・序章(三国の歴史)
『明日ジュノー公国の都市オルファスにおいて、三ヵ国終戦記念式典が開催されます。この記念式典には北方の国ウィクトリア公国と南国カリオペ公国からも代表が参列され、各地でイベントも行われます!』
ジュノー公国の都市オルファスのメインストリートにある高層建物に設置された大型ビジョンから、女性アナウンサーの興奮した声が庁舎の会議室まで聞こえて来た。
腕時計を確認すると午後三時を過ぎた所だった。午後一時から始まった明日の終戦記念式典の説明会も既に二時間が経過している。
カズキはオルファスのシティーホールの役人、所謂お役所職員だ。
今では殆どの仕事をエクス・マキナ[機械仕掛けの人間]であるアンドロイドや、ガイノイド[女性型アンドロイド]と共存して行っているが、こうした政治家が集う一大イベントだけは人がメインとなって行われていた。
理由はとても単純明確で、お偉いさんに失礼があってはいけないからだ。
エクス・マキナにヒューマンエラーは無い。完璧に仕事を熟す一方で感情が無い為、お偉いさんの機嫌を損ねてしまう危惧がある。だから、お偉いさんが大勢集まるイベントだけは人の手で行うという事だ。
カズキは年齢二十二歳。身長百八十一センチで細身の体型。色白でナチュラルブラウン色の髪をしていて職員の中でもイケメンの部類に入り頭の回転も早かったのだが、ある事を理由に仕事が出来ても同僚や上司達からは敬遠されていた。
それは、彼が職員で唯一の北方の大国ウィクトリア出身だからだ。
誰しも余所者には一線引きたがるし、余所者のくせに仕事が出来るとなれば尚更だ。
両親の別居を切っ掛けに母親の故郷であるオルファスに行き着き、そのまま移り住んだのが八年前。別れた父親はウィクトリアで科学者をしていて、弟はお笑い芸人。従兄弟とコンビを組んでいて最近ではテレビで良く見かける。
「では、次に講師の方にお話を頂きたいと思います」
進行役の話にカズキがドキッとして少し身体を強張らせたのは、毎年式典の準備説明会の中で行われる勉強会の度に胸が痛くなって居た堪れない気持ちで押し潰されそうになるからだ。
「式典を迎えるに当たり私達は改めて戦争の悲惨さを知り、その内容を後世に伝えて行かなくてはなりません。毎年の話にはなりますが職員としてしっかりと胸に刻む様に。それでは、メール送付している資料を開いて下さい」
カズキは眼前に映るモニターをフリックして三国の歴史を映し出すと、講師の簡単な自己紹介の後に話が始まった。
「皆さん既にご存知の通り、三年に渡り混迷が続いたウィクトリア公国とカリオペ公国の停戦条約が締結されたのが十年前のS・E157年4月1日、ここオルファスで執り行われました。条約の内容はウィクトリア公国南部のウィクトリアからの独立。この条約締結によってカリオペ公国が建国し、ガイア大陸は事実上三つの国になりました」
(そう……今では誰もが知っている多くの命を失った悲しい歴史……)
「全ての始まりはS・E147年、当時ジュノーを除く大陸統一国家であったウィクトリアの東の工業都市レミーユの鉱石場で不思議な鉱石が発見されました。光り輝く鉱石はまるで生きているかの様に鉱石の中心に向かって光が収束し渦を巻いており、未知の鉱石の存在は直ぐに行政機関の耳に入りました。あらゆる角度から科学者達に分析されて、学者は久し振りにキーボードを叩くのでは無く、過去の文献を読み尽くしたと言います」
「おいおいまただよ、この話。学生じゃ無いっての」
「もう、飽きたって。新採だけに説明しろよ。あぁー、帰りてぇ」
毎年恒例の過去の戦争話に文句を言い続ける同僚の声が聞こえる。
「そこで、ある仮説が見出されました。その答えは皆さんも幼い頃に聞いたであろう、この世界で昔から伝わる童話の一説にあったのです。資料の次のページ」
資料をフリックしてページを捲る。
《昔々この世界は原因不明の闇に覆われていました。太陽が隠れ、日が照らない日々に作物は枯れ、多くの人が死んで、残された人々は生きて行く希望を願い天に祈りを捧げました。すると、悲しんだ女神が空の上で泣いたのです。世界に星の雨が降り注ぎ太陽が姿を現した。その内、八つの光が黒い闇を吸い込むと、そのまま地面に消えました》
「この童話に出て来る地面に落ちた星こそが鉱石ではないかと判断されたのです。科学的な見解も出されました。鉱石には世界を構成する土・風・火・木・金・音・雷・水の自然エネルギーが蓄えられていて、収束したエネルギーを他の物質を媒介して放出する事が出来る。その容量は鉱石により不透明ながら、何と、核エネルギーと同等の力が蓄えられていたのです」
「きっと、この世界が地殻変動で生まれた大陸だからじゃないかしら? だから、そんな鉱石が眠っていたのよ」
「本当スゲェよな。ファンタジーの世界じゃん」
初めて勉強会に参加する新規採用職員の何処か浮かれた話し声がちらほら聞こえるが、カズキの表情は険しくなっていた。
(違う……。ファンタジーなんかじゃ無い。それが全ての悲劇の始まりなんだ……)
中央政権が鉱石の開拓に乗り出すのには時間がかからなかった。
お偉いさんは何よりも力を欲したからだ。
「中央政権は鉱石の探索と開発の資金を捻出すべく、一部地域への財政支援縮小を大した議論も無く決定しました。対象となったのはウィクトリア中央部を東西に流れるカリス川南部の一帯地域です」
カリス川の南部は中央にカルカマン砂漠があって砂漠の影響により交通の便が非常に悪く、交通の便の悪さは輸送費を高騰化させて何より国の財政を圧迫していた。結果、南部一帯地域は見放された。
「南部に残された土地は放棄。年数を追う毎に老朽化していく道路、田畑を潤していた水路は荒れて生活環境が悪化。強いては、街は仕事を失った労働者で溢れました」
生まれる格差と差別。富豪と貧民。幸福と不幸。内部紛争が起きるのは必然だった。
「S・E154年、南部反乱軍による抗争が勃発しました。勢いに乗る反乱軍は大陸中央部の都市ルーメンパルナを占拠し、その北の大都市サミアローズへと渡り、最北の首都ベルファストに後一歩と迫った時、中央政権は予てから開発や研究を進めていた鉱石の力を利用した兵器である[G G][ガデスギア・女神の鎧]部隊を投入し、状況は瞬く間に一転しました」
([G G]こそがお偉いさんを狂わせたんだ……)
「女神の歯車と称され開発された[G G]は所謂人が身に着ける装具として開発されました。鉱石の蓄えられた力をアウトプットする手段として人が媒体となり、装具を身に着け同化する事で力を解放させる手段が講じられたのです。童話に倣い鉱石は女神の涙と呼ばれました」
「殺人兵器が女神の鎧ですって。死神の鎧の間違いじゃないの?」
「言えてる。言えてる。女神様に失礼な話よ。差し詰め装者は本当の死神ね」
小声で話す若い女職員の声が耳に入りカズキは講師から視線を外し少し俯いたのだが、講師が再び話し始めると視線を戻した。
「S・E157年、中央政権は実装可能レベルに達した[G G]装者部隊を星々の執行人と称して戦場に送り込みました。銃弾やビーム砲が交錯する中、装者達が放った光は一瞬で街を焼いて人を大量に殺したのです。星の雨ならぬ血の雨が天から降って実に一万三千人もの反乱軍の命が一瞬で奪われました」
(サミアローズの血涙と呼ばれた戦争。[G G]の力にお偉いさんが魅了された末路……。その犠牲は力の無い弱者だった……)
「一方で多くの命を手にかけた[G G]装者も巨大過ぎる力の反動に、ある者は全身不随になり、ある者は発狂し、ある者は心を失い植物人間となってやがて死にました」
「そんなの自業自得よ。死んで当たり前だわ」
「そうよ。それだけの罪を犯してるんだもん。当然よ。死んじゃえば良い」
過熱する女職員二人の声が大きくなったもんだから上司が咳払いをして諭した。
「争いに巻き込まれながらも他国の争いに関し静観するのを念としていたジュノー公国ですが、余りの惨状に事態を重く受け止めウィクトリア中央政権と反乱軍に対し、南部一帯の独立と要所である中央都市ルーメンパルナをカリス川を境に二分し、一方を南部統治下とする停戦和平案を提案し、双方合意の下にS・E157年4月1日、ここに停戦条約が結ばれてカリオペ公国が建国し、三国の歴史が始まったのです。以上が──」
講師による話が終わって十分間の休憩が言い渡されると、身体を解し気の合う者同士グループになって大きな声で話し始めた。
(毎年の話なのにやっぱり慣れないな……。胸が未だズキズキする……)
カズキは席に着いたまま、とあるグループの話を耳にした。
「クレハ代表もお人好しよね。こっちだって何人もの犠牲者が出ているのに」
「だけど、クレハ代表のお陰で戦争が終わったのも事実だぜ」
「確かにな。ジュノー公国主導の下、この悲惨な一件は包み隠さず世界に公表されたし、ガイア大陸に住む者ならば一度は必ず耳にする。鉱石の存在も事細かく公表されたんだ。もう、ウィクトリアのオスロの好き勝手にはならないだろ」
「しかし、オスロは良く全てを公表したと思わねぇか?」
「公表せざるを得なかったんだよ。平和宣言の中に[G G]の独占禁止や民主化が謳われていたんだからな」
「それでも良く受け入れたわよ。断然力を持っていたのは北部の方じゃない?」
「さっき言っていただろう。星々の執行人も巨大過ぎる力の反動に、ある者は全身不随になり、ある者は発狂し、ある者は心を失い植物人間となってやがて死んだって」
「それがどうしたのよ?」
「俺は[G G]のボロを隠したかったんだと思う。[G G]が無ければ勢いに乗っていたのは南部だ。[G G]の問題さえ出ていなければ受け入れていないと思うね」
「有り得ない話じゃねぇかもな。まぁ、世界は平和になったんだ。もう、良いんじゃね」
「大体おかしいわよ。戦争を起こしたオスロを捕えるべきだったのよ」
「それは無理だろう。あれでもオスロは有力者には人気だったんだからな。捕えでもして益々反発が出るのを危惧したんだよ」
「でも、反省なんかしていないわよ」
「本当、みんな良く我慢していると思うわ。ジュノーもカリオペも。仮に私の家族が犠牲になったら私は絶対に許せないわ」
「クレハ代表自身、戦争の被害者だからな。そんな代表が平和を訴えているんだし、俺達国民はそれに従うしかないってな」
「解っているわよ。それでも死神の鎧なんて必要無いじゃない。それが今じゃ、企業の売り込みでどの国も死神の鎧を持っているって言うわ。有名な話よ」
「ああ、知ってるぜ。戦争を餌にして儲けた輩がいるってな」
(間違いない……。皮肉な事に[G G]がそれぞれの国を潤した。当然、一国が巨大な兵器を持てば残る二国も自国防衛の為に同じ[G G]を所有する。開発に携わった企業は各国を巡り[G G]を売り込んで大儲けすると、雇用が増えて人々の生活は豊かになった……)
「いつの時代も歴史を変えるのは人の犠牲によって成されるしか無いって言うが、ウィクトリアのお偉いさんは犠牲になった人達なんか微塵も考えちゃいねえ。自分達の国さえ良ければ他はどうでも良いんだよ。まっ、中にはそんなお偉いさんの考えが嫌で亡命して来た輩も多いけどな」
「その人達には同情もするがな……。でも……」
カズキはテーブルの上で組んだ手をじっと見詰めて動かなかった。
「解るぜぇ。今一つ信用出来ねぇってな」
「そうよ。自分達の国を抜け出して来てジュノーを乗っ取るんじゃない? それだけの事をして来た国なんですもの。私、未だに合わないのよね。その人達と話をするの」
「合わないんじゃなくて、話をしたくないんだろ? 俺もだよ。職員じゃなきゃ誰がウィクトリアの奴となんか話をするかよ」
「お、おいっ! 聞こえるぞ」
グループの男の一人が親指でカズキを指差してみんなを黙らせた。
カズキはその様子を見ていなかったが誰に対して言ったのかは直ぐに理解をした。
(解ってる……。良いんだ……。良いんだ、別に……)