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土曜日の魔法使い「いずれあなたも生き埋めだ」

人の死を生命活動の停止においてのみ限定する流れ、それらに反する意見は既に何度も、何度も繰り返されてきた。

「致し方ないことです」

そう断言するのは黒色の猫耳と緑色の瞳がまこと美しい少女、ワタタリ・ススであった。

「人間、という生き物は感情によって辛うじて繁栄を保てた酷く運任せ神頼みの生き物です」

迷いなく断言するような口ぶりであった。

むしろ「そうであって欲しい」と懇願してくるかのような気迫さえ滲ませている。

わたしたちは今電車に乗っていた。始発より2本ほど遅れたと思わしき時間帯、季節帯が冬に近しいのもあってとても朝という単語を使用する気になれないほどの暗闇が辺りを依然として掌握し続けていた。

夜の暗さ、電車内の蛍光灯の白さがいやに刺々しい。人工の灯りの下、ススの輪郭が妙にくっきりと存在感を放っている。

「いやはや」

わたしがススに対しての返事を模索している間に先んじて返答をする別の声がある。

「だとしても、だよ。スゥちゃん」

声の持ち主、キギノギ・クゥは麦わら色のショートヘアを指先で軽く整えている。

「これから自分らが殺しに向かう「対象」にその理論を当てはめるとか、そんな愚行は可能な限り犯してほしくないんだけど」

牽制の意味合いももちろん含んでいるのだろう。だがクゥの言葉遣い、挙動や所作には全く敵意が見受けられなかった。仕事仲間兼数少ない友人という間柄であればこそ、気軽に攻撃的な冗談をふかしたりもする、の……だろう?? 多分。いかんせんわたし自身に友人関係の経験値が不足しすぎているため、どうしても素人意見をふかしているようにしか思えない。

「姫」

己の無能さに絶望感を抱く感情的行為に若干耽溺しすぎていたのだろう、わたしはススに呼ばれていることに遅れたタイミングで気づいた。

「姫、もうすぐ目的の場所ですよ」

「ああ、分かっている」

プリンセスという意味合いの呼び名に未だに不自然さを抱きつつ、しかしわたしは目前の目的についてのみ意識を集中させる事にした。


最寄り駅から徒歩十分ほど、わたしたち「回収かかり」は目的地周辺にたどり着いた。

と言っても電車を使って移動を行っていた時点で、もっと言うならば場所から別の場所へ移動を実行した時点で既に到達というクエストはほぼクリアしたとも言えるのだが。

なんといってもここは魔界で、そして我々は今しがた異世界転移を行ったばかりなのである。

情報を整理するためにいくらか解説を踏まえないといけないはず。

だがその前に。

「誰だお前らァ?」

夜の駅前、うら若き美少女に性犯罪を主した反社会行為をもたらそうとする湿ったゴミ屑共が滲み出てきてしまった。

「良くないなぁ? 若い女がこんな夜中にこんなところ出歩いてたらよォ」

その意見には概ね賛成したいのがわたしの直感および本能的な本音である。

前提としてススとクゥのふたりはこの場所において確かに異様な存在感を放っていた。

「現在地の情報ってどんなのでしたっけ?」

状況よりも環境の心配をしている。ススの姿はメイドであった。

もう、まさにメイドとしか言いようがない。彼女の肉体的特徴である黒い猫耳も相まって、かつての秋葉原を精神的ジャックした萌えキュン文化のテンプレート回答かと勘違いしそうになる。

とはいえ肝心のメイド服のスタイルはクラシックを通り越してアンティークのそれに食い込むほどの伝統的なデザインをしている。

要するにミニスカではなく膝丈より下のロングスカートである。

一方クゥの方もこれまたなかなかに目を引くファッションスタイルである。

「サイエンス世界の基準だとここは長野県の信楽……と呼ぶに値する地点のはずよ」

喪服。和装の喪服姿、そう表記するのがシンプル且つベストだと思う。よくよく観察してみると本来ならば帯にあたる部分が何故か無骨な革製のハーネスのようなもので代用されているなど、違和感はそこかしこにある。

とまあ、とにかく電車が運用され電信柱が道に並び、尚且つスマートフォンが広く一般的に使用出来るような、その様な環境下において彼女らの出で立ちはかなり珍奇なものであることは否めなかった。

しかしたとえ彼女らが品行方正な女学生の姿かたちをしていたところで、今現在の目の前に広がる汚物には大して意味など成さなかったのだろう。

「女女女女女女女女女女女女女女女」

脳みそが急速に下半身へ移行しているかのような戯言を並べ立てつつ、特に躊躇うことも無く敵がクゥの方に襲いかかってきた。

和装という動きにくさのイメージが先行する衣服の影響か、敵はクゥの方を先に陵辱しようと試みていた。

肩を掴んで羽交い締めにするなり、ワンボックスカーに押し込んで肉詰めにするなり、まあ顛末は割と沢山想像できた。

しかし問題は犯罪が起きることよりももっと根本的なところにあった。

敵が自分よりも隣人を狙ったこと、自信に被害が及ぶよりも先に友人が害されようとしている。

その状況が彼女のリミッターを不必要に大きく外してしまった。

ひゅう。少しだけ風が吹いた、敵が最初に実感した情報はそれだけだった。

次に黒色が眼前を揺蕩う。コップの中に墨汁を一滴垂らした、あの色彩に類似した揺らめきだった。

「あ?」

幻覚かと思う。敵の脳裏に最近のオーバードーズ履歴が検索されようとした。

その頃合になって敵である悪漢は己の右腕がざっくりと切り裂かれている事を把握し始めていた。

なにか鋭いものが、ナイフのような何か。

何かしらの武器によって悪漢の長袖を破り、皮膚を通り抜けてピンク色の真皮へ、黄色くツブツブとした脂肪のベタつきに苛立つ勢いのまま骨髄の連なりはいとも容易く断ち切られた。

「ぎゃ」

腕は二の腕の中間までざっくりと切り取られていた。切断面から血液が溢れる。

「ぎゃあああっっ!?」

どぷっどぷっ。と真っ赤な体液が溢れるその様子は古ぼけた放水ホースに久しぶりに水を通した光景に若干似ているような気がした。

「うわあああ、あああーーーああ」

その他有用性の欠片も存在しない悲鳴が周囲を瞬間的に満たした。

目の前の惨劇に一目散に逃げ出した懸命なる者が大半ではあったが、しかし何匹かは愚鈍にその場にとどまっていた。

仲間??? の報復なりなんなりするつもりだったのだろう、とにかく敵は今しがた攻撃を行った存在の姿をここでようやくしっかりと視認し始める。

「しぃぃぃ」

気迫を込めた呼吸音、もしくは最高潮に機嫌が悪い猫の声にも聞こえる。

レスリングの構えのように姿勢を低くし右腕を敵の血で真っ赤に染めている、ススは敵への攻撃を続行した。

「しゃあああ」

鋭い鳴き声とともに悪漢の首元へ右腕を振りかぶる。

拳で殴るにしては動きが柔らかすぎる、遠目で見れば素早くビンタしたような動きなのだろう。

しかし実際は右腕は鋭い爪によって悪漢の頸動脈をザックリと切り裂いていた。

どうやら彼女の武器は右腕らしい。右腕切断および頸動脈の損傷を被った悪漢が死に際の思考で情報を把握していた。

大量に失われる血液が日頃沸騰気味の思考を強引に冷静にさせたのだろう。

悪漢の視界に移る武器、それは彼女の右腕そのもの。

人肌の温もりは欠片も存在していない、銀食器のような煌めきを持つ義手、それが己の命を奪ったのだ。

どちゃり。生命活動能力を失い弛緩した体がアスファルトの上に倒れた。

「次」

最初から全滅しか想定していなかった、とススは言葉を使うことなく行動で己の意見を表明していた。

「次」まだ呆然としているのろまの首を爪で掻っ切る。

「次」絶叫しながら逃げようとする対象の背中を蹴り飛ばし転んだところをそのまま頭蓋骨が損傷するように丁寧に踏み潰す。

「次」若干遠くまで逃げてしまったものを取りこぼさないよう、そこはやはり魔法使いらしく魔法を使って飛びかかる。落下の勢いを使えば飛び降りるだけで楽だ。

「次」以下省略。

「つぎ……」

「もう居ないよ」

ススが体を動かそうとしたところに、その肩へクゥがそっと手を添えていた。

「全滅したよ」

「ハァ……ッハァ……ッ」

今しがた暴れまくっていたが故にススの呼吸はひどく荒れ狂っていた。

 危険が去ったということを意識の上にきちんと実感するまでに若干の時間を要した。

「やれやれ、自分が出っ張る暇も与えないとは、さすがの妙技といったところかしら」

 たった今目の前で血みどろの惨劇が行われたばかりではあるが、しかしクゥの様子は至って健全かつ健康なそれでしかなかった。

 いや、むしろまあまあテンション高めに喜んでいる気配さえ見て取れる。

「ええ、ええ……」

 今更なのだ。と、ススは言葉の上での説明は不必要であると己に強く言い聞かせている。

 殺戮行為の興奮も冷めやらぬうちに誰かの声が聞こえてくる。

「だ、だだだ、だい、大丈夫……です?」

 不幸にも今しがたの惨劇を目撃してしまったのだろう、彼の発音機能は著しく機能低下してしまっていた。

「やや、これはこれは」

 これでもかと言うほどにススが猫を被りに被りまくった声を発している。

 何も知らなければ実に可愛らしいものであるが、しかし残念ながら対象は彼女の凶悪さをすでに把握している。

 しかし相手の動揺を強引に押し流すかのようにススは社会人式の名刺のようにペラペラと整っているだけの挨拶を継続する。

「どうも、こちら「トットテルリ魔法陣回収サービス」です! ご依頼の「土曜日」様」で間違いないでしょうか?」

「え?」

 耳慣れぬ専門用語の登場に相手が若干戸惑う。

「あー……はい、はい! そうです」

 しかしすぐに仕組みを思い出して同意をする。

 この対象、レテ氏は魔法使いたちに、かつて存在したであろう他の魔法使いが残した魔法陣を回収してほしい、と仕事を依頼してきたのである。

「可能であれば現地民……えっと? 「水曜日」にはあまり干渉しない方向性でお願いしたかったんだが……」

 レテは依頼開始から早くも後悔の念を抱き始めているようだった。

 それも致し方ない、とは思う。いざ仕事相手との待ち合わせに向かった途端血みどろの惨劇がすでに完成していたのである。

 いくら魔法使いがアヴァンギャルドな取り扱いをされる職業ではあっても、噂話を見聞するのと実例を眼の前にするとでは恐怖と嫌悪感のリアリティに圧倒的な差が出てくる。

「ご、誤解しないでいただきたいのですがっ」

 自分の失態のせいで他の業者の評判まで下げられてはたまったものではないと、そう言わんばかりの勢いでススがレーテに反論しようとする。

「ぼくたちはあくまでも、あくまでも!

自らの生命活動に危機が及んだ際には積極的な自己防衛行動が推奨されているのでありまして!」

「要するに殺られるくらいなら殺っちまえ、ってことだわね」

「お嬢さん!!?」

 果てしなく事実に基づいた情報をクゥはあっさりと開示してしまっている。

 ススが目をまんまるに見開いている、その様子をオーバーリアクションと即断して受け流せられるほど状況は甘くないのが現実であった。

 彼女たち、そしてレーテ氏からはわたしの「生身」の感情表現は確認できない。

 見えるとしたら漫画や絵本に出てくる人魂のイメージににた謎の光球、その色合いが微妙に変化した、その程度でしかない。

 であればこそ、わたしは現状に思い切りしかめっ面を垂れ流すことができる、というわけである。ただそれだけのことである。

 どのみち基本的にわたしは仕事中はあまり機嫌が良くないのだが、しかし……。

 いや、いやいや、言い訳をしている場合ではないのだ。

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