ともに歩む人1(カーティス視点)
時系列としては、最終学年の前期課程(9月−1月)が終わった直後です。前期の終わりにある中間試験を終え、魔力なしのユーファミアにも無事卒業認定が下りています。卒論の仕上げ&自由登校となる後期課程が始まる直前の、束の間の短期休暇中のストーリーになります。
カーティスもユーファミアもまだ未成年の学生、なおユーファはすでにメラニアから卒業後の孤児院就労の契約の打診をされ、受けるかどうか悩んでいる時期です。カイエンがユーファミアのことを好きだという事実はまだ秘められており、彼はカーティスとユーファの仲をさこうと画策しています。
国王陛下である父が引退をしたがっていることは知っている。
何代かにひとり生まれるという膨大な魔力持ちの王族が治める御代は、比類なき発展を遂げるという例があるからこそ、早々に主導権を渡してしまおうという考えなのだろう。それは理解できる。特に学院は前期過程の終わりに早々と卒業認定が下りるシステムで、後期課程は自由登校となるから、今から執務に慣れろと言われることもまぁ、わからなくもない。
だがこんなに忙しすぎるのはどう考えてもおかしい。側付きのカイエンですらここ数日は自宅である伯爵家に戻らず城に泊まりこんでいるくらいだ。彼がここまで王城に居座るのは、ユーファミアが現れる前、私の魔力暴走が頻発して、かつ付け焼き刃の治癒魔法ですら効かなくなっていた子どもの頃以来だ。常に私の側にいるのが役目であるカイエンが、当時の私の魔力暴走にいち早く気づける立場であったからというのが理由だったが、その習慣も治癒係としてユーファミアが召し上げられてからはなくなっていた。
カイエンも優秀な男で、学院の卒業認定も余裕でクリアしている。私もそれほど事務処理能力が低いわけではないはずだが、その2人をもってしても、この幅広い業務の整理にはすでに辟易しかけていた。父や母には配属されている事務官が、まだ立太子していない私にはつけられていないという事情も大きいだろうが、学生の身でこの状態は少々気が遠くなるものがある。
(大事な業務だとわかってはいるが、私にだって時間がほしい……)
底がようやく見えかけてきた書類に手を伸ばしながら思わずため息をつけば、カイエンが「少し休憩を挟みましょう」と呼び鈴で侍従を呼んだ。お茶の準備を申し付けているカイエンの背中を見ながら、眉間を軽く揉む。
(ユーファミアは確か、ドレスの採寸中だったな)
学院の卒業式後にあるパーティ用のドレスを作るよう指示を出したのは私だ。揃いで自分の衣装も発注している。お互いの色を纏うのは恋人や婚約者、夫婦の慣わし。ドレスデザイナーと話をしているうちにさすがのユーファミアも私の気持ちに気づいてくれるのではないかと、縋るような気持ちをこめて、恥を忍びながら母に手伝いを求めた。ユーファミアをことの外気に入っている母は嬉々としてお勧めのデザイナーを紹介してくれた。
あとは私が彼女に告白するだけだ。するだけなのだが、これが一番の難題だった。
卒業式まで約半年。時間はたっぷりあると思っていたところにこの怒涛の執務の引き継ぎだ。せっかくの短い休暇中だというのに、まったく彼女に会えていない。早めに着手していたであろう卒論もほぼ仕上がったはずで、小うるさいエンゲルス教授らとも最低限の付き合いでいいはずなのに、なぜかユーファミアは未だ論文集だの他国の専門誌だのを抱えて部屋に閉じこもる日も多い。私の治癒係なのだから私の側にいるのが仕事だろうと忌々しく思いつつ、その「仕事」自体も、私が18歳の成人を迎え、魔力暴走の危険がなくなるまでのあと半年のことかと思うと、首筋に何か冷たい物を当てられたようにひやりとした。
時間はまだあると先延ばししてきたその期限が、もう目前にまで迫っている。やるべきことはユーファミアに告白し、ともに過ごすことだというのに、それがままならない。卒業後はけじめのために一旦城から出すようにと母に言われ、別邸の用意だけはしたが、そのことすら打ち明けられずにいる始末。
舌打ちしたいのをなんとか飲み込んだとき、部屋にノックの音が響いた。頼んでいたお茶と軽食が届いたのだろう。カイエンが扉を開けにいく。
「なぜあなたが……」
そんな彼の驚きの声にふと顔をあげれば、私もまた瞠目することになった。
茶器のセットが載ったワゴンとともに姿を見せたのは、つい今ほどその処遇について思いを巡らせていたユーファミアその人だった。
「お仕事中申し訳ありません、あの、メイドの皆さんがお忙しいとのことで、これを持っていくようにと、たまたま部屋を出たタイミングで頼まれまして……」
「メイドが、皆ですか? それにしたって侍従もいたでしょう。あなたが来る必要はないはずです」
「侍従の方にお渡ししようとしたのですが、よければそのまま執務室に運んで差し上げてくださいと。ついでにお茶も私が入れて差し上げるようにとも言われまして」
そこまで漏れ聞いて、思わず額に手を当てた。侍従もメイドも皆ユーファミアを好いているが、私の味方でもある。短期休暇中それぞれが部屋にこもって作業しているのを見かねた彼らが、おせっかいで一計を案じたのだろう。それが嬉しくありつつも、皆に気取られているという気恥ずかしさもあってなかなか顔が上げられない。
「わかりました。でしたら私が受け取ります。あなたは戻ってよいですよ」
「いや、せっかくだ。ユーファミアにやってもらおう」
「しかし……」
「おまえも休憩が必要だ、カイエン」
ユーファミアを追い出そうとしたカイエンをさりげなく止め、彼女を室内に招き入れた。最近よく利用するようになったこの執務室の中までユーファミアが足を踏み入れるのはこれが初めてだ。この先彼女が王太子妃となればその機会も増えるはず。今の間に見てもらうのもいい。
いっそ執務の部屋を同じにすれば、仕事でもプライベートでもずっと一緒にいられるなと淡い未来を思い描きながらも、取り繕った表情で顔を上げた。
「そういえばドレスの採寸はすんだのか?」
「はい、先ほど終わりました。私にはもったいないお話で。王妃様にもお礼をお伝えください」
「おまえの身は王家の預かりになっている。それくらい当然だ。ところでドレスのデザインについては決まったんだろう。……その、どう思った?」
色味の指定を私が念押ししていることなどおくびにも出さずにそう問えば、彼女は少しだけ手を止めて答えた。
「ドレスのデザインのことは私にはよくわかりませんので、すべてお任せすることにしました。ですのでどのようになるかまでは。ですが王妃様が懇意にされておられるデザイナー様だと聞いています。きっと素敵なものに仕上がるのでしょうね」
つまり彼女は色味についてまったく知らない、または気にしていないということ。さらには「素敵なものに仕上がるのだろう」という、己の物とすら感じているかどうか怪しい、その素っ気ない返事に、鉛を飲み込んだように気が沈んだ。