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ともに歩む人3(カーティス視点)

ネトコン受賞記念SSラストです。

 ユーファミアは温泉の代わりに手洗いを推奨することで疾病予防につながる可能性を提案しようとしていた。運動後や排泄後、仕事の後や食事前など、常に手洗いをする習慣を身につけることで、病原体が体内に取り込まれる前に洗い流してしまおうというわけだ。そのためにはいつでも手洗いできる体系が必要であり、それを水魔法と風魔法を組み合わせて構築しようということらしい。


 この国では水魔法は一般的であり、空気中の水分を集めて水を生成することは、水魔法の適性持ちなら誰でもできる初級魔法だ。そして汚れた水を浄化することもまた容易い。だがその適正のない者たちには使えない魔法だ。


 ユーファミアの考えでは、手洗い専用の場所をたくさん作り、そこに水を生成する魔法と浄化する魔法を発動させる魔法陣を刻むのだという。風魔法で水流を作り、常に真新しい水が循環して手洗い場に流れるようにする。初期費用は手洗い場を建築するのみ。あとは水魔法と風魔法の魔道士に魔法陣を刻んでもらうことで、理論上は永久駆動となるはずだと説明されたのだが。


「そんなことが……できるのか?」

「……魔法陣を建築物に刻むというのは、聞いたことがありません。風魔法を応用した循環の体系は例がありそうですが。そもそも建築物は劣化もしますし……」

「魔法陣に保存魔法をかけあわせれば可能ではないかと考えています。または風魔法と保存魔法を応用させてインクなどで空中に陣を刻むということも検討できるのではないかと」

「……」

「……」


 カイエンと顔を見合わせたまま、それ以上の言葉が出てこなかった。我々の知識が足りないのか、ユーファミアが上を行きすぎて空を飛んでいるのか判断すらつかない。


 だが、2年も前から遅々として進まない政策に投じられた一石に、重たかった胸が空くような感覚があった。


(そうだ、彼女はこういう努力を惜しまない人だった)


 我々が頭を使って考えられることには限界がある。国という巨大な組織を動かすとすれば尚更で、限られた枠組みの中で、出来得ることを模索し、それを決定するのが王族たる私の使命だ。そんな私の周りには、私を支えてくれる人間がたくさんいる。


(けれど私が本当に傍にいて欲しい人はーーー)


 よく言えば控えめ、ともすればおとなしすぎると評されるユーファミアだが、その内実は非常に雄弁だ。それはいつだって彼女が自分のためでなく、誰かのために生きているところにも現れている。災害のせいで没落しかけた家族を救うために王城に伺候し、魔力暴走で命すら危うかった私のために日夜唇を重ねてくれた。自分を滅して生きてきた彼女の視線は、常にほかの誰かや周囲の環境へと向いている。


 私が彼女を好きになった理由は、楚々とした佇まいや容姿だけの話ではない。自分よりも誰かを優先し、そのための努力を惜しまず怠けない、しおれることなく立ち続ける、そんな強さにも惹かれた。


 今また、自分が編み出した理論を、俯くことなく堂々と表明できる聡明さも証明してみせた。


 私が隣に立ってほしいのは、ともに歩みたい人は、この国を導くための努力を積み重ねられる人だ。


 マクレガー侯爵令嬢が自分の能力を証明することに躍起になっているのとは対照的な彼女だけの魅力が、私には何より心強く、どうしても欲しいと思ってしまった。王族の、それも王太子になど好かれてしまって、難儀なことだと思う。それでも私はこの肩書きを下すことができないし、ユーファミアのことも諦めきれないのだから仕方ない。


 欲を言えば、彼女が誰かに注ぐ視線を私だけに注いでほしいものだが、私がそれを素直に口にできる日はいったいいつになるのかーーー。


 そんなことを考えながらつい黙してしまった私を、呆れてものが言えぬとでもとったのか、突然ユーファミアが立ち上がり頭を下げた。


「し、失礼いたしました。出過ぎたことを申し上げました」

「いや、それは別に構わないが……」

「執務のお邪魔をしてしまい申し訳ありません。こちら、片付けますね」


 立ち上がったユーファミアはすでに空になっていた茶器と軽食用の皿をてきぱきと片付けた。慌てたような音を立てながらワゴンを押して部屋を立ち去っていく。


 彼女の艶やかな髪が揺れながら扉の向こうへと消えていくのを惜しむように見送った。


 お茶と彼女の残り香が漂う部屋でカイエンに呼びかける。


「先ほどのユーファミアの話だが、魔導士部に検討を打診するとするか。それと内務長官や宰相にも……」

「お言葉ですが賛成しかねます。そもそも彼女の理論には無理がありすぎるように思います。所詮は座学で学んだだけの学生の知識。そもそもユーファミア嬢は魔法陣の解析学を不得手としていましたよね。そんな彼女がそれらについて語るのもいささか信用がなりません」

「しかしだな」

「どうしてもとおっしゃるなら、一度エンゲルス教授に確認されてはどうでしょう。教授は水魔法の大家であらせられます。彼女の論文が実用化に足るかどうか、最も適切な判断がくだせる方かと思います」


 ユーファミアを気に入り、理由をつけては囲いたがるエンゲルス教授(もうろくジジイ)の顔が浮かんで思わず顔を顰めた。うっかりこの話を持ち込めば、実用化の相談だなんだと言い訳しながら嬉々としてユーファミアを独占しようとすることだろう。残り半年の貴重な時間をあのジジイに取られるのは業腹だった。


「……わかった。この件は様子見とする」


 このときはカイエンが、ユーファミアの案に冷静な判断を下した上で意見してきたものと思っていた。実際はユーファミアに対し恋情を抱いていた奴が、彼女の才能が世に出ることを嫌い、彼女を貶め、役に立たない存在だと刷り込み、その上で自分だけに縋らせようと画策した上での行動だった。そんなこととは知らぬ私は、カイエンの意見を鵜呑みにし、この素晴らしい案を検討することなく見送ってしまった。


 幸い、エンゲルス教授がこの理論と水の道構想の実用化に強い興味を抱き、水面下で魔導士部に情報共有がなされていたこと、新人魔導士として入局した我々の同級生がこの研究を引き継ぎ発展させたことにより、1年後には王城内での試験運用にこぎつけることができるのだが、それはこの設備が王国全土へと広がっていく試金石となった。


 遅まきながらではあるが、治癒魔法を操る魔導士と医師たちとの共同研究で予防医療の分野の有効性が確認され、ユーファミアはその名声を高めることになる。疫病を防ぐという観点は国の予算削減にもつながり、文官、ひいては内務長官からの評価も上がることとなった。加えて疫病発生地域への派兵に二の足を踏みがちな騎士団でもこの設備や理論が歓迎され、疫病の発生を恐れていた貴族たちからも称賛の声が集まったとなれば、さすがのマクレガー宰相もユーファミアの能力を認めずにはいられぬ状況になるのだが。


「やはり若造に、あの明晰なる頭脳と民草を思う思慮深さを持ち合わせた彼女を任せるのはもったいないのぉ」と宣いながら、決定した王太子妃の選定にバレンシア院長を動かしつつ文句をつける耄碌ジジイへの報復に、私が執務以上に頭を悩ませることになるのは別の話だ。


水の道=水道ということで。


ちなみにメラニアの取り巻きのひとりであるマーガレットのアナザーストーリーのラストで、マーガレットが食後に手を洗うシーンが出てきます。その設備の素案がユーファミアのものだということはすでに広く知れており、マーガレットは手を洗いながら自分の過去の言動を思い出すものの、反省には至れず、ただただ絶望するといううすーい伏線があったことをここでお伝えしておきます。

ユーファの研究を実用化させたのは、卒業式で話しかけてきた魔道士の卵たちのひとりだったという裏設定も。ひとり水魔法の使い手がいたのです。


今回のヒロインは、その能力をひけらかすことなく真摯に生きる様子を描きたかったこともあり、敢えて作中では優秀であることをほのめかすのみにとどめておりました。


反対に回った内務長官、騎士団長、そして宰相も、彼女の明晰な頭脳と聡明さを認めずにはいられなくなったということで、王太子妃として生きていくための資格のようなものが、このSSで示せたかなと思います。


無事コミカライズのお話が進みましたら、また記念のSSをあげるかもしれません。


寒い日が続きますが、みなさんも手洗いうがいを心がけてくださいね。

ユーファミアと作者からのお願いです。


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