王の歩み
王都の中央、陽光が白亜の尖塔を照らし、王立広場全体を柔らかな輝きで包んでいた。
兵士たちの列は整然としており、どこからか流れ始めた管楽器の響きが式の始まりを告げる。
「――皇帝陛下、御入場!」
その声とともに、騎士達や兵の群衆が一斉にひざまずいた。
石畳の上、長く敷かれた赤絨毯の先で、皇帝が歩みを進める。
ゆっくりと、しかし迷いのない歩み。
肩までの黒髪が風でかすかに揺れ、金の刺繍が施されたマントが光を受けて波打つ。
――その姿は、まぎれもなく“強き皇帝”だ。
だが実際には、玉座の主アルバートではない。
壇上に向かって歩いているのは、ルイである。
ルイの心は、不思議なほど静かだった。
緊張も恐怖もない。むしろ、まるで自分がこの場所に立つことが当然であるかのような、そんな感覚すら覚えるほどだ。
(……落ち着けている。いや、落ち着いているというより――馴染んでる)
訓練で叩き込まれた姿勢、歩幅、視線の動かし方。
どれも自然に体が覚えていた。
(ルースに厳しくしてもらったからかな。男も女も泣かせる近衛騎士団第一隊長?だっけか?)
そんなことを思い出して、かすかに口角が上がるほどの余裕っぷりだ。
風が吹き抜け、絨毯の端がわずかに揺れる。
その風の中を、ルイはゆっくりと歩き続けた。初めこそ「やたら重い」と感じていた儀礼服だったが、今では地を踏み締める力をくれる、頼もしい重みへと変わっていた。この重みを、ルイは心地いいとさえ感じる。
観衆の中には、思わず息を呑む者もいる。
背筋を伸ばし、静かな威厳を漂わせたその姿に、誰もが“王の風格”を見た。
(俺は……アルバート・サンセティア)
そう口の中で呟くと、より一層今の自分をしっくりと感じられた。
壇上の中央に立ち、ゆっくりと振り返る。
無数の人々が視線を注ぐ中、ルイはさらりと見渡す。一呼吸おいて、微笑みを浮かべた。
音楽が止む。
広場を覆うのは、荘厳な沈黙のみ。
ヴァロウの声が響く。
「――陛下より、お言葉を賜ります」
ルイは深く息を吸い、声を発した。
「この国の剣と盾たる者たちに、深き感謝を――」
……と言うつもりだった。
しかし、舌がほんの一瞬もつれた。
「この国の剣と……鍋たる者たちに、深き感謝を――」
広場全体が、時を止めたように静まり返る。
(……あれ。俺、今、“鍋”って言ったか?)
風がひゅうと吹き抜けた。
貴族や騎士、兵士達が目を瞬かせる。
ルイから見えない位置でこっそりと式典を眺めていたアルバートは、目元を覆って俯き、肩を揺らす。
ヴァロウは目を潤ませ、懐から取り出したハンカチを口に押し込んだ。
ルースは遠くから、絶望的な顔をする。
(終わった……初陛下、即終了……!)
このままでは式典が凍りつく――そう悟ったルイは、咄嗟にもう一言付け加えた。
「……剣により国は守られ、鍋は民を支え、命を育む。この国の繁栄への功労者に、感謝を」
会場の空気が一瞬止まり――
次の瞬間、こちらを見ていた一部の人々の納得顔が波紋のように広がった。
誰かが小さく「なるほど、鍋も重要だ」「平和主義のアルバート陛下らしいな」「意外と庶民っぽい?」と呟き、周囲が和む。
納得顔をしているのは主に騎士団や兵士、会場運営に当たっている使用人などで、着飾った華やかな貴族達はイマイチ腑に落ちないといった風に顔を見合わせている。もしかすると、高位貴族の多くは鍋を見る機会もないのかもしれない。
しかし場の緊張がいい意味で解けたのか、拍手をする人々の中には笑顔が混じる。
(……なんとか、持ちこたえたか……?)
ルイはアルバートのような綺麗な微笑を浮かべ、再び厳かな表情に戻る。
鍋事件などなかったかのように堂々と壇上を後にした。
――こうして、サンセティア帝国の式典は、
荘厳と笑いの狭間で静かに幕を開けた。
“王の影”ルイの伝説は、鍋とともに始まったのだった。
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