彼女の足を考えてここで宿を取る事にした。
しかし、何件かの宿を回ったが皆断られてしまった。他の客に迷惑を掛けると門前払いも同様に。それは、擦り傷を携えボロボロの服を着た若い女を泊めるのに躊躇したに違いなかった。
彼女も自分に非があると少し取り戻した元気もまた塞ぎ込んでしまう。
駄目元で次に訪ねた宿は少し古ぼけたレンガ造りの建物で、周りの建物よりも背が高く三階建てだが、外見がレトロな雰囲気を醸し出していてとても可愛らしい。一階は飲食店になっていて、全開された窓からは昼間だというのに酒に酔う多くの人々の姿が見えた。
すると、こちらに気が付いたのか一階の飲食店から中年の女がやって来た。
「何かあったのかい? おいおいボロボロじゃないか。直ぐに風呂を案内してあげるよ。うちに泊まっていけば良いさ」
彼女の手をとって中年の女はさっさと建物の中へと入る。
カズキはその間、一人街に出て彼女の為の傷薬を購入し、変な目で見られながらも彼女の服を適当に見繕い早足に宿に戻り、女従業員にシャーベットグリーンのトレーナーとブラウンのハーフパンツを持って行って欲しいと頼むと、先程の気前の良い女主人に話しかけられた。
「アンタ、南ルーメンパルナは初めてかい? 差し詰め彼女を悪者から助けたって感じかね? それで、他の宿に行ってはみたものの厄介がられて断られてここに来たと?」
「は、はい……ジュノーから今日ここに。でも、良くお解りになりますね?」
「この年でこんな商売をしていたら、ある程度は解って来るんだよ。で、アンタは彼女に頼まれてここに一緒に来たってとこかい? でも、アンタ、何か悩んでるね。アンタ、自分があの子の力になれるのか考えてる……。それに、アンタ自身、何か別の大きな悩みも抱えてるね?」
直感的にこの人は信頼しても良いと何故か思えた。
「実は……はい……」
「大丈夫だよっ。アンタならあの子の力になってやれるさ。それに、あの子一人じゃこの先絶対に生きて行けないよ。これからウィクトリアがドンパチ始めようってんだからね」
驚きを隠せなかった。未だ公に発表されていない声明文の存在を彼女は知っている。
「そんなに驚く事は無いよ。うちの店にはカリオペ国直轄の兵隊も良く来るんだよ。酒に酔い出すと聞いてもいない話を大声で話すからね。大方アンタもその事で悩んでいたんじゃ無いのかい? アンタ、ジュノーでお役人だったんだろ? 腕のスパコンを見て直ぐに解ったよ。若いくせにスパコンしてるなんて精々お役人くらいだからね」
(この人、凄い……スパコンを見て当てるだなんて……)
「あの……何かしようとは思わないのですか? 今なら逃げる事だって」
「ハーハッハッハ! 何もしない。普段通り。自分が死ぬ時に後悔してなければそれで良いんだよ。アンタだって後悔しない為にわざわざ危険な所に来たんだろ? でも、何をしたら良いか解らない。そんな時はあがいて動いてみれば答えは見付かるさ。アタシはね、ここに来るお客にはどんな時でも笑顔で居て欲しいと思ってる。例え、ドンパチしててもね。アタシは客の笑顔が見たくて今の宿と食堂を始めたんだ。だから逃げないよ。それがアタシの生き方さ」
「あがいて動いてみる……彼女の力にも、か……」
「フッ……そうだよ。アンタ、本当に優しい人間みたいだね。自分だけじゃ無く見ず知らずの彼女の事まで考えて。アタシには解る! 気に入ったよ!」
そういって女主人はカズキの背中をかなりの強さで叩いた。
「痛ぁ!」
「ほら、元気出さないか。声明文とやらは近く発表されるんだろ? それじゃあ、その前にうちのご飯を腹一杯食べときな。動くのはその後だ。考える前に腹ごしらえさ。うちのご飯を食べると、そりゃあ元気になるよ。それであの子とも色々話すれば良いさ」
大声で再度カズキの背中を叩いた所でカズキの後ろを見て驚く様に呟いた。
「こ、こりゃまた、えらい化けちまったねぇ……」
「えっ?」
後ろを振り返ると先程迄とは全然違う彼女の姿がそこにあった。
肩近くまでの長さの淡いブラウンの髪はすっかり汚れが取れて緩く内側にカールし、風に吹かれるとさらさらとして甘い香りを漂わせる。小さめな顔にぱっちりとした目の二重で狸顔。くっきりとした眉にすぅっと伸びた鼻が花弁の様に付いていて、唇は淡い朱色。肌は色白で頬に少し残った擦り傷が見えるが彼女の可憐さを邪魔はしない。
細身で程良く膨らんだ胸。腰から尻に掛けて綺麗に曲線美を描き見た者をドキッとさせる。
「あのっ、本当にありがとうございました」
彼女は女主人に礼を述べるとカズキにも礼を言った。
「良いんだよ。困った時はお互い様だからね。それに着替えを用意したのは彼だし中々のセンスで良かったじゃないか。それよりもアンタだったのかい。式典では大変だったね」
「式典? えっ? 君、式典に出てたの?」
「何だい? 気付いて無かったのかい? 彼女は[星詠みの調べ]の一人、アキじゃないか」
「えっ、えっ、ええっ?」
「[星詠みの調べ]と言ったら、大人も子供も知ってるアイドルにも負けない超有名な四人組だよ。アンタ、まさか知らなかったのかい?」
(おいおい、[星詠みの調べ]って、ケイタから聞いた声優ユニットじゃないか。スクリーンじゃ小さくてはっきり見えなかったし、写真を見せて貰う前に事件が起きたから全く解らなかった……良く見ると、ケイタの言う通りめっちゃかわゆいじゃないか……)
「アンタ、ここまで知らずに一緒に来たのかい? ある意味大した男だねぇ。まぁ、[星詠みの調べ]のアキと解っちゃ色目を使う男が多いだろうからねぇ。それに、アンタみたいな男で良かったかもしれないね……」
(うん? 何か含みが……。気のせいか)
「私がいけなかったんです。ここまで自己紹介もせずに来たものですから。それに、本当に親切にしていただいて。感謝してもしきれませんっ!」
そういってアキは両手で強くカズキの左手を握りしめた。
「いや、あの、そんな……その、いきなり、駄目」
カズキが頭を掻いて照れていると見かねた女主人が二人に割って入った。
「カァッ! 若いってのは良いねぇ。早くご飯食べちまいなっ。一階の店で用意しておくから。それとアキ、アンタ、そのままの格好で来ると店がパニックになっちまうから芸能人らしく変装してくれるかい? 私のウィッグ貸してやるから。ほらっ、こっち来て」
アキの手をカズキから離し女主人は手を引いてアキを自室へと連れて行った。心配そうな目をカズキに向けるアキに笑いながら手を振って見送る。
変装し終えたアキと一階の店に足を運ぶ。アキはブロンドの長髪のウィッグを着けていて伊達眼鏡をかけていた。女主人の趣味を疑ったが幸いにも気付く客はいない様である。
店内はL字型に折れた木のカウンターと同じく、木で出来たテーブル席が十席。床も木で出来ていて歩く度にギシギシという音がして何処か味がある。カウンターの後ろの厨房からは何かを炒めている音が聞こえ香ばしい匂いが辺りを漂う。
相変わらず店内はとても活気があって老若男女が入り交じり満席の状態となっていて、給仕と思われるメイド姿の女性が行ったり来たりしていた。
入口のドア前で立ち止まっていると、先程の女主人が気付いてくれた。
「ほら、アンタ達、今日はもう飲み過ぎだから帰りな!」
「えぇー、マジかよ、ママ〜」
女主人は二人の中年男性を店から追い出し、その空いた席に座らせてくれた。
「さっきのお客さん大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。この店でアタシに文句を言う客はいないよ。それより、腹一杯になるまでどんどん旨い料理を持って来るからね。男のアンタはしっかり色を付けて支払いしておくれよ。まぁ、店はうるさいけどね。ゆっくり二人で話したら良いさ。言い忘れていたね、アタシの名前はサワコだよ。担当のメイド寄越すからね。ハーハッハッハッハッハ!」
再びカズキの背中を強く叩いて女主人は厨房の中へと消えて行った。
暫くすると一人のメイド服姿の小柄な女の子が大層大きなジョッキを二つ抱えてやって来た。
「ユニなのです。このテーブルを担当しますので、よろしくなのですっ」
ハキハキとしゃべる彼女の髪は黒髪のツインテール。化粧っ気も余り無くて、淡い朱色のリップをしている以外はアクセサリーなども着けておらず特に飾りっ気も無い。
だが、ぱっちりとした二重の目に小さな鼻、可愛らしい口に幼顔。それでいて豊満な胸を持ちギャップ萌えも相俟って彼女にはそんな飾りっ気など必要無いと思わせる。
(話し方からして未成年か……? それにしても目のやり場に困るって言うか……)
「ユニはもう十六歳で成人なのです! 後、目が嫌らしいのです!」
「ぬわぁ! 見てません! 済みません! でも、何で考えているのが解ったの?」
「目は口程に物を言うのです! まぁ、健全な男の子ならユニの胸を見てしまうのは仕方ないのです。でも、気を付けるのです」
「あのぉ……考えているって、言ってしまっている様な……」
「このお酒はサワコママからなのです。駆けつけ三杯ぐいっと飲むと良いです。お酒を飲むと良く話せるだろうって。直ぐに新しいのをお持ちしますのです」
そう言うと彼女は直ぐさま厨房の奥へと行ってしまった。
ポカンとしていたが折角だからと二人は酒を口にした。大きなジョッキに入ったエールと呼ばれる酒はキンキンに冷えており渇いた喉を潤した。
今日一日ずっと歩いてきたカズキには堪らない一杯だ。一気に飲み終えジョッキをテーブルに置くと、同じく一気にエールを飲み干したアキがジョッキをドンっとテーブルに置いた。
「す、凄い……。まさかの酒豪女子?」
「済みませんっ。凄く美味しかったんで、その、つい……」
顔を赤らめて俯く姿に有名人としてでは無く、とても親近感が湧いた。
酒の力もあって二人は自然に話を始めた。カズキはありのままを話した。ウィクトリアからジュノーに移り住み職員となり、ジュノーを追い出され旅を始めた事を。
「そう、ですか……。そんな事が……。でも、俯かないで下さい。女神様は見てくれています。きっと、これから素敵な出会いがもっともっとあって笑える未来が」
「はは。ありがと」
一方のアキも様々な話をした。声優になったきっかけも教えてくれた。
「声優になったきっかけは前の戦争なんです。昔、優しい声だねって言われた事があったんです。それならこの声で戦争の無い社会を訴えられないかなって。その時、三人と出会って一緒に活動を始めたんです。他の三人とは生まれも歳も違うんですけど、生まれの違う四人が一緒になって活動する素晴らしさを世間に伝えられたらって[星詠みの調べ]が出来たんです」
(凄いな、この子。もう、自分の居場所を見付けて……。それに比べて……俺は……)
「あの、どうかされましたか?」
「えっ? いや、ごめん。何でも無いよ」
(悪い癖だな……。直ぐに悩んで考え込んで……)
一つ驚いたのは彼女の叔父がカリオペ公国代表のコワタだと聞いた事だ。
そう言えば、アキに気付いたサワコが一瞬言葉を詰まらせたのはそれが理由だろう。
仲間を探してくれというのはやはりメンバー三人。そして、カフカセローに連れて行って欲しいというのは彼女自身が国の内情で何か確かめたい事があるらしい。
それが何かというのは唯一口を濁し、先程とは打って変わって元気を無くした。
思い詰めた表情を見せるアキにサワコママがやって来てアキに優しく微笑んだ。
「大丈夫だよ! アンタの事ならカズキがきっと協力してくれるよ。じゃないと解っているんだろうねぇ。アキを泣かせたらアタシが許さないよ!」
「痛ぁ!」
再びバチンと背中を叩かれた。痛いと表情を歪ませるカズキにアキは微笑む。
「カズキ、前だけ向いて自信持ちな。アンタのお陰でアキは笑えたんだよ。色んな悩みもあるだろうが我武者らに動けば良いさ」
「サワコママ……」
「それに、アンタが動いたからアタシみたいな良い女に出会ったんだ。そうだろう? ハーハッハ!」
「そ、そうだね」
「さぁ、アタシは今日機嫌が良いんだ。全員一杯飲ませてやるから今日の出会いに乾杯しようじゃないか!」
周りから一斉に歓声が上がる。飲めや踊れやの楽しい時間は夜遅くまで続いた。
「もう起きたのかい。良く眠れたかい? コーヒー飲むだろう?」
「おはようございます。いただきます」
着替えを済ませ店へと入った。昨日のどんちゃん騒ぎが嘘の様に店内は閑散としていて歩く度にギシギシと鳴る床の音だけが店内に響く。
サワコママに断りを入れてスパコンを操作し眼前にモニターとキーボードを映し出す。
昨日、ジュノーにいるエイコウにメールしていたのだ。
内容は国境付近で保護された[星詠みの調べ]の一人についてと、残りのメンバーについてである。アキが一緒にいるのも伝えていて案の定エイコウからメールが来ていた。
〈保護されたのはマユです。残る二人の情報は未だありません。マユに目立った外傷はありませんが、様子を見て二・三日入院させます〉
アキに見せてやって欲しいと写真が添付されていた。
「おはようございます、カズキさん、サワコママ」
「ああ、おはようアキちゃん。丁度良かった。見付かった仲間の写真が届いているよ」
「ほ、本当ですか? あっ、マユ……。良かった……。本当に良かった……」
アキと一緒に写真を覗き込む。頭には包帯が巻かれているが見た目元気そうである。
「良かったねって、でええっ? マユって、あのマユ? 嘘?」
思わず声が出たのはマユがクレハの娘の一人だと気付いたからだ。芸能活動をしているのは知っていたが、まさか、声優ユニットとしてアキと一緒に活動していたなんて。
(俺はアホか……。それに……)
ケイタに名前を聞いた時も全く気付かなかった。相変わらず世間に疎く鈍感だと嫌気が差してしまう。
(そっか……あの時、セシリア達は俺に気を遣ってマユの事隠していたのか)
「アンタ、まさかとは思うが知り合いだったのに[星詠みの調べ]だったって気付かなかったのかい?」
「あー、そのまさかです……」
「カァーッ、アンタ、本当に大した男だよ。鈍いにも程がある。ハーッハッハッハ!」
「カズキさん、ポカーンです……」
「済みません……」
カフカセローまではここから車で南に半日程掛かるらしい。二人を大いに気に入ったサワコが使っていなかった車を貸してくれた。
「何かあったらいつでも帰っておいで。その時はまた美味い飯を食わせてやるから。カズキ、アキを守ってあげるんだよ。とにかく我武者らに動けば良いさ。どんな時でも笑顔だよ。大丈夫だ」
「うん。約束するよ。ありがとう、サワコママ」
「ありがとう、サワコママ。絶対にまた来ます。行って来ます」
車を走らせるとアキは最後まで手を振って別れを惜しんでいた。
日も暮れる頃ようやくカフカセローの街を目にする。巨大な煙突が天を貫き、もうもうと煙を上げ、色気の無いコンクリートの建物が建ち並んでいるのが遠目からでも確認出来る。
車を止めて運転から介抱される。背伸びすると固まった身体が解されて痛気持ち良い。
今回は問題無く宿を確保し簡単な夕食を済ませると、カズキはアキに呼ばれ部屋を訪れていた。
ベッドの隣にある円テーブルを前に座ると、神妙な面持ちのアキが口を開いた。
「カズキさん、少し時間を下さい。一人で調べたい事があるんです」
翌朝早くからアキは一人外出した。次の日の朝も。
(今日も朝からか……。何も理由を聞かずにオッケーしたけど、ちょっと心配だな……)
そんな中、とうとう夕方のニュースでウィクトリアの声明文について緊急会見が成された。テレビの画面に映るのはカリオペ公国代表コワタである。
『恰も黒の鎧装者が我が国の者だと決めつけての内容ですが事実ではありません。我々は対話による交渉を最後まで続けて行きます。ですが、万が一に備え国防本部の指揮に従って国民の方々は避難をお願いします。最後に、どうか上を向いて生きて行きましょう』
切実に訴え会見は終了する。五分程度の放送であったが上を向いて生きて行こうという言葉がとても印象に残り胸を打つ。
時同じくしてジュノーでも緊急会見が行われていた。争いに関し一切関与しないと伝え会見は終了したのだが、こちらは当事者じゃ無いが故に訴えかける重さが違う。
アキは翌日も朝早くから出て行く。夕方はとっくに過ぎているが未だ帰らない。
(今日は特に遅いな……。心配だ。ちょっと探しに行くか。それなら、宿に……)
街境にある工場は街灯も疎らで、暗い路地が周囲を囲んでいるのだが、そこでアキは見知らぬ黒ずくめの男から不意に声を掛けられた。
「声優[星詠みの調べ]のアキ様ですね?」
「だ、誰……? 私に何か……?」
「やはり、そうでしたか……」
男は腕に装着した無線で誰かに連絡を取り、連絡を終えると小型の銃を取り出した。男の鋭い眼光からアキは蛇に睨まれた蛙の様に指一本動かせず、ガタガタと身体が震える。叫びたくても恐怖の余り声にならない。アキに銃口が向けられる。
「おやおや、軟派にしては下手くそですねぇ。彼女居ない俺にだって解りますよ。素敵なレディーには優しく声を掛けないと嫌われますよ」
一瞬辺りがチカッと光り輝き、また元の暗闇へと戻る。横をゆっくりと通り過ぎる声の主を僅かな明かりを頼りに目を向けると、暗闇から姿を現したのは紛れもなくカズキだった。
「おっと、下手に動かないで下さいよ。悪いが写真を撮らせていただきました。仮にあなたが何かしようものならスパコンから情報が流れて、あらゆる方面に流す様になっています。そうなると、あなたも足が付く。俺に気付かれた時点であなたの任務は失敗の筈だ」
直ぐに男の無線から退却せよとの連絡が入ると男の姿は暗闇に消えていた。
「もう大丈夫。それよりもごめん。気になって見に来ちゃった」
アキは首を横に振って答える。黙って俯いているとカズキがゴソゴソと何かを取り出した。
「夕飯未だだよね? 出る前に宿にクリームパンとチョコパン用意して貰ったんだ。どっちが良い?」
パンを取り出したカズキの姿を良く見ると、汗ぐっしょりになっていて呼吸も乱れていた。
(ずっと探し続けていてくれたんだ……。それに……)
「カズキさんっ! ごめんなさい」
今尚、出歩いていた訳を聞こうとしないカズキの優しさに大粒の涙が溢れ、気が付くとカズキの胸に飛び込んでいた。
「ぬわぁ! 駄目、駄目。汗かいてるから汚れちゃうって。だから、その、なんだ……」
「うーうん……」
「いや、その、何だ、えっと、あの、やっぱり〜、その、ジャムパンが良かった?」
カズキは胸の中で泣き続けるアキに緊張してトンチンカンに頭を掻いて聞き直した。
「ぷっ、クスクスクス……チョコパン」
アキに笑顔が戻った瞬間だった。
工場が見える近くの空き地で、階段状に積まれた木材を椅子代わりに二人は夕飯のパンを口にする。アキがチョコパンでカズキはクリームパンだ。少し固めに焼かれた丸いパンは食べ応え充分で、中のクリームの甘さが走って疲れた身体を癒やしてくれる。
周りはとても静かで風で飛ばされた紙くずがコロコロと行き場を探し転がっている。
暫くするとカズキが問わずしてアキが話し始めた。
「カフカセローはカリオペ公国軍直轄の兵器工場が多く存在するんです」
「うん……。知ってるよ」
「黒の鎧を開発していたんじゃないかと思って調べていたんです」
「やっぱり、そうだったのか……」
カズキは納得した。そう考えていたからこそ工場周辺に当たりをつけ探していた。アキの身分からして正体を明かし調べるのは可能だ。だが、そうすると隠蔽される恐れもあるので正体を隠し秘密裏に調べていたのだろう。
「それで、最後に突き止めた情報が明け方に軍がこの工場を訪れるって聞いて」
ハムナバーグへの攻撃が明日の十八時であるにも関わらず、この軍の行動はいささか変に思えた。だからこそアキは侵入を試みたのである。
(こうなるのも俺の運命だったのかもな……)
「……解った。ここまで来たら乗りかかった船だ。一緒に調べてみよう」
二人はここで軍の到着を待ち何が行われるのかを確かめる事にした。
余程疲れていたのだろう。深夜二時を過ぎた辺りでアキはカズキの肩により掛かってすーすーと寝息を立てていた。気の張った状態が続いていたに違いない。
動きがあったのは明け方五時。何台もの車の音が聞こえたので慌てて身を隠す。そのせいでアキが目を覚ましたので口に指を一本立てて、しぃーと細心の注意を払い横目で確認する。
七台の車が工場の敷地に入ると何人もの軍服姿の者が慌ただしく中へと入って行った。
意を決した二人は反対側の工場に隣接する宿舎からの侵入を試みる。幸いにも宿舎の中に人のいる気配は無く、総出で作業に当たっているらしい。
運にも恵まれた所で二人はエレベータを利用し二階に行くと、渡り廊下を抜けて工場内に入った。エレベーターホールの両横から建物の外周を沿う様に柵付きの通路があって、そこから下の様子を窺う。
[GG]は開発されていた。
二人は移動して小部屋に入ると、アキは落胆し両膝から崩れた。
「解っていたんです。[GG]と称される鎧を戦争の後、何処の国も開発していたのは。だからって信じたくなかったんです。叔父様がそんな兵器を持つだなんて。だって、巨大過ぎる力はまた新たな悲しみを生むに決まっているから。その道をこの国も歩んで欲しくないから……」
アキの家族も戦争の犠牲になった。巻き込まれた人を救おうとして逃げ遅れ犠牲になった。アキはがっくりと頭を垂らす。さらさらの髪がアキの顔を隠し表情が窺えない。
「……君には俺の事……話しておかないといけないね」
「え……? カズキさんの事?」
涙目のアキが首を傾げカズキに注目すると急に工場内の警報音が高らかに響き渡り、追って悲鳴と共に発砲音が何発も耳に入って来る。
「なっ、発砲音? いかん! 話は後だ。逃げるよ、アキちゃん!」
カズキはアキの手を引いて二階のエレベーターホールへと出たが、渡り廊下に繋がる入り口が緊急ロックされ宿舎側に行く事が出来ない。やむを得ず階段を用いて一階に辿り着いたものの出口は反対側で、二人は踊り場で足を止めて事態の収束を待つしか無かった。
発砲音が止んだので身を隠す様にして様子を窺う。そこには四人の侵入者の姿。カリオペの軍服姿の者が何人も倒れている。別の軍服姿の者も血を流し倒れている。反撃に遭って死亡したのだろう。
「やっぱりこいつら隠してやがったぜぇ」
「良いから早くしろっ。時間が無い。ベクトル、録画はどうだ?」
「既に本部に録画データを送付済みです」
(録画データの送付……。まさか、ウィクトリアの?)
カズキは会話の内容から侵入者がウィクトリアの軍人だと直ぐに判断して堪らなく嫌な予感が脳裏を過ぎった。
「よし、作戦通り鉱石を奪って退散するぞ」
工場内のカプセルから鉱石を手に取った二人の男がスパコンを操作すると、辺りが光り輝いて光が収まると二人は赤と黄色に輝く鎧に身を包んでいた。男を叱りつけた者も同様に黒光りしている鎧を身に纏う。最後の一人が紫に光り輝く鎧を身に纏い終わると片指を立てた。
「おい、もう一つはどうすんだよ?」
「ジーンがやられてしまっては仕方ない。お前が持つんだ、バーサル」
「ったく、人をこき使うねぇ、アランさんよぉ」
バーサルと呼ばれた男が最後に残るカプセルに向かおうと振り向いた瞬間、パァンと銃声が鳴り響いたが、鎧を纏った男は簡単に手の平で銃弾を掴み取った。
銃口を男に向けるのは既に全滅したかと思われたカリオペ軍服姿の若い女であった。女はカプセルから小さな鉱石を取り出し、直ぐに煙幕弾を放り投げて辺りから視界を奪う。
工場内の白い煙がやがて消え始める。横目で見ると倒れた機械に丸くなって身を隠す女の姿が見える。倒れる機械の上に立った紫の鎧の男がとうとう女を見付けた。
「あなた達に奪われるくらいなら!」
女は叫んで、右腕に左手を当てると身体が光り輝き出した。光が収まると何とそこには白い鎧を身に着けた女が立っていた。
初めて女の姿をはっきりと確認すると、腰の辺りまで伸びたウエーブの黒髪。何処かあどけない感じがするのは彼女が未だ若いせいだろう。その姿を見てアキが酷く驚いた。
「そんな……マイカなの……?」
どうやら二人は顔見知りらしい。白の鎧を身に着けたマイカは紫の鎧の男に攻撃を仕掛けるもどれも単調で、しかも動きがかなり遅く、攻撃の反動で蹌踉けて転んでしまう。
男が大笑いし腹を抱える。そこでマイカの放った拳が男の顔面を捉えた。男の顔がみるみる怒りに染まる。男の放った拳がまともにマイカの腹にヒットする。身体が前に倒れた所に更に男が放った蹴りが胸の辺りにヒットし壁に吹き飛ばされた。
丁度カズキ達がいる非常階段の辺りだ。壁を突き破り、煙を上げる。崩れた壁が山となり男達から見えない状態でカズキ達はマイカと対面した。
「マイカっ! お願い目を開けて!」
「う……うん……アキ、アキなの? どうして、どうしてここに? それよりも……早く逃げて……」
「いやっ! マイカも一緒に」
アキは首を横に振って断固動かない。マイカは隣にいるカズキの存在にも気付いた。
「どなたか存じませんが、どうか、アキを連れて逃げて下さい」
マイカは懇願するが、アキはマイカと一緒じゃないと嫌だと泣いて同じく懇願する。
アキに身体を揺すられる。顔をくしゃくしゃにして必死に訴える二人の形相を目にして思わず他所を向いた。目を閉じ眉間に皺を寄せた。
(後悔するな、カズキ……)
カズキは目を開き一つ深く息を吐いた。
「……マイカさん、武装を解いて[女神の涙]を俺に……」
「え……? まさか、カズキさん……駄目! そんなの絶対に駄目!」
カズキが何をしようとしているのか勘付いたアキがカズキに駄目だと腕を掴む。
「大丈夫だよ……。後悔したくない……。俺に出来る事、したいんだ……」
「おんやぁ。隠れちまったのかねぇ。面倒だ。ぶっ放すぜっ!」
バーサルは両腕を組むと獣の口を形取り、そこから凄まじい勢いで粒子砲が発射されると粒子砲は崩れた壁にぶつかり、コンクリート片を激しくまき散らし白い煙が上がる。
「だ、誰だ? テメェはぁ!」
バーサルが声を荒げ三歩後ずさると、煙の中に立っていたのは白く輝く鎧を身に纏い、粒子砲を左手の平で受け止めているカズキだった。
白に輝く鎧はカズキの頭や胸、腰、肩、両腕、両足に纏われ、背中からは大きな翼とも言うべき白い羽が付いており、広げれば身体を覆ってしまう程だ。驚くべきはマイカが装着していた時とはまるで別の様に白く輝き放っている。
左手を握りしめる。すると、粒子砲は音も無く消え去ってしまう。赤と黄色の鎧を纏う装者も加わり三人が一斉に技を放つが、カズキは両手の平を頭の上で重ねる様にしてその手を横に開いた。すると、キラキラと淡く光るカーテンの様な物が前に現れ全ての技を無効化させる。
直ぐに腰の鞘から弓を召喚させると、もう一方の鞘から水鳥の羽の様な矢を取り出して放った。矢は途中で三本に分かれ、技を繰り出そうとしていた三人の腕を射貫いて凍結させる。
「な、何なんだ、テメェはよぉ!」
「よせ、バーサル! 我々には時間が無い。引き返すぞ!」
「うるせぇ! このまま黙ってやられる訳には! ぐ、はっ……」
さっきまで威勢の良かったバーサルが何故か急に苦しみ出した。
「いかんっ! ベクトル、ラディ、退却するぞ。既に時間は過ぎている。退却だっ!」
アランが叫ぶとベクトルとラディの二人はバーサルを抱え天井に粒子砲を放ち、穴を開けて四人はそこから退却した。
今まで聞こえなかったウーッというサイレンが聞こえる。隠れていたアキとマイカが姿を現すと、カズキは武装を解除してスパコンから鉱石を取り出し、マイカに差し出した。マイカは手を差し伸べ鉱石を受け取るが驚きで声が出ない。
「カズキさん……その、何故……?」
「うん……。さっき、話せなかったね。ウィクトリアの[GG]装者として育てられたんだ。俺……」
そう言ったカズキの表情はとても悲しそうだった。
応援に駆け付けた軍の兵士にマイカはテキパキと指示を出す。自分も傷付いているだろうに部下に指示を送るマイカはきっと責任感の強い子なんだろう。
「あなたは軍の[GG]を簡単に扱いました。このまますんなりと此処から帰す訳には行かないわ。ご同行下さるかしら?」
「そんな……カズキさんが助けてくれたんだよ」
「解って、アキ。アキも一緒に来てくれる?」
マイカは二人を別々にトラックの荷台に乗せた。荷台には窓が無く外の様子を一切窺えない。
(手錠もされずスパコンも取られていない。何か理由があるのか?)
スパコンの時計に目をやると夕方の四時を過ぎていた。ようやく車が止まりシートが空けられて降りる様に言われると、空は赤く夕日が沈む所で太陽から伸びた暖かい光が身体を包む。眩しくって目を逸らし、太陽と反対側に身体をやると大きな建物が目に入った。
飾り気の無い大きな建物は四角い箱という表現が相応しい。均等に並んだ窓と最上階のベランダだけが唯一の装飾と言っても良い。それでも外周は背の高い壁で覆われ、多くの見張りはこの建物が重要な建物であるのを物語っている。
(やっぱり、国防か……)
マイカが先頭に立ちエレベーターに乗ると五階のボタンを押した。扉が開くと直ぐ両脇に銃を抱えた兵士の姿があって少しドキッとする。
ドアをノックしマイカが名乗り中に入る。部屋の中はかなり広く、正面の一番奥には巨大なモニターが。部屋中央には長方形の大きなテーブルとソファーがあって、ソファーに座っているのは紛れもなくアキだ。巨大モニターの右横にはデスク。デスクの上には無造作に置かれた何枚かの書類とブランデーグラス。デスクの隅には小さな釣鐘に似た花が。
そして、デスクに座る一人の中年の男。マイカに促されてアキの隣に座る。中年の男が手を上げて部下の者達に席を外させると、デスクから移動しソファーに腰を下ろした。
「この様な真似をして済まなかったね。どうか無礼を許して欲しい。私が誰か知っているかね?」
「……はい。カリオペ公国のコワタ代表ですね」
「うむ。知っていたかね。話は全て聞いたよ。君はここにいる二人を助けてくれたそうだね。聞けばアキは何度も君に助けられたそうじゃないか。改めて礼を言うよ」
「いえ、そんな……」
「アキもマイカも同い年でね。小さい頃から二人共お転婆で。大きくなったら少しは変わると思ったんだが、相変わらずやんちゃな二人でね。ハハハハハハ」
急に話を振られた二人は顔を赤らめる。カズキはコワタの真意を測りかねていた。カズキが難しい顔をしていたのを悟ったのかコワタは急に話題を変えて話し出した。
「ところで、君は今回の黒の鎧の一件についてどう考えているかね?」
いきなり核心を突いた質問に一瞬戸惑ったが、ここ二・三日で感じた素直な考えを述べる。
「黒の鎧に関してカリオペは一切関与していないと思います」
「ほう、それは何故かね? 君も[GG]の開発現場を目の当たりにしただろう。それを見てもカリオペが関与していないと言い切るかね?」
「はい。確かに[GG]を開発していましたがそれは何処の国とて同じです。巨大過ぎる力から自国を守る為にはそれと同等の力が必要になります。嘗ての戦争で[GG]が生み出された以上、ウィクトリアだけが[GG]を所有するのは国の政治として考えられません」
「では、やはり君はカリオペが黒の鎧に関与していると?」
「いえ、会見を見ましたが代表からは国民を愛する思いが伝わって来ました。力を振るうだけでは上を向いて生きて行こうなど言わない筈です。だから、今回また戦争を繰り返そうとする行動をあなたがする筈がありません。勿論、ジュノーのクレハ代表も」
カズキは偽り無く正直に今の自分の思いを話した。
「巨大な力は新たな悲劇を生む。だから、前の戦争であれだけ多くの人が犠牲になった。巨大な力を得る前に人は悲劇を生む事に気付くべきであり、気付ける筈だった。負の連鎖を始める前に。でも、今はもうその思いだけでは……」
コワタは目を閉じていてカズキの話を聞き終わり三度頷くと、ゆっくりと目を開いた。
「そう言えば君の名前を未だ聞いていなかったね。教えて貰っても構わないかな?」
「カズキ、カズキ・トウヤマと言います」
カズキの名前を聞いた途端、コワタは何かに納得した様子で席を立ち、デスクの引き出しから一枚の写真を取り出しテーブルの上に置いてカズキに見せてくれた。
肩を組む二人の若い男。良く見るとそれは若かりし頃のクレハとコワタである。
「驚いたかね? 私の父は南部の出身だが母の生まれはジュノーでね。幼少期はジュノーで過ごしたんだよ。その時の友人がクレハでね。昔は良く二人で定期的に酒を飲んだものさ」
昔を語るコワタはとても嬉しそうである。
「実はお互い代表になってからも何回か二人で酒を飲んでね。その時にクレハが嬉しそうに子供の話をした事があった。君も知っての通り彼には二人の娘がいるが、息子はいなかったからね。女房を早くに亡くして男一人で娘二人は大変だろうと話したら俺には二人息子がいると。その二人の息子の名前がエイコウとカズキ。そう、君の名前だったよ」
胸が熱くなった。血の繋がらない自分を息子として呼んでくれた事が嬉しかった。
「そうか、君だったのか……。君だから[GG]を扱えたんだな……」
コワタの意味ありげな言葉に、アキとマイカが首を傾げる横でカズキは静かに頷く。
「その事はクレハからも聞いていたよ。君も負の連鎖によって辛い思いをしたね……」
静けさを打ち消すかの様に不意に通信のインターホンが鳴った。
「どうしたのかね?」
『代表、我々の申し出は受け入れられないそうです』
「そうか……では、手はず通りに……」
通信を切る。時計の針は十七時半を回ろうとしていた。テーブルの横に付いているボタンを押すとテレビが映し出された。画面に映る太った男は、間違いなくウィクトリア代表のオスロである。オスロから映像が切り替わると、そこに映し出されたのは朝の工場の出来事だ。
『これは本日朝の映像である。見ての通りこれは[GG]を開発するカリオペ公国の本当の姿です。皆さんもご承知の通り式典においてウィクトリアの有能な人材が数多く犠牲となった。それは何故か! 全ては黒の鎧。新たな[GG]によるものである。我々は黒の鎧装者の身柄の引き渡しを要求した。しかし、結果は要求には応じられないとの回答であった』
片手を机にドンッと打ち付けてオスロは熱弁を振るう。
『その平和を揺るがさんとする行為は決して許されるものではない! 非常に残念ですが私自らが前線に立ち、笑顔を取り戻す聖戦に踏み切ります!』
とうとう黒の鎧がカリオペ公国の所有物だと決め付けられて全世界に放送されてしまった。
「オスロめ、自分が神にでもなったつもりか……。残念だが戦いは避けられそうに無い。ずっと対話を求めていたんだがね。我々も黙ってやられるつもりは無いが、いずれウィクトリアは[GG]部隊を投入して来るに違いない。承知の通り我々にも[GG]部隊は存在するが一つ問題がある。そうだろう、カズキ君?」
アキとマイカは意味が解らなかった。皆の視線がカズキに向くと寂しげにカズキは答えた。
「はい。[GG]は放出するエネルギーと均等に装者から自我や力を取り込みます。放出する力が大きければ大きい程、装者へ反動が返り、その反動に絶えきれなければ装者は潰れてしまいます。嘗ての戦争で[星々の執行人]はその反動を受けました。ある者は発狂し我を失い、ある者は五感を奪われて植物人間となり死にました」
「でも、私が装着した時にはそんな事……」
「鎧の力を引き出していなかったんだよ。だから、唯の重たい鎧でしか無かった」
「確かにあの時、単に重さで身体を振り回されたわ」
「そこで必要になるのが鉱石に選ばれた真の適性を持つ人間。訓練された人間。何れにしても[GG]の力に打ち勝つだけの思いや力を持った装者です。そして俺は[GG]の力に打ち勝つべく、国によって遺伝子操作による人体実験をされ、生き残った最初の一人です。そして、兵器として扱われようとする俺を逃がす為に、母は俺とジュノーに移り住みました」
アキ達は驚きを隠せなかった。いくら[GG]の巨大な力を手に入れるとはいえ国が人の遺伝子を操作し人体実験なんて。だが、カズキが発揮した力は紛れもない事実だ。
「例え[GG]を纏えても身体へのリスクがある。そう考えると、前の戦争で[GG]装者の限界を知っているウィクトリアとカリオペでは、きっと大きな差がある」
「その通りだ。きっとオスロの事だ。その問題に何らかの対策を講じている筈だ。鉱石の力を使わないギアも量産しているが、それでは本物の[GG]相手には無理だろう」
皆が沈黙の中、コワタが時計を確認する。時計の長針が十二を過ぎるとモニターにはチカチカと赤い光が点滅し湾はドゴーンという大きな音と共に黄色い光の帯に包まれた。
コワタはその様子を見ていたが何も語らずモニターを消した。
「カズキ君、惨い様だが君はこの先、その持っている力が故にきっと戦いに巻き込まれて行くだろう。だが、その力は思いがあれば単なる暴力にならない」
「思い……?」
「そうだ。君の過去は耐え難いものだ。だが、君ならば今また混乱しようとする世界をきっと救う事が出来る。平和の思いを[GG]に。先程の話で理解した。君も今また混乱しようとする世界を憂う一人ならば、人々の笑顔の為にどうか君の力を貸してくれ。君の装者としての力が必要なんだ」
「……装者としての……俺の……」
「そしてアキ、前の戦争で既に巨大な力を手にしている今、お前の考えが理想論にしか過ぎないのは聞いて理解しただろう。だが、お前の平和を愛する考えは間違っていない。お前には人の胸を打つ声がある。カズキ君の力とお前の思いの力が一つになれば、それは何よりも強大な力となって人々を笑顔にする事が出来るかも知れん。お前はその声の力でカズキ君と共に戦いなさい。そしてこの花の花言葉の様に、お前の思いを声に出して皆に届けるんだ」
デスクにある釣鐘に似た花はカンパニュラ。花言葉は思いを告げる。
「マイカ、お前は若くして兵を纏め、それを率いるだけのカリスマと天賦の才がある。お前は二人と共に行動し、その力で支えてやって欲しい」
コワタの言葉に何故か合点が行かない。まるで今生の別れの様な言葉に聞こえる。
「叔父様……一体何を……」
「三人とも明日直ぐにこの国を離れなさい」
驚く皆を片手で制しコワタは強張った表情で続けた。
「君達の戦いは未だ始まったばかり。君達は希望の種だ。君達の思いの花を咲かせ、その思いを世界に広げなくてはならん。思いある者が井の中の蛙では何も生まれやしない。思いを届けるのだ。それに、今生の別れとなる訳でもあるまい。二人の成長した姿を未だ見せて貰ってないからね。私にとって二人のウエディングドレス姿を見るのは夢だからね。ハッハッハッハ」
そして開戦二時間後、空に花火の様な信号弾が上がり最初の戦いは終わりを告げた。
式典から一週間後、シゲキとアキユキはウィクトリアのレミーユ駐屯地を訪れていた。
ドアがガチャリと開いて現れたのは髪の長い軍服姿の女である。
「お久し振りです、サラーナ議長」
二人は女の姿を見ると共に起立して揃って挨拶をした。
サラーナはウィクトリアにおける上院議会の議長であり軍司令長官として実質No.2に当たる。人柄はとても穏やかでタカ派のオスロに対しハト派のサラーナとも呼ばれる。
ブロンドの長い髪を後ろで一つに束ね、顔には皺など一切無く、程良く伸びた眉にくっきりとした目鼻立ち。少し濃い目のルージュが上品さを醸し出している。その外見から、とても若く見られるのだが、実際、年齢は四十五歳で聞いた者を驚かせる。
首には赤いバラのネックレス。サラーナ隊にはこのバラが徽章として描かれている。
「本当久し振りだわ。最近活躍しているみたいね。そんな二人が私に会いに来るなんて」
「実はお世話になったサラーナ議長に相談に乗って欲しいんです」
「そうなんです。今、シゲさんと悩んでいまして……」
ウィクトリアには兵役制度というものが存在する。他国に無いこの制度は年齢が十二歳から十五歳になる少年少女を対象に、国が無作為に兵役対象者を抽出し、兵の訓練を行う決まりとなっていて、偶然にもシゲキが十五歳の時、アキユキが十二歳の時に同時に兵役された。
丁度二人が兵役した際の教官がサラーナだった。多感な時期を共に過ごし、今のお笑いの仕事を後押ししてくれたサラーナは、二人にとって信頼出来る人物だった。
「二人がそんな顔をしているのは余程の事ね。式典の事件と関係しているのかしら?」
「はい。俺達はずっと戦争で失われた笑顔を取り戻す為に頑張って来ました。あの日もみんな笑っていたんです。国は関係無くみんなが。それなのに一瞬で笑顔が消えたんです」
「せやから、アキユキと話しました。人の辛い顔を見―へん様にするには、どないしたらえーのか。でも、具体的に何をして行ったらえーのか解らへんのです」
「そう、ですね……。確かにあなた達二人の言う様に人は笑顔のまま過ごせるのが一番です。では、何故また悲しみが生まれるのか……。それは、一部の人達の欲によって生み出されるからでしょう。嘗ての戦争で我が国も鉱石の力に魅せられた一部政治家の欲が戦争を招き多くの犠牲を生んだのは同じウィクトリア人として反省すべきだと私は思います。では、今生きている私達がどうしていけば良いか……。それは、一部の人の強大な欲から皆を守る事ではないかと思いませんか? そうすれば、いつも笑っていられる世界がそこにはある筈です」
「そんな事が出来るなら一番だよ、シゲさん」
「あぁ、せやな。サラーナ議長、ほな、具体的にどないすれば?」
「そのままの意味です。今回の事件は新たな黒の鎧が切っ掛けになっているのは知っていますね? そうなると、新たな武の力によって欲を得ようとしていると考えられる。私も無駄な戦いはしたくない。でもね、人々の笑顔を守る為には、そうした欲から人々を守らないといけない。だから、その欲が生み出す力と戦うのよ」
二人はサラーナの話に大いに納得し、互いを見合い大きく頷いた。
「議長、俺達にもお手伝いさせて下さい。もう、笑えへん世界は嫌や」
「うん、うん。シゲさんと二人、軍で何か出来ないでしょうか?」
「本当に二人には感謝するわ。ありがとう。共に笑顔の世界を目指しましょう。軍への復隊は私の方で手続きしておきます。それで、申し訳ないのだけれど明日また来てくれるかしら。この後の会議であなた達の復隊を報告して配属先も決めないと行けないから」
翌日の朝九時に再度二人はサラーナのいる駐屯地を訪れた。
「これが二人の制服。そして、これが二人のスパコンです」
二人は真新しいカラー付きの赤の軍服を手にし、スパコンを左腕に装着する。通常のスパコンは飾り気の無い大きな腕時計と同じだが、このスパコンはバラのデザインが施されている。
「そのスパコンは私直属の部下である証よ」
「俺もアキユキも軍を離れてかなり経ちます。それが議長直属の部下やなんて。いきなり戻って来て議長の直属の部下なんかなったら面白く思わへん人がおるんとちゃいます?」
「何を言ってるの。私はあなた達の力を認めています。あなた達の力は現場で示せば良いわ」
次にデスクより二つの小さなジュエリーボックスを取り出して開けてみてと促した。
そこには小指の先程の淡く光り輝く石。二人はそれが[女神の涙]だと直ぐに理解出来た。サラーナが認めていると言った力は、紛れもなく[GG]の装者としての能力だ。
「赤く輝く鉱石はエリダヌス。属性は火。緑に輝く鉱石はケフェウス。属性は風よ」
聞き慣れない言葉に二人は見合って首を傾げてしまう。
「あなた達は未だ知らなかったですね。[GG]の[女神の涙]には発見された際に既にエネルギーが蓄えられているわ。それは世界を構成する八つのエレメンツであるのが長年の研究により解ったのよ。エレメンツとは土・風・火・木・金・音・雷・水。そこで、八大要素の属性に特化した鎧とする事で更なる強化を目指したのよ。勿論、装者が持つ属性にも左右はされるのだけれど、一つの属性値が高い程、属性に特化した技の威力は増すわ」
「確かにそうなると場面場面で活躍の場が増えますね。例えば一方が火の技を使った後、もう一方が風で威力を上げるとか。それに、装者の属性ですか?」
シゲキがうんうんと相槌を打つ。
「相変わらず理解するのが早いわね。実はね、兵役時代の検査で二人が何の属性を持っているのか既に確認していたのよ」
「その頃から[女神の涙]の八大要素に気付いて検査を?」
アキユキの質問にシゲキは直ぐにサラーナに顔を向ける。
「そうなの。軍としては万全を期するために検査を実施してたのよ。それで驚いたのは、普通は属性が混ざるのだけど、シゲキは火、アキユキは風の属性に殆ど混ざりが無いの。これを正属性者と呼びわ。あなた達の性格や遺伝子が[女神の涙]の属性に強く反応したのよ。だから使い熟せる筈よ。それより早く[女神の涙]をスパコンに装着しておきなさい」
二人が作業を終えた所でサラーナは二人に会わせたい人がいると言って、若い男の軍人に連れられて入って来たのは二人の女の子であった。
「紹介するわね。ユキエとヨシカよ」
二人の女の子はこくっと軽く頭を下げた。
淡いオレンジ色のワンピース姿の女の子はユキエ。髪は背中の所で綺麗に揃えられていて色白で手足が長く、少し開いた胸元から見える谷間はスタイルの良さを物語る。胸以外に余分な肉は無くスレンダーだ。とても大人びていて正に美人という言葉が相応しい。
一方の薄紫色のワンピース姿のヨシカは、背はユキエより十センチ近く低い。髪型はボブでキノコの笠の様な形をしていて何とも可愛らしい。パチッと開いた二重の目。少し小さな胸の膨らみは背の低い彼女にぴったりマッチしていて、雪の様な肌が彼女の清潔感を表している。
「二人とも式典に出ていたなら知っているでしょう? 南ルーメンパルナで朗読劇をしていた[星詠みの調べ]の二人よ。あなた達と同じ、自分達にも何か出来る事が無いか保護した時に相談して来たのよ」
「気持ちは解りますけど、そら、危ないんとちゃいますか?」
「ここは軍です。何の経験も無い女の子二人が危険ですよ。辞めた方が良いです」
「勿論、今あなた達が思っている様に私も考えたわ」
二人の心を見透かした様にサラーナは言い払う。
「でもね、二人は断固として私が止める言葉を聞かなかった。寧ろ、自分達にしか出来ない戦い方があると言ってね。それは、自分達の声で世界中の人達に平和を訴える事だと言うの。確かに危険は付きまとうわ。でも、銃を撃たずに声の力で争いが無くなれば、それが一番でしょう。だから、私は彼女達の入隊を特別に議長権限で認めたのよ。それでね、あなた達が二人を守って欲しいのよ。逆にあなた達だから任せられると言った方が良いかもしれないわ」
二人は改めて彼女達の顔を見た。その顔からは何か力強さを感じるものがあった。
明朝六時になりレミーユの街を出発する。ジャンヌフェローへはカテドラルと呼ばれる大型トレーラーの様な車両で向かう。カテドラルはいわゆる動く基地だ。外見こそは只の巨大な箱だが、ジェットブーストはエネルギーを放出し、推進力に変える事で様々に移動出来て水陸両用だ。中には広範囲関知モニターや様々な機械が備わり、各種通信機器も搭載されている。
昨今どの国も同様のベースを製造していたが、空を飛べる機体はどの国も製作しなかった。それは滑走路が必要になり建設費も多額になるからだ。
出発して二時間。カテドラルがジャンヌフェローの予定地に到着する。
アレス湾一帯には既に多くの部隊が展開している。部隊の一番後ろにはサラーナ隊と同様の[GG]部隊を率いる隊の姿があった。隊長はヴァンヒル。ウィクトリア代表オスロお抱えの隊長だ。それに今このカテドラルにはオスロの自身の姿もある。
時計の針が十七時半を回り、オスロの口からカリオペによる黒の鎧の開発が放送されると、その三十分後、辺りは銃弾の音に包まれた。
翌日にシェルディールを離れる様に告げられたカズキは、未だ眠れずに最上階の大窓からベランダへと出て外の景色を眺めていた。目下に見える街並みはとても静かで美しい。
カズキは目を閉じて昔を思い出していた。
十三歳のある日、その日天気は非常に良かった。
空には雲一つ無くて澄んだ青空だけがどこまでも続く。
遊びに来ていた六つ下の叔母さんの子を引き連れて弟も一緒に公園に遊びに出た。
プラスチックで出来たバットにゴム製の白いボール。
代わり番子に打って守るだけの事が凄く面白くて気が付けば茜色の空になっていた。
三人共泥んこで額には水玉の汗。
家に帰ったら次は何をして遊ぼうか。
家に帰ると一人だけ応接間に座らされた。
テーブルの上にはキラキラした銀色封筒があって見れば自分の名前が書いてある。
封筒を取ろうとすると酷く両親に叱られた。
それに何処か悲しげでいつも元気な叔母さん達も何故か黙っていた。
すると、難しい顔をしていた父親が口を開いた。
「カズキ……お前は明日この家を出ないと行けない……」
翌日二人の兵士が家にやって来て着替えが入ったリュックサックを背負わせてくれた母親はずっと涙を流していた。
厳つい柵で囲まれた大きな建物に到着すると裸にされてローブを羽織らされてから大きな部屋に入る。
周りには自分と同じ位の男の子や女の子が同じ格好をして沢山いた。
直ぐに大きな注射で血を取られて属性とかいう班に分けられた。
ある日の事、訓練が始まる前に番号で呼び出された。
ここでは名前は呼ばれなくて与えられた番号で呼ばれる。
今日は風の組男子一番に女子一番。
次の日は火の組男子一番に女子一番。
不思議な事に呼ばれた子は皆訓練に戻って来る事は無かった。
皆は噂した。きっと家に帰れるんだよと……。
そしていよいよ自分の番号が呼ばれた。
水の組番号十八番。
(ようやく家に帰れる。弟達とも遊べる。大好きな両親にも会える……)
ウキウキした気持ちで兵士に着いて行くとそこは大きな筒が並べられた部屋だった。
筒の横には沢山の機械があって画面に人の姿のイラストが映し出されていて、その隣を何やら難しい文字と数字が下から上に流れていた。
直ぐに服を脱がされて沢山の針を身体に刺され色々なコードを着けられると、大きな筒の扉が横に開いて中に入らされた。
すると、足元から青い水がどんどん筒の中を満たして直ぐに息が出来なくなった。
必死に筒の壁を叩いても兵士の大人は知らん振り。
沢山水を飲んで苦しくなって身体が動かなくなって行く。
暗闇の意識の中、身体に刺された針から何かが体内に入って来る。
最初は両腕。両足。腰。腹……。
段々と心臓に近付いて来ると誰かの声が聞こえた。
「女子十八番失敗! 死亡確認。実験を中止!」
確かにそう聞こえた。
左胸に違和感を感じるととうとう心臓に何かが入って来る。
焼ける様な熱さを身体中に感じてドクッドクッドクッと激しく脈打つ。
全身がガタガタ痙攣して血が逆流して行く。
頭が割れる様に痛い。
自分がどんどん解らなくなる。
(痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。死んだ方がマシだ。うわぁぁぁぁぁぁ!)
「男子十八番成功です!」
「やった! これは世界を変えるぞ。直ぐに論文を纏めよ!」
固く握手を交わし互いを称え合う兵士達の姿を自分の目は確かに見ていた。
その後三ヶ月の時を経てようやく家に帰るのを許された。
今度こそ弟達と遊べる。大好きな両親にも会える。
だが、二年振りに会った父親の言葉は「おかえり」じゃ無かった。
「カズキ……。明日朝一番にお母さんとこの国を出てジュノーに行きなさい……」
カズキはゆっくりと目を開き大きく息を吐いた。
(そう……。俺はジュノーへと逃げて兵器として扱われるのを回避出来た)
流石のオスロも他国には手が出せなかった。
科学者である父は無事に帰って来た意味を直ぐに察したのだろう。
今では兵役制度はあっても人体実験は行われていない。
(俺の力、装者としての力……。それが俺の存在意義なんだろうか……)
「未だ眠れない様だね。では、少々眠くなるまで私に付き合わないかね?」
声を掛けられて振り返るとそこにはブランデーとグラスを持ったコワタの姿があった。
「はい……。お付き合いします」
注がれたブランデーを一口飲むとその酒は上品な甘みがあって角が無く、すっきりとしていて飲みやすいが、喉を通るとカッと熱くなり、かなり強めの酒なのだがそれが実に美味い。
「ハッハッハ。美味いかね。実はこの酒はカリオペで作られた酒なんだ。酒と言えばウィクトリアのジャンヌフェローが有名だがカリオペも負けていないだろう」
嬉しそうにコワタは酒を天に掲げて自慢すると、穏やかに話し始める。
「やはり、君は優しい男だ。顔に出ているよ。それに、何か迷っているのかね?」
「代表がおっしゃられた事は理解したつもりです。ですが、この先アキちゃん達を守って行けるかどうか。それに……俺の価値や居場所って戦場しか無いのかなって……。俺の力は人の欲によって上塗りされて得たもの……。思えばずっと煙たがれて来ました。そんな汚れた奴が正義の味方だなんて……。俺の価値って戦うしか無いのかなって……」
「君は本当にクレハの言った通りだな。先ずアキ達。自分よりも他人。そして、様々な事に対し悩み過ぎてしまう」
「済みません……」
「カズキ君、悩むのは良い。だが、そんな時は君の思うままに自由に動いてみなさい。それにね、君の価値や居場所は君自身が何を望み、どう思うかだ。決めるのは自分だよ」
「俺自身がどう思い、何を望むのか、か……」
そう言うとコワタは小さな宝石箱の様な物をカズキに差し出した。
「これは君に預けておくよ」
「こ、これは[女神の涙]! やっぱり俺には戦士としての価値しか……。戦場で欲に塗れた力を振るう価値の存在でしか……」
「カズキ君、確かにこれだけでは只の殺人兵器だ。でもね、君が何を望み、君自身が何を思い、君がどう決めるのか。欲に塗れた戦士のまま果てるのか。全ては君次第なんだよ。私はきっと君が自分の存在価値を認め、前を向いてくれると信じている」
「でも、俺はこんな力で戦いたくなんか……」
「それでも、嫌なのだろう? 人が傷付き苦しむのは。何とかしたいと思うのだろう? だからこそ君は[GG]を再び纏ったのだから」
「コワタ代表……」
「カズキ君、自分を大事にしなさい。引け目に感じなくて良い。だって、そうだろう? 君は悩みながらもアキ達を助けてくれたとても優しい人間じゃないか。君には強い思いがある。君は決してその力を自己の為に使う様な真似はしない筈だ。さぁ、受け取ってくれ」
「そこまで、俺を信頼して……。はい…‥」
「その青白く美しい光を放つ[女神の涙]はキグヌスだ。属性は水」
「属性……? そうか……属性が水というのは水に特化した鎧」
「その通りだよ。古来より水は優しさの象徴なんだ。君は水に選ばれた。そんな君だから託せるんだよ。君達は希望の種だ。カズキ君、どうかアキ達を頼む。そして、皆が手を取り合える世界を。君になら、痛みを知る君にならきっと、皆を導きそれが出来る筈だ」
「……はい。俺に出来る事、やってみます」
最後にコワタはカズキの肩に手をやりギュッと力を入れた。その手はまるで父親の様な力強さがあって、背中を押してくれている様な安心感にカズキは包まれた。
翌朝、玄関前に一台の小型ベース、アプサラスが用意されていて、コワタは数人の部下と共に三人を見送りに出ていた。
アキとマイカと熱い抱擁を交わし一言二言言葉を交わす。話し足りない二人をコワタは制しておいて、カズキを見ると大きく頷き、カズキもまた頷き返した。
「さぁ、もう行きなさい」
アプサラスを発進させた。徐々に小さくなるコワタの姿を三人はずっと見ていた。
首都シェルディールを暫く北上するとカルカマン砂漠を目にする。今ではジェットブーストを用いて砂漠の横断が容易に可能になったが、一昔前では簡単に砂漠の横断は出来なかった。嘗て交通の便の悪さからウィクトリアに切り捨てられた程だ。
ジェットブーストにより砂が巻き上がり白い視界はまるで雲海の如く見えないが、AIの運転に支障は無い。アプサラスという語源には雲海を漂う者という意味があるが、カリオペの人達は砂漠を移動するこの風景からアプサラスと名付けたのかも知れない。
甲高いアラーム音が二回鳴る。目に涙を浮かべたマイカが自分の頬を両手でパンッと叩き、モニター下にあるキーボードをカタカタと操作した。
その音は戦闘が始まったのを知らせるものだ。
「状況をモニターに映し出すわ」
モニターに映し出されたのはハムナバーグの様子だった。カリオペから[GG]部隊が投入される。数は四。湾岸線に横並びに展開すると、新たに十の量産型ギアの兵も投入される。
マイカは首にある小さな十字架のネックレスを両手で握り締めた。
[GG]を展開させたカリオペ軍は攻勢に転じたが、暫くすると量産型ギア部隊が次から次へと倒れて行く。映し出されていたのは昨日の四人組だ。
[GG]装者同士がアレス湾中央で激突する。正に一進一退の攻防が続く中、ウィクトリア装者が急に苦しみ出して自軍へと退却したのだが、カリオペ装者の四人はいつの間にか気流の渦に閉じ込められ、一気に渦がはじけ、四人の身体を宙高くへと舞い上がらせた。
次いで炎の荒波が口を開き四人を襲う。蒸発する海の水が凄まじい熱によって水蒸気となり辺りに白い煙を上げ、やがてモニターに映し出されたのは、海にぷかぷかと浮かぶカリオペの四人の装者と新たなウィクトリアの二人の[GG]装者であった。
二人の[GG]装者はカリオペの装者が倒れているのを確認すると退却して、その日の戦いは幕を閉じる。
翌朝夜明けと共にウィクトリア軍が四人の[GG]装者を早くも戦場に投入する。昨日急遽退却した[GG]装者だが、彼等の振る舞いは何処か異常だった。
カリオペ軍の耐海兵器を黙らせたと見るや直ぐに上陸を果たし、嘲笑いながら人を簡単に殺し、街を焼いた。その殺戮行為にカリオペ軍は恐怖し士気が一気に下がる。
『オスロ代表! これでは唯の殺戮です。もう充分です!』
「黙れ、サラーナ! 敵は徹底的に叩くのだ!」
カリオペ側から新たに[GG]装者が出動される。
マイカは再び首からぶら下がる小さな十字架のネックレスを握り締めた。
カリオペ側から出動した[GG]装者は昨日怪我を負った四人に違いなかった。
「お願い、マナ……女神様……」
「マナって……マイカ、まさか、あの中にマナがいるの?」
「……ええ」
「そ、そんな……」
「二人の知り合いなのかい?」
「マイカの……妹なんです」
「何だって!」
徐々にカリオペ側の装者の旗色が悪くなる。怪我の影響か吹き飛ばされる数が増える。
良く耐え忍んではいたが、遂に住民が避難する建物前への侵攻を許してしまった。行き場を失った人達を前に、紫の鎧ルプスの装者が両手から紫の犬獣を放ち、人々を惨殺しようとした瞬間、一人のカリオペ装者が身を挺し技を自らが受けた。
「嘘よ……嘘、マナー!」
「そんな……どうして……どうしてここまで非情になれるの……」
「私、行くわ……もう、耐えられない……」
「待つんだ、マイカ。君が行っても殺されるだけだ」
「じゃあ、行ってよ! 先輩には力があるんでしょう! あいつらを倒せるだけの力があるのでしょう! その為に遺伝子操作されたんでしょう! 力があるなら助けてよ!」
「マイカ!」
「はっ! 私……」
「ううん。良いんだ……。行って来る。妹さんを助けに」
「カズキさん……」
カズキは早速真っ白に輝くキグヌスの鎧を身に着けた。直ぐにアプサラスの出口を開けると背中の翼を広げハムナバーグへと飛び出して行く。
「アキ、私……」
「マイカ、私達も辛い。助けて欲しい。でも、カズキさんだって辛いんだよ。それに、カズキさんが公に戦ったら……」
「そう、だわ……。生まれた国に手を上げる事に……。私、何も考えずに……」
「コワタ代表、[GG]反応一。この信号はキグヌスです! もの凄いスピードでこちらに向かって来ます!」
「何! キグヌスだと……。カズキ君、君は……」
カズキは空中で弓と羽の矢を数本出してそのまま一気に放つと、羽の矢は青白い光を帯びて相手に閃光のごとく襲いかかった。放った矢は装者二体の腕を射貫いて下がらせる。
それを見てルプスの装者バーサルは両腕に二体の犬獣を宿らせ、両腕を合わせ一気に獣を放つが、カズキは水流の渦を右手の拳に宿し放った。
凄まじい回転をした水流の渦が獣を飲み込み、更にバーサルに襲いかかって海まで弾き飛ばすが、隙を狙っていた黒光りする鎧セルペンスを纏うアランが背後から襲いかかり、三叉の槍から蛇が放たれてカズキの腕に噛み付いた。
「大した奴だ。強化した俺達にたった一人でここまでやるなんてな」
「強化、だと……?」
「最後だから話してやっても良いだろう。俺達ウィクトリアの[GG]装者は薬で強化されているのさ。だから、時間に制限があった」
そう話すアランの顔には無数のどす黒い血管が浮き出ている。
「真の適応能力が無い人間に価値は無いからな。だから薬を打つのさ。薬があればどんな人間だって[GG]の強さを手に入れられる。一生金に困らず生きて行ける」
ウィクトリアの実際の姿を目の当たりにしカズキは顔を顰めた。
「だが、今日は心配しなくても良い。最高の薬の力で時間に関係無く暴れる事が出来る。俺もお前には借りがあるからな。まぁ、毒蛇にやられたんじゃお前も終わりだ」
「そうか……それで異常なまでに……。また……新たな悲しみを……」
カズキの腕に噛み付いていた毒蛇がアランの槍へと戻り姿を消した。しかし、カズキが腕に展開した水の力によって蛇の牙は届いていなかった。不意打ちを狙い影から放たれたバーサルの攻撃も見事にいなし、一定の距離を取ると、カズキは両腕を頭の上で組み気を込める。両腕は輝きその腕を下ろし前にやると白銀の光が二人目がけ放たれた。光はそのまま二人を飲み込み弾き飛ばした上、鎧を凍結させて[GG]の装着を解除させる。
『ハムナバーグはもう壊滅的よ。これ以上攻撃する必要も無いわ。アキユキは二人を助けてヴァンヒル隊に。救護班を待機させるからお願い。シゲキは敵の[GG]装者を牽制しつつ退却して。決して深追いはしないで。あの装者はあなたと同等、それ以上かも知れないわ!』
カズキはウィクトリア軍を押し返すべく前線へと向かう。
一人後方で待機していた装者が、自らが相対し止めようとする。両者は擦れ違い様に互いの拳を放つと、ガキーンという甲高い音が周りに響いたが、お互いの致命傷には至らない。
「出来る……適性者か……」
カズキは身体を捻り宙返りの要領で反転し、更にスピードを上げて突っ込み蹴りを放った。虚を突かれた装者はまともに蹴りを食らい、水面すれすれを大きな水しぶきを上げながら三十メートル程吹き飛ぶが、踏み止まって腰から大剣を抜き、気を込めて刀身に炎を宿らせる。
カズキも同様に腰の柄に手をやり抜き取ると、穂がかなり長い白鳥が翼を広げた様な十文字槍を手に取った。穂先は流水の如く水が流れている。
気を練り終えた二人がここで初めて正対する。
「えっ、シ、シゲキ……なのか?」
「兄ちゃん? なんで? 嘘や……」
「お前、芸人はどうしたんだ。まさか、アキユキも一緒なのか?」
「せや。あないな事件があって何か力になりたいって俺もアキユキも。こないな争いを無くす為に。それより何でここにおんの? ジュノーのシティホールにおったんじゃ?」
「シティホールは辞めたんだ。旅に出てたんだ。真相が知りたくて。それでカリオペに」
「それが何で[GG]を纏って戦う様になんねん? まして、兄ちゃんが相手しているのはウィクトリアやで! いつから南の人間に成り下がってんな!」
「南の人間になった訳じゃ無い。相手がウィクトリアだって事も解ってる」
「自分の意思で相手してるって? やっぱり南の人間に成り下がっとるやないか!」
「違う!」
怒鳴り上げたカズキにシゲキは驚いた。確かに嘘を言う兄じゃ無い。
「お前こそ何故戦っているんだ? お笑いの仕事を辞めてまで。俺はこの争いに疑問を感じているから戦ってる。ウィクトリアに、オスロに疑問を感じているから。お前はどうして?」
「そんなん決まってる。カリオペがまた戦争を始めたからや。だから、皆が笑わへん様になった。俺達の居場所が無くなったからや」
(シゲキ達の……居場所……)
カズキの表情が悲しみに溢れる。持っていた武器から流水の如き穂先が消え失せる。
「……シゲキ、黒の鎧がカリオペで作られた鎧だと何故決めつけたんだ?」
「それは……オスロ代表も会見で言うてたやんか」
「オスロの会見の内容が本当に正しいのか? どの国でも[GG]を開発しているのはお前も知っているだろう。だが、敢えてカリオペで開発されていると放送する事で自分達が戦おうとする理由を正当化した。違うか?」
「ちゃう。みんなそう言うてる。カリオペが戦いを始めたて。黒の鎧を開発しとたって」
「人が言ったから自分の目で確かめる事無く戦うのか? お前もアキユキも?」
カズキは半身になってカリオペの廃墟となった街を指差す。
「……お前達が望んだ笑顔を取り戻す戦いの結果があれか?」
シゲキはハムナバーグの街を見た。建物は吹き飛び廃墟となり、もうもうと煙を上げて燃えている。きっと多くの人の命も失われたに違いない。
「俺はカリオペ軍じゃ無い。俺も解らない事だらけだ。でも、今泣いている人がいるなら俺はまた鎧を纏うだろう。それに、あの四人の装者の様な犠牲も……。お前達が求めているのは本当に今のお前達の先にあるのか? 良く考えろ、シゲキ……」
そう言ってカズキはシゲキに背を向け、翼を広げ一気にシゲキ前から飛び立った。サラーナからの通信が入り続けているがシゲキはカズキの飛んで行く様をずっと眺めていた。
ハムナバーグによる攻防はカズキの介入によって幕を閉じたが、軍の施設のみならず無差別に攻撃を受けた街は廃墟と化し、この戦いで約二千人もの死者が出た。
思いがけず兄と対面したシゲキは一人直ぐにサラーナの部屋に呼ばれていた。
「シゲキ、通信も出ないで戦いの最中に話しをしていたのは誰だったのかしら?」
「えっ、いや、それは、あの……」
「言えないのかしら? シゲキ、軍にとって報告は何よりも重要だわ。解るでしょう?」
「……その、兄ちゃんです……。何でか、兄ちゃんがおって……」
「お、お兄さんが? それは一大事ね……。シゲキ、あなた、次戦は休んでおきなさい」
「待って下さい! 兄ちゃんはカリオペ軍や無いって言うてました。兄ちゃんを……俺に説得させて下さい。きっと、きっと何か訳が……」
「……解ったわ。あなたを信じるわ、シゲキ」
ハムナバーグとアレス湾を挟んで北に位置するジャンヌフェローの基地に到着したサラーナはシゲキとアキユキを直ぐに休ませ、戦いの無情さ故に困惑の色を隠せないユキエとヨシカにも自室で休む様に促し、四人が部屋から離れると、通信を用いてある者に連絡を取った。
「まさか、あの兄が出て来るとは思わなかったわね」
『最初の実験成功者ですね。戦いから身を引いていたと思っていましたが』
「ええ。シゲキは説得を試みると言っているけどかなり迷ってる。必死に自分を誤魔化そうとしていたわ。アキユキとは離した方が良さそうね。奴らの動きは掴んでるわよね?」
『はい。カルカマン砂漠を北上してカフカセローに入った様ですが』
「シェルディールとは反対ね。だとすると、シゲキが言っていた様に本当にカリオペの軍として戦いに参加した訳では無いわね。或いはコワタ自身が戻るなと命令したか……。確かコワタの姪が一緒に行動していたわね?」
『はい。アキともう一名、女です』
「コワタは国の危険を察して姪を脱出させたのかも知れないわ。となると、シェルディールの陥落は時間の問題かもしれないわ」
『しかし、黒の鎧の開発がカリオペによって成されたものとして始めた戦いもハムナバーグの軍施設と、最初のヴァンヒル隊の工場破壊によって一応は集結したとの声もある様ですが』
「オスロは野心の塊の様な男よ。南国も今では良い国になったわ。そうすると取り返したくなるのよ。南国を手に収めたらウィクトリアは更に大国になる。いずれはジュノーをも手中に収めて大陸統一国家の初の代表として君臨するつもりよ」
『やはり、外道は外道だと?』
「ええ。自分の欲の為には他人の命をも何とも思わない。しかし、余りに強大な力を手に入れられると私達の作戦も困難になるわ。直ぐに何か策を打ちましょう。そうね……そう言えば、強制退去させられたカリオペ出身者が暴徒化してるって話があったわね?」
『はい。サミアローズ南部では捕虜となった者も出ています。オスロは小事と言って気にも留めていない様子ですが、街が混乱し始めているのは確かです』
「丁度良いわ。そこにアキユキを向かわせましょう。そこで、アキユキに捕虜となっている家族から訴えさせると良いわ。カリオペの者達によって犠牲者が出たと。そして、解決したら大いに感謝されたら良いわ。今の正義は正しいと思い込ませるの。それであの子は落ちる」
『そんな事で大丈夫ですか? カズキの存在を知ればシゲキ同様かなり迷うのではないかと』
「大丈夫よ。アキユキは思い込みの激しい子よ。一つ切っ掛けを与えるだけでなびくはずよ。もう一人ヨシカも同行させましょう。見た所あの子はユキエよりもしっかりしているわ。助けを求められれば直ぐに動くでしょうから。そこに、アキユキが便乗すれば思ったよりも早く手懐ける事が出来る。問題はシゲキとユキエね。二人は私の元で監視するわ。そうだわ。シゲキの仕事仲間で軍に志願して来た子がいると言っていたわね?」
『はい。後日志願して来た者が一名。唯、訓練の結果は平凡ですが』
「好都合よ。オスロの事だわ。シェルディールの進行に合わせルーメンパルナも同時侵攻する筈よ。臆病者のあいつは確実に勝ちを掴みたいでしょうから。そこにシゲキとその子を向かわせましょう。その子には兼ねてから準備していた例の[GG]を渡しなさい。時間は三十分にしましょう。きっと、カズキはこっちに来るわ。そこにシゲキをぶつければ良い。あなたはアキユキと行動を共にして。私達の本来の目的の為に頼んだわよ」
『この作戦でシゲキはどうなるでしょう? 上手く働いてくれると良いのですが』
「そうね。でも、使えなければ捨てるまでよ」
サラーナが話す部屋の外に一人ユキエが聞き耳を立てていた。
「シゲキさんが使えなければ捨てるって、一体……?」
全ての会話を聞いていた訳では無いが、ずっと戦いに疑問を抱いていたユキエはサラーナと話をしようと部屋の前まで戻って来ていた。ユキエは疑念を抱きつつもサラーナに気付かれまいと部屋を後にする。
ハムナバーグから撤退をして三日後の朝に、早くもウィクトリアは補給を終えて南下する。易々とハムナバーグを占拠し陣取って首都シェルディールを包囲する構えだ。
時同じくしてサラーナの予言通りカリス川には多くのウィクトリア兵が隊列を組んでいた。
一方、三日前、先の戦いで負傷したマイカの妹マナをコワタはカズキ達に帯同させた。姉妹一緒の方が良いと命じたらしい。その日の夜にアプサラスに乗り込んで来たマナは額に包帯を巻いて左腕には三角巾をしていたのだが、元気そうで安堵する。
「カズキ先輩、ごめんなさい。私、先輩に酷い事を……」
「良いんだ、もう……。それより、マナが元気で良かったじゃないか」
マイカから放たれた言葉、シゲキ達の行動、気にならない訳が無かったがカズキは心配掛けまいとして笑顔を取り繕った。
そんな中、アキはずっと考えていた。昨日の叔父の言葉の意味を。
そして、叔父の思いに辿り着いたアキは決心して涙ながらに声を上げた。
「シェルディールの陥落は免れないよ。ルーメンパルナに行こう。助けたいの。多くの命を……」
「アキちゃん、君は……」
(アキちゃんの予想はきっと正しい。ルーメンパルナも必ず戦場になる。きっと、シゲキ達とも……。万が一もある。この先、頼れるのはもうエイコウしか居ない。エイコウにメールを……)
「代表、住民の船での退去が完了致しました」
「ありがとう。ご苦労だった。君も早く退去しなさい」
コワタは残る[GG]装者も全て住民の退去に帯同させ、船を使い、南海から東のメアリーに住人を退去させた。共に残りたいと志願した部下達も。しかし、徐にドアが開くと四人の中年男が部屋に入って来る。何れもカリオペの建国に尽力した古参の者達である。
「久し振りに五人で乾杯しようと思ってな」
「全くお前さんは昔から変わらん。少しは友にも声を掛けんか。最後くらい付き合わせて貰うぞ」
「フッ、余計な真似を……。でも、ありがとう。本当にありがとう」
「目の前にアルバムの画像なんぞ立ち上げて何か見ていたのかね?」
そこには虫取りをしていたのだろうか。一人の女の子は虫網を携え、中央の女の子は何やら虫を手づかみし、二人より小さな女の子は首から虫かごをぶら下げている。
「ほう。懐かしいな。この頃はアキもマイカもマナもお転婆さんだったなぁ」
五人は昔を懐かしむ。コワタだけでは無く他の四人にとってもアキ達は実の娘の様だったのだろう。自然と顔に笑みが溢れていた。
そんな矢先、窓から土埃が段々と近付いて来るのが見える。音も段々と大きくなる。
眼前に映るアルバムを急ぎ閉じてから部屋を出て建物中央の制御室へと向かった。敵は明らかに国防本部に近付いてくる。瞬く間に国防本部は四面楚歌の状態に陥った。
コワタ達五人は互いの顔を見合い、頷いて厳重にロックされていたスイッチの解除を終えると、パカッと開いたカバーの中から赤いボタンが出て来る。
コワタがそのボタンを右手で押す。すると、街のあらゆる所から光の柱が立ち上がり大きな爆発が同時に起こり、ウィクトリアが投入した部隊が宙へと舞って破壊されて行く。湾岸から内陸へと光の柱が立ち上がり、国防本部へとその柱が近付くと五人は互いに礼だけを交わし四人は目を閉じたが、コワタだけはしっかりと天を見据えていた。
「幸せになれ我が娘達。そして悩める青年よ。未来は君達と共に。その思いをどうか皆に届けてくれ。カンパニュラの花の様に……。遠い空から私も女神と共に見守ろう。クレハよ……先に逝くのを許してくれ……」
最後に光の柱は国防本部の中心に立ち上がった。
シェルディールの侵攻が通信により各部隊に伝えられるとカリス川を挟んで銃弾の雨が降り注ぐ。
その中で、双子橋付近にウィクトリアは新たな[GG]装者を一名投入したのだが、カリオペにとっては幸いか[GG]装者が放つ攻撃には差ほど強さが無く、正確性にも欠けていた。
その後ろには攻撃には参加していない、迷いを浮かべるシゲキの姿がある。
カズキ達は住民の避難誘導に尽力していた。
暫くするとカリオペ軍から信号弾が発射される。白二発。降参の白旗を意味する信号弾に、カズキ達はシェルディールが陥落したのを知る。
それはコワタの最後を意味するものだ。
(アキちゃん……)
「叔父様……私……負けません……だって……ここで足を止めれば、きっと、叔父様は悲しむから……叔父様との約束だから……」
銃弾の嵐が止むと、煙で空はまだ濁っているが辺りは静けさを取り戻した。
だが、双子橋で戦いに参加していた[GG]装者が、打って変わって凄まじい勢いで攻撃をし始める。放つ拳には殺気が込められ、逃げ纏う住民の命を弄ぶかの様に次々に拳を放つ。
シゲキが驚き止めに入るも、シゲキを振り払い攻撃を続ける。
アキは顔をぐちゃぐちゃにして涙を流しながら悲痛に叫んだ。
「もう止めて下さい! 戦いはもう終わっています。人をこれ以上傷つけないでっ!」
すると、無差別に攻撃を繰り返していた[GG]装者の動きが止まった。それを見てカズキは自分も[GG]を纏い現場に急行する。
「何か様子がおかしい。アキちゃん、マイカ、マナ、アプサラスで直ぐに離れるんだ!」
シゲキは暴れる後輩を止めようとして腕を掴むが何故か苦しんでいて様子がおかしい。
「おいっ……一体、どないしてん?」
「アァァァ……シゲキさん……俺は一体……オワァァァッ!」
顔にどす黒い血管が浮かび上がり、力任せに両腕を振り払いシゲキの腹部に拳を放つとシゲキは前のめりに崩れ落ちる。
カズキが水鳥の矢を放ち、後輩の[GG]装者の腕に命中すると、衝撃によって後輩は真面に意識を取り戻したのだが、シゲキに話しかけた所で今度は胸のコアが赤く光を帯び始めた。
「えっ? 何? シゲキさん……助けて!」
「一体、何が……何が、起きてんねん……?」
「いかん! [GG]のコアが暴発するぞ! その場を直ぐに離れるんだ、シゲキ!」
そう言ってカズキはシゲキの腕を掴み後ろに放り投げると、背の翼を大きく広げ、白い光を全身に帯びて後輩の装者に上空から組み付いた。
辺りが眩い白の光に包まれる。ズドーンという轟音と共に、もの凄い爆風が周囲を展開する。
アキ達が乗るアプサラスは爆風を受けて横滑りし、五十メートル先の崩壊したビルの壁に当たった所でようやく体制を落ち着かせるも、衝撃を受けて機器系統に異常を来した。暫くして身体を無理やり起こして外を見る。
そこに見えていたのは、何一つ残っていない荒野となった街の姿だった。
「そ、そんな……カズキさん! カズキさん! いやぁぁぁぁ!」
一方、アキユキとヨシカは暴徒化したサミアローズ南部の沈静化を図るべく、昨夜の夜の内にサミアローズへと入り、明け方には既に二カ所の沈静化に成功していた。
部隊を率いているのは顔に仮面を着けているドゥーエだ。ドゥーエは自らアキユキと共にその地を沈静化させると、今度はヨシカも伴って人質となっていた人々に話しを聞いて回った。
自分達がどの様な扱いを受けていたのか。どれくらいの犠牲者が出たのか。そして、話を聞き終えると二人には使命感を植え続けた。
ドゥーエは決まって最も尽力したのはアキユキで、ヨシカには皆さんに元気が出る様に何か歌って下さいと言って、助けた人達の前でヨシカはその声を響かせるのだった。
アキユキもヨシカも自分達の行動が人々の為になっていると決して疑わなかった。