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「王の影」とは俺のこと!〜背中を押されたら〜  作者: 大木 雫


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18/22

王の影、はじめての訓練

 翌日から、数日後にある式典でアルバートを演じるための訓練がはじまった。

 この式典は、毎年一回行われる軍や騎士団の功労者を労う式典らしい。式典開始の挨拶以外に皇帝の言葉が必要な場面はないため、学問的知識は不要。歩き方や姿勢、基本的な作法を学ぶことになった。


 「では、ルイ様。王としての“歩き方”から参りましょう。」


 広間に響く低い声――講師役はルースだ。

 騎士団の訓練用ホールを改装したらしいその空間は、床が磨き抜かれて光を反射している。

 ルイはまるで体育館に連れてこられた中学生のような気分だった。


 「いや、歩くだけでしょ?そんな大げさな……」


 「王の歩みは“ただ歩く”ではございません。」


 ルースの厳しい声が飛ぶ。

 彼は姿勢を正し、片手を胸に当てて一歩を踏み出した。

 まるで一挙手一投足に意味があるかのように、静かで、揺るぎない。


 「まず、背筋を伸ばし、顎をわずかに上げます。

  足を踏み出す際、重心をぶらさず――そう、床に沈み込むように、滑らかに。」


 「……スライド式ね、了解。」


 「そうです。ですが、もう少し威厳を。ルイ様は王なのですから。」


 「いや俺、王じゃなくて学生なんだけど……」


 ぼやきながらも言われた通りに歩こうとするが、ギクシャクと数歩進んだだけで、つま先がカツンと音を立てる。


 「違います!つま先に重心を置かないでください!目線は下を見ず、真っ直ぐ前に!」


 「え、無理!足ってつま先から出るでしょ普通!」


 そんなルースとのやりとりに、後ろの方から忍び笑いが漏れた。

 振り返ると、アルバートが椅子の背に肘をかけ、頬杖をつきながら楽しそうに眺めている。


 「いいねぇ、その調子。最初の頃の僕よりはずっとマシだよ」


 「えっ、アルバートも最初こんなんだったの?」


 「僕? 僕は生まれたときから完璧だったさ」


 「おいっ!」


 ルースが咳払いをして話を戻す。


 「では次に、陛下としての“座り方”を。椅子に腰掛ける際、陛下は式典のような場では足は組みません。

  両足は軽く開き、背を伸ばして肘を軽く肘掛けに。視線は下げすぎず、常に見られていることは意識しつつも、“見ている側”としての振る舞いを。」


 「……見られてる意識をしながら、見ている側としての...ん...?」


 アルバートが笑いながら補足する。

 「あと、笑うときは“歯を見せすぎない”こと。

  王の微笑は“赦し”であって、“親しみ”ではないからね」


 「うわ、なんか人間味削られてく……」


 「それが“王”という役割さ」


 ルースが頷き、今度は立ち居振る舞いの一連の流れに移った。

 入場から着席、そして退場までの流れを、何度も何度も繰り返す。


 「背筋!目線は真っ直ぐ!顎を引かずに!……歩幅が広すぎる!」

 「ちょ、ルース、キャラ変わってない? そんな厳しいタイプだっけ」

 「当然です。陛下を演じるということは、命を懸けるということでもあります」


 その言葉に、ルイは思わず口を閉じた。

 軽口を叩いていた気持ちが、少しだけ引き締まる。


 「......くっ、さすが“男も女も泣かせる近衛騎士団第一隊長”だねぇ。懐かしいな。でも相手がルイだからかな、まだまだ優しい」

 くふふ、とおかしそうに笑うアルバートの声が耳に入る。なんだそれ、ルースのことか?めちゃくちゃ気になるじゃないか。


 アルバートが立ち上がり、ゆっくりとルイの前に歩み寄った。


 「ねえ、ルイ。君は僕として皆の前に立つけど、ただの僕の“代わり”じゃないと思ってほしい。

  君が皆の前に立つとき、君の中にあるもの――強さも優しさも、全部出してほしい。

  王の姿を“真似る”んじゃない、君は......()()()()()()()()


 (俺が王、皇帝だと、心の底から思ってことだよな)


 「……そんなこと、できるかな」


 「大丈夫」


 なぜか自信満々に肯定するアルバートの言葉に、ルイは小さく笑った。

 気づけば、ルースも少し表情を和らげている。






 その後数日間、ルースによる厳しい指導は続いた。

 朝は姿勢と歩行の矯正、昼は礼節と基本的作法の反復、夜には表情の練習。まるで鬼顧問のいる部活のような日々だった。

 ルイは一歩歩くたびに背筋を伸ばし、顎を上げ、視線を真っすぐに保つ――その一連の動作に「王の気配」を宿すために、何度も失敗と修正を繰り返した。


 ルースは一切妥協しない。少しでも姿勢が崩れれば木の棒で背中を軽く突かれ、「顎」「足」「胸」と淡々と指摘が飛ぶ。

 アルバートは時折見学に現れ、ルイの不格好な動きに笑いを堪えながら「うん、だいぶ王らしくなってきた」などと余計なことを言っては、ルースに鋭く睨まれていた。


 (こんな王様演技、俺にできるのか……)

 疲労困憊しながらも、ルイは日に日に少しずつ、歩き方にも落ち着きを帯びていった。


 そしてある日の夕刻、ルースが木棒を脇に立て、穏やかな表情で告げた。


 「では、明日からは式典用の衣装を身につけて、所作の最終確認を行います。

  引き続き、姿勢を維持できるよう鍛えておいてください」


 「うわ、まだ宿題か……」


 ルイは深いため息をつきながらも、胸の奥に少しだけ誇らしさを覚えた。

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