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風の剣撃

 馬車は石畳を外れて土道に入り、がたがたと大きく揺れながら走り続けていた。

 石畳の規則的な揺れとは違い、激しく上下に突き上げられ、塁の体は何度も荷台に叩きつけられる。頭からかぶせられた袋の中は息苦しく、縄で縛られた手首は痺れている。


(もう……3時間以上は走ってるか。いや、5、6時間か……?)


 時間の感覚はどんどん曖昧になる。袋越しに聞こえるのは、車輪の軋む音と馬の荒い鼻息・足音、そして時折交わされる男たちのひそひそ声だった。

 どうやら荷台には転がる俺のほか、複数人の男が乗っているようだ。ほかにも、御者台に座る奴もいるだろう。


「こいつを旦那に売ったらいくらになる? 三千……いや、三千万セージぐらいにはなるか?」

「はっ、夢を見すぎだ。......いや、皇帝ならそれぐらい払うかもな」

「いいじゃねぇか!いっそ旦那に渡さず、直接王城に要求するかー?」

 「おっまえ...!スゲェこと思いつくじゃねえか!よっ天才ヨォ」

 「だが、俺らがいくら王を捉えてるつったて相手にしねえだろうよ、普通のお貴族サマは。旦那に引き渡しがほうが見込みがある」

 「む...それもそうだな。報酬は山分けな」


(……やっぱり俺をアルバートと間違えてる……!)


 恐怖が全身を締めつけ、背中を冷や汗が流れた。

 そんな塁の恐怖をよそに、馬車は進む。


 「にしてもよぉ、チョロすぎねえか?」


 しばらくすると、男の一人が疑問を口にした。


 「ああ、王サマはとんでもねえ魔術の使い手って話だったよな。...実際黒目黒髪だったし、魔力量も莫大なはずだぜ?」


 「なんでも古龍を一人で倒せるらしいじゃねえか」

 「古龍を!?古龍なんて見たことねえけどよ、王都の3分の1くらいの大きさしてるって噂だろ?」

 「いんや、それどころか一瞬で王都を丸ごと吹き飛ばせるくらいのパワーの持ち主って話だろ」

 「オレは世界を滅ぼせるって聞いいたぜ?」


 どこまでが本当なのか検討もつかないが、だんだんと物騒な噂になってくる。


 やいのやいのとアルバートに関して知っている情報を口にして盛り上がる男たちだったが、ふいに沈黙が流れる。


 「......じゃあこいつ、偽モンか?」


 「......。いや、待て。そんだけ強えんだったら、あえて捕まってるってぇ線も...?俺たちをまとめてとっちめようと...」

 男たちが動揺しているのか、ざわめきが強くなる。


 (違うから、あえて捕まるとかないから!!偽物だよ、人違いだよ!!俺は龍やら王都やらを吹き飛ばすとか、無理だから!)


 男たちによる斜め上の方向の勘違いが始まった頃、馬車は林に差しかかったのか、木々のざわめきと鳥の飛び立つ音が袋越しに届いた。その時。


 ――馬車内に突風が吹き抜けた。


 最初はただの風だと思った。だが次の瞬間、馬車が大きく揺れ、馬が甲高く嘶き立ち止まったようだ。荷台にいた男が御者をしていた男に向かって怒鳴る。

「なんだ?止まったぞ!」


 そして次の瞬間、何かが空を切り裂く音がして、外から何かが馬車にぶつかるドスンという振動が伝わった。


 「な...!敵襲か!?」

 途端、荷台にいた男達が慌ただしい様子となる。ドタドタと馬車を降りる気配がする。


 荷台で転がされたままの塁の耳にも、外から響く怒号と剣戟の音が鮮明に届く。風を切る音、荷台に何かが大きくぶつかる音。男たちが次々と短く呻き、倒れていく気配。


 やがて袋の口が引き剥がされ、光が差し込んだ。


「ルイ様! ご無事ですか!」


 見上げれば、そこにいたのはルースだった。淡い風をまとったように長い外套がはためき、その手には剣が握られている。息を乱すことなく、鋭い視線だけを敵へと向けていた。


 「お前ひとりだと……!? ほかにーーーー」


 最後に残った賊らしき男が、馬車の外におり、荷台で俺の袋を剥がすルースを見ては青ざめて叫ぶ。その声が終わるより早く、ルースは風に押されるような勢いで距離を詰め、剣で男の武器を弾き飛ばした。

 男は咄嗟に懐から短剣をルースの腹に向かって突き出すが、彼は華麗に避け男の背後に周り、首元に剣の柄頭を打ち付け男を失神させた。


 あたりには呻き声と倒れ伏した賊だけが残り、戦闘は一瞬にして終わっていた。


 ルースは剣を収めると、片膝をついて塁の縄に刃を当て、すぐに切り落とす。痺れていた手首が自由になり、塁は思わず息を吐いた。


「……た、助かった……」

 声は震え、喉がひりつく。


 ルースは深く頭を垂れた。

「申し訳ありません。私が目を離したばかりに、このような危険に……」


「いや、何言ってんだ。俺が勝手に出たせいだ……ごめん」

 塁は縛られていた手をさすりながら答える。責められて当然なのに、ルースの険しい顔を見て、逆に胸が締め付けられた。


 風が木々を揺らし、辺りは薄暗くなっていた。ルースは周囲を確認した後、塁の肩に手を置いた。パタパタと埃を払いながら、怪我を確認する。


「だいぶ陽が落ちましたね。ここから城に戻るのは危険です。少し離れた集落に身を寄せましょう」


 そう言いながら再度周囲を見渡すルースは、何かを探しているように見えた。そして、とある1箇所でじっと目線を止める。

 (まだ奴らがいるのか...?)

 ルースの様子を怪訝に思い、少し不安に感じながら塁もそちらに視線を投げたが、木々の間に暗闇が広がっているだけで何も見えない。


 「行きましょう」


 塁は頷くしかなかった。胸の鼓動はまだ速いままだが、傍らに立つルースの存在に確かな安心感を感じた。

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