小指とケンカしたら小指が家出しました。
私の右手の小指はしゃべる。
私が5歳になった頃から、私の右手の小指はしゃべるようになった。きっかけはわからない。けど、とにかくその小指はよくしゃべる。うるさいくらい、よく私に話しかける。親指とか人差し指とか左手の小指とか、他の指は話さないのに、その小指だけがなぜかしゃべる。
そんなある日、私は些細なことで小指と喧嘩した。
「ちょっと!コップ持つ時は小指を立てないでって言ってるでしょ!私だけぴんっと立ってるなんてなんか恥ずかしいじゃない!」
「え~…だって、その方がバランス取りやすい気がするし」
「他の指たちと同じく、曲げなさいっ…!」
小指はそう言いながら、小指を曲げようとする。以前ならしかたなく小指の言う通りにしていたけど、私は今13歳。反抗期真っ只中なのだ。だから、命令されるといらっとする。曲がろうとする小指に対し、私はその小指をまっすぐに伸ばそうと力を入れる。
他の指は微動だにせずにコップをしっかり握ってるけど、小指だけがギリギリと曲がったり伸びたりを繰り返す。すると。
「あーもー!あんたほんと最近言うこと聞かないわね!」
「小指がうるさすぎるんでしょ!?あーあ!他の指たちは静かなのにさ、何で小指だけうるさいんだろ!少しは静かにしててよ!」
「うるさいとは何ようるさいとは!てか、あんたが私を雑に扱うから悪いんでしょ!?」
「ほんとうるさいなー!てか、小指なんてあってもなくても意味ないでしょ!?この、役立たずの指!」
「カッチーン。はいキレた、もうキレました。わかりました、今日限りであんたの小指を辞めます!絶交します!」
「いいよ、絶交しよう!その方が静かになっていいよ」
「そうですかわかりました。それでは、絶交!はい、出ていかせていただきます」
そう言うと小指は、私の手からぽこんと取れ。
「それじゃ、さよなら」
「はいはい、さよなら~」
小指はぴょんぴょんと跳ねながら私から離れ、ちろりと私の方に一度振り向くと「フンッ!」とそっぽを向いて私の部屋から出ていった。
「あ~うるさい指がいなくなったから静かになったー!」
私は小指に聞こえるようにして、大きい声でそう言った。
☆
「…あれ?ん~…」
その日の夕食。いつものようにお箸を持ってご飯を食べようとしたけど、お箸がうまく持てない。
「どうしたの星子?お箸が持てないの…って、小指ちゃんはどうしたの?」
「…うるさいから小指とは絶交したの。それよりお母さん、フォークに変えていい?」
「いいわよ、はい」
そう言ってお母さんはフォークを持ってきてくれた。
「ありがとう。う~ん…お箸より使えるけど、うまく力が入らない…」
お箸ではまったくご飯が食べられなかったけど、フォークでは何とかご飯が食べられた。けど、フォークも使いづらく、結局イライラしながらご飯を食べたから、ご飯がまったく美味しくなかった。
☆
「はぁ~…どこ行ったんだろ、私の小指…」
小指が家出して1週間。あれから小指なしで生活しているけど…小指がないだけで結構不便で。
「小指なんてあってもなくても一緒だって思ってたけど~…」
そう独り言をいいながら、自室で宿題をする。けど、ペンがうまく持てず、文字がぐにょぐにょになる。
「あーもー!イライラするっ!はぁ~…ほんと、どこ行っちゃったんだろ?私の小指は……」
ペラペラと数学の教科書を捲っていると、私が描いた手の絵が、教科書の上の端っこにあった。その絵の小指は、どの指よりも大きく描いてあって。
「…これ、授業中のらくがき…」
『ほらほら、私の手の絵見て~』
『ちょっと、これ小指でしょ?何で一番長いのよ。これじゃ小指じゃなくて、大指じゃない(笑)』
『だって、私にはそう見えるんだもん』
『どういう意味よ~?態度がでかいってこと?』
『そうじゃないよ、私にとってあんたは大きな存在…どの指よりも大切で大好きな指ってことだよ』
『え~ナニソレ照れるんだけど(笑)でも、めっちゃ嬉しいよ、ありがと!』
教科書のらくがきを見ていると、そんな小指とのやり取りを思い出した。
「…小指」
ぎゅっと、小指のない右手を握った。相変わらず、うまく力が入らない。
私は席を立つと、勢いよく部屋を出た。
☆
「小指ー!どこー!?」
私は家を飛び出すと、小指を探した。けど、どこを探しても小指は見つからない。
「はあっ、はあっ、はあっ……こゆびぃ~…私の小指、どこに行ったのよぉ~…」
息を切らしながら、ふと右手を見る。小指が不在の私の右手は、静で物足りなくて…寂しくて。
「小指…私が悪かった…ごめんね。あんたがいないとやっぱ寂しいよ。ねえお願い、帰ってきてよぉ……」
涙か一粒地面に落ちた時だった。
「あ、平山ー!」
誰かが私を呼ぶ声がして。頭を上げると、正面から誰かが駆けてきた。その人は……
「えっ!?あっ、阿久津君!?」
同クラの男子の阿久津君が、私のところに向かって走ってくる。
「えっ?え?なんで?阿久津君が私のことを??」
私はその場でおろおろと動揺した。阿久津君は…私の片想いの相手─…好きな人なのだ。
「よお、平山。よかった、ちょうど平山に会いたかったんだ」
「えっ!?わ、私に?なんで?」
「これだよこれ」
と、阿久津君は右の小指を立てた。そこには。
「あっ!私の小指!何で阿久津君の小指に私の小指がくっついてるの!?」
阿久津君のそもそもの小指の上に、私の小指が乗っかるようにしていた。
「俺が部屋で勉強してたら、急に俺の小指にくっついてきてさ。聞いたら、平山の小指って言うから平山のところに返してやろうって思ってさ」
そう言って阿久津君は私の小指を渡そうとするけど、私の小指は阿久津君の小指にくっついて離れようとしない。
「やだ!帰りたくないっ!」
「阿久津君に迷惑かけないで!ほら、おいで!」
「やだ!やだ!あんたとは絶交したんだから、あんたの手になんて戻らないやい!」
私の小指はそう言って、阿久津君の指から離れようとしない。
私は…
「…ごめん、小指。私が悪かったよ。役立たずなんて言って、ほんとごめん。小指がいなくなって、毎日不便で。小指はどの指よりも小さいけどでも、必要な指だって、小指がいなくなってとてもよくわかったよ。それに…小指のいない手は、寂しいよ。だから、私の手に戻ってきて…下さい」
と、小指にそう言うと。
「…私の方こそ、うるさくしてごめんね」
「ううん、私こそいつも反抗ばっかしてごめんね」
「ねえ、本当に星子の手に戻っていいの?」
「もちろんだよ!てか、戻ってきてほしい」
私がそう言うと、私の小指は阿久津の小指からぴょんと飛びはね、ぴとっと私の右手に─…小指のスペースに戻った。いつもの私の5本指が、揃った。
「お帰り、小指♪」
「ただいま、星子♪」
そうして私の右手の小指は、無事戻ってきた。
その日がきっかけで、阿久津君と以前より話すようになりそして、阿久津君とお付き合いすることになったのでした。
─ おわり ─