ギフト
かつて人類は地球と呼ばれる星に住んでいた。しかし、過剰な環境汚染により、彼らは故郷を失うことになった。持てる技術のすべてを使い、彼らは旅立つ。広い宇宙の中で第二の故郷を見つける旅へと。
─人類が地球で暮らした日々がおとぎ話として語られるほど長い月日がたった頃─
黒茶色の地面と植物が見渡すかぎり広がる殺風景な星に私の所属する部隊は集められた。部隊といっても想像するものとはだいぶ違っている、統一された衣装も仲間意識もない、種族さえバラバラな、寄せ集め、という言葉がよく似合う。これから殲滅する原星生物たちのほうが同じ種族で統一されている分、様になっているとさえ思える。だが戦力は比べるまでもなくこちらが上だと断言できる。
味方の部隊を大きく2つに分けるなら1つは種族も装備もバラバラで統一感のない、呼ぶならば混合部隊。2つめは私が所属する、人属によって構成された正規の兵。部隊員のほとんどが体の一部を機械に作り変え、戦闘に特化させている。最もそんな改造をしてない混合部隊だけでも今回の戦闘は充分勝てるだろう。
事前の調査では相手は原始的な種族で、銃すらあるか怪しい。対する混合部隊は使い古しや失敗作とはいえ、それぞれの体格に比較的合う銃や近接武器で武装している。
「物資の搬入終わりました。」
青緑色の皮膚に黒い目の…性別はわからない…おそらく両生類に近い種族、がこちらの顔色を伺うように尋ねてくる。
「あぁ、…早いね。」
どうやら兵と物資の転送が終わったようだ、物資の主な中身はこの星の鉱物を掘り起こすための機材ばかりで食料や医療品は少ない、この戦争に対する上層部の考えがはっきりとわかる。私を含め正規兵も5人だけ、今回指揮を取るのは私だ。特に緊張はない、私自身が実際に戦うことはないだろうし、ただ指示を出すだけだ。
「それじゃ、この星の1番大きなコロニーから始めようか。」
「わかりました!」
命令を与えると両生類似の兵士が隊に戻っていく、拠点を設置したこの地点から、一番近いコロニーがこの星で一番大規模な原生生物の集落だ。
ー目標への攻撃を開始するー
飛び散る血と臓腑をかき分け混合兵は進んでいった。現地の住民は何が起きたのか理解できないまま殲滅される。30分も経たずに終わった戦いの後には数名の捕虜だけが残った。
私は震える甲殻類型の捕虜の首に黒い紐を掛ける。これには身につけたもの同士で意志の疎通を可能にする神似技術と呼ばれるテクノロジーが編み込まれている。同時に言語の解析を終え。この星にある他のコロニーに翻訳機を持たせた部下を使者として向かわせた。従うものは労働力として、拒むものには死を、只それだけのメッセージを伝えに。
1週間でこの星の征服は完了した。後半になるにつれ噂が波及したのか労働力として従う数が増え、戦闘は減った。資源のホットスポットの目星はつけていたため採集活動はすぐに始まり、戦闘班と資源回収班が入れ替わった。
「報告は以上です。」
「うむ、この作戦が完了したことで我が国は新たに数隻の戦艦を造ることができるだろう。」
私の前で報告を受けている口髭を蓄えた巨漢が機嫌良く話す。軍服の似合うこの人物はカルキス・ホーグ、階級は上級二位、中級一位である俺の二階級上の位にあたる。
「ところで、娘さんの容態はどうかね?」
「今のところ容態は安定していますが、…意識までは」
私が任務を終え、真っ先に向かうのは娘の入院している病院に連絡できる通信室だ。もう何年も起きている娘とは会っていない。意識があっても私のことが分かるのかさえ、話すことのできない娘からは聞くことができない。
娘はまだたったの12歳だ。技術の進歩により平均寿命が300歳になった今の時代でもけして短く感じる時間では無かった。痛みに耐える娘にとってはより耐え難い時間だろう。
「投薬治療のみでは限界があるからなぁ。」
上官は私に同情するように話す。
「たしか、君が軍に入ったきっかけも治療費を稼ぐためだったね。」
この国では国力の10分の7近くを軍事に注いでいる。ほぼ無限に近い資源で溢れている宇宙を背景に、より多くの星を支配し、大量の資源やエネルギーを基に技術開発を進めていった結果、三割の国力でも十分すぎるほど民衆の生活を維持できるようになった。そんな時代に軍の持つ力は絶大だ。
「そこで君に提案があるのだが、娘さんに【軍用完全機械化手術】を受けさせないか?完全機械化手術を施せば肉体から解放される、もちろん病気からも。ただし我々のもとで受けられるのは軍用の改造のみだ。」
上官の口からは予想していない言葉が飛び出してきた。完全機械化手術を受けるには高額な費用と実績、審査が必要とされる。私や目の前にいる上官でも一部を機械化してはいるが、全身を機械化することはできない。この手術を受けた者の記憶はブラックボックスに保存され、劣化したパーツを取りかえ続けることができれば理論上は永遠に存在し続けることができる。手術を受けたいがために軍に入るものもいるくらいだ。
特に軍用機械化手術は民間のものとは比べ物にならないほど高度な技術が使われ、かつ厳しい条件をクリアした優秀な兵士のみが受けられる。手術を受けたものは他の帝国兵から畏敬の念を込めて【アルテル】と呼ばれている。
上官自身も手に入れることができないものを提示してくるということは、より上からの命令と推測できる。そしてここからが本題だろう。
心構えをした後、私は返答する。
「私には民間の機械化手術でさえ、受けさせてあげらるだけの資金がありません。…まして軍用なんて。」
「もちろん、ただではない。特別な任務を受けてもらいたい。」
特例で機械化手術を受けられるほどの任務だ、ただ事ではないだろう。
「任務の内容をお聞きしても?」
少しの間をおいて上官は口を開く。
「君には新たに目覚めた神造兵の監視官としての任務に就いてもらいたい。」
はるか昔、人類が生存可能な星を探して宇宙を旅していた時代、各地に放った無人探査機の情報から移住先として候補にあがった星の一つで発見した遺跡の中で見つかった兵器が神造兵と聞いている。
生きていくだけでもギリギリだった人類が、ここまで強大な帝国にまで発展できたのは、神造兵の力あってこそというのは帝国民ならば誰もが知っている常識だ。
ただし、いくつもの星を同時に攻略する銀河規模の戦争は規模が大きく、実際に神造兵に会ったことがあるものは少ない。
「悩むのも無理はない、彼らが投入される規模の戦場では正規兵でも命を失う。神造兵が到着するのは5日後だ、それまでに答えを出しておきなさい。ただし、娘さんの命はいつなくなってもおかしくないということを忘れないように。」
自室に戻り、机の前の椅子に座る。今日の出来事について思い返す。娘の命が助かるのならば自分の命はどうなっても良いと思っている。だが、上官からの提案に即答することができなかった。
娘が生まれる数年前、当時の帝国は軍の一部の反乱による第二次分裂冷戦期にあり、不安や疑心で満ちていた。そんな情勢で戦争になることを予想した軍部が、生まれてくる子供が優秀な兵士になるように、安全確認ができていない【新型改造遺伝子】を投与しているという噂があった。結果として武力が行使されることは無かったが、分裂した一部の勢力は今なお反乱勢力として宇宙のどこかで息をひそめている。
娘は妻の意思で一切の遺伝子改良をせずに自然なDNAを持って生まれてきた。とはいっても妻も私もDNA改良を施しているため、他の子たちと同様に生まれながらに健康で強靭な肉体をもっている確率は高かった。
しかし、残酷な運命は私から娘の自由と妻を奪っていった。
産後すぐ重篤な状態と分かり生命維持装置に入った娘を、妻は毎日お見舞いに行ったが一度も目を覚ますことはなっかった。妻が私のもとを去ったのは第二次分裂冷戦が終わったころだった。日に日にやつれていく妻をみている事しかできなっかた私にはそのことを悔やむ資格も、責める資格もない。
こんな世の中で、妻も私も軍人だが、自分たちの子供には戦争に関わらず自由に生きて欲しいと思い、軍に関わる悪い噂のある遺伝子改良を受けさせなかった。その思いは今も変わらない、それゆえに軍と娘が関りを持ってしまう上官からの提案に即答できなかった。だがこのままではいずれ娘は死んでしまうだろう。すぐにはそうならずとも今現在、機械に囲まれ、病室以外の世界を知らぬまま、全身を侵食する苦しみと共に娘は生きている。
ー何を選ぶことが幸せにつながるのか私にはわからないー
中級二位が資源惑星確保任務から帰還する数日前、第306人工基星内にある最も大きな個人ルーム内では鼻歌が奏でられていた。蛇口から流れる水と鼻歌に混じり、不定期にジョリジョリと何かを剃るような音が聞こえている。音の出どころは洗面台の前で髭を整えている恵まれた体格の男、御年225歳のカルキス・ホーグ上級二位だ。
彼は日々の日課である髭の手入れを何よりも楽しみにしている。そんな彼の日課を中断する放送が流れる
「カルキス・ホーグ上級二位は至急、通信室までお越しください。第三宙隊総司令官がお待ちです。」
ホーグは自身のサイズに調節した特注の軍服に身を包み、急いで通信室へと向かう。通信室のドアの前で呼吸を整え、第一声を考えながらドアのボタンを押す。
ドアが開くと自身が所属する宙隊の中で最も権力を持つ者の姿がホログラムで映し出されていた。
「総司令殿、お待たせして申し訳ございません。」
「気にするな、こちらこそ朝早くにすまないね。」
ホログラムの中で書類に目を通しながら受け答えするのは、長い金髪を邪魔にならないようにまとめ、キツイ性格を思わせる鋭い眼光と、手入れされた黒を基調とした軍服を着こなす、近づき難い雰囲気をまとった美女。第三宙隊総司令官カリン・ヴォルギウス。またの名を…
「いきなりですまないが、君の隊にいるイド・ネクシオ中級一位に対し、指名の任務がある。」
私の思考を遮り、彼女の話は進んでいく。
「彼には監視官として神造兵に同行し監視、支援を担当してもらう。」
イド・ネクシオ、今は確か資源惑星確保任務を完了し帰路についているはず。
「お聞きしてもよろしいでしょうか?なぜ、彼なのですか?」
神造兵、この国の保有する兵器の中でも規格外の性能をもつ、いわば帝国の主力兵器のようなもの。それは人の形を成し、会話をすることができると聞く。
すべての神造兵にはその動向を報告する監視官が割り当てられる。常に危険な任務にあてられる神造兵のそばで行動を共にし戦う、監視官の死亡率は極めて高い。
質問に対し数秒、間をおいて答えが返ってきた。
「奴は前線の経験があり、かつ非常に優秀な成績で宙軍学校を卒業している。辺境の星で資源確保を命じておくには惜しい人材だ。それに、中級一位に対し我々は、軍を裏切れないよう縛りを結べる。」
奴の優秀さは認めざるを得ない。私の知る限り、奴が任務中ミスを犯したことは無い。悔しいが自分を含めこの第306人工基星内で最も能力が高い軍人だろう。
「だが奴は…若い、まだたったの39歳です。」
カルキスはつい口に出してしまった言葉を後悔した。
「私とイド中級一位は宙軍学校の同期で同い年だ。年齢は関係ない、重視すべきは能力と適正でしょう。」
最年少で宙隊総司令官にまで上り詰めた彼女に対して、若さを理由に異議を唱えるのは最も避けるべきだ。
「申し訳ありません。彼の優秀さは私自身よく知っています。いち兵士としてのつまらない嫉妬です。」
「いえ、理解していただければそれで。」
彼女の目が一瞬より鋭くなるのを感じたが、恐らく気のせいでは無いだろう。
「では、あとはカルキス上級ニ位の方からお伝えください。それと中級一位への報酬については後ほど文面にて伝えます。この場でお伝えすると質問が増えそうですし。」
そう言い残し、通信は切れた。
カリン・ヴォルギウス、最前線の戦場から実力で宙隊総司令にまで成り上がった叩き上げの軍人
即滅のヴォルギウス
通信を終えたカリンは、目を閉じ宙隊学校時代に一度も越えることのできなかった男の背中を思い浮かべる。
「…イド」
第306人工基星内の一室で鏡を前に着替える男がいる。制服である黒の軍服は使い古されてはいるが、汚れやシワは無く、丁寧に扱ってきたことがうかがえる。軍服を着ていなければ軍人には見えないであろう優しい顔には、強い信念を感じさせる真っ直ぐで、どこか哀愁を感じさせる目があり、彼が並々ではない経験を積んできたことを語っている。
短く切りそろえられた黒髪を少量のワックスで無造作にかきあげ、男の準備は完了した。
カルキス上級一位との集合場所までは、移動にかかる時間を差し引いても充分に余裕がある状態で部屋を出た。
この日、イド・ネクシオは神造兵の監視官となった
頭の中で思いついた話をメモするのに使おうと思ってるので、用語の説明や世界観をかなり端折ってます。
ほぼ前日談なんで、これからようやく書きたいところがはじまる感じです。
メモ代わりなのでいつかは続きだします、もし好評なら早めに出せるよう頑張ります(たぶん好評になることはないけど笑)