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深夜の鈍い音

 その晩。

 王都の静けさが夜の帳に包まれ、塁は自室で寝台に身を横たえていた。

 けれど、どうにも眠れない。


 (喉が渇いた。水でももらいに行くか)


 上着を羽織り、メガネとハンチング帽をかぶって部屋を出る。

 廊下は静まり返り、月光が石床に細い筋を描いている。

 そのとき――。


 少し遠くから、押し殺した声と、何かが壁にぶつかる鈍い音が聞こえた。

 「……?」


 反射的に足を止め、耳を澄ます。


 声のする方へそっと近づくと、曲がり角の先で二つの人影が見えた。そのうち一人はルースだ。

 ルースが、誰かの胸ぐらを掴んで壁に押し付けている。

 月明かりの下、相手の男の髪が濃い緑に光った。がっしりした体躯、気怠げな態度――だがその目には妙な光が宿っている。


 「なぜあんな真似をした、ハンス」

 ルースの声は低く、怒りを抑え込んでいるようだった。普段の穏やかなルースからは想像もつかない。まるで別人のようだ。


 ハンスと呼ばれた男は、にやりと口の端を上げる。身につけている服装は、ルースと同じ意匠のものだ。


 「そんなこっわい顔して、なんのことですかー?」

 「とぼけるな」


 ルースの拳が壁に打ちつけられ、鈍い音が響いた。

 「お前は私の部下として、ルイ様に密かに付き従うよう命じたはずだ。城を抜け出した時点で止めるべきだった。おまけに俗に襲撃されている間も……なぜ放置した」


 ハンスは相変わらず飄々とした口調で答える。

 「なに、やばそうだったらもちろん出るつもりでしたよ〜。だからちゃーんと、ずっと付いて行ったでしょう?」


 ハンスの胸ぐらを掴んでいたルースが、再びダンッと壁に押し付ける。

 「それにほら、あの生ぬるい感じから少し危機感も持てたでしょうし。“いい刺激”になったと思いません?」

 その軽口に、ルースの指先がかすかに震える。

 怒鳴りつける寸前で、彼は深く息を吐き、拳を緩めたようだ。


 「……お前の軽率な判断が、陛下と殿下の両方を危険に晒したんだ」

 「殿下って。あの王の影はあなたの“殿下”じゃ、ありやせんよ?」

 「......わかっている。とにかく、次はない。わかったな」


 ハンスは肩をすくめ、面倒くさそうに答えた。

 「了解ですよ、()()()()


 廊下の影からやりとりを覗き見ていた塁は、気づかれないようにそっとその場を離れた。


 “影武者の護衛”は、実はルース一人ではなかったようだ。俺が城を抜け出したタイミング、ルース不在時の護衛は、ハンスと呼ばれるあの男だったのか。


 そして話を聞いた限り、おそらくハンスという男はわざと塁の脱走を見逃し、ゴロつきに襲われている間もあえて放っておいた。しかし、いざとなったら動いてくれるつもりだったようだ。

 あえて放っておいたのは、塁のことを良く思っていないからなのか、社会経験をさせたかったからなのか。真意はわからないが、塁はありがたく思った。


 (実際、あの一件で危機感持てたしな)


 夜更けであり使用人は少なかったが、途中、使用人の男性に出会ったため水をもらい、自室へと戻った。

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