1-2 自転車小屋の不審者
湾田さんがハマっているゲームは『ドラゴンカード・ダンジョン』。リサーチ済みだし俺もプレイしている。
とにかく強力なキャラを引いて湾田さんの気をも引こうと思ってなけなしの石でガチャを回したが当然爆死。浅ましい策だとすぐに後悔した。
こうなったら強引に話しかけよう!と意を決したが湾田さんの人気は高くて休み時間も引っ張りだこ。どう見ても新参の俺が入り込む余地はない。
入学当初の慌ただしい雰囲気はもう勘弁だが、やはり人間関係が固定化されてきている今もツラい。今さら話しかけたって不審だし、浮きまくりだ。
かくなる上は……
放課後、俺は第二体育館に面する自転車小屋をうろうろしている。湾田さんは電車通学プラス自転車通学なので、部活が終わるまで待っていればここで会えるはず……。
いや、いよいよ気持ち悪い手段に出始めて、俺は俺の将来が不安になってくるけど、マジでどうしようもない。他に何も思いつかない。
やがて諸々の部活が終わりだしたみたいで、生徒がぽつぽつと下校していく。ようやくか。この時間帯まで待ち伏せるというヤバさは疲労感に紛れて薄れる。
来た。ついに来た。
ちっちゃい体でとてとて歩いている。あんな矮躯で激しい運動を嗜んでいることが信じられない。
しかし俺はまたミスっている。見惚れている場合じゃない。湾田さんはやっぱり人気者で、バスケ部の他の子達と並んで歩いてきている。よく考えれば当たり前だね。
またダメだった。これじゃあ休み時間と状況的には変わらないし、話しかけられやしない。絶望の中、自転車小屋の柱に寄りかかって黙ってうつむいていると……
「あれ? 猿木くんじゃん!」
と、湾田さんが言う。
猿木鳶朗は俺です! びっくりしすぎて柱に後頭部をぶつけてしまう。
「いった……!」
「あっ、痛そ。あはは! 大丈夫?」
「な、な、なんで……」
「んー?」
「なんで俺の名前を……知ってるの?」
「え、クラスメイトだからじゃん。もしかして猿木くん、あたしのこと知らなかった? だったらあたし不審者みたいになってるかも!?」
不審者は俺だ。
しかし俺は感動しすぎて不審者が誰かなんてどうでもいい。クラスメイトだからという理由だけで話したこともない俺のことを覚えてくれていたなんて、嬉しい。というか湾田さんはすごい。俺はまだ大半のクラスメイトの名前を知らない。
「湾田穂緒さん……」
「えっ」
「湾田穂緒さんだよね」
その名を口に出して言えることが喜ばしい。
「うん。湾田穂緒でーす! 湾田穂緒! 湾田の炎担当!」
「炎……?」
ああ、『穂緒』だからか。読みが同じ。
「湾田でも穂緒でも、好きなように呼んでね!」
「ほ、穂緒でも……」
「名前の方がわかりやすいでしょ?」
「…………」
名前の方がわかりやすいという理屈はよく理解できなかったが、たしかにみんな、湾田さんのことは名前で呼んでいる気がする。俺は親密度も低いし、畏れ多くて無理だけど。
他の子が「穂緒、行くよー」と声をかける。もう自転車に跨がっている。
「あ、ごめん! すぐ行く! ……じゃあ猿木くん、また明日ね!」
「は、はい!」
「はい!って。あはは! 猿木くん面白いね! じゃあね!」
俺はもう思いがけず目標を達成できた喜びで、湾田さん達を見送ったあとも、しばらく自転車小屋で打ち震えていた。