王の影、はじめての訓練
翌日から、数日後にある式典でアルバートを演じるための訓練がはじまった。
この式典は、毎年一回行われる軍や騎士団の功労者を労う式典らしい。式典開始の挨拶以外に皇帝の言葉が必要な場面はないため、学問的知識は不要。歩き方や姿勢、基本的な作法を学ぶことになった。
「では、ルイ様。王としての“歩き方”から参りましょう。」
広間に響く低い声――講師役はルースだ。
騎士団の訓練用ホールを改装したらしいその空間は、床が磨き抜かれて光を反射している。
ルイはまるで体育館に連れてこられた中学生のような気分だった。
「いや、歩くだけでしょ?そんな大げさな……」
「王の歩みは“ただ歩く”ではございません。」
ルースの厳しい声が飛ぶ。
彼は姿勢を正し、片手を胸に当てて一歩を踏み出した。
まるで一挙手一投足に意味があるかのように、静かで、揺るぎない。
「まず、背筋を伸ばし、顎をわずかに上げます。
足を踏み出す際、重心をぶらさず――そう、床に沈み込むように、滑らかに。」
「……スライド式ね、了解。」
「そうです。ですが、もう少し威厳を。ルイ様は王なのですから。」
「いや俺、王じゃなくて学生なんだけど……」
ぼやきながらも言われた通りに歩こうとするが、ギクシャクと数歩進んだだけで、つま先がカツンと音を立てる。
「違います!つま先に重心を置かないでください!目線は下を見ず、真っ直ぐ前に!」
「え、無理!足ってつま先から出るでしょ普通!」
そんなルースとのやりとりに、後ろの方から忍び笑いが漏れた。
振り返ると、アルバートが椅子の背に肘をかけ、頬杖をつきながら楽しそうに眺めている。
「いいねぇ、その調子。最初の頃の僕よりはずっとマシだよ」
「えっ、アルバートも最初こんなんだったの?」
「僕? 僕は生まれたときから完璧だったさ」
「おいっ!」
ルースが咳払いをして話を戻す。
「では次に、陛下としての“座り方”を。椅子に腰掛ける際、陛下は式典のような場では足は組みません。
両足は軽く開き、背を伸ばして肘を軽く肘掛けに。視線は下げすぎず、常に見られていることは意識しつつも、“見ている側”としての振る舞いを。」
「……見られてる意識をしながら、見ている側としての...ん...?」
アルバートが笑いながら補足する。
「あと、笑うときは“歯を見せすぎない”こと。
王の微笑は“赦し”であって、“親しみ”ではないからね」
「うわ、なんか人間味削られてく……」
「それが“王”という役割さ」
ルースが頷き、今度は立ち居振る舞いの一連の流れに移った。
入場から着席、そして退場までの流れを、何度も何度も繰り返す。
「背筋!目線は真っ直ぐ!顎を引かずに!……歩幅が広すぎる!」
「ちょ、ルース、キャラ変わってない? そんな厳しいタイプだっけ」
「当然です。陛下を演じるということは、命を懸けるということでもあります」
その言葉に、ルイは思わず口を閉じた。
軽口を叩いていた気持ちが、少しだけ引き締まる。
「......くっ、さすが“男も女も泣かせる近衛騎士団第一隊長”だねぇ。懐かしいな。でも相手がルイだからかな、まだまだ優しい」
くふふ、とおかしそうに笑うアルバートの声が耳に入る。なんだそれ、ルースのことか?めちゃくちゃ気になるじゃないか。
アルバートが立ち上がり、ゆっくりとルイの前に歩み寄った。
「ねえ、ルイ。君は僕として皆の前に立つけど、ただの僕の“代わり”じゃないと思ってほしい。
君が皆の前に立つとき、君の中にあるもの――強さも優しさも、全部出してほしい。
王の姿を“真似る”んじゃない、君は......君自身が王なんだ」
(俺が王、皇帝だと、心の底から思ってことだよな)
「……そんなこと、できるかな」
「大丈夫」
なぜか自信満々に肯定するアルバートの言葉に、ルイは小さく笑った。
気づけば、ルースも少し表情を和らげている。
その後数日間、ルースによる厳しい指導は続いた。
朝は姿勢と歩行の矯正、昼は礼節と基本的作法の反復、夜には表情の練習。まるで鬼顧問のいる部活のような日々だった。
ルイは一歩歩くたびに背筋を伸ばし、顎を上げ、視線を真っすぐに保つ――その一連の動作に「王の気配」を宿すために、何度も失敗と修正を繰り返した。
ルースは一切妥協しない。少しでも姿勢が崩れれば木の棒で背中を軽く突かれ、「顎」「足」「胸」と淡々と指摘が飛ぶ。
アルバートは時折見学に現れ、ルイの不格好な動きに笑いを堪えながら「うん、だいぶ王らしくなってきた」などと余計なことを言っては、ルースに鋭く睨まれていた。
(こんな王様演技、俺にできるのか……)
疲労困憊しながらも、ルイは日に日に少しずつ、歩き方にも落ち着きを帯びていった。
そしてある日の夕刻、ルースが木棒を脇に立て、穏やかな表情で告げた。
「では、明日からは式典用の衣装を身につけて、所作の最終確認を行います。
引き続き、姿勢を維持できるよう鍛えておいてください」
「うわ、まだ宿題か……」
ルイは深いため息をつきながらも、胸の奥に少しだけ誇らしさを覚えた。




