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新緑の森の君へ3

 夜半にベルを鳴らすと、続き部屋の扉を開けて、彼女がするりと寝所に現れる。そうして苦しみにのたうち回る自分を暗黒の淵から掬い上げてくれる。


 初めのうちはまだいい。つながる唇から何かが大量に吸い取られていくその恍惚とした気配の中で、その海に揺蕩(たゆた)っていられる。


 だが魔力暴走が収まりだすと、状況がくっきりと(あらわ)になってくる。重ねた唇のやわらかさ、新緑の森のような清純な香り、ふわりと波打つ艶やかな髪、何より、すぐ近くで(うごめ)く、柔らかく折れそうなほど細いとわかっている肢体。手を伸ばせば確実に触れられ、掻き抱けば胸に熱と重みを存分に感じられるとわかっている状況で、それを我慢しなければならないのは一種の拷問だ。


 彼女がまとう香が悪いのだと、石鹸を香りのないものに変えさせた。だが、そのみずみずしい清純な香りは消えることなく、夜毎自分を悩ませた。


 彼女が肌触りのいい夜着を着ているのが悪いのだと、夜も平服を着るよう改めさせた。それではあんまりだろうと母に諌められ、特注で作らせたワンピースは、肌など一切見せず、色も形も地味で野暮ったくするよう指示したのに、襟首まで詰まったそれを纏うユーファミアは清廉な修道女のようで、別の意味で禁欲的な妄想が広がってしまった。


 あるときは苦しさからつい手が伸びて、すがるように彼女を抱きしめた。意識が徐々にクリアになってくると、自分の胸にあたる柔らかな感触に、ずくりと腹の底が疼き、咄嗟に現実に引き戻された。眼前にひろがる彼女の、さすがに慣れた今では慎ましやかに閉じられた瞳の長いまつ毛にまで身惚れて、頭がぼぅっとなったまま、その柔らかな感触を堪能したくて力を入れると、不意に彼女が詰めていた息を吐いた。


「あ……っ」


 胸が掻きむしられるような、その吐息。あのとき、咄嗟に彼女を押し返した自分の理性を褒めてやりたい。彼女と2人きりの時間を堪能したくて、彼女を囲い込みたくて、難癖をつけて王太子宮の私室の隣部屋を当てがい、魔力暴走時には人払いを徹底し、自分にとってはある意味試練のような空間を作り上げて、その上でユーファミアを拒絶する。この国に私ほど理性的な男が果たしているだろうか。


 どうかすると彼女を深く抱きしめ、その柔らかさを堪能し、馥郁(ふくいく)とした香りを放つ首筋に鼻を埋め、空気を求めて彷徨う唇をさらに捕まえて、その吐息も舌もすべて貪り尽くしたいーー。


 そんな根深い欲求に支配されるのがわかっているから、いつの間にか私は、魔力暴走が完全に静まる前にユーファミアを手放すことを徹底するようになった。魔力酔いの息苦しさも動悸も熱感も解消されておらず、苦しさは残っているのに、それでも完全に治まるまで彼女の唇を受けていれば、その先へと暴走してしまうことがわかりきっていた。


 それをまさか、メラニア・マクレガーに操だてしているからだとユーファミアが勘違いしているとは思いもしなかった。







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