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茶会で知る事実

 ある日の午後、ルースに連れられて塁は王宮のとある部屋へと案内された。


「今日は陛下がお茶会を催されます。場所は陛下の寝室にて」

「え、寝室? それって国王のプライベート空間じゃないの……?」


 塁は思わず声をひそめた。ルースは笑みを浮かべ、肩をすくめる。

「陛下のご意向です。普段この部屋に入れるのは、私を含めごく限られた者のみですが……ルイ様なら良いとのことで」


 扉が開かれると、そこには広大な寝室が広がっていた。塁に与えられた部屋もなかなかだったが、それどころでない広さだった。シンプルながらも上質な寝台、壁を飾る豪奢なタペストリー、そして窓辺には丸卓が用意され、茶器と軽食が整然と並べられている。

 そして寝室の上には、くまのぬいぐるみ。意外とかわいいものが好きなのだろうか。


「よく来てくれたね、ルイ」


 部屋にいたアルバートは、こちらを見ると軽やかに手を振った。その傍らには、二人の人物が控えていた。


 一人は銀の長髪を背に流し、長衣を纏った壮年の男。威圧感を纏いながらも落ち着いた目をしている。初日に謁見の間でアルバートの隣にいた男だ。


「彼はヴァロウ。宰相にして、私の魔術の師だ」


 アルバートの紹介に合わせて、青みがかった銀髪の男は深々と頭を下げた。

「先日のお疲れは取れましたでしょうか、ルイ様。あなたを迎えられたこと、心より嬉しく存じます」


 敬意を示しつつ決して媚を売ることはない、低く響く声に思わず背筋を伸ばす。


(……なんか、ラスボス感あるんだけど)


 そう内心つぶやきつつも、塁は「ど、どうも」と頭を下げ返す。


 アルバートが小声で、そして少し楽しそうに補足した。

「彼は見事な銀髪だろう?魔力量が多く、元々は黒に近かったんだが……魔薬の制作中、自ら被験者となった結果、銀に変わってしまったんだ」


 確かに、ヴァロウは瞳は黒に近い紺色である。髪だけ色が変わったのか。

 アルバートは面白おかしそうに言ったが、ヴァロウの目は笑っていない。


 そしてもう一人、炎のような赤毛を持つ青年が一歩進み出る。長身で、腰には双剣。片手を胸に当てると、塁に一礼した。流れるような美しい動作だ。


「こちらはレオナルド。私の側近にして親衛隊長だ。剣術と土の魔術を兼ねる戦士で、幼い頃からの友でもある」


 赤毛の青年はにかっと笑みを浮かべ、片手を挙げた。歳の頃は27、8といった所だろうか。

「俺には気楽に声をかけてくれて構わないっすよ。殿下そのままだと...いえ、陛下と瓜二つだと聞いていましたが、まさかここまでとは!」

 先ほどの美しい動作とは想像もつかない気さくな喋りに、少し驚く。


「よろしく……」

 それでもヴァロウの荘厳さとは対照的に、レオナルドの陽気さに塁は少しだけ安心した。


 二人の紹介が済むと、やがて人払いがなされ、寝室にはアルバートと塁だけが残された。窓辺に腰を下ろし、茶を啜りながらアルバートが問いかける。


「さて……君も色々と聞きたいことがあるだろう?」


 塁はしばし迷い、やがて重い口を開いた。


「……ルースから、こっちにいる間は俺のいた元の世界では時間が進まないと聞いたんだ。

 でもな、俺あの時...こっちに来る直前に元の世界で学校の屋上から突き落とされて。落ちる瞬間にこっちにきたんだ」


 じっと目を向けるアルバートがゆっくりと話を聞いていてくれることを感じ、塁は一息つこうと出された紅茶にコロリと角砂糖を入れ、スプーンで混ぜる。

 紅茶に映り込んでいた自分が歪み、よく見えなくなった。

 

 心配事をどう伝えようかと紅茶を見ながら考えていると、アルバートが先に口を開いた。


 「ああ、その件はルースから聞いている。僕も君の口から、その時の詳細な状況を聞きたいと思っていたんだ」

 それを聞いて、まずはあの時の状況をアルバートに詳細に語る。

 アルバートは椅子に座ると、口にしていた紅茶をテーブルに置き、肘を膝についた前屈みの状態で真剣に話を聞いてくれた。


 「だが、誰に落とされたんだ?君は誰かから恨みを買うようなことをしたのかい?」


 それだ、確かに背中を押された感覚があったし、落ちる間際にちらりと人影も確認した。しかし顔までははっきりしないのだ。体躯的に男だろうとは思った。


 「わからないんだ。屋上には一人でいるつもりだったし、一瞬姿は見たけど...落ちる間際に視界の端に映っただけで、顔がわかるほどは見てない。

 男っぽい感じには思ったんだけど、それも定かではないんだ。それに、恨みを買うことは...ないと思うんだけどなぁ」


 「ふむ。痴情のもつれは?君の容姿ではあり得るだろう。無自覚に女の気をひいて、その女に惚れていた男から恨まれていたなど...」

 「はぁ?ちじょうの...いやいやいや!何言ってんの。んなわけねぇだろ!この平凡フェイスを見てみろよ」


 予想外の質問に、あははと笑いながらヒラヒラと手を振ったが、返ってきたのは至って真面目な反応だった。

「ああ、僕と同じ顔をしているな」


 そうだった、こいつと俺はほぼ同じ顔なんだった。


 「僕と同じ容姿なら女性の目を集めるだろう?ふっ、なんたってこの漆黒の瞳と髪もあるしな!向こうでは違うのか?」

 自信満々な笑みで言うアルバートである。


 (こいつはナルシストなのか?いや、でももしかすると...)


 ふと、この世界に到着したばかりで石畳の通路に転がっていたころを思い出す。通りにいた女性陣がこちらに熱い目線を向けていたような...。


 「なあ、もしかしてこっちの感覚では俺らの顔は美形なのか?」


 「ふむ?まず目鼻立ちだけで見てもいいほうだろうな!国内で目鼻立ちの美醜で順位付けを行うなら、上位2割には入るだろう。しかしだな...」

 「しかし?」

 「僕らにはこの漆黒の瞳と髪がある。これは豊富な魔力量の証であり、限られたものだけに発現する色だ。高価な宝石同様、希少価値の高いものは誰もが羨み、求めるものだ。黒に近い色を持っている者はな、同性からも異性からも人気が高いぞ!」


 茶目っ気のある笑顔を見せながら、アルバートは続ける。


 「魔力量の豊富さから、黒に近い色を呈した者は王族や貴族から婚姻を望まれたり、養子として受け入れられることも多い。だから、『高貴な色』とも見られている部分もあるな」


 さらに向こうでの美醜はどうなっているのかとアルバートに聞かれたため、特に塁の生まれた日本では黒の者が多く、見かけについては基本的に目鼻立ちやスタイル次第であること、魔術は存在しないことを伝えた。


 「魔術が存在しないだと?文献によると、数百年前にアベノ・セイメイというものがこちらの世界に来たそうだが、そいつは魔術を操っていたそうだぞ。膨大な魔力を持つ、黒目黒髪の術師だったとか」

 「アベノ...安倍晴明!?陰陽師ってもしかして魔術師だったのか!?」


 衝撃の事実である。


 そんな衝撃を受けながら、ふと、もう一つ胸に抱えていた疑問を口にする。

「なあ、アルバート...陛下。君の両親は?ここにいる間に見かけることはなかったから、少し気になって」


 「ははっ、陛下はやめてくれよ。アルバートでいい。君と僕の関係は対等だ」


 そしてアルバートは一瞬だけ目を伏せ、静かに答えた。

「亡くなったよ。数年前のことだ。父上も母上も。だから私はこうして早くから即位することになった」

 短い言葉の中に、深い哀惜が滲んでいた。


「他に、ええと弟以外の兄弟は……?」

「いない。君...いや、エトヴィンと僕の二人だけだった」


 アルバートは柔らかく笑ったが、その瞳の奥には孤独が影を落としているように見えた。

 亡くなった弟エトヴィンの魂を俺が宿しているということから、つい弟の姿を俺に重ねてしまうこともあるのだろう。不思議とそれに嫌な気はしないが、寂しそうなアルバートの様子を見ると、どう反応したら良いかわからない。


 塁は言葉を探したが、そんなこんなで声にならなかった。もっと聞きたいことは山ほどあった。だがそれ以上は踏み込むべきではないと感じ、湯気の立つ紅茶に視線を落とす。


(……また今度にしよう)


 「ところでルイは、こちらの世界に来てどうだ?サンセティア語は自然と話せているようだが、ほかにも何か馴染みを感じているものはあるか?」


 そう、言語である。

 この世界に到着した直後こそ、周囲の人間が何の言語を話しているか不明だったが、しばらくすると自然と言語がわかるようになった。最初は自分も周囲も日本語を話しているのかという錯覚をしたが、これは違う。確かに俺にはこの国の言語知識があり、それを話している。


 「言葉はなぜか話せるんだよ。だけど読み書きはできないみたいだ。ほかに、うーん、馴染みを感じるものはないな〜」


 試しにルースに文字を書いてもらい、読んでみようとしたが無理だったのだ。塁の自室にある魔力式ランプは軽く魔力を流せば点灯できるらしく、触ってみたのだが魔力の流し方が全くもってわからなかった。


 「そうか。不思議なものだな」


 アルバートは興味深そうにそう返事をしたが、どこか気を落とした雰囲気が混じっている気もした。

 

 その後もアルバートと会話を重ね、元の世界に戻るときのためにーーーー仮に屋上から落下する時のための対策を講じてくれることになった。

 「君の魔力との親和性の高い護身の魔道具を作らせよう。君の魔力は向こうに行っても君の中に存在するはずだから、親和性を高めればそうそう外れることもなく、物理的落下程度であれば君を守ってくれるはずだ」


 窓から差し込む夕暮れの光が二人の影を重ね、しばし静かな時が流れた。

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