新緑の森の君へ5
いつだってユーファミアと共にいたい。学院の短い昼食の時間ですら、彼女がいないのが不本意だった。だから何かにつけて彼女を呼びつけられるよう、伝令魔法を記した魔法陣を持たせた。彼女からそれが届くたび、まるでラブレターでももらったかのように心が弾んだ。だがすぐにカイエンとメラニア・マクレガーに嗜められ、私宛の情報であるにもかかわらずカイエン宛に送られるようになってしまった。
試験勉強のために、カイエンと居残って自習したいと言い出したときには「なぜ私に頼まない!」と喉元まで出かかった。カイエンも優秀な男だが、私の方が学院での成績は上だ。私ほど個人指導に向いている者がいるはずもない。学院に残らずとも王宮で、私の私室に自由に出入りを許されている彼女なら、なんら遠慮することなく机を並べられるし、メラニア・マクレガーが持ってきた書籍よりもずっといいものが王宮の図書館には揃ってもいる。歯軋りしたくなる勢いで、彼女の自習が終わるのを教室の見える位置で待った。もちろん窓は開けさせた。寒いだろうから温暖の魔法を施しておいたのはたぶんバレていないはずだ。そもそも自習しなければならない状況を作らなければいいのだと、授業に空きができたときは積極的に図書館で勉強するようセッティングもした。その間もメラニア・マクレガーが私のすぐ側にまとわりついていたが、意識はいつだってユーファミアだけを追いかけていた。
私たちが集まって過ごしていれば、一般の生徒たちはおいそれと近づいてはこない。そういう意味ではいろいろ牽制できて良かったのだが、残念ながらそれは生徒のみに効く方法で、学院の教師陣はことあるごとにユーファミアに話しかけていた。特にしつこかったのが水魔法の大家と名高いエンゲルス教授だ。80歳を過ぎても現役、彼を凌ぐ水魔法の実力者は現れないという強者で、好きな魔法研究に打ち込みたいからと、宮仕えの魔道士部の職を蹴り、学院に身を置いているという変わり種だ。彼の魔法理論は凡人には想像もつかない破天荒なものばかりで、それが机上の空論であればただのおかしな人間扱いだが、いくつか世紀の大発見と言われる大魔法を編み出してもいるから厄介だった。
そんなエンゲルス教授の大のお気に入りがユーファミアだ。彼女の研究理論は実技に縛られない分、エンゲルス教授並みにそこそこ斬新だ。近年自分ともっとも話が合う生徒だと、何かにつけてはユーファミアを呼びつけ議論をふっかけたりレポートを課したりしていた。ユーファミアも自身の研究が風魔法選択なのだから断ればいいものを、素直に従ってしまう上に、なぜかちょっと楽しそうだから余計に腹がたつ。そんなことを続けていたら私と過ごす時間がますます減る。ただでさえ早く引退したがっている父が公務の一部を遠慮なく押し付けてきて、下校後も多忙だというのに。おかげで最近は手伝いのカイエンまで王宮に泊まり込むことが増えて、ユーファミアと2人きりの晩餐と朝食すらご無沙汰だ。
これは一度教授に釘を刺さねばならないなと思っていたところに、試験とは関係ないレポートを書くよう言いつけられたと聞いて、ユーファミアが預かっていた論文集とかいう分厚い参考書を叩き返してやったら、「若造に見つかってしまったかの」と無駄に長いヒゲを撫でながら人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。それのみならず、翌週の水魔法の実技講座で絡まれた。
「若造のくせにワシの邪魔をするとは、これはちと本気でやっておかねばなるまいの」
「今、絶対に不敬な言葉が出ましたね! それ以前に、何勝手に人のものを使役してるんですかね!」
「あの優秀な頭脳も謙虚な姿勢も誰のものかと言えば本人のもので、拡大解釈してご家族のものであろう。ぎりぎり陛下のご意思じゃ。お主のような赤の他人がとやかく言う筋合いはまったくもってないのぉ」
「その減らず口……いつまで達者でいられるか見ものです」
「ふぉっふぉっふぉっ! ケツの青い若造にはまだまだ負けんわ」
私自身、当代一の魔力量と実力を兼ね備えている自負があるが、水魔法その一点だけにおいてはこの化け物ジジィは私と互角だった。教授の防御魔法は鉄壁で、その隙をついて繰り出す私の反撃魔法が鮮やかにはじかれる。そのまま接戦を繰り広げた実技演習は、2人ともの体力枯渇という結果で終演となった。
「くそっ、あのジジィ! いずれ私が即位したら覚えていろよ」
周囲に被害が出ないよう展開した防音と防御の結界の中で悪態づく。80過ぎの老体のくせに、10代の若者と同等の体力を有している化け物に抱いた殺意は未だ燻り続けていることは、ユーファミアには内緒だ。