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新緑の森の君へ7

 ひとまず卒業式を終えてから考えよう。そうすべてを後回しにしていた私の失策。卒業パーティでユーファミアをエスコートするためにドレスも作らせた。色は私の髪と瞳の色でまとめさせる。そこまでされれば、さしものユーファミアも私の思いに気づいてくれるのではないかーーそんな期待もあった。


 まさか卒業式を前に、私の成人の誕生日を迎えた式典に紛れて彼女が王宮から家出するとは思ってもいなかった。しかもそれが彼女の意思だったと、カイエンとメラニア・マクレガーに説明されては、愕然とするしかない。そんなことはありえないと彼女が残した手紙を何度も見返すが、流麗な彼女の筆跡に間違いはなく、脅されて書いた形跡も見られない。両親も宰相も近衛総長も、皆がこれは彼女の意思による行動だという結論に傾き、その行方をメラニア・マクレガーが保証するとあっては、私がどれだけ声をあげても聞いてくれるはずがなかった。


 彼女が私の束縛を嫌い、自ら王宮を去ったーーその絶望的な事実の前で、呆然となりかけた私にメラニア・マクレガーが発した言葉。


「実はユーファミア様には、思う人がいたのですわ。だからこそこれ以上王宮にはいられないと、ここを出る決意をされたのです。彼女の本心を殿下も汲んで差し上げないと」


 ユーファミアが私ではない男を慕っていたという発言を聞いて沸き起こった感情は、たちまちに私の全身を駆け巡った。炎のごとく己の内を焼き尽くす感情の名前はーー嫉妬。皮膚が熱を持っていくのがわかる。


 この恋情をひとり抱えたまま生きていけるかといえば、否だ。私にはユーファミアが必要だ。初めて(まみ)えた12のとき、彼女が唯一無二の存在だと知った。彼女が魔力ゼロの者として私を救ってくれる存在だから、という理由ではない。


 私はこの国の王太子だ。この双肩にかかるものの重荷を十分に知っている。簡単に死ぬわけにはいかない。そして、生きるためには彼女が必要だった。


 焼けつく嫉妬の炎に身を焦がしながら沈黙する私に、ようやく諦めたと思ったのか。メラニア・マクレガーがさらなる言葉を放った。


「ユーファミア様が未来の王太子妃の座を辞退されたとなると、別の者を立てる必要がありますわね。わたくしがそのお役目、引き受けますわ」

「……なんだと?」

「だって殿下がいつまでも独り身というわけにはまいりませんでしょう。王族の務めとして、その血を受け継がねばなりません。そしてこの国において、わたくしほど相応しい女性はいませんわ」


 私たちの6年間の演技の果てに、主だった令嬢たちは既に婚約済みだったから、メラニア・マクレガーの発言がまったく的外れというわけではない。


 だが、今この状況において、その発言をする彼女の真意は何か。冷静さを欠いていた己の内なる炎が、すっと収まるのを感じた。メラニア・マクレガーは笑ってはいなかった。私よりもよほど冷静で、淡々としている。その姿は、高位貴族として未来の王国の行末を真剣に憂えるお手本といってもいい。


 だが何かがおかしいと、私の本能が警戒した。冷や水を浴びせられ消えたかに見えた炎は、けれど未だ燻り続けており、完全に消失したわけではない。


 ここで読みを誤ってはならない。既に私はいくつも後手を踏んでおり、その中のいくつは取り返しがつかない悪手だ。


「……部屋に戻る。誰もついてくるな」


 メラニア・マクレガーの発言に是とも否とも答えず、私は自室へと戻った。そのまま寝室へと篭り、一枚の扉の前に立つ。


 この扉に鍵をかけたことはない。夜中に魔力暴走を起こす私の治癒のためにと言い訳をして、ユーファミアにこの先の部屋を与えたのは、完全に私の我儘だ。この扉から彼女が現れるのをいつも心待ちにしていた。鍵をかけぬ扉を、私から開くわけにはいかないと、何度もこの前で佇みながら過ごした夜。


 今初めて、この扉を開けるーー。







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