青い少女
(……ほんの少しだけ。だいたい三十分くらいを目安にして、城門から遠くへは行かない。見て歩くだけだ)
城を抜け出した塁はそう心に決めて、街の喧騒の中へと足を進めた。
幸い、今のところ誰もこちらを怪しむ様子はない。
伊達メガネとハンチング帽のおかげか、街の人々は商売や会話に夢中で、塁の存在など誰も気に留めていない。
(おっし、馴染めてるじゃん……!)
胸を撫で下ろし、足取りが軽くなる。
通りの銀細工を並べた露店が目を引いた。細い鎖や指輪、見慣れない装飾品がきらきらと光を反射している。
隣の屋台では、色鮮やかな見たこともない果物が山と積まれていた。甘い香りが漂い、試しにひとかけ齧ってみたい衝動に駆られる。
さらに進めば、古びた木製の看板を掲げた古書店らしき店があり、積み上がった分厚い本の山からは独特の紙とインクの匂いが漂ってくる。
通りの一角では仮設の市場が立っており、広場に簡素な布張りの屋台がいくつも並んでいた。威勢のいい掛け声と人々のざわめき、子どもの笑い声が入り混じり、ひときわ活気に満ちている。
人々の間をすり抜けながら、活気のある街の様子に塁は思わず頬を緩めた。
――と、その時。
ざわつく人波がふいに割れ、視界の先にひときわ鮮やかな存在が現れた。
少女だった。年の頃は六歳ほどか。腰まで流れる青い髪は陽を反射して微かに光を帯び、瞳もまた深い湖のような青。白地に水色の刺繍が施されたワンピースを身にまとい、まるで絵本から抜け出したような姿で、雑踏の中に一人だけ静かに佇んでいた。
その小さな身体から漂う空気は、周囲の喧噪とはかけ離れたものだった。
塁は立ち止まった。
(……なんだ、この子。場違いっていうか……めちゃくちゃ目立つな)
しかし、通り過ぎる人々はまるで彼女の存在に気づかぬようで、ぶつかることもなく自然と避けて歩いていく。
少女はじっと塁を見上げる。その眼差しは子どものものとは思えない深さを湛え、背筋を刺すように鋭い。
やがて、幼い唇から言葉が紡がれた。
「――お前、なぜこんなところにいる?」
澄み切った声。だがその響きには幼さよりもむしろ威圧感があった。言葉を浴びた瞬間、塁はヒヤリとしたものを感じる。
「えと……」
何か答えようとしたが、声が震えた。視線を逸らしたくても、青い瞳に縫い止められるようで動けない。呼吸もうまくできない。
だが次の瞬間、雑踏がざわりと戻り、塁の肩に誰かがぶつかった。はっと呼吸を取り戻すと、そこに少女の姿はもうなかった。
「あれっ?」
呆然と辺りを見回す。だが、青髪の少女はどこにもいない。人々は何事もなかったかのように賑わい、香辛料の匂いと商人の声が再び塁を包み込む。
(今の、なんだったんだ? 見間違い……じゃない。確かに俺に、話かけてきたよな)
得体の知れない不安が背中を這い上がる。
足を止めてはいけないような気がして、塁は人波の中へ紛れるように歩みを速めた。