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落下の先で

 (......!)

 はっと次に目を開けたとき、視界に映るのは空だった。夜に入りかけの、星がちらつく空だ。

 そして仰向けに倒れていることに気づいたのは、固く冷たい石畳の感触が背に伝わってきたからだった。

 手の甲は直接地面に触れており、少し手を動かすと、ざらりとした感触が伝わる。


 首を軽く上げて周囲を見渡すと、そこは見知らぬ街並み。石造りの建物が肩を寄せ合うように立ち並び、窓辺からはランタンの柔らかな光がこぼれている。

 馬の蹄の音、屋台から漂う香辛料の匂い、耳慣れない言語で交わされる人々の声。すべてが異質で、現実離れしていた。


「あれ、急にインバウンドなエリアだな……ここ、どこだ……?」


 日本人ではなさそうな人が多く、ここは観光地のどこかだっけ?と思わされる。

 そしてそれらの人から、奇異の目を向けられている。道に転がった酔っぱらいだと思われているのだろうか。しかし上体を起こした先で目が合った女性は、ほんのりと頬を染めた……気がする。いや、モテた経験がないためこれは都合のよい勘違いだ、きっと。


 その時、視界に影が差した。

 目を上げると、そこに立っていたのは軍服か騎士服か、西洋の物語に登場しそうな装いをした青年。


 (うっわ、イケメンだなあ!軍服コス?がよく似合う)

 背は高く、整った顔立ちに短く揃えられた明るめの茶髪、腰には長剣。八頭身の体躯は鍛え上げられつつもしなやかに見え、気品を放っていた。


 青年と目が合った瞬間、彼は息を呑み、次の瞬間には片膝をついて跪いた。こちらに身体を向けたまま目を伏せ、かすかに眉を寄せている。

 沈黙のまま、青年の周りでヒュルヒュルと風が巻き起こる。その間だいたい数秒間、塁が青年を見つめていると、ふぅと息をついて青年が目線を上げた。

「…………………………」

 こちらに向かって何かを言っているが、英語でもない何かの言語で、何を言っているのかまるでわからない。黙っていると、重ねて何かを言っているようだ。

 こんな時、どう反応すべきか見当もつかず、塁はとっさにジェスチャーで「わからない」を伝えようと手を彷徨わせる。だが結局、ただ無意味に手をふらふらさせるだけになってしまった。


 青年は塁の様子を注意深く観察し、再び口を開いた。

「.......な..........です。ご加減はいかがでしょうか?お怪我はありませんか?」

 先ほどは何語かわからなかったが、聞いているうちに意味がわかってきた。

「は、え? あ、日本語? えーと、ケッ……怪我は、ナイデス」

 自分でも情けない返答に、塁は赤面した。こんな時に限って露呈する、自分のコミュ力のなさと動揺加減が恥ずかしい。

 塁が戸惑う間、青年の瞳は熱を帯び、少し揺らいだように見えた。


 やがて彼は塁の手を恭しく取り、深く頭を垂れる。

「どうかご安心ください。王宮へご案内いたします」

「えーと……?」

「失礼、私はルース・クレルモンと申します。この度はあなた様のお迎えに参りました。本来は王宮内にお越しいただく手筈だったのですが、なんらかの原因で王宮外にお越しになられたと...」

「あの!すみません、ここってどこなんですかね?ディズニ...は違いそうだな、どこかテーマパーク内?おれさっきまで大学にいたはずなんですけど、イテテテテ」

 この状況に至った経緯を思い出そうとすると、急に頭がズキズキと痛んだ。

 「お怪我を!?」

 「いや、少し頭痛がしただけで」

 危機迫ったような調子で確認されたため、慌てて訂正する。


 「そうですか、ですがどうかご無理はせず。後ほど説明もいたしますので、......一旦ここを離れましょう。目立ちすぎます」

 ルースはどこからともなく引っ張り出した麻布のようなものを、やさしくおれの頭に被せる。そして手を差し出す。

 「立てますか?いえ、抱き上げます」

 「わぁ、ありが......いやっ、いいいい」

 返事を待たずしてお姫様抱っこ秒読みの姿勢をとられていたため一瞬流されそうになったが、慌てて拒否する。一瞬ルースの背後にバラが見えた気がする。なぜ男相手にこんなドキドキしてるんだ俺は。

 「あっぶねえ、イケメンすぎるよ」


 出されていた手を借りて立ち上がる。

(なんだこの状況?この人はテーマパークのスタッフか何かで、これから救護室かお客様センター的なところにでも連れて行こうとしてくれてるんだよな?)


 いつの間にか周りにはほかにも帯剣した軍服風の人間が数名集まっており、ルースと名乗った男と言葉を交わす。ルースとは異なる色の軍服だ。


 「馬車が到着しています。急いで」


 ルースに案内されるままついていくと、本当に馬車があった。これでパーク内を移動するのか。随分と手が凝っている。

 手が凝っているといえば、彼らが身につけている服や剣もだ。なんちゃってなコスプレ感はなく、生地質がしっかりしており、剣も重みがあるように見える。


 馬車に乗ったのは塁一人。先ほどルースと名乗った男は、ほかの者たちと共に別の馬に乗ったようだ。


 (馬に乗れるスタッフ多すぎないか?乗馬経験が採用の必須条件?)


 馬車の窓のカーテンは閉められてしまったのだが、その隙間からチラリと外を覗いていると、そう長く揺られることなく、夜空を背にそびえる白亜の城が視界に入った。日本の城とは大きく異なる、ヨーロッパ風の城である。

 尖塔の上で翻る大きな旗。その威容は圧倒的かつ完璧だ。


 やがて城の門が見えるところまで馬車が近づくと、門番が鋭く敬礼する。

 馬車が王宮の壮麗な門をくぐり停車すると、馬車の扉が開かれる。案内されるがまま、煌びやかな内部に呆気に取られながら歩くこと数分ーーー気づけば、大きな扉の前に立っていた。

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