王の影の朝支度
朝日がまだ淡く差し込み始めた頃。
ルイの部屋には、早くも使用人とルースの気配があった。
「ルイ様、今日はいつも以上に気合を入れさせていただきますよ」
そう宣言したのは、日頃から身の回りの世話をしてくれているルイの事情を知る使用人――小柄な女性で、名はメルダ。
彼女の手際は見事なもので、ルイが寝ぼけまなこのまま椅子に座った瞬間には、もう彼の髪を梳き始めていた。
「うぅ……まだ夜明けじゃ……」
「本日はついに陛下としてのご活躍ですから、万全の準備をしませんと」
「ついにって...一応お試しな、お試し」
寝ぐせのついた髪を引っ張られ、ルイは顔をしかめる。
ルースは隣で腕を組みながら、淡々とした声を挟んだ。
「陛下と並び立つ以上、“代役”ではなく“陛下そのもの”です。姿勢を崩さぬように」
「え、今も……?」
「今のうちからです」
「鬼か……」
メルダが手際よくつけ毛を整え、アルバートと同じ長さにハサミで調整していく。
肩にかかるかかからないかの、絶妙なライン。
眉も整えられれ、化粧でほんの少し肌のトーンを明るくされる。
「うふふふふふ.......まぁまぁっ!我ながらよい仕事をしておりますわ。あとは衣装ですね」
昨日身につけた王家の黒時に金が施された衣装を、身につける。
鏡に映った自分の姿を見て、ルイは思わず言葉を失った。
いつもの大学生みたいな自分はいない。
そこにいるのは、どこからどう見ても――アルバートだ。
「……誰?」
「ルイ様ですよ」
「いや、これはもう完全に“アルバート様”だろ」
メルダがにこりと満足そうに微笑む。
「当然です。今朝の私はいつもより三割増しで本気でしたから」
「すげー」
ルイがまじまじと鏡の自分を眺めてメルダの腕に感心していると、コンコンとノックが響いた。
扉の向こうから、明るい声がする。
「ルイ、入ってもいいかな?」
アルバートの声だった。
ルースが「どうぞー」と応じると、扉が開き、アルバート、レオナルド、そして宰相ヴァロウが姿を現した。
「おはよう、ル――」
アルバートの言葉が途中で止まる。
次いで、三人の視線が一斉にルイへと注がれた。
時間が止まる。
「…………」
「…………」
最初に動いたのはヴァロウだった。
「う、美し……」
次の瞬間――鼻から鮮やかに赤い筋がつうっと垂れた。
「おい、しっかりしろヴァロウ!?」
自身と同じ顔の美少年を見て鼻血を垂らす臣下に、アルバートが若干引いている。
ルースがため息をつきながら、そっとハンカチを差し出す。
「宰相殿、鼻血です」
「......く、ありがとうございます」
その横で、アルバートが感嘆の息を漏らした。
「いやぁ、まさかここまで垢抜けるとは……まるで別人だね。僕と同じ顔をしているのに、なぜか芋っぽいとは思っていたんだよねぇ」
「い、芋っぽいて!わかってるけどさ」
横にいたレオナルドが静かに口を開いた。
「率直に申し上げて、今は陛下よりも輝かしく見えますね」
「……なんだって?」
瞬間的にアルバートが反応する。
「ちょっと待て。僕よりも美しいだと? お前、解任されたいのか」
「事実を申し上げただけです」
「言うな!」
ルースがわずかに肩を震わせている。どう見ても笑いを堪えていた。
アルバートは、わざとらしくため息をついた。
「ふむ……困ったな。もう少しルイの輝きを落とせないのか...いや、それはなんだか僕に合わせているようで癪だな」
「は、恥ずかしいな。やめてくれよ……! 俺だって好きでこんな格好してるわけじゃ……」
「陛下は普段からもっとお眠りになってくださいませ。ここ最近くすんでお見えになるのは、お目元のクマが深くていらっしゃるからですわ」
メルダがアルバートの背後から容赦のないアドバイスを告げる。
「くすんで...!?」
アルバートが衝撃的だと言わんなかりの顔でメルダを振り返るが、「睡眠か......」と真剣な顔でブツブツと言っている。
そこで、鼻血が止まったのか、宰相ヴァロウが口を開く。
「さて、この姿なら誰も別人とは気づかないでしょう。もともと瓜二つでございますしね。
本日の式典には、私とレオナルド、ルースの3名ともが陛下ーーールイ様の側へと控えます。途中、授与式では私はお側を離れますが、二人がいるので問題はないでしょう。
それと、本式典でルースが陛下の護衛騎士として役戻りすることも発表いたします。......ルース、そのつもりで」
「ええ」
こうして、ルイの初めての“王の影”としての役割が始まった。
やっとルイ専属使用人のお名前登場です!




